第二章:生まれ芽吹く絶望の鼓動

第二十話:双子(1)

 聖王国クオリアによる調査隊を撃破し、仮初めの日常といくばくかの猶予を手に入れたマイノグーラ。

 時間は自らの有利に働くという当初の推測どおり、彼らは着々とその力をつけている。

 本日もまた一つ、マイノグーラがこの世界での地位を盤石ばんじゃくとせんが為の施設が建設を終えた。


「遂に完成してしまった!」


「はい!! 王宮が完成しました」


「《戦術魔法》も試験段階に入っているし、これである程度地盤は整ったかな?」


 彼らがプレイしていたゲーム。『Eternal Nations』では戦術魔法という技術が存在している。

 これは各種属性に基づいた強力な魔法の使用を可能とする戦略上非常に重要な要素ではあったが、それぞれの属性マナが必要という条件が存在していた。

 通常であれば龍脈と呼ばれる資源を探し当て、自分たちにとって必要なマナを供給させるのだが、王宮はゲームにおける救済項目としてこのマナを自力で生み出すことが出来るのだ。

 マイノグーラの王宮が生み出すことが出来るマナは《破滅のマナ》。

 加えていくらかの魔力も生み出すことができる。

 建築するだけで国家にメリットをもたらすこの施設の建築が急がれていたのも当然の判断である。


 この時点ですでに序盤の立ち上がりとしては上々の部類に入っている。

 特にマイノグーラという国家は序盤の弱さがネックになっていた。

 いまだ予断は許さぬものの、この状況までくれば一息つけるといったものだ。


「とは言えこれからどんどん人材が必要になってきます。これらをどう確保するか……」


「自然と増えるのを待っていたら時間がかかり過ぎちゃうよね」


 積み上がった問題の山は未だその高い頂きを拓斗たちに見せつけている。

 次なる問題は国民の不足だった。

 通常ならば長い時間をかけて人口増加を期待するのであるが、現在の大陸情勢を考えるとそれも少々遅きに失している感がある。

 固有国民であるニンゲンモドキや英雄イスラが生み出す子蟲を利用とした労働力確保はもちろん選択肢として検討しているが、現在必要としてるのは知的生産を行う層だ。

 つまりちゃんと考えて自ら新しい者を生み出せる知能を有している国民が必要となっている。


「ダークエルフたちには他にも流浪している氏族がいると聞きました。彼らを迎え入れることができればある程度人員は確保できますが、それでも少ないですね」


「何か良い解決方法はないものか……な」


 出来上がった王宮で頭を悩ます二人。

 最近ではモルタール老やギアも様々な仕事に追われて以前ほど頻繁に話ができなくなっている。

 単純に知的作業を行う人員が足りなくなっているからという理由であり、国家の運営が本格化するに伴い様々な仕組みの構築が必要になっているという証拠でもある。

 見据える世界が偉大であればあるほど、現実として足らない部分が見えてくるという寸法だ。


 とは言え、現状ではあれやこれや考えても仕方がない。

 まずは目の前のことから少しずつ解決していけばよいだろう。人口問題はひとまず棚上げとなった。


「しかし荘厳そうごんです。ここから私たちの世界が始まるのですね」


 行き詰まった話題を変えるようにアトゥが王宮を見渡す。

 初期のレベルのためまだまだ大きくはないが、それでも立派なものだ。

 マイノグーラ特有の木材を利用して作られたそれは、独特の建築様式によって幾重にも編み込まれるよう重なり合いを見せ、それだけで一つの芸術作品のようだ。

 もちろん施された装飾も負けてはいない。

 女衆が作り上げた織物は完璧の一言で、マイノグーラ建国の歴史が刺繍されたそれは見ているだけで神話の物語を語られているようにも錯覚する。

 王が住まう場所としての品格は十分。だがまだこれでも初期の段階だ。

 彼らが知る最終段階の王宮はこれに輪をかけて巨大で美しい。


「うんうん。将来は大きくしよう。でかい王宮が好きなんだ!」


 拓斗もごきげんだ。

 一国一城は男の本懐とはよく言ったもので、王宮が出来上がってからは新しいおもちゃを買ってもらった子供のように忙しなくはしゃぎ回っている。

 そんな自らの主を見たアトゥが同じく機嫌を上向きにさせるのも当然と言えよう。


「仰る通りです我が王よ! 天を貫き大地に根を張る我らが王宮! 傅く臣下は勇猛果敢ゆうもうかかんの英傑揃い! 働く侍女は数知れず!」


「おお! テンション上がる。テンションあがる。嫌なことも忘れさせてくれるよ」


 わぁ! っと元気よく両手を広げてアピールした拓斗、機嫌は最高潮で、踊りださんばかりだ。

 ふと、拓斗はアトゥが覗き込むように自分の瞳を見つめていることに気づく。


「どしたの?」


「いえ、やっぱり私の勘違いだったようです!」


「そっか! 僕もよく勘違いするし、あるよあるよ」


「はい!!」


 何かあったのかな?

