間話:偽装

 会議は踊り、されど幸いなことに牛歩ながらその歩みを進める。

 エルフール姉妹の主導による国家の運営は、その背後に王であるイラ=タクトの指示もありなんとかその軌道を元に戻そうとしていた。


 しかしながら、描いた青写真の通りに何事も行かないのが世の常である。

 細々とした小さな問題が実務段階で露見し、それらの対応に迫られるのもまた組織運営にの常であった。


「王さまが健在であると、国内外に知らしめます」


「む? その意図はなんだ? 王が襲撃にあったことを知っている者はかなり限定的だ。そしてそれらの者も王がご無事であったことは知っている。知らぬと言えば……襲撃者である聖女どものみだと思うが」


「その聖女たちが相手です」

「相手を混乱させるのー」


「なるほど。聞くにレネア神光国というのはまだ生まれたての赤ん坊のようなもの。クオリアから強引な形で独立したと言うし、あえて相手の耳に入るよう王の存在を匂わせることで動揺を誘うと言うわけか」


「はい。相手側は王さまを倒したと思っています。そこで王さまが生きていると知れば、少なからず警戒するはずなのです」


「嘘か本当か分からないもんねー」


 国内の統制にかんして言えばは盤石であり、付け入る隙が無いほどに統治されている。

 すなわち今回の作戦は体外的なもの。聖女たちの陣営に情報面から攻勢をかけるのだ。


「相手に対して直接的な損害を与える必要はないのです。ただ注意と動揺を誘えればいい。うまくいけばその隙を王さまが利用しますです」


 王がどの様な作戦でいるかはここにいる全員が知らない。

 ただエルフール姉妹に大きな権限が与えられている以上、こういった手段を取るであろうことも織り込み済みのはずだ。

 聖女たちを揺さぶることが果たして王の援護となりうるかどうかは本人しか分からぬが、少なくとも足を引っ張るということにはならないだろう。


「ふむ、たとえ敵の動揺が誘えずとも損は無いというわけか。……む? 少し待ってほしいのだが」


 特にデメリットの存在しない作戦にギアが頷きかけたところで、ふと気がつく。

 解決しなければならない問題が一つあったからだ。


「例えば先の事件――いわゆる襲撃の偽装情報を王の名で布告することによって自然な形でその健在を内外に知らしめることは出来るだろう。だが王その人が姿を見せないことには疑念が残るぞ。その辺りはどう対策をとるつもりだ」


 正論である。

 いくら王名義で宣言を出したところで本人が姿を見せなくてはその存在を疑問視されるだろう。

 無論国内向けであればそれでもよい。そもそもイラ=タクトはあまり表に出てこないため人々も気にはしないだろう。

 ただ聖なる勢力は別だ。必ずや調査が入り、姿を見せないとあっては容易にその不在が暴かれてしまう。

 何らかの対策が必要であったが、こちらも問題はない。この件に関してもこの双子の少女は解決策をすでに用意していた。


「エムルお姉さん」


「あっ、はい。何でしょう?」


 あまり会話に参加できなかったエムルがわたわたと顔を上げる。

 自分が入る余地はないなと聞きに徹したいたところに、突然虚を突かれた形だ。

 そんな傍目からみて滑稽なほど慌てるエムルに対して、キャリアは特に何か感想を抱いた様子もなくあっけらかんとした表情で告げる。


「明日から、お姉さんが王さまです」


「えっ、えええっ!!」


 素っ頓狂な叫び声があがり、会議は更に混乱の様相を見せることとなった。


 ………

 ……

 …


 数刻ほど経過しただろうか? 相変わらず会議室に詰める面々であったが、先ほどと違ってそこには見慣れない人物が居た。

 いや……見慣れた人物が、見慣れた格好をし、結果として見慣れない容姿となっていたのだ。


「うっ、ううう……私が王の変わりだなんて、恐れ多いですよぉ!」


 開口一番情けない声で鳴いたエムルは、王の変装をしていた。

 王が着ていたものと同じ外套を着たエムルは、半ば泣きそうな声でそう不満を漏らす。

 服装もわざわざ誂え、流石にここはごまかせないと目元だけを隠す特製のマスクを身に着けている。

 背格好が似ているため、新しい服装を身に着けた王だと言われれば容易に否定することはできないだろう。マスクに関しても、精神が弱い者が王と視線を合わせることは半ば禁忌であるとされているため慈悲深い王が配慮したとしておけばいくらでもごまかせる。

