第四十八話:そして神々の遊戯が始まる(前編)

【イドラギィア大陸南部――未開の領域】


 男が一人、何もない荒野の真ん中で膝をついていた。


「こ、怖えええええええっ!!!」


 叫ぶ。

 その顔は引きつり、酷いストレスを感じているようにも思える。

 いや、明らかに先ほどまで何かしら望まぬ状況にいたことが明らかな態度であった。

 年齢にして16~18歳程度。

 黒の学生服に身を包み、腰には鮮やかな装飾の刀を差している。


 男は、この世界の人間では無かった。


 彼は先ほどまでのやりとりを思い出し再度「怖ぇぇぇ!」と地面に向けて叫ぶと、ようやく落ち着いたのかフラフラと立ち上がる。

 魔王を倒した彼は、自分が先ほどの乱入劇を繰り広げた経緯を思い出し、なんで自分がこんな目に遭わねばならぬのかと、神を呪った。


「な~にがっ『いたいけな美少女がピンチでの、今すぐ助けに言って欲しいのじゃ~!』だ! ぜんっっぜんピンチじゃ無かったし、むしろ怒られたじゃねぇか! あのアホ神がっ!」


 空に向けて叫び散らす、地団駄を踏みながらギャーギャーと騒ぐその姿はいっそ滑稽で道化じみている。

 だがその言葉には聞き捨てならぬ文言が含まれ、その内容は聞く者が聞けば驚きに目を丸くする内容だった。


 そう、神は存在する。

 神とは彼をこの世界に送り出した存在である。

 それは自らを神と名乗り、自分がしでかした何らかの不始末を解消するために彼に第二の人生を与えた。

 男が持つ過去の記憶は、目の前で光る二つのライトの明かりで一旦途絶している。

 おそらく自分は何らかの事情で死んだのかもしれない――と、理解するまでもなく神より真実が告げられ、その詫びとして絶大なる力と第二の人生を与えられたのが始まりだ。


 それからだ。

 白く無限に続く世界での邂逅の後、彼はずっと神の指示に渋々従ってきた。

 それは大抵とりとめも無く、やれ「遠くに現れた魔物を適当に倒せ」だの、やれ「全力でダッシュしてみろ」だのまるで子供が初めて手に入れた玩具で遊ぶかの如き支離滅裂で無目的じみたものだった。

 無論彼にも自由意志があるため逃げ出すことは容易だったが、神という存在に対する一定の敬意があった事に加えて、見渡す限りの荒野と一向に発見できない人の気配に不安が残ったことで渋々とそのお遊びに付き合ってきたのだ。

 そんな中で初めて意味がある依頼を受けた――と、その時の彼は考えていた。


 彼に魔王の撃破を願い出たのは他ならぬ神と自らを呼称する存在だった。


 だが蓋を開ければこの有様だ。

 どうやら彼の参戦は完全に余計なお世話だったらしく、遭遇した三人の少女からは鋭い視線とキツイ対応を受けた。

 以前の彼なら両足を震わせながら引きつった笑みで謝罪をするばかりだっただろう。

 その点ではメンタルの強さも与えてくれた神に感謝したいと少しだけ考え、彼は大きく頭を左右に振った。

 そもそもあのふざけた神が余計な事を言い出さなければこんな事にはならなかったのだ。

 全ての行動が裏目に出ていた。


「いや、まぁ確かに俺にも悪いところはあるよ。女の子を助けてもしかしたら……! みたいな展開を考えなかったかと言われれば嘘になるし、そのせいであんまり良く観察せずに割って入ったしさ」


 彼は読書家であり、その流れでアニメや漫画、映画なども見るようにしていた。

 その中で流行だったジャンルに異世界転生というものがある。

 ひょんな事から異世界で第二の人生を送ることになった主人公は、苦難や冒険を乗り越え偉大なる功績を残しながら成り上がるのだ。

 そんな主人公の傍らに付き従う多くの美女美少女。

 話題になったいくつかの作品を思い起こしながら、もしかして自分もと思ったのが運の尽きだった。


「けどあのダメ神も『助けた美少女がお前さんに一目惚れでうっはうはじゃぞ!』とか言って煽ってくるしよぅ! いやー、まんまとはめられたわ。女の子のあんな冷たい視線、前世でも味わったことないぞ。いやマジで」


