第百二十九話 勇者
マイノグーラへの譲渡から発展めざましきドラゴンタン。ヴィットーリオによる拓斗を神として奉る宗教――通称イラ教の伝播によって都市自体がすさまじい速度と異質さによって開発されているマイノグーラ第二の都市。
行政の中枢たる都市庁舎では久方ぶりに物々しい雰囲気に包まれていた。
この日、マイノグーラの指導者たるイラ=タクトとある人物が会談を行うこととなっていたからだ。
その人物は"勇者"――。すなわち例の魔王軍とRPG陣営に何らかの関わりを持つと思われる者。
果たしていかような理由でマイノグーラに接触を図ってきたのか?
ただの騙りや道化なら杞憂であったと胸をなで下ろすこともできよう。
だがそうではないことは拓斗が彼との謁見を了承したことからも明らかである。
ただ曇天の空が、これからの行く末を怪しく指し示しているようでもあった。
◇ ◇ ◇
ドラゴンタンの応接室、かつてブレインイーターによって凄惨な殺戮がなされたその場所では、現在拓斗とアトゥ、そして彼らに謁見を求めた二人の男女が対峙していた。
会議室に漂う一種の物々しい空気。
重苦しいそれを無理矢理払うかのように、男が意を決して口を開いた。
「あー、わざわざ悪いね! まさかいの一番にアンタが会ってくれるとは思わなかった。えーっと、マイノグーラ王でいいのかな? その、王さま相手だけど敬語とかちょっとなれないんで勘弁してくれよな!」
「……別に、かまわないよ」
軽薄そうにそう語る男は歳の頃17~18程度。拓斗より一つ上か同じ程度、まぁそう変わらぬ年齢であることは確かだ。
とりとめて気にすることはない一見するとなんの変哲も無い男子に見えるが、その特徴的な容姿がその男が拓斗と同じプレイヤーであることを如実に語っている。
(そういえば、プレイヤーを直接見るのはこれが初めてかな? こうして見ると僕とそう変わらない感じなんだけど、彼もブレイブクエスタスに関する何らかのトッププレイヤーなのかな)
特徴的な学生服に黒目黒髪。見知らぬ、だが自分の世界でも比較的ありふれたデザインの学生服。
ブレイブクエスタスのものと思われる腰に携えた刀。
何らかの偽装の可能性も当初なら考えられたが、天井裏に隠れる《出来損ない》は看破の能力を有しており、特に警告も来ていない。
相当高度かつ特殊な能力を使っている場合を除き、自分と違って目の前の人物は本人で間違いないだろう。
『拓斗さま、例の者で間違いありません』
ソファに座る拓斗の隣で警戒の態度を隠そうともしないアトゥが、彼だけに聞こえるように念話で報告してくる。
事前に勇者と名乗る者が謁見を求めていると報告を受けた時点で、おおよその見当はついていた。
すなわちブレイブクエスタス魔王軍との戦闘の際、魔王と双子の姉妹の戦いにおいて突如乱入した部外者。その男だ。
その言動や身なりをアトゥの視界を通じて知っていた拓斗は、この男がブレイブクエスタス――すなわちRPG勢力のプレイヤーであろうと確信していたのだ。
故に拓斗はこの面会を受け入れたし、今も最大の警戒をもってこの場にいる。
それこそ、相手が凶行にでようとも拓斗本人は一切被害が及ばぬように周到な準備をもって……だ。
『とりあえず相手の出方を見る。何か必要があれば都度念話で指示するから、取りあえず今は警戒しつつ黙っておいてくれるかい?』
『かしこまりました。何かあればすぐご命令ください』
相手が不審を覚えないわずかな時間に配下とのやりとりをすませると、拓斗はこの世界において初めてともいえる、他プレイヤーとの平和的な接触を図ることにした。
「さて、わざわざ我々のテリトリーに来てくれた事にまずは感謝を述べるよ。マイノグーラの指導者、伊良拓斗だ。SLGのプレイヤーと言った方が、わかりやすいかな?」
王としてのロールプレイは正直なところあまり得意ではない。
加えて最近ではダークエルフたちの前で自分をさらけ出し過ぎている嫌いがあるので格式張った態度は久方ぶりとも言える。
だがそれくらいの緊張感の方が相手に威圧感を与えるし、下手に気を抜いてぼろが出ない分やりやすい。
そのような意図を持って破滅の王として発言したのだが、どうやら相手に対して良い感じにイニシアチブをとれたようであった。
大呪界に入れるのを嫌ったとは言え、会議室での謁見などという一国を治める王にしては異常とも言える対応についても一応ごまかせているようで一安心である。
「あ、ああ! いやぁ、なんか悪いね。急にアポ取ってもらって。こういう雰囲気はどうもなれなくってさ! 俺は一応RPGのプレイヤーって事になるのかな?