 最近少し彼女の様子がおかしかったので心配していた拓斗だが、今の様子を見る限りそれも杞憂だったらしい。

 やはりいつもの様に元気な彼女が一番だ。そう満足気に頷いた拓斗だったが、次いで放たれたアトゥの叫びによって思わず腰を抜かした。


「ああああああ!」


「うぉぉぉぉ!?」


 あまりの声量に拓斗も思わずビクリと身体を震わせ玉座からずり落ちる。

 一体何が起こったのか?

 高鳴る鼓動を落ち着かせながら、ワナワナと震えるアトゥの様子をそろりと窺う。


「た、大変なことに気がつきました……」


「な、なぁに?」


「拓斗さまのお世話係が、まったくいないのです!!」


「おー? そう言えばそうだね」


 その言葉で拓斗は初めて王というものには侍女が必要不可欠であることに思い至った。

 今まではアトゥがあれやこれやと世話をやいてくれたため良かった。

 加えて彼自身も自分のことは自分でするタイプだったので、何ら問題は発生していなかった。

 だが新しい彼らの家は広い。この広い王宮に二人きりというのは流石にいろいろと不便が生じることは明らかだ。

 加えて、ある程度安定した今の状態において以前と同じやり方で過ごすのは少々不味いと思われる。

 なぜなら彼はマイノグーラの王であり、ダークエルフたち国民を率いる指導者なのだから。

 一国の王が一人で身の回りのことを全てこなすのは流石に問題視される。

 少なくとも自らの全てを捧げると宣言してはばからない少女には耐え難いことだろう。


「こんな、失格です! 従者として失格です!」


 故に、当然の如くアトゥがわがままを言いだした。

 実際彼女の言い分としてはまっとうなものだったが、子供じみた癇癪かんしゃくを見せる今の状況はわがままと言って差し支えないだろう。

 そして大抵においてそれを諌める役目を司るのは拓斗である。


「そんな大げさな。僕なら気にしてないよ」


「私は気にするのです! ――ご希望はございますか!?」


 ずずずいっっと近くまで寄られて質問される。

 いつもの調子をアトゥに感じ取った拓斗は、んーっと顎に手をやり考えてみる。 だが脳裏にパッと浮かぶものはあまりない。

 正直なところ侍従と言ったものに興味はなかった……加えて、知らないひとがいきなり来たらちゃんとコミュニケーションが取れるか不安だった。

 よって彼の答えは一つである。


「は、話しやすい子がいいです」


「拓斗さまぁぁぁぁぁ!!」


 アトゥは泣いた。未だコミュ力の乏しい自らの王に対して泣いた。

 彼女は拓斗に寄り添うように慰めの言葉をかけ続ける。

 だが一度いじけてしまった拓斗は中々機嫌を戻さない。

 玉座の上で膝を抱えながら、ブツブツ悲しみの言葉を漏らす。


「うう、ダークエルフの人たちと全然お話しできてなくてものすごい疎外感」


 だが拓斗が予想もしていなかった言葉がアトゥより告げられる。


「その、拓斗さまはちょっぴり威厳がありすぎますから……怖がられているかもしれません」


「ええええっ!?」


 驚愕に目を見開く。

 なぜ自分がそこまで恐れられる必要があるのだろうか?

