第六十二話:再建(1)

 マイノグーラとフォーンカヴンが此度の会談で締結した条項は以下の通りである。


 ・フォーンカヴンはドラゴンタンの街をマイノグーラに譲渡する。

 その際、マイノグーラは都市に所属する市民で希望する者の移籍も受け入れる。

 ・マイノグーラはフォーンカヴンへ新兵器である銃器弾薬及びそれに付随する備品や戦術等を無償提供するものである。なお本事項は別に決定したとおりの戦力基準をフォーンカヴンが満たした段階で有償提供するものとする。

 ・マイノグーラ及びフォーンカヴンの都市間に街道を施設し、両国の交易と防衛を強化する。

 ・ドラゴンタンの龍脈穴は共同管理とし、別に定めたとおり運用を行う。

 ・マイノグーラ及びフォーンカヴンは引き続き世界の脅威に対して共に対処することを確認する。


 詳細は文官や担当官レベルで決定されるであろうが、主だった事項はこれらの通りだ。

 この日をもってドラゴンタンの街はマイノグーラ所属となる。

 だが言葉で記すのは易く、実際行うのは難い。

 ドラゴンタンの移譲に向け行うべき諸々の手続きと作業を考えると、むしろこれからが本番と言えた。


 ◇   ◇   ◇


 マイノグーラの宮殿にて王たるイラ=タクトは自らの腹心であるアトゥを呼び寄せ、今後の方針に関する秘密の相談を行っていた。

 タクトたちマイノグーラが元々『Eternal Nations』というゲーム由来であることを知っている者は限定的だ。

 タクトとアトゥ……今まではここにイスラも加わっていたが、現状ではこの二人だけがマイノグーラがゲームシステムを由来していることを理解している。

 故にダークエルフたちにも秘して相談せねばならぬことがあるのは当然であり、ゲームのシステムを踏まえて俯瞰的に状況を把握する時間が必要であった。


「ゲーム中でも都市の移譲や占領で所属を変えるにはそれなりのターンがかかったからね。これは仕方がないのかも」


 現在の話題はフォーンカヴンより譲渡されたドラゴンタンの街に関するものである。

 交渉に関しては概ね予想通り。ややフォーンカヴンとの結びつきが強くなってしまった結果であったが、同盟強化という点では許容範囲内であろう。

 しかしながら黄金よりも価値ある時間は常に消費され続ける。

 ドラゴンタンを譲渡されたとは言え、では明日からマイノグーラのものとはならず諸々の引き継ぎを含めた雑多な業務に時間を取られる形となっていた。


「そうですねタクト様。ただ平和的な移譲のため、最低限の都市機能を回復させてマイノグーラの都市として運用するにはそれほど時間がかからないと思われます」


「うん、そこは実にやりやすかった。フォーンカヴンの皆も納得してくれたようだし、ある意味で棚からぼた餅的に都市が手に入ったわけだ」


「街が一つ増えると出来ることが増えますからね!」


『Eternal Nations』において都市の取得は大きく分けて2つある。

 一つが自ら開拓団を送り込んで都市を作り出す方法。そしてもう一つが他の国家から何らかの形で得る方法である。

 どちらも時間がかかり加えてコストがかかるものであったが、蓋を開けて見ると平和的な都市の移譲というのは最も時間的にもコスト的にも効率的な方法といえよう。

 タクトは望外に得た成果に満足げな表情を見せながらも、同時に気を引き締める。


「忙しくなるね。いつまた敵対勢力が来るか分からない。国内外の調査に戦力強化、国力増強にフォーンカヴンとの交流強化。忙しいったらないよ」


「でも、ここからが国家運営の本番って感じですね」


 そう、ここからが本番である。

『Eternal Nations』においてその熱狂的人気の源泉となる一つが都市運営。

 ダークエルフたちと共に作り上げた大呪界のマイノグーラ首都においてもその魅力を十分に発揮することができたが、都市の規模が違う。

 ドラゴンタンの人口は現在三千人前後と予測される。戦争や移譲を理由とした人口流出によって現状ではこの規模だが都市のポテンシャル自体はもっと高い。今までよりも出来ることは増えるだろう。