 ともあれ、現実は些か彼に厳しかったようだ。

 助けるべき女子はそもそも助ける必要がなく、むしろ余計なお世話とばかりに彼に殺気を飛ばしてきた。

 どうやら彼の知る物語の中とは違って、女子とは中々に逞しい存在だったらしい。

 もっとも、彼が全面的に悪いのかと言われれば疑問は残るが。


「腹立ってきた!」


 彼が叫ぶ。

 全ての原因が神にあると思い出したからだ。


「おーいっ! クソ神! 出てきやがれ! 今すぐ出てきてこの状況をきっかりしっかり説明しやがれ! 納得いかねーぞコラ-っ!!」


 彼はさらに叫ぶ。

 だがまるでその言葉が届いていませんとばかりに返事はない。

 都合が悪くなるとすぐこれだ。彼は相変わらず調子の良い神を思い起こし、更に怒りを増すと地団駄を踏む。


「ご主人様ーっ!」


 そんな最中、誰もいないはずのイドラギィア大陸未開地域にある荒野のど真ん中で、彼に声をかける者が現れた。


「んっ? ああ――」


「はい! あなた様の奴隷、――です」


 それは彼がこの世界に来て初めて出会った少女だ。

 神がどこからか手に入れてきた奴隷の少女らしきこの娘は、まるで雛鳥が親について歩くかのように彼を絶対の主として従い尽くしてくれる。

 神に対して不満ばかりの彼だったが、この奴隷の少女がいるからこそある程度は神を許している部分があった。

 なんと言っても彼も男。可愛らしい少女にはめっぽう弱かったのだ。


「そういや今まで隠れてたんだよな。怪我とかなかった?」


「大丈夫ですよ、神様の不思議パワー? とかで守られていましたから!」


「アイツなんか言ってた? ってか変なことされなかった!?」


「えっと、伝言を頂いてます。あの……『ごめーんねっ♪』だそうですぅ」


「次あったら絶対許さねぇ……」


 主の怒りが伝わるのだろうか、それとも彼女も神の自由奔放さに辟易としていたのだろうか、奴隷の少女は苦笑いを浮かべながら男の言葉に小さく頷きその意見に同意する。


「まぁ……チート能力くれたことは正直感謝するけど。いやまぁ、現実は小説みたいに上手くいかないもんだなぁ!」


「ちーとのーりょく? ってなんですかご主人様。あっ! あぶなっ――」


 チン――と、小さな音が聞こえる。

 少女がその音色の元が刀の鞘に刃が収まる音だと認識した時には……。

 岩陰から顔を覗かせこちらに獰猛な視線を向けていたヒルジャイアントは、その身体をバラバラに切断され地面へと崩れ落ちていた。


「あー、大丈夫大丈夫。――もう終わってるから」


 目にもとまらぬ早業。

 奴隷の少女が主の背後の岩陰にヒルジャイアントを発見して警告しようとする前に、全てが終わる。

 絶技とも妙技とも表現でき、ともすれば奥義とも言って差し支えない神速の斬撃が無造作に放たれていた。


「しゅ、しゅごい! しゅごいですご主人様! 流石ご主人様!」


「はは、なんてことはないんだけどな。なんせチートなんで」


 過分な評価に思わずポリポリと頬をかく。

 だが自らの主が持つ無限にも等しい力の一端を垣間見た少女は、興奮のあまりたまらずぴょんぴょんと跳びはねる。

 その愛らしく無邪気な姿を見ていると、彼の中にあった怒りも自然と静まり「まぁいいか」という気分になってくる。

 いろいろと神に対して言いたいことがあるのは事実なのだが、この少女と共にいる事だけで彼は満足だった。

 彼は静かに地平線の向こうへと視線を向ける。

 見渡す限りの荒野には巨岩が転がるだけで、人の気配はない。

 だが当ては無くても歩みを進めねばならぬだろう。

 ここにいる理由はどこにも無いのだから。


「さて……ドコに行くべきかな?」


「北がよろしいと思いますよ? ご主人様」


 神に与えられた奴隷の少女が、柔らかな微笑みを浮かべながらそう提案する。

 何か考えがあるわけでも無かったし、事情を聞ける神もどうやら自分たちとの接触を拒否して絶賛逃亡中のようだ。

 どちらに行っても良かったが故に、彼は奴隷の少女の意見を受け入れる。


「そうだな……そうすっか!」

「はいっ! お供しますご主人様!」


 このまま行けばいずれどこかに着くだろう。

 そうでなくても問題があれば神が接触をしてくるのは間違いない。

