第七十七話:真と偽

 レネア神光国が聖騎士殺害事件によって荒れる様相を見せ始めているその頃。

 マイノグーラの側も又、様々な問題を処理するために奔走していた。


「さて、皆のものが集まったな。議題は他でもない、今後のことをどうするか……じゃ」


 マイノグーラに置いて最も知恵深き配下であるモルタール老はその場に集まる面々をぐるりと見回すと、静かに開始の合図を行う。

 だが不思議なことに普段であれば様々な知恵を出し、会議を円滑に進める潤滑油となるはずの彼がここに至っては口を閉ざしていた。

 その代わり、静かな瞳は双子の少女に向けられている。


「王さまが不在の間、マイノグーラを任されたキャリアです」

「メアリアです!」


 少女の元気な声が会議室に響き渡る。

 奇妙な雰囲気ではあったが、何か堂に入るものはあった。


「しかし……まさかお主らが王より直々に代理を頼まれるとは」


 その場にいるギアとエムルの視線も二人に向かう。ドラゴンタン都市長のアンテリーゼはあくまで都市長という立場なので参加はしていない。

 拓斗とアトゥを除いたいつもの面々であったが、今回その役割は大きく違っていた。あえて言うのならば、全く立ち位置が逆といったところか。


「頑張る!」

「王さまに命令されては仕方ないのです。……不安はありますが」


「そのことに否やはない。王がご判断されたのだ。我らも精一杯手助けするので、王のご期待に応えるように」


 そう言って押し黙るモルタール老ではあったが、得心いかぬといった様子がありありと見て取れた。

 その態度に内心で困ったものだとため息を吐いたキャリアは、ぼんやりと拓斗からこの任を与えられた時のことを思い出す。

 どこか困った様子でお願いする拓斗の言葉に当初は不満もあったが、これでは仕方ないかと諦めの気持ちが湧いてきた。


(あまりにもモルタールおじいちゃんが使い物にならなそうだから代わりをさせられたのですが……これは正解なのです)


 表情には出ていないはずなのに、隣に座る姉から思わせぶりな笑みが飛んでくる。

 実際のところ、モルタール老らダークエルフの大人は現在ほとんどが使い物にならない。

 王への襲撃と、その命が奪われるという凶報。

 未知の能力を持つ敵に一切の抵抗が叶わなかった事実と、最大戦力であり敵うものなしと考えていた英雄アトゥを奪われるという絶望。

 拓斗が何らかの手段を用いてその危機的状況から脱出したとはいえ、その衝撃は彼らの心からいまだ平常心を奪い去っていた。


 ……聖女たちのねぐらへと侵入を図る道すがら、モルタール老へ連絡をとっていた拓斗はその会話ぶりからダークエルフたちの動揺をつぶさに感じ取っていたのだ。

 今回の作戦は自身が主として行うとは言え、バックアップは決して軽視できるものではない。

 彼らダークエルフが使い物にならないなどという事態を許容する余裕は何処にもない。

 よって拓斗は急遽作戦を変更し、本来よりもより多くの権限をエルフール姉妹に与えることとした。

 エルフール姉妹……彼女たちは魔女だ。

 魔女はこの程度で揺るがない。

 そのうちに秘めたる憎悪と後悔は、動揺などという惰弱な感情の一切を許さないのだから。


 ……とはいえ同時になぜまだ子供の自分たちがそんな大それたことをしなければならないのかという不満がこの少女たちにも無論あった。その点は魔女と言えどまだ子供である。

 いや、不満だらけであった。


「とりあえずです。キャリーとお姉ちゃんさんが一生懸命がんばりますので、皆さんは指示に従ってくれると嬉しいのです」


「従わぬものは処刑だー」


「むっ! ん、うむ。まぁそんなに気を張り詰めなくてもいいぞ」


 ギアが少し引き気味に言う。なぜならメアリアの瞳が笑っていなかったからだ。

 どうやらメアリアとしても大人たちのこの不甲斐ない態度はいささか不満があるらしい。

 今は昼間の時間帯。月は出ておらず辺りは明るい。

 だとしても釘を刺す程度のことなら、魔女となった双子には可能であった。


「では、まずはドラゴンタンの現状確認からです。エムルお姉さん。事前にお伝えした通りの情報操作はできていますか?」


「は、はい。当日に関しては中央広場に設置した台座が不審火によって出火したという形で説明を行っています。街の住民などはその話に疑問を持っていないようですが、ここ数日バタバタしていたせいで私達に近い者ほど不審がっている様子です。王とアトゥさんが姿を見せないことも原因の一つですね」