「それはこれからの話題次第、かな。さてRPGのプレイヤー神宮寺優。僕らと君はその出自から決して友好的とは言えない間柄のはずだ。どうしてこのような機会を望むに至ったのか、その経緯を聞かせてくれるかな?」
勇者とはいえ、相手はRPG勢力だ。
すなわち先の戦いで打ち破った魔王軍も彼のシステムの範疇に入る形となる。
であれば明確に自分たちの敵であり現在戦争中の間柄、それも相手側から一方的に仕掛けられる形で……。
その事を理解してなおこの場にノコノコとやってくること自体、理解しがたい状況である。
だが先の魔王軍との戦い、その最終局面で彼は望まれぬ形とはいえエルフール姉妹に助力している。
魔王軍と勇者の関係性は決して友好的なものではない。
破滅の王のように配下を召喚し支配する立場ではないのだ。
その一点だけが、拓斗が彼の対話を選択した理由となっていた。
さて一体どのような言葉が出てくるのか。
エターナルネイションズやそのほかのゲームで様々な状況を経験した拓斗としてもこの様なやりとりは初めてだ。
やり合うにしろ、手を取り合うにしろ、まずは相手のスタンスを把握しないことには何も始まらない。
「うっ、その……ええっと……」
だが予想とは裏腹に優は口ごもるだけだ。
どうやら威圧が少々効き過ぎたらしい。相手を警戒しすぎたか? もしくは演技か?
相手も同じ出自ならばこういう荒事や交渉にはなれていないのではないか?
いくつかの予測が瞬時に頭を駆け巡り、こちらから少し助け船を出すべきかと口を開こうとした時だった。
「ご主人様が緊張している! えっと、頑張ってください、ご主人様!」
「お、おう! ありがとな!」
先ほどまで彼の隣で口を閉ざしていた少女が応援の声を上げた。
ちょうど拓斗の隣に座るアトゥの対面に座る形となった少女だ。
拓斗は気取られぬよう、先ほどまである意味で気配を感じさせなかった少女を観察する。
(…………ちょっと不思議な格好だな)
一人の少女。年齢は勇者より少し低い程度。ぼろを身にまとい首輪をつけたその容姿は奴隷のソレであったが、優との距離も近いし当然の様にソファに座っている。
その関係性は主と奴隷にしてはいささか距離が近く、どちらかというと拓斗にとってのアトゥの様な、いわゆる股肱の臣と表現した方が正しい気がする。
(だとしたらどうしてそんな格好をさせているんだろう? まぁ装飾品はそれなりのものっぽいけど……)
魔法の道具かなんらかの装備品か、両手両手首にいくつかつけられた装飾品はそれなりのものだろうが、衣服に無頓着なのは疑問だ。優と違い武器を携帯していないのも少し奇妙に思う。
違和感が先行するが、情報が足りない時点で判断するのは早計だろう。
だが勇者であるこの男が従えている以上、警戒をおろそかにする理由もない。
ともあれ判断材料はまだまだ欲しいところ、今は様子見だ。
幸いなことに奴隷の少女が放った激励で優の勇気も燃え上がったのだろう。
先ほどのどこか萎縮した態度とは違って、今はキリッとした真に迫る表情でこちらを真剣に見つめている。
「今回、王さまに提案することはただ一つのシンプルな事――俺たちと手を組んで、例のサキュバスに対抗して欲しいんだ」
今度は拓斗が萎縮しそうになる中、ようやく話の本題が優から切り出された。
(対抗……と来たか。ありがたい話だけど、同時に疑問も増えたな……)
優の提案に拓斗はひどく顔をゆがめる。優もまた自分の提案が些か常識外れであることを理解しているのか、少しバツが悪そうに笑ってみせた。
「ご主人様! ここ! ここ決め台詞ポイントですよ! ほら、早く! カンペです!!」
「えっ!? マジで……、じゃあ、ごほんっ!」
少女が手元からメモ用紙のようなものを取り出し、こっそりと――拓斗たちにはバレバレだが、優に見せる。
すると拓斗が思っていたよりも長い間カンペの内容を確認していた優は、よしっと小さくつぶやくと演技めいた表情と態度で手を広げてみせる。
「改めて、 俺の名前は神宮寺優、担当神はふざけた神専用遊戯はブレイブクエスタス――この世界にやってきた、哀れな
まるで物語の一幕で、盛大な見せ場を演出するかのように言い放ってみせる優。
その堂々とした態度と自分に自信がある表情を向けられ、拓斗は実に苦手なタイプだなとなんとも場違いで素朴な感想を抱くのであった。
=Eterpedia============
【勇者ユウ】戦闘ユニット
戦闘力:■■ 移動力:■■
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~~世界が闇に覆われ、人々が絶望の淵に立たされた時
その者は現れ、魔を打ち払い世界に光をもたらすであろう~~
勇者ユウはこの世界とは別の、ブレイブクエスタスと呼ばれる世界から現れた存在です。
その力は英雄に比類するもので、その性質からくる邪悪に対する特効により殆どの闇なる存在に勝利することが出来るでしょう。
また様々な効果を持つ魔法を持っており、あらゆる状況に対応することが可能です。
世界を一人で救うことができるからこそ、それは勇者と呼ばれるのです。
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