第六話:交渉(2)

「破滅を司りし終末の王、イラ=タクト様。いと尊き、偉大なる名です。お呼びするときはイラ様、もしくはイラ=タクト様と呼ぶように」


 アトゥが言葉を放ったと同時にさらに深く首を垂れるダークエルフの一団。

 世界に初めてタクトの名前が伝えられ、畏怖いふとともに彼らの心に刻み込まれる。

 その態度にアトゥは満足げに頷いた。


 イラ=タクトという終末の王の名、それについてあえてタクト呼びを許可しなかったのはアトゥの独断だ。

 彼女は下の名前で呼ぶことに特別さをよく理解していた。していたが故にちゃっかりとこの場で自分と主の関係性を固めようと画策かくさくしたのだ。

 その様な企みを密かに考えていた為アトゥは気づかなかったが、拓斗はアトゥによる名乗りを聞いた瞬間、頭を垂れる老人がほんのわずかに震えたことを見逃さず感じ取っていた。


「ああ、あと私の名前はアトゥと言います。できるだけ拓斗さまと同じ敬称は使わぬように、拓斗さまは常に崇め讃えられる至高の王。私とは身分が違います。まぁそもそも別に私の名前など覚えなくとも結構ですが」


「イラ=タクトさまにアトゥ殿……ご尊名、確かにこの老骨に刻み込みましたぞ。我が一族にも疾く伝え、魂の奥底まで刻み込むことをお約束致しましょう」


「良いでしょう。では早く食糧もって下がりなさい。いくらか日持ちが悪いものもあります。我が王にとっては腕の一振りで無限に生み出せるものではありますが、だからと言って腐らせて良い理由は何処にもありません」


 もう飽きたと言わんばかりの態度だった。

 実際アトゥとしては彼らとの交渉に対して急速に興味を失っていた。彼女の全ては主である拓斗のために存在してる。本人もそのことを良く理解しており望んでいる。

 他者との会話など拓斗のためで無ければそもそも行っておらず、ゆえに早々に終わらせ主から褒められることを望んでいたのだ。


「お、お待ち下さいアトゥ殿。その、我々をお救い頂きました大恩にどのように報いれば良いのか皆で相談しておりまして、王は貢ぎ物などをご所望でしょうか?」


 だが想像の中で主に頭を撫でられている浮かれた彼女の熱を冷ませたるはダークエルフの長である。どうやら彼らの要件はまだ終わっていないらしい。

 多少眉をひそめるもののこの程度のことでは機嫌を損ねることのないアトゥは、些か不自然に出された申し出に首を傾げる。


「貢ぎ物? ふむ、貴方たちは何か我が王が満足できるものを用意できるのですか?」


「ははぁ! まことお恥ずかしい限りですが、偉大なるイラ=タクト様がどの様なものでお喜びになるのか無知なる我々では想像を巡らすことすらままならず。まずは王の御言葉を持って何をご所望か――」


「そうですか。では必要ありません。そんな余裕もないでしょう」


 さっと手を振り、ため息を吐きながらアトゥは首を左右に振った。

 貢ぎ物とは言われたが、餓えた難民である彼らが資産を有しているとも思えなかった。

 もちろんアーティファクト等のレアアイテムを持っている可能性も否定できないが、だとしてもアトゥは彼らを自らの王から引き離すことを優先した。

 ゲーム開始時……国家の基盤が脆弱ぜいじゃくな段階ではほんの些細なことが致命傷になる。アトゥは彼らが危機的状況を拓斗に持ち込むことを何よりも警戒していた。

 例えばそう……元いた土地より迫害されたという彼らに追っ手などが存在することなど、だ。


「いや、しかし……それでは」


「……? いらないと言ったのです」


「いや、その……」


「なにを煮え切らない態度を……? 我が王はお忙しいのです。それとも――何か良からぬことを考えているのか?」


「い、いえ! そのようなことはございません!」


 アトゥの苛立ちが態度に現れた。

 同時に彼らに焦りが明確に浮かぶ。抑えようともしない漆黒の殺意がその鎌首をもたげたからだ。

 アトゥの保有能力である《英雄》《邪悪》《狂信》はそれぞれユニットの基礎戦闘力に倍率補正をかける効果を有している。

 さらに追加能力である撃破ユニットの能力奪取は、戦闘行為を繰り返せば繰り返す程彼女を強力にせしめる。

 対するダークエルフたちは飢餓で全力を出すことが不可能な状態だ。この程度ならいくら現状のアトゥでも難なく対処可能である。

 故に、魔術ユニット、戦闘ユニットとみられる彼らを一瞬で殺害し、返す刀でダークエルフの一団を皆殺しにすることは容易い。

 そしてその暴虐な行為は、倫理的問題を考慮しないのであれば彼女にとっても拓斗にとっても非常にメリットの高い行為なのだ。


(うん! なんだか凄く良くない雰囲気だ!)