 むしろ威厳という言葉がわからなかった。

 しかしながら言われてみれば得心する部分もある。

 いくらかマシになっているとは言え、ダークエルフたちが彼を見る瞳には一様にして恐怖が混じっていたのだ。

 それは彼らがアトゥと会話しているときには明らかに存在しないものだ。

 拓斗はそれが残念でならなかった。故に、


「ぼっち……だ」


 さみしげな言葉が口より漏れ出た。

 そして自らの主がぼっちであるという事実に血相を変える従者がいた。


「私はいつでも拓斗さまのおそばにおりますぅぅぅぅぅ!」


 べったり拓斗にくっつきながらわーわー叫ぶアトゥ。

 拓斗はアトゥがいてくれなかったら完全に不貞腐れていたなと思いながらも、この献身的で子供っぽい従者に感謝する。

 ああ、自分はなんて恵まれているのだろうか。

 これだけ想ってくれる娘がいて、本当に幸せものだ。

 拓斗の胸中が幸福で満たされる。


「はっ! 私に妙案があります!」


 が幸福は一瞬で霧散し、代わりに嫌な汗が拓斗の額をつつと流れた。

 このパターンには覚えがある。

 大体に置いてアトゥが張り切っている時はろくなことにならないのだ。


「お任せ頂けますか? 最高の解決案を思いつきました!」


「え、えっと……ちょ、ちょっと落ち着いて詳細を聞かせて――」


「このアトゥに! お任せ頂けますか!?」


 しかし押し切られる。

 なんだかんだで拓斗はアトゥに甘い。

 これでもかというぐらいに甘いのだ。

 故に自信満々な彼女にここまでお願いされてしまえば、断れる道理などどこにもなかった。

 だから拓斗は諦めた。その代わり、


「もちろんだよ!!」


 笑顔いっぱいで彼女の願いに許可を下し、もうどうにでもなれとさじを投げるのであった。


 ◇   ◇   ◇


「モルタール老よ! 小さな女の子をありったけ集めてきなさい! 王がご所望です!」


「お、お待ちくださいませアトゥ殿! な、なにゆえそのようなご命令をくだされるのか? 王はどの様なお考えでいらっしゃるのでしょうか?」


「王は小さな女の子が好きなのです!」


 拓斗は数刻前に全てのさじを投げた自分を盛大に呪った。

 呪って呪って、そして頭を抱えてこの事態の打破に全神経を集中させる。


「お、王は小さな女の子が好き……」


 視線が自分に集まったことに気づく拓斗。

 なんとも言えない視線だ。彼は自分が岐路に立たされていることを理解した。


「アトゥ!」


 よって叫ぶ。

 ここで否定しておかないと、コミュ障以外の非常に不名誉な称号を得ることとなるだろう。

 出した声は意外にも大きく、拓斗は自分だってやれば出来ることを理解した。


 ………


「――はっはっは! なるほど。無邪気な子供を側に置くことによって、常識に囚われぬよう自らを戒めるとは、流石王ですな!」


「確かに。子供は突拍子もない事を言い出すが、時として大人もハッとさせられる事があります」


 それから数十分ほど経ったであろうか?

 拓斗本人にとっては永遠にも等しい時間であったが、何はともあれ彼による一世一代の弁明によってロリコン疑惑は無事晴れることとなった。

 小さな女の子だと話しやすくてぼっちでもイケるのではないか?

 恐らくその様な経緯でアトゥによって採用された作戦ではあろうと思ったが、拓斗の心魂を震え上がらせるには十分なものだ。

 一歩間違えれば小児性愛者扱いだ。つまりロリコン王。

 拓斗が全力で叫ぶのも無理はなかろう。


 ちなみに拓斗が全神経を集中させて考え出し、アトゥに視線で指示しながら必死で説明したシナリオはモルタール老とギアが言ったとおりである。

 些か違和感が拭えないが、かと言ってあり得ないと断じることもできない。

 絶妙なさじ加減ではあった。


「それらに加えてです。余り労働力を割きたくないという王の采配でもあります。お世話と言っても身の回りに関する簡単な手伝い。幼子であれど簡単な雑事なら十分出来るでしょう」


 ドヤ顔でアトゥが締めくくる。

 最初からそう言えば良いのにと喉元まで出かかった拓斗であったが、結局最後まで言い出せずじまいで話のけりを付けてしまった。


  ◇   ◇   ◇


「お、王よ……子供がやったことですので」


「大丈夫だよ」


 結論から言おう。少女を呼び出し侍女にするという作戦は失敗に終わろうとしていた。

 作戦には何事も予定外というものが存在する。

 むしろ今回の場合にあたっては当然予想できたことかも知れなかったが、拓斗本人が自己の評価を見誤っているためにこの結果が訪れていた。

 つまりは見繕ってきたダークエルフの少女たちは、拓斗を見た瞬間怖がって全員泣き出してしまったのだ。

 これには流石の拓斗もショックを隠せない。ずーんと落ち込んだ様子は、いっそ哀れでもあった。


「王はすねておられます! 王を見ても泣かない子はいないのですか!?」


「いえ、国の子供はこれで全員ですじゃ……」


「軟弱! 軟弱ですっ!!」


 拓斗が落ち込み、アトゥがわーわー喚く。

 どうしたものかとほとほと困り果てるモルタール老は、助けを求めるように隣で腕を組んで考え事をしているギアに視線を送る。


「モルタール老、あの双子も謁見させたのか?」


「い、いや……流石にあの子たちでは王に失礼だろう」


「……? どうしたのです?」


 拓斗の隣でジタバタしていたアトゥは、耳ざとく二人のやり取りを聞きつけると眼にも止まらぬ速さで目の前までやってくる。

 正直なところギアの提案を受け入れたくなかったモルタール老は、しぶしぶといった様子で話題に上がった双子の少女について話し始めた。


「な、なんと言いますか、身寄りの無い双子の少女がおりまして。確かにどちらも聡明ではありますが、少々問題がございまして王の侍女としては些か不適かと思っておるのです」