 とはいえ危機はまだまだ去っていない。決して楽観視すべき状況ではないが、タクトは己の内にワクワクとした感情が湧いてくることを感じる。


「ああ、じゃあまずはフォーンカヴンに送る防衛戦力を検討しようか。食糧はこちらで用意して現地の住民には街の復旧をメインでやってもらおう」


 緊急生産によって戦力の補充はすぐに行える。

 マイノグーラが生み出せる配下はまだどれも初期のものばかりであるが、数を揃えれば立派な防衛力となり堅牢な都市を作り出すだろう。

 加えて既存兵力の拡充も怠らない。移籍してきた市民で兵役についていた者はそのまま新しい戦術に組み込むことによって戦力強化を行う。


「どこかの余計な奴らが死んでくれたおかげでお金はたくさんあるからね。さぁ、急ピッチで進めるよ」


 やることは山程ある。

 まるで何かに駆り立てられるかのように、タクトは国力の強化に傾注していった。


 ◇   ◇   ◇


 一方のドラゴンタンの街では、まさに混乱の極みと言ったところであった。

 街の移譲に関する決定が急であったのだ、そもそも住民にとっては寝耳に水で一体何が起こったのかと困惑する時間すら与えられていない。

 連絡も立て札一つ。地区の顔役に聞いても満足な回答は得られない。

 だが世界は急速に変化していく。

 いくら叫んだところでそれは待ってくれるはずもなく、人々は否応なしにその変革への対応を余儀なくされていた。


「お母さん。怖い……」


「だ、大丈夫よ。新しい王様は、きっと私達のことを考えてくれているわ」


 居住区の片隅に居を構え、ほそぼそと暮らすこの獣人の母親と娘もまたそうだった。

 特徴的な猫耳としっぽから彼女達が猫族であることがわかる。

 戦争の折に父親に逃げられ、蓄えた貯蓄と地区の住民たちより受けた助けでなんとかこの日まで食いつないできた、ドラゴンタンでは珍しくもない境遇の親子であった。


 ドラゴンタンがマイノグーラという国家に譲渡された話については彼女も地区の顔役より説明を受けていた。

 当然そこに住まう彼女たちも自動的にマイノグーラの国民とされるそうだ。

 拒否するものはフォーンカヴン本国へ行くことも許可されているそうだが、そもそも彼女たちにそんな余裕は何処にもない。

 ただ大きな流れに翻弄されるしかないのだ。


 今日は地区の顔役から聞いた配給日だ。

 新しい国は、自分たちのように困窮する住民に向けて食糧を提供してくれるらしい。

 すでに台所の備蓄は空だ。このままでは餓死するしかないと諦めかけていた親子は不安感を必死で押し殺して支度をする。


「さっ、いい子だから一緒に配給をもらいに行きましょうね」


「う、うん……」


 マイノグーラが邪悪な国家であるとは、市中においてもっぱらの噂だった。

 善なるものへの憎しみと怒りに溢れ、逆らう者を決して許さない。

 先日行われた両国の会談において実際に王を見たという兵士より端を発したその噂は瞬く間に住民たちの間に広がり、強い恐怖心を抱かせる結果となっている。

 果たして自分たちはどのようになってしまうのか? 今までは貧しいながらそれなりに暮らせることができた、だが次に来る生活は同じであるとは限らない。

 それどころか邪悪なる儀式の生贄にされたとしてもおかしくはないのだ。

 フォーンカヴンが自分たちを売ったとは思いたくはないが、かねてより街に襲来していた蛮族への満足とは言い難い対応を考えると最悪の予想ばかり湧いてくる。

 不安は拭えない。だが自分たちを助けてくれるものなど何処にもいないのだ。

 母は怯える娘の手を取り、数日ぶりに外へと続く扉を開ける。

 どうか最低限、生きていくだけのことはできますようにと祖霊に祈りながら……。


「ギギギギェーーーッ!!」


 そんな親子の目の前を突如巨大な蟲が高速で走り抜けていった。

 恐怖より驚きが先にくる。今まで見たこともない巨大なソレは、親子の存在など認識していないかの如く一心不乱に駆け抜けて行く。

 あまりの速度に発生した風でかき乱された髪を整えながら、親子はようやく目の前でなにか超常的現象が起こったことを理解する。

 なお恐怖はない。そもそも件の虫はすでに何処か遠くへ走り去っており姿すら見えないのだ。ただその奇怪な叫び声が聞こえるあたりまだ近くにはいるのだろう。


「お、お母さん! おっきい虫さんが! 虫さんが!」


「おっ、大きな虫さんだったわね」


 目をまんまるに見開きながら興奮気味に報告する娘に曖昧な笑顔を浮かべ、謎の巨大昆虫がやってきた方角へと歩き出す。

 マイノグーラは様々な悪しき魔物を従えると聞いた。

 きっとあの虫もそのうちのひとつなのだろう。

 どうやら例の虫は街の巡回を行っているらしく、その後何度か目撃することができた。