「本国である大呪界のダークエルフたちについてはワシの方からうまく説明しておるが、ドラゴンタンに住まう者たちはそうもいかんのう。早急な対応が迫られるだろう」


 マイノグーラを襲った混乱はここ数日の間に収まっている。

 というよりもほとんどの者は何があったか知らないと言った方が正しい。

 あれ程の事件があったにしては、やけに状況が良い。

 それもそのはず、彼らダークエルフは元々エル=ナー精霊契約連合のエルフの下で裏仕事をしていた者たちだ。

 この様な情報統制に関しては得意分野中の得意分野であった。

 加えて都市の治安維持能力を持つブレインイーターが複数ドラゴンタン都市内に滞在していたのも功を奏した。

 現在の状況は驚くほど平穏で、一見して何も問題が起きていないようにも思える。

 この強固な統制力こそ、マイノグーラが持つ目立たぬ力の一つであった。


「基本的に国内の統制に関しては続けて行います。マイノグーラの中枢に近い人たちにはある程度説明が必要だと思いますが……」


 とは言え、そろそろ手を打たないと駄目だろう。

 キャリアは王から予め聞いていた大雑把な予定を思い出し、チラリと隣で楽しそうに笑う姉を見ながら今後について説明する。


「あとフォーンカヴンに関しては流石に事情を説明しないと駄目だと思います。王さまにはその点についても了解を貰っていますので、こちらもキャリーたちが対応するのです」


「国内よりもむしろそちらのほうが問題やもしれぬな。向こうはある程度事情を察して特に何も言ってこないが、早いうちに会談を開かなくてはならぬだろう」


 キャリアはギアの言葉に頷き、同意する。

 フォーンカヴンとは強い関係性を築けているが、あくまで同盟国という立ち位置である。

 相手への配慮も必要であるし、マイノグーラが現在置かれている立場を考えるとなんらかの協力を要請する必要もある。

 場合によっては釘刺しも必要だ。国家の友情は契約と相互利益の名のもとに成立する。

 こちらの弱みを突いてよりよい条件を引き出そうと交渉してこないとも限らないのだから……。

 それよりもだ。


「今回の下手人はクオリアの聖女だ。となるとかの国と戦争状態に突入することも視野に入れねばならん。むしろこの懸念が現実のものとなる可能性の方が高いだろう」


 ギアの見立てどおり、戦争勃発はすでに不可避の状況下にあった。

 彼らマイノグーラの王であるイラ=タクトがどの様な戦略を描いているのかは不明であったが、規模はどうあれ聖なる者共との戦いが始まることは間違いない。

 ともなれば国家の自力で負けるマイノグーラとしては必ずフォーンカヴンを味方として引きずりこまなければならない。

 いくら強力な戦力を有していれど、数の暴力には時として無力なのだ。

 いわんや、今はその英雄の一人であるアトゥが奪われているのだ。

 状況は非常に苦しいと言わざるをえなかった。


「そちらも……話をしなくてはならぬのう。向こうとしてはあまり他所の国にちょっかいを出したくないと思うはずだが、こちらとしてはそうも言ってられん」


「その辺りは譲歩するつもりなのです。最悪この暗黒大陸の両国支配領域に目を光らせてくれれば良いのです」


 その後も国家運営に関するいくつかの話題がのぼり、決定される。

 結局のところ、双子の出した結論と今後の方針はひどく無難なものとなった。

 国内の平定に引き続きリソースを割き、重要視している同盟国であるフォーンカヴンとの連携を密にする。

 その後、適時イラ=タクトからの命令を受けて彼の望む通りに行動する。


 何も特別なところはなく、何も目立った点はない。

 ただその平凡な結論すら出せないのが、今のマイノグーラ上層部のあり方だった。

 不味いと言えば不味い状況ではあったが、この二人の少女がいる限りどうやらそれも杞憂に終わりそうだ。


「ところで……王はどのように過ごされているのかな? アトゥ殿は無事なのだろうか?」


 そして話題が変わった。むしろ彼らにとってはこちらが本題といったところか。

 大人たちの瞳が興味に染まり、何か少しでも情報はないかと少女たちに視線が集中する。

 何を不安に思うことがあるのだろうか?と少し人から離れた感性で感想を抱いたキャリアは、だがしかし適当に誤魔化したところで不満が募るだけであろうと軽く息を吐く。


「王はクオリア……今はレネア神光国と名乗る場所のとある村に居るみたいですね。旧南方州と呼ばれる地域がそれです。今回マイノグーラに攻撃を加えてきた者たちもこの国にいます」