 拓斗は早々にこの会談が無事終わればという希望的観測を捨て去った。

 そもそもアトゥは彼らに対して致命的な勘違いをしている。

 アトゥが彼らにとった態度は非常に拒絶的で、客観的に見れば自らの王の気まぐれ、その対処に追われる苦労人の配下と言ったところだ。

 本来ならば言葉を交わすことすら不愉快ではあるが、主の意向によってその仲介役をさせられている。だからこそ面倒ごとをさっさと終わらせようと会話を切り上げる。

 その様に見えて当然だ。

 反対にダークエルフたちにとってはそうはいかない。

 この哀れな集団にとって、今回の交渉が最初で最後なのだ。そしてそれは彼らの命運を左右する運命の分岐点であることを意味している。

 彼らは今回の一件で生きながらえたとしても次がないのだ。食糧の当てもないし、これより他に安住の地を見つけられる保証もない。

 故に少々不審な態度に見えても、彼らが積極的にこちらと交渉を持とうとするのは至極当然の行いであるといえた。


 もちろん全てを俯瞰的な視点で分析できる拓斗とは違って、アトゥが拓斗を想って近視眼的な思考をすることは責められたことではない。

 だが現状においてその様な争いごとを拓斗は許すつもりはなかった

 何か手助けをしてやらねばと判断した拓斗は、遂に決心したのか喉をんんっと小さく鳴らすと、緊張に包まれる中精一杯の声を上げる。


「アトゥ」

「はい、我が王よ」


 アトゥはとても早かった。

 拓斗の言葉にくるりと振り返った彼女は疾駆するかの如ごとき素早さで拓斗の側に立ち、石造りの台座に手をかけ彼に顔を寄せた。

 ダークエルフに見えないように拓斗の方へと向ける表情は童女そのもので、ぷっくりと膨れた頬には不満がありありと現れている。

 どうやら彼女もいっこうに進展しない会話にじれていたらしく、拓斗だけに聞こえるようにさらに口を寄せると途端に文句の言葉を並べ始める。


(たーくーとーさまーー! アイツら交渉ものすごい下手くそなのですが! それに何か企んでいますよ! 悪い奴です殺しましょう殺します!)


(まぁまぁ落ち着いて)


「君も大概あれだったよ」という言葉を拓斗はぐっと飲み込んだ。

 前半は良かったが、後半は少々いただけない。

 もっとも、会話が出来ずに全て配下――それも年端もいかぬ少女に任せる彼は少々どころではないいただけなさではあるが。


 だとしてもアトゥとダークエルフ達の会話がすれ違いを見せていたのは変えようのない事実だった。

 アトゥとしては早く追っ払いたい様子ではあったが、このダークエルフの長としても引き下がる訳にはいかない。

 彼女の態度だと二度と近づくなと言っているも当然ではあったし、そもそも強引に謁見を打ち切ろうとするその態度がよりかれらの焦燥感を募らせる。

 それは拓斗にいらぬ心労をかけさせたくないという配慮からではあったが、互いのすれ違いを加速させるには十分な要素だ。


(このまま放っておいてもきっと拓斗さまに害なすだけです。さっさと皆殺しにするのが良いです! アイツらの首は柱の上で晒されるのがお似合いですよ拓斗さま!!)


(いやいや、少し待って。あのね、彼らはきっと僕らと交渉したいんだよ。貢ぎ物にしてもそうだよ。ほら、僕らって邪悪属性の文明でしょ? 何か裏があると思って警戒しているからこそ、微妙に変な態度なんじゃないかな?)


(お、おお!? なるほど! えっと……)


(ここは彼らが納得する形で何か対価を貰おう。その方が彼らも安心するだろうし、恐らくもう少し突っ込んだ話を持ちかけてくるはずだ。やぁあのお爺さん、中々に面白い人だなぁ)


 まだ彼らとの交渉を楽しみたい。

 拓斗はそう考えた。人との会話に餓えていた可能性は皆無に等しいが、彼の興味を惹いたことだけは間違いない。

 アトゥはスラスラと真実を言い当てる拓斗にキラキラとした尊敬の眼差しを向け、先ほどの不機嫌はどこへいったのか自信に溢れた返答を返す。


(さ、流石我が王です! そこまで見通されていらっしゃったとは! そして委細承知いたしました。後は全てお任せ下さいでは行ってきます!)