「うーん? ヤケに歯切れが悪いですね。まぁいいでしょう、とりあえず見て判断します。連れてきてください」


 アトゥが決断してしまえばモルタール老に断る権利はない。

 彼はぬぅと唸ると、致し方なしとばかりに礼をして背を向ける。

 が、モルタール老が双子を呼びに行こうと退出するより早く、ギアが声を上げる。


「すでに連れてきているぞ」


「ギア! 貴様仕事が早いな!」


「ふっ、老いぼれとは違って俺は王の為に常に二手三手先を考えている。耄碌もうろくした頭とは違って回転が速いのだ」


「おのれ若造が!」


 ギギギと睨み合いを始める二人にため息を吐くアトゥ。

 このダークエルフの二人が互いに競う合うように王へと献身を捧げている光景は既に彼らにとって日常だ。

 また始まったとばかりに呆れの表情を浮かべるアトゥは、子供じみた喧嘩をする二人を適当にあしらい最後の侍女候補へと興味を移す。


「はいはい、いい年して張り合わないでください。――それで、その双子とやらを早速この部屋に呼んでください」


「はっ! 喜んで!」


 やがて戦士長ギアに促され、二人の少女が玉座の間へとやってきた。

 ……その双子の少女が入ってきた瞬間、ピクリと気づかれぬレベルでアトゥが眉を動かす。

 年齢はおそらく十二歳~十三歳程度であろうか?

 今まで謁見してきた少女たちの中では比較的年齢が上の方ではあったが、そのような評価は一切関係ない。

 拓斗を見ても泣かない時点で第一段階は合格。だが纏う雰囲気が異質。

 否、雰囲気どころかすでに見た目からして彼女たちに特別な事情があることは見て取れた。


「初めまして偉大なる王様。キャリーはキャリア=エルフールと言いますです」


 仲良さげに両手を繋いで入ってきた双子の少女。

 まず右側の少女が丁寧な挨拶とともにお辞儀をした。

 ダークエルフ特有の銀髪は短く切りそろえられ、纏う衣装は動きやすさを重視した愛らしい民族衣装。

 だがその白く美しい肌の向かって右面にベッタリとこびりつく赤黒く焼けただれたような傷痕が目につく。

 顔面は当然の如く、袖口から見える手も、そして足も。

 それらを隠すことなく、まるで見せつけるように少女はその爛れを晒していた。


「お姉ちゃんだよー」


「お姉ちゃんさんはメアリー=エルフールと言うのです」


 次いで左側の少女がニコニコと屈託のない笑顔で挨拶をした。

 銀髪は長く足下まで、短めの服装の妹とは違ってふわりとしたロングスカートに身を包んでいる。その装いは何処か純粋さを感じさせ、アトゥは少々眩しさを覚える。


 だが言葉遣いに関しては失格も甚だしい。その無礼な言い草に注意をしようかと思ったアトゥだったが、はたと少女の異常さに気づく。

 そして彼女を助けるかのように左側に妹――キャリアが姉の名乗りを行ったことで納得する。

 屈託の無い笑顔に間違いはない。

 彼女の心は、おそらく何らかの問題によって見た目以上にずっとずっと幼いのであろうとアトゥは判断し、よしとした。


「はじめまして」


 頑張って出しただろう拓斗の声が玉座の間に響く。

 彼自身は特に何か心を動かしてるようではないらしく、視線であとはよろしくとアトゥに伝えてきている。

 自らの王が双子の少女が抱えるものに頓着していない様子を把握したアトゥは、王の意のままに彼女たちが侍女として適任かどうか判断を始めることとする。

 とは言え、


白痴はくち醜女しゅうじょですか……」


 白痴はくちの少女メアリーに、醜形しゅうけいの少女キャリア。

 確かに何やら曰く有りげな子供たちですね……。

 はたして王の侍女として適任かどうか。

 そう考えるアトゥの瞳を、二人の少女はじぃっと見つめるのであった。



=Eterpedia============

【マイノグーラの王宮:Lv1】建造物


 毎ターン以下のものを得る

 魔力資源 10

 破滅のマナ 1

※この施設は維持費を必要としない

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