 なぜなら……神と彼には目的があったから。


「あーあ、あのおふざけクソ神は今度あったら説教1万時間コースだとして…………世界を救うねぇ。出来るかね俺に」


「できますよご主人様なら! だってこーんなにもお強いんですものっ!」


 かんはつ入れずに少女が彼を賛美する。

 少しばかり期待が重いと思いつつも、彼は奴隷の少女が持つ美しい黒髪をふわりとなで上げた。


「アニメや小説のチート主人公になってみたいとは思ったけど、実際なると結構大変な事ばっかりだなぁ……」


 主の言葉に奴隷の少女はニコニコと屈託のない笑みを浮かべるだけだ。

 きっと彼の勝利と栄進を疑っていないのだろう。

 根拠は無いが、それだけで無限の強さが湧いてくるような……そんな気がした。


「けどまっ、いっちょやってみますか!」


 彼は進む。

 神との約定は世界を遍く正義の光で満たすこと。

 空の全て、海の全て、そして地の全てを制し、この世から悪を駆逐すること。


 それこそが、この異世界転生を果たした男に対して"ふざけた神"が望んだことであった。




【聖王国クオリア北方州――魔女事変発生域】


 雪に全て閉ざされた世界。

 大地が凍り、街が凍り、人だった物が凍り付く。

 魔女事変の発生中心部であり、聖王国クオリアより第一級の災害地域に指定されているこの街の跡において、生きる存在は皆無に等しい。


「…………」


 一つが華の聖女ソアリーナ。

 足下まで伸びた金糸の如き髪と花のあしらいがされた独特の聖装に身を包む彼女は、杖の一振りで辺り一帯を焼却する奇跡を授けられた決戦兵器だ。

 そしてもう一つ。極寒の地に悪意のまま蠢く者。


「チックタック♪チックタック♪ 神様はサイコロを振らない♪ 夢も希望もどこにもない♪」


 遠くより歌声が聞こえた。

 奇妙かつ悪意に満ちている。ソアリーナがその超人的な聴力と記憶力で探りを入れるが、その歌詞は彼女が知るどれとも違った。

 ……歌声はソアリーナへと近づいてくる。


「人生なんてしょせん暇つぶし♪ 神様が作った盤上遊戯♪ 死に死に死んで、また楽しく死のう!」


 やがて雪と氷に埋もれたかつて聖堂だった瓦礫の隙間から、一つの影がひょっこりと顔を覗かせる。


「るんたった、るんたった♪ エラキノちゃんはダイスを振らない。全ての結果は神の掌」


 その少女を一言で表現するのであれば、現実に現れた異物だった。

 ソアリーナが知るどの種族や部族とも違った桃色を基調とした衣装に身を包み、ケバケバしい道化にも似た化粧を施している。

 身体中に鈴らしきものを身につけ、それは彼女がスキップするたびにカランコロンと鈍く奇妙な音色を奏でていた。


「るんたった――た」


 聖女は動かない。対する少女もそうすることが当然であると言わんばかりにソアリーナの前へと歩みを進める。

 やがて……珍妙な音色と奇異な歌が終わり、聖女の前で少女が立ち止まった。


「やぁやぁ初めまして久しぶり。聖女ちゃん――元気にしていた??」


「魔女エラキノ……」


 この少女こそが、魔女エラキノ。

 雪に閉ざされたクオリア北方で猛威を振るい、数多くの街と人民を破壊し尽くした大災厄だ。

 失われた民の命は数知れず、散っていった聖騎士の数ですらもはや新たな慰霊教会と墓地を建築せねばならぬ程だ。

 栄華を誇るはずの聖王国クオリアが受けるにはあまりにも現実離れしており、かつ甚大すぎる被害だった。


「今日こそは、貴方の秘密を解き明かします」


 手にもつ聖杖を構え、静かにソアリーナはそう告げた。

 これ以上の言葉は無粋。

 否――危険なのだ。


 聖女ソアリーナは、魔女エラキノに対して能力的に優位にいる。

 ソアリーナが把握しているエラキノの能力は基本的に《啜り》と呼ばれるものであり、これによって人々を都合のよい人形へと作り替えることができる。

 死者が動き出すゾンビににも似たそれは、生前の力以上の腕力を振るい、頭部を破壊する以外では生半可な攻撃では動きを止めることはできない。


 翻ってソアリーナの能力は《花葬》と呼ばれる、辺り一帯に大規模な火炎を召喚する技だ。

 啜られた者達から猛攻も奇跡の一つで全て灰に帰すことができる。