 状況は目まぐるしく変わっている。

 そもそも前提条件が土台からひっくり返っている状況だ。キャリアは現時点で分かっている情報を彼らに伝える。

 聖王国クオリアから聖女の一部が離反したこと、彼女たちがイラ=タクト罰滅の功をもって国を興したこと。その地が、かつてクオリアにて南方州と呼ばれていた地域であることを……だ。


「南方州か。肥沃な大地が続く土地じゃ。そこ一帯がクオリアから離脱するとは。しかも我らが王を滅した暁にだと!? なんたる傲岸! なんたる不遜! 腸が煮えくり返りそうじゃ! そもそもじゃ! なぜそんな重要なことを先に言わん!?」


「次の議題だったからー」

「あと加えるなら、議題に上げる前に王さまの動向について質問したのは皆さんなのです」


 その言葉で一瞬にしてモルタール老が鼻白む。

 バツが悪いとはこのことだろうか、会議は未だ終わらず情報を隅々まで精査し確認すべき場面で気もそぞろになっていたことを理解したからだ。

 モルタール老が言い負かされることによっていよいよもって大人たちも自分たちが冷静さを失っていることを自覚しはじめる。

 ただなまじ目の前で王が襲撃されたため彼らの問題は根深く、本人たちの意思でどうこうできるものでもない。

 これでは王が納得する任務を遂行することはできない。

 自罰的な気持ちになった彼らであったが、なんとかその暗い空気を払拭するためにギアがわざとらしく話題を変える。


「しかしながら王みずから向かわれたとなると、敵はもはや風前の灯火。むしろすでにアトゥ殿を奪取しているやもしれぬな」


 楽観的な言葉ではあるが、同時に王に対する絶対的な信頼の現れとも言える。

 彼ら自身、王が実際に戦うところなど見たことは一度もない。

 だがその配下である汚泥のアトゥ、そして失われはしたが全ての蟲の女王イスラ。その他にも存在する英雄たちと無数の配下たち。

 それらを率いる破滅の王が、弱いなどという考えは心の中の何処にもなかった。


「それが難しいみたいですね」


 だがその言葉もすぐさま否定される。むしろその物言いは楽観的な想像を採択するなといった注意も含まれているように思えた。


「なぜじゃ!?」


 それに納得いかないのはモルタール老である。


「彼らの力を忘れたのですか? 確かに王さまは無事でした。でもアトゥさんは結局攫われてしまったのですよ」


 ぐぅとうめき声を漏らし押し黙ったのは反論の余地がないことの証左であった。


「王さまも敵の力を測りかねているのです。現状では何も分からず、対処が一つも取れていないと言っていましたです。だから、ちょっと時間がかかるかもしれません」


 キャリアが沈痛な面持ちでつぶやく。

 その言葉に、マイノグーラ首脳陣に一気に不安が押し寄せ、まるで葬式でも行っているかのような空気になる。



 ――今の話は、ほとんどが嘘だ。


 王であるイラ=タクトはそんなことは言っていない。そのような状況説明も無論受けていない。ただ詳細を尋ねても回答を拒否されただけだ。

 キャリアはチラリと横目で姉を見る。

 ニコニコと笑う少女は、大人たちがうつむき思案しているのを良いことに、しぃっと人差し指を自分の口元に当てると酷薄な笑みを浮かべた。

 王にかんするあらゆる情報を、かき乱せの意である。


 これに関しては王からもそれとなく言われていることだった。

 王がダークエルフたちに信を置いていないわけではない。

 むしろ敵側の能力に対する警戒を強めているがゆえの行動だと、キャリアとメアリアは理解していた。


 双子の少女は、襲撃の際その場にいなかった。

 故にどの様な状況下にあったのかを直接見たわけではないが、それでも何が起こったのかは詳細な説明を受けている。

 その上で、相手が何か法外な能力を有しておりそれらへの対処は最大の慎重さをもって挑まねばならぬと判断をしていた。

 故に自分たちですら欺くように、意図的に嘘の情報を織り交ぜてみんなに説明したのだ。


「ではお主らではどうだ? イスラ殿から力を受け継いだことは知っておる。英雄として力を継承したならば、あの不可思議な力にも対処できるのでは?」


「難しい。相手の力が未知数。分からないものは忘れることができないの」


「そうですねお姉ちゃんさん……たとえキャリーたちが全力で戦える状況だったとしても、その力の前では敗北する可能性が高いです。なによりアトゥさんが呆気なく洗脳を受けたのですから」