 無駄に早いためハッキリとその姿を確認することはできないが、まぁ向こうもこちらを気にしている様子はなかったので問題はなさそうだ。


 初っ端からマイノグーラの洗礼を受ける親子。

 恐ろしさよりも困惑がすごかったが、今度は驚きが彼女たちを待ち受けていた。

 それは彼女たちが街の大きな通りへと出たときに起こる。


「な、なんだかすごいわね……」

「ねーっ!」


 街はかつてないほどの活気に溢れていた。

 どこから用意したのか分からぬほど大量の資材に加え、支援物資と思われる様々な物がそこかしこに積み上げられている。

 どうやら街の修復に使うものらしく、あちらこちらで旧ドラゴンタンの住民たちが大わらわで動き回っていた。

 それらを指導するのはダークエルフの文官らしき人たちだ。

 見慣れぬ身なりと覇気に満ちたその態度から彼らがマイノグーラの首都から派遣された者たちであることがよく分かる。

 親子が知るドラゴンタンはもっと閉塞的で状況も相まって閑散としていた。

 それがどうだ。今や祭りでもするのかと言った状況で、何もしていないにも関わらずその熱気に当てられ気持ちが高ぶってさえきてしまう。

 そんな親子の興奮を知ってか知らずか、奇妙な一段が前方よりやってきた。


「おーいっ! この人肉の木は何処に持っていけばいんだ!?」


「あー……何処だったけ、たしか――っ!! はっ! かしこまりました! ご命令感謝いたします王よ! ――向こうの区画だ! 獣人の土木担当が整地してくれてるらしい」


「えっ、もしかしてお前、いま王からお言葉頂いたのか? くそっ! 羨ましいなおい!」


「はっはっは! 王は常に俺たちの働きを見てくださっているんだ! さぁ、いくぞ!」


 ダークエルフたちが引っ張る木製の台車の上には人の背丈ほどもある木が乗っていた。

 それは彼女達が知るそれとは大きく異なっており、まるで世界の法則を無視するかのように奇妙なねじれを見せており、どういうことか目や口に見間違う窪みすら存在している。

 またその木には奇妙な果実がなっており、人が食べるにはおおよそ適さないなにか冒涜的な見た目をしていた。


「おかあさん、すごい変な木だよ! 木! ……木?」


「えっと、何かしらね。明らかに見ちゃいけない実がなっていたような気がするけど……木なのかしらね」


 人肉の木って言ってた。完全に人肉の木って言ってた。

 しかもなぜかその木は器用にその枝を揺らして手をふるかの如く娘に挨拶している。

 チラリと見た娘は元気よく手を振り返しているが、自分が何と挨拶をしているのか理解しているのだろうか?

 樹木が歌って踊るのは物語の中の話だ。現実は歌いもしないし踊りもしない。

 いや……現在進行系で手を降っているのでどうやら間違っていたのは自分らしい。

 ガラガラと何処かへ連れて行かれる謎の樹木に母は頭痛めいたものを感じながら、いまだ元気よく手をふる娘を連れ歩く。


「えっと、確かここだったはずよ」

「わぁ! 人が沢山だよお母さん!」

「そうね、迷子にならないようにしましょうね」


 やがて街の広場に来た。

 つい先日までは蛮族との戦に向けて剣や矢といった様々な戦時物資が積み上げられていた場所だが、今はその代わりにマイノグーラが住民へ配給を行ったり様々な指示を行ったりする場所となっている。

 近くにあった案内の看板の文字は彼女たちのような身分の低いものでもなんとか理解できるもので、近くを警らしていたであろうダークエルフに確認をとって指示された配給受け取りの列へとならぶ。


 母は列の先をみやりながら、驚くほど街の住民が従順に並んでいることを不思議に思う。

 多種族国家であるフォーンカヴンでは様々な種族の人々が住まう。当然マイノグーラに移籍することになった住民も同様に多種多様だ。

 文化も風習も微妙に差異があるし、何より気性が全然違う。

 本来ならこうも簡単に言うことを聞くはずもないのにやけに皆おとなしく、それが母親には不思議に思えてならなかった。


「配給はこちらですぞーっ! さぁさぁドラゴンタンに住まう市民よ。王の国民よ! たらふく食べて偉大なる破滅の王イラ=タクトさまへの忠誠を高めるのだ! わっはっはっは!」


「お母さん、あの鳥さんは?」


「きっと新しい国の兵士さんよ。ちゃんとご挨拶するのよ」


「はーいっ!」


 配給場所にいた兵士と思わしき人物は、不思議な格好をしていた。

 頭から足まですっぽりと黒い布をかぶり、鳥の頭を模した頭巾をかぶっている。

 まるで自らの肌を露出することを避けているかのように手までグローブを付けているその兵士は、見た目の異質さとは裏腹に軽快な声で配給を住民に渡している。

 もしかしてあの中身には人ではないなにかおぞましい存在がうごめいているのでは?