 ソアリーナ本人が受ける心の痛みを除外すれば、聖女の中で最も効率よく魔女の技を封じる事ができるといえる。


 だからこそ、エラキノはソアリーナに絶対勝てない。

 絶対に勝てないからこそ、聖女ソアリーナは最大級の警戒を持って魔女エラキノに対峙する。


 なぜなら、エラキノはもうすでに21回も殺害されているのだから……。


「いやぁ、記念すべき22回戦だね聖女ちゃん! そろそ~ろ、エラキノちゃんは聖女ちゃんに勝ちたいなって思うのだ!」


 確実に殺している。

 死体を完全に焼却したこともあるし、神聖な封印術を施したこともある。

 最近ではわざわざ死体を持ち帰ってバラバラに裁断して塩漬けにしたことすらあるのだ……。

 その全てにおいて、エラキノは素知らぬ顔で復活し、ソアリーナの前に現れた。


 別人では無い。何らかの闇の秘術を用いた複製というわけでもない。

 むろん22人の姉妹がいるなど論外ですらある。

 つまり……今まで殺したエラキノは全て同一人物なのだ。


 その事実がソアリーナを警戒させる。

 なにより……。


「前の聖女ちゃんが負けちゃったこと――警戒してるのかな??」


 魔女エラキノは"顔伏せの聖女"を打ち負かしている。

 命はなんとか助かったものの、現在かの聖女は絶対安静の状態。

 他の聖女が急遽治療に当たっているとのことだが、クオリア特有の権力闘争が足を引っ張り詳細な情報は未だ入ってこない。

 優位に立っていたはずの顔伏せの聖女が敗北した理由が分からないのだ。

 なにもかもが後手に回っている。

 その事実と共に失われていく命が、ソアリーナの心を鈍く蝕んでいく。

 だが……。


「貴方がどのような技を使おうとも、私はただ神の名の下に邪悪を討ち滅ぼすのみ」


 彼女は聖女だ。

 こぼれ落ちるものが一人でも残っているのなら、それを救う為に苦難を受け入れることになんの迷いがあろうか。

 彼女が……救わなくてはいけないのだから。


「かーっ! 相変わらずのカタカタだなぁ聖女ちゃん! ダメだよそんなんじゃ、もっとゆる~くいこ?」


 砕けた口調を伴いながら、エラキノが手をゆっくりと振り上げる。

 戦いが始まろうとしていた。

 それはいつも一瞬で終わる。

 エラキノが何かを発動し、神の加護の前にその効果が打ち消されソアリーナの聖杖が魔女の心臓を打ち抜くのだ。

 ある意味で八百長にも似た流れが、ここ数回の戦いの全てだった。

 だが、22回目のその日は何かが少し違った。


「いやね、まぁぶっちゃけエラキノちゃんもそろそろ勝たないと怒られるんだよね。――だから」


 いつになくエラキノが真剣な面持ちを浮かべている。

 それはどこか決意を感じさせるものであり、同時に浮かぶ焦りの表情が彼女にも何らかの事情があることを示していた。

 だがソアリーナはここで致命的な過ちを犯してしまう。


 どのような事があっても神の加護が自らを守ってくれると過信してしまったのだ。

 事実彼女が持つ神の加護はいままでエラキノが放つ不可視の悪意を全て防いできた。

 何らかの攻撃に晒されながらも、その力をソアリーナまで通すことなく消し去ってきたのだ。


 だから。


「――今日もサイコロを振るね」


 だからその予兆を見逃してしまったのかもしれない。


「またソレですか。結果は変わりません。どのような悪しき企みを行おうと――」


 カランコロンと、何かが鳴った。


=Message=============

 エラキノの《啜り》判定

1d100=【100】 判定:クリティカル

―――――――――――――――――


「――あっ」


 22回目の戦いはあっけなく終わった。

 ソアリーナが小さく驚きの言葉を漏らし。それで終わりだ。

 気がつけば聖王国クオリアの決戦兵器はその身体から力を抜き、瞳から意思の光を消している。

 エラキノの能力が、彼女の魂を捉えた証左であった。


「え、えっと……もしかしてクリった?」


 なぜかしばらく唖然としていたエラキノ。

 彼女は信じられないといった表情を見せると、どこかおぼつかない足取りでソアリーナのすぐ目の前までやってくると虚無の表情で立ちすくむ彼女を確認するかのようにその目の前で手をひらひらとさせてみる。