(あっ、ちょ!)


 くるりと振り返り交渉に戻るアトゥ。

 絶対分かってないだろうな。

 拓斗はそう感じたが、コミュ障という最大級のペナルティを背負う彼である。基本的な交渉は彼女に任す他に術はない。


「ふふ、なるほど。そういうことでしたか……」


 ゆるりと、蠱惑こわく的な響きを持つ声でアトゥは嗤った。


「まったく。愚かなる貴方達にも困りましたね」


 その声にただならぬものを感じたのか、エルフの一団はただ垂れる頭をより深く下げることしかできない。


「我が王の御言葉が無ければ私も気づきませんでした。まったく、拓斗さまを其処らの一山いくらの邪霊・悪霊と同じ感覚で考えようとは」


「あっ、い、いえ! そういうございません! 偉大なる方よ!」


「黙りなさい。我が王の言葉は絶対。そして喜びなさい。我が王は貴方がた闇妖精の下らない浅知恵をおもんぱかり、此度の施しを契約となすことで良しとされました。

 つまり交換として何らかの貢ぎ物を受け取ります。これで良いでしょう? 貴方たちも我々が言う契約の絶対法則を知っているはずです。安心しましたか?」


「は、ははぁ! 寛大なるお気遣い、大変感謝いたします」


 モルタール老はアトゥが述べた推測にそれ以上反論することなく、ただ感謝の態度を示した。

 それはともすれば自らが王を軽んじていたと認めたと判断される危険性もある悪手でもあったのだが、彼はアトゥを介した数度の会話でこちらの方がより彼らに反感を買わないであろうことを察したのだ。


「となると対価が必要ですね。ふむ、対価、対価……」


 くるりとアトゥは拓斗に振り向く。くりくりとした童女の瞳が拓斗を貫く。

 言葉にされずとも彼には手に取るように分かった。

 いわく「拓斗さまたすけてー!」である。


(ポンコツぅ……)


 あれほど大言吐いたのに早々に匙を投げたことでアトゥの評価が落ちそうになるが、拓斗にとってアトゥはお気に入りなのでその失態も全て特殊な判定により無効化されてしまう。

 結局、やはりアトゥは会話のサポートとして助けてはくれるのだが、最終的なところでは拓斗が決めねばならないのかもしれない。


「外のこと」


「我が王は外界に興味をお持ちです。貴方たちは遠くから来たのでしょう? 外の世界について知っていることを全て話しなさい。それを食糧の代価とし、契約の成就としましょう。これで満足ですか?」


「おお! それでしたらこのモルタール。老身にて見聞きした全てについて捧げましょうぞ!」


 モルタール老の表情に初めて喜びが浮かぶ。

 恐らく彼らは想像する中で一番安い代償で済んだと胸を撫で下ろしているところだろう。

 もっとも本来ならばそこまで苦慮する必要性はない問題だったので、彼らの完全なる勘違いであったのだが。


(なぜここまで察しがいいのに全部任せると途端にポンコツなんだ……)


 拓斗は違和感のアトゥの反応についてその理由を考えるが、どう足掻いても答えがでるものではないので、やがてそのようなものだと無理矢理納得をさせることにした。

 こうして交渉も終わりに近づく。

 だが彼の内心に一つの引っかかりをもたらす出来事が起こった。


「では、契約の完遂をもって早急に森から出ていくように」


「は、ははぁ!」


(ふむ。動揺したね)


 アトゥは相変わらず気づいていなかったが、拓斗はモルタール老が明確な狼狽を見せたことを見逃さなかった。

 同時に彼の脳内でめまぐるしく情報の整理が行われる。

 彼らの態度を見る限り拓斗の推測はおおよそ当たっている、であれば先ほどの態度もその答えを導き出すことはさほど難しいことでは無かった。


「滞在は――暫く許可しましょう。あなた方にも身体を休める時間が必要でしょうし。ですがそう長くはありません。覚えておくように」


(やはり流浪の身分は辛いか。食糧も今回の分が終われば当てが無いんだしね)


 ダークエルフたちは前回の突発的な会合にて「土地を追われた」と述べた。

 足長虫からの報告では500人ほどの集団ではあったが、あの規模で流浪の旅を行うのは並々ならぬ苦労がある。

 貢ぎ物を捧げるというのもご機嫌取りの意味合いが多分に含まれているのだろう。

 恐らく今回の出来事でこの地に居留する許可や定期的に食糧を確保する取り決めを交わしたかったに違いない。


(とは言え、僕らとしてもあまりここに長居して貰っては困る。国を作るに当たって所属が違う難民は邪魔にしかならない。それに厄介ごとを持ち込まないとも限らないしね)