 そんな非現実的な考えを抱きながら、母は自らの順番が来るのを待つ。

 奇しくも母親の想像通りの化け物であるそれは、マイノグーラが誇るユニットの一つ、ブレインイーターと呼ばれる存在であった。


 無論親子がそんなことを知るはずもなく、自らの順番が来た娘は元気よく挨拶をする。


「おはようございますっ! トトっていいます! 四歳です!」


「これはご丁寧におはようございます!! ブレインイーターのシゲルです! 生まれたてのゼロ歳児でございます!!」


 見た目の奇妙さとは違い、その陽気な仕草は娘の心を溶かすに十分だったようだ。

 この気さくな兵士が気に入った娘は途端に顔をほころばせ、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「さぁさぁ、元気に挨拶できる子には沢山配給を差し上げましょう! 模範的で忠誠ある市民に対しては、王は最大の褒美にて報いるのです!」


「えへへ、ありがとうっ!」

「ありがとうございます」


 娘の代わりに配給の包みを受け取りながら、母親は丁寧に礼をする。

 そうしてチラリと自分の後ろを見、さほど列が長くないことを確認してから意を決したように質問をする。


「あの……それで相談がございまして。実は私達親子は夫がおらず、子供も小さいため働き口がなかなか見つからないのです」


 いまは配給が行われているがそれも永遠に続くわけではない。

 どうにかして働き口を探さなければこの後自分たちが生きていくことはできないだろう。

 娘を自宅において働きに出ることも考えたが、それはあまりにも危険なため母親には選べない。

 兵士の数が少なく治安も良いとは言えない現状では、人攫いにあう可能性も捨てきれないと彼女は考えていた。

 なにか自宅で出来る内職のようなものを斡旋してもらえないかと思う母親であったが、返ってきた言葉は想像とは全く別のものだった。


「なるほど! 専門が違うので難しい話はわかりませんな! わっはっは!」


 なるほど、鳥頭である。

 元気よく笑うその姿はいっそ清々しいが、求める答えは一欠片も含まれていない。

 そもそも彼は配給役だ。この様な相談を投げかけるべきではなかったのかもしれない。

 誰か話のわかる人を紹介してほしい。そう考え母親が口を開こうとするその前に、助け舟はいつの間にかその場所にいた。


「そちらに関しては大丈夫なのです」


「あっ、貴方は?」


「一応この鳥頭さんたちの上司になりますね。キャリアと言いますです」


 母親が気づかぬ間に現れたダークエルフの少女は、自らをそう名乗りペコリと頭を下げる。

 上司ということは部隊長かなにかだろうか? 娘よりは大きいが成人しているわけでもないこの少女がそのような高い位置についていることに驚きを隠せない。

 そんな彼女の内心を知ってから知らずか、キャリアはスラスラと母親が求めるであろう答えを説明し始めた。


「母子家庭や病人がいる家庭、働き手が不在の家庭に関しては王さまから優先的に配給を回すよう指示が出ています。税もドラゴンタンが再建完了まで免除。その後も状況に応じて減免制度や支援制度が作られる予定なのです」