 総評として皆が想像する以上にその姿は王の影武者として合格点であり、後は適当なタイミングでそれとなく姿を見せれば良いだけであった。


「背丈がちょうど似ていたし、仕方ないのです。その格好だと重要書類を触っていても違和感がないし一石二鳥なのです」


「うう、そう言われても……」


 しょぼんとした様子でエムルが気を落とす。

 その様子が以前見たイスラに叱られるタクトそっくりだと思ったキャリアは、もしやこれは予想以上に成果をあげるのでは? と満足と同時に少しばかり喜びを抱く。


「こら! しゃきっとせんか! そんな態度で王の代わりが務まると思っているのか!?」


 だがそんなキャリアの内心とは裏腹に、面倒くさい老人が早速面倒くさい注文をつけ始める。

 これにはキャリアもエムルも顔をしかめて不満を顕わにする。

 加えてエムルなどは「そう思うなら貴方が変装してこの居心地の悪さを体験してみろ」と内心で文句を吐く始末。

 自分たちの命を救ってくれ、その未来に希望を与えてくれた存在。畏敬と畏怖を抱く偉大なる王の姿を借りることがどれほどの重圧となるか。

 とはいえそんな文句を言ったところでどうにもならないし、そもそも彼女もそこまで気が強いわけではなかったので不満を態度であらわすだけだ。

 そんな態度がやはりいけなかったのだろう。

 面倒くさい男2号、すなわち戦士長ギアが参戦する。


「やはり一番の問題は覇気のなさだな。我らが王とは見た目はどうあれ中身は別物だ。俺が知る王は、もっと偉大で魂から震えるものがあった。当然とはいえエムルではその百分の一も真似できていない」


 腕を組みながら評論家のように難癖をつける戦士長。

 まるで自分こそが王のなんたるかを知っているとでも言わんばかりの態度であるが、そんな態度だからこそ迂闊にも踏んではいけない地雷がすぐそこにあることに気が付かない。


「だが胸が薄いのは助かった。無駄にでかいと女性であることがすぐ分かってしまうからな! はっはっは!」


「――は?」


 普段から控えめでむやみと争いを好まないエムルもこれには一瞬で沸騰する。

 目の前にいる失礼極まりない男がダークエルフの女性に対して決して言ってはならない言葉を言い放った。

 ドスの利いた言葉とともにギロリと睨んだ瞳はまっすぐギアを突き刺し、隙あらば飛びかかってその顔面に拳を突き立てんばかりの気迫で体から漏れ出る気配も数倍増しだ。


「……そ、その意気だ。なんだ、僅かだが王の畏怖を真似出来るじゃないか?」


「この人、死刑にしていいですか? 影とは言え今の私は王なんですよね? ならできますよね死刑?」


「じゃあ処刑の命令書くださいです」

「決裁するー!」


 ダークエルフの女性は総じて胸が薄い。

 これは種族的な特徴で、本人たちの努力では如何ともし難いものがある。

 故に彼女たちはこの件について触れられると瞬間湯沸かし器の如くブチ切れる。

 賢い男子なら決して触れることのない火薬庫なのである。


「まぁ待て待てエムルよ。こやつはまだ使えるゆえ、死刑にするのはもう少し待ってくれ。王がお戻りになったらさっさと吊ってしまって構わぬからな」


「デリカシーにかけるのです」

「首を切って柱に吊るせー!」


 なお付け加えるのなら、マイノグーラが誇る英雄である汚泥のアトゥも胸に関しては慎ましやかであり、ダークエルフ女性たちの気持ちに寄り添っている。

 王であるイラ=タクトはこういう場合にノーコメントを貫くし、そもそも女性の胸についてことさら言及するのはデリカシーがない行為だとちゃんと認識している。

 むろんモルタール老がこの件で助け舟を出す気は一切ない。


 四面楚歌とはまさにこのことであった。


「い、いや……ははは。なんだ、じょ、冗談ではないか。俺はエムルの偽装は完璧だと思うぞ、うん!」


「黙ってくれます? この件については王がお戻りになってから直談判しますので」


 白々しい誤魔化しを言葉の鋭さだけで黙らせたエムルは、さっさと気持ちを切り替えて王の偽物としての職務をまっとうすることにする。

 こうなってしまっては仕方ない。最後まで己の役割をまっとうするだけだ。


「というか話を戻しますけど、もし誰かに話しかけられたらどうするんです? 私と王じゃお声が全然違うから、喋ると一発で分かっちゃうと思うんですが……」


「その点は大丈夫なのです」

「え、どうして?」


 自らの疑問に当然のように返すキャリアに思わず首をかしげてしまう。

 容姿に関しては業腹だが認めよう。顔についてもマスクがあれば問題はない。

 だが声に関しては大きな問題があるはずだ。

 流石に彼女も王の声真似までは不可能だし、そもそも声質が違う。

 と思ったのだが……。


「王は知らない人とは喋らないからです」

「こみゅしょー!」


「…………そ、そう」


 問題の解決は予想外のところで為されていた。

 なんとも言えない空気がその場に蔓延する。こうして会議は少々締まらない形で終わる。

 これ以上余計なことを言っては墓穴を掘る事になる。

 未だ混乱下にあるダークエルフたちと言えど、その程度の配慮に気が向く程度の余裕はあった。

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