「そうか……」


 彼女たちは第二の母であるイスラを失ったときに自分たちが理解できぬ能力の危険性について身を以て叩き込まれていた。

 決して抗えない、まるで世界の法則だとでも言わんばかりの強制力。

 それらは単純な力や知恵ではどうにもならない事象だ。

 マイノグーラの王であるイラ=タクトが神の如き力を持って国家と闇の配下を従えるのと同時に、敵もまた不可思議な力を持っている。


(敵が私たちから情報を抜き取る能力を持っていないなんて保証。どこにもないのです)


 だからこそ王も言葉を濁し、情報を封鎖しているのだろう。

 もはや盤上の勝負は単純な力比べではなく、互いの手札を隠して偽る詐欺師同士の化かし合いに移っていた。

 知らぬは彼らばかりである。いや、この状況で全てを察しろと言う方が難しいかもしれない。


「王は、なぜ我らを頼ってくださらないのだ? なぜすべてを明かしてくださらないのだ? 我らが王を裏切るはずがないというのに、それほどまでに我らが不甲斐ないか?」


「多分、みんなを失いたくないんだと思うのです。先日の襲撃の時、ダークエルフの戦士さんが何人か殉職されました。彼らは決して弱くなかったのですが、けれど一切の抵抗ができなかった」


「虫さんやニンゲンーも死んだ。きっと王さまはそれが繰り返されることが辛いの」


 ほろり、と姉のメアリアが瞳に涙を浮かべる。

 その姿を見たキャリアが慌てたように席から立ち上がり、姉へとかけより抱きしめる。


「お姉ちゃんさん、泣かないでください。キャリーまで悲しくなってくるのです……」


 そうしてすすり泣き、二人は互いを慰める。


 無論口からのでまかせである。

 すべてウソで、勝手に作り上げたストーリーだ。

 全然悲しくはないし、この涙も無理やりひねり出したまがい物だ。

 だがコレで良い。

 きっとそうやって王も自分たちに嘘をついているのだから。


「王よ……そこまで我らのことを。くそっ、なんて不甲斐なさだ!」


 少女たちの名演に騙されたのか、それとも目が曇っているのか。

 ギアを筆頭に大人たちが感極まった表情を浮かべる。

 狙ってやってたことだが、キャリアとメアリアはあまりにもあっさりと騙された大人たちに今更ながら不安を増大させる。


「なんという、なんという御慈悲! 我らのことをそこまで! 我らのためにそこまで!」


 そんなことつゆ知らず。滂沱の涙を流しながら老いた賢者が感情を爆発させる。

 マイノグーラの国民となってから王への依存が高かった為、その代償もひとしおだ。

 反面情緒不安定な大人たちを見る少女の瞳は、やけに冷ややかだった。

 情けない大人しかいないと、子供は成長せざるを得ないのかもしれない。


 ともあれ、大切なのはそこではない。

 キャリアは姉と抱擁しあいながら考える。


(これから行われるのは、ひたすら情報の撹乱と誤魔化し合い。何が本当で何が嘘か、誰にもわからないのです……)


 敵はどの様な手段を用いて攻撃をしてきたのか?

 王はなぜ心の臓を突き穿たれながら平然と復活してみせたのか?

 なぜ王は一人で聖王国まで出立したのか?

 王は何を知り、何をするつもりなのか?


 全ては未だ深い闇の中に包まれている。

 それは、きっと全てが決着するその時まで決して明らかにはされないだろう。


(キャリーもうっかり騙されないように気をつけないといけないのです)


 キャリアは思い出す。この状況に置いて、最も重要かつ忘れてはいけないことを。

 そう……。


のですから)


 真と偽が入り乱れ、それは否応なしに自分たちを翻弄する。

 全てを知る者はただ一人、マイノグーラの王イラ=タクトのみであった。



=Message=============

一時的に《後悔の魔女エルフール姉妹》がマイノグーラの指導者になりました。

同期間中、イラ=タクトは指導者から離れます。

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