『Eternal Nations』において種族の違いは様々な問題を引き起こす。

 もちろんそれは現実的な世界においても同様だ。文化、思想、善悪が違う者は必ずぶつかり争う運命にある。

 彼としても火種を先送りにするような愚行はするつもりはなかった。


「王がおわすこの森での居留を許可して頂ければ、これに勝る喜びはないのですが……」


「許可できません。この地は我が王イラ=タクト様の所有地であり、我が王は平穏を望まれます。ああ、あと折角拾った命を捨てたくないのであれば、この地について他所でいらぬ口を開かぬ方が良いということを付け加えておきます」


(やはり居留を求めてきたか。けどそもそも邪悪な国家であるマイノグーラの領地は呪われるんだよね。ゲーム的には善属性、中立属性ユニットのステータスがマイナスになる効果だけど、実際どうなるか分からない)


 彼がダークエルフの一団を森から追い払おうと考えるアトゥを明確に止めないのもこれが理由だ。

 呪われた土地は邪悪属性の種族に有利に働く。様々な恩恵があるのだが、デメリットとして中立属性や善属性との交流に関して常にペナルティが発生する。

 もちろんゲーム通りのシステムになるかどうかは分からない。もしかしたらまったく問題が無いかもしれない。検証が必要な部分は確かにある。

 だが拓斗は何故かそれがこの世界でも作用されるであろうことを不思議な感覚に導かれるように確信していた。

 だからこそ、残念ではあるが彼らにはここから出て行って貰わなければならない。


(とは言え、あんまり見捨てるのも後味が悪い。折角食糧与えたんだし、行き倒れになられるのも、まぁ不愉快だ)


 戯れに食糧を与えたとはいえ、それは拓斗にとって現状補充の利かない魔力で生み出されたものだ。

 折角の行為によって命を長らえたというのに、その後彼らは目的地の無い旅に出てやがて朽ちるのだろうか?

 それはそれで不満ではあった。同情と言うよりは、自分の行為が無意味と化してしまうことに苛立ちを感じたのだ。


「で、では偉大なる王イラ=タクト様。此度は我々の謁見をお許し頂き、感謝致します。

 ――さぁ皆の者、王の御前だ、静かに食糧を運ぶように」


 何か解決する方法はないだろうか?

 もはや会談は終わろうとしている。モルタール老や同行したダークエルフの戦士たちもこれ以上何かを持ちかけてアトゥの機嫌を損ねるようなことは考えていないらしい。

 疲れ切った彼らの表情が何かを訴えかけてくる。

 無限の力を持つはずのマイノグーラの王。

『Eternal Nations』で最も素晴らしきプレイヤーと呼ばれた自分が、何故か無能のそしりを受けている気がした。


「ねぇキミたち」


 だから自然とその言葉が出たとき、拓斗は納得した。

 自分が持つ力と、マイノグーラと呼ばれる文明が持つ力の偉大さに。

 その気にさえなれば、この程度の問題など熟考にすらあたらないことに。



「ボクの国民になってよ」



 全てを解決する方法が浮かんだ。

 何もかも解決する素晴らしい方法だ。内にある己はそれが可能であると断じている。

 むしろ何故いままでそうしなかったのかと嘲笑さえしているようにも思えた。


 だが自信満々に口の端に笑みさえ浮かべて全員を見回した拓斗を迎えたのは、あんぐりと開かれた口と「何を言っているのだ?」と言わんばかりの瞳だった。

 ダークエルフはもちろん、アトゥですらその様な視線を彼に向けている。

 拓斗は刹那の時間で盛大にコミュニケーションを間違ったことを理解し、自らのコミュ障を再確認するとともにこぼれ落ちそうになる涙を必死で堪えた。



=Eterpedia============

【魔導師(モルタール老)】魔術ユニット


 戦闘力:3 移動力1

《賢人》《闇魔術Lv1》《飢餓》

―――――――――――――――――

~~熟練の騎士は一人で戦士百人の働きをするだろう。

     だが熟練の魔術師は一人で騎士百人の働きをする~~


魔導師は熟練の魔術ユニットで、【魔術師】の上位ユニットになります。

適切なマナ源があればLv2までの戦術魔術を覚えることができ、戦闘を有利に運ぶことができるでしょう。

一方戦闘能力はさほど高くないため、基本的に護衛を伴う必要があります。

また、一部の魔術ユニットは《賢人》の能力を取得することがあります。

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