 やがて何らかの確信を得た彼女はフルフルと震えながらうつむく……。

 そして。


「よっしゃあああああ! エラキノちゃんはやったぞぉぉぉぉ!」


 大地に響き渡る大声を上げて、空に向かって拳を突き上げた。


「いやぁ、苦節22キャラ目。設定を変えに変えてもらったエラキノちゃんは、ついにつよつよ最強キャラとして君臨することができたのだ!」


 ソアリーナの周囲をスキップしながらぐるぐると回るエラキノ。

 ウキウキとしたその表情はまるで少女のようで、数多くの人々を不幸のどん底に陥れた存在と同じとは到底思えない。

 吹雪が強くなる。

 だがこの場所だけはなぜか春の如く陽気な気配が漂っており、それは魔女エラキノただ一人から発せられていた。


「マスター! マスター! 見てるマスター!? やったよ、エラキノちゃんはやったよぉ! 褒めて褒めて!」


 不思議なことが起きた。

 エラキノが何かに向かって声をかけ始めたのだ。

 彼女の視線は空に向けられている。無論その視線上に何かが存在する訳でもなく、何らかの技術によってここにはいない誰かと話をしているようだった。

 その相手は……マスターと呼ばれていた。


「うんうん、なるほろなるほろ。確かにそうだね! 検証は必要かもかも? 流石マスター! って、え? ええっ!? ちょ、ちょっと! エラキノちゃんというかわかわPCが居ながら、聖女ちゃんにうつつを抜かすとは檄詰め案件だよっ!」


 空に向かってわーわー叫ぶエラキノ。

 その顔は興奮により紅潮し、何かに対して非難しているものの喜びからか顔の緩みが隠せずにいる。

 どうやら相手はエラキノとそれなりに親しい仲のようだ。そしてエラキノより上位の立場にいると察せられる。

 その内容はこれからの作戦を相談しているようで、エラキノが何らかの組織に属している事を示している。


「それで……これからどうするのマスター?」


 相談は続く。

 無言で立ち尽くす聖女ソアリーナを置いて、魔女は何者かからの指令を受け取る。

 ウンウンとわざとらしい仕草で頷いていた彼女だったが、やがて何かに気づいたかのようにポンッと手を打った。


「おおっ? そうだね、そうだねマスター! 神様のお願い事があったよね! アイサー! アイサー!――」



「アイサー! マイ、ゲームマスター♪」



 そして自らが絶大な信頼を寄せる存在に届くように、エラキノは少女然としたお辞儀を行った。


「ふふふ、マイノグーラ……か。ワクワクしてくるね!」


 エラキノが顔を上げた時、そこにあるのは魔女のそれだった。

 彼女はすでに命を受けている。

 出だしは順調そのもので、今回ばかりは天運が彼女に味方してる。

 だからこそここで決めねばならない。でなければ彼女に後はないのだから。


「さぁさぁエラキノちゃん。踏ん張りどきだゾ! "ダイスの神"の思し召しのままに! ダイスの出目の示すがままに! エラキノちゃんは突き進むじぇ!」


 エラキノが両手を広げて楽しそうにジャンプする。

 彼女の決意に呼応するかのように、啜られて心を失った者達がぞろぞろと現れまるでパレードのように魔女エラキノとそれに伴う聖女ソアリーナの後ろをついて行く。


 願いがあるのだ。絶対的な、なにを捧げても叶えたい夢が。

 その為には決してここで負けるわけにはいかない。


「世界征服の時間だ! ひゃっほーーーいっ!!」


 エラキノは南に進路を向ける。

 彼女がマスターと呼ぶ者の為に、"ダイスの神"との約定のために。

 世界を征服するために……。

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