「えっと、それはどういう……」


 難しい言葉を並べられ混乱する。

 母親に学はほとんど存在していない。元々教育レベルが低いフォーンカヴンである上に、今までの生活でそのようなものを要求されたことがなかったからだ。

 自分より遥かに年下の少女からもたらされた言葉に必死についていこうと頭を働かせる母親。

 どうやら動揺が瞳に出ていたようで、目の前の少女――キャリアはなるほどと得心した様子で言葉をかえる。


「誰であろうと真面目に生きている民を王様は決して見捨てないということなのです」


「あっ、はい! ありがとうございます」


 ようやく自分でも理解できる説明を受けることができた。

 邪悪なる国家の王がその様な慈悲深い行いをするのだろうか?という疑問も湧いたが、なぜかそれは当然のことであるとして疑問は霧散していく。


「全ては王さま、イラ=タクトさまのおかげなのです」


「はいっ! 偉大なるイラ=タクト王の慈悲に感謝いたします!」


 マイノグーラは恐ろしい国家だと聞いていた。

 善なるものに憎しみと怒りを抱き、逆らうものを決して許さぬ悪逆非道なる者たちであると。

 だが蓋を開けるとどうだ、なんと慈悲深く寛大なのだろうか。

 感激の涙が思わず零れそうになってくる。

 安堵が感謝となりかわり、王であるイラ=タクトがもたらした慈悲に対する忠誠がこれでもかと沸き起こってくる。

 自分たちは庇護されている。今まで重くのしかかっていた将来への不安が嘘のように消えていく。

 母親はようやく肩の荷が下りたかのような気持ちになった。


 ああ、マイノグーラはなんと素晴らしい国なのだろうか。

 貧しく力の無い自分たちでもなにか国の役に立つことをしたい。焦燥感にも似た思いに駆られた母親は、帰ったら早速そのことを娘と一緒に考えてみようと心に決める。

 まだマイノグーラの国民という実感は多くない。親子の世界は狭く、知らぬことは多い。

 これから学ぶことは沢山ある。だが親子の瞳はどこか誇らしさに輝いていた。


「やめろ! はなせこのっ! バケモノが!」


 ……ふと、何やら喧騒が親子の猫耳に入ってきた。

 チラリと視線を移すと大柄な牛の獣人が別の鳥頭――ブレインイーターに引きずられている。

 何か問題でも起こったのだろうか? 晴れがましい思いと決意が無粋な叫びに汚された様な気持ちになり、少しばかり不快感が湧いてくる。

 眉をひそめながらその様子を観察していると、娘のトトが声を上げた。


「キャリアお姉ちゃん! あの人はなぁに?」


「なんでしょう? シゲルさん、知ってますか?」


 キャリアの言葉にぐるりとその首を横に向け、じぃっと件の騒ぎへと視線を投げつけるシゲル。

 やがて彼は思い出したかのようにポンと手を叩く。


「ん~~? おおっ! 確かあれは無辜なる市民より配給を脅し取ろうとしていた不埒者ですな! 裏で捌いて小銭でも稼ごうと考えていたのでしょう。今から生きたまま皮を剥いで処刑します」


「だそうです。悪い人を捕まえたので、皮を剥ぐらしいのです」


「えっ! か、かわを!?」


 さらっとえげつないことを言われた。

 奇妙な兵士と、ダークエルフの少女はそれが当然の行為であるかのような態度を見せている。

 まるでこれから休憩するのでお茶でも入れます。かの如き気軽さがそこにはあった。


「ですです。よければご覧になってください」


「えっ、ええっ……」


 母親は困惑する。確かに罪人は許されざる存在である。

 この様な状況下にあっては無法者には厳罰が必要であろう。特に貴重な配給を脅し取ろうなど死罪もおかしくはない。

 だが……皮を剥ぐのはどうだろうか?

 加えて見ていってはどうかと来た。罪人の死刑が見世物になるのはよく聞く話だが、流石に皮剥ぎを見世物にするのは聞いたことがない。

 どうしたものかと困惑する母親、すると彼女の袖がくいくいっと引っ張られる。


「お母さん! あたし見に行きたい! 悪い人が生きたまま皮を剥がれるところ、見てみたい!!」


「ええっ……」


 娘がとんでもないことを言い出した。

 瞳がキラキラと光っており、ワクワク感が全身から溢れ出ている。

 罪人が生皮剥がれるところの何処にワクワクする部分があるのだろうか?

 せっかく平和に暮らせると思ったのに今度は娘の将来を心配せねばならぬようだ。


「ま、まぁちょっとだけなら……」


「やったーっ!!」


 とは言え何事も勉強である。

 罪人が苦しみながら死ぬところを見ることで学ぶこともなにかあるだろう。

 加えてちょっぴり自分も見てみたいという気持ちが母親にはあった。

 長らく辛く苦しい生活をしていたのだ、これくらいの娯楽は許されて良いだろう。

 そんなことを考えながら母親はキャリアと配給役のブレインイーターに別れの挨拶をする。


「ごゆっくりなのです」

「お気をつけて!!」


 ブンブンと手を振りながらピョンピョンと跳ね回る娘を騒がぬよう軽く叱りながら、母親はどこかウキウキとした気持ちで処刑会場へと向かうのであった。



=Eterpedia============

【ブレインイーター】衛生兵ユニット

戦闘力:3 移動力:1

対人間戦闘  + 50%

対人間治療  + 50%

人間都市治安 + 50%


ブレインイーターはマイノグーラにおける衛生兵です。

基本的な能力として同じスタックの味方ユニットを毎ターン回復させる能力を有

しています。

また人間に対して強い執着を持つ彼らは、人間及び近縁種である亜人に対して強

力なボーナスを持っています。

ただし人間種が存在しないマイノグーラで運用するためには特殊な戦略が必要と

なり、その運用難易度は高くなっています。

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