第二十一話:双子(2)

 双子の少女、妹のキャリアと姉のメアリー。

 異質とも言えるその相貌に小首を傾げるアトゥであったが、彼女とて理の外に存在する化け物。

 さして物怖じせず、少女たちの事情を尋ねる。


「貴方、その爛れはどうしたのですか?」


「病気なのです」


「可哀想だね」


「王様……、キャリーにはコレがお似合いなのです」


 妹のキャリアはただその一言だけを告げると押し黙る。

 拓斗もそれ以上は聞くつもりも無い様子だ。

 モルタール老が代わって説明したが爛れたそれはどうやら疫病に冒された結果のようらしく、完治した今でも痕となっているらしい。

 理由はどうあれ、あまり根掘り葉掘り聞き出すのも良くはないかと判断したアトゥはこの件に関してそれで終わりとする。

 王に影響がないのであれば彼女にとってはそれで良かった。


「貴方のお姉さんは、どうしたのです?」


「世界で一番美しく完璧で理想的な姉であるところのお姉ちゃんさんは、辛いことがあり心を閉ざしてしまった系なのです」


「お母さんを食べたのー」


「モルタール?」


 胡乱気な視線がモルタール老を射抜く。

 姉がこぼした言葉はどういう意味か? と問うているのだ。

 もっとも視線による問いはあくまで確認の為であり、アトゥとしては彼らの状況から何が起こったのかは既に推測を終えていたのだが……。


「不本意な決断でございます。二人の母親は誇り高き者でした。我ら一族、彼女の献身を忘れたことはございませぬ……」


 ダークエルフたちは、飢えに耐えかね仲間を食ったのだ。

 故郷を追われた彼らによる長い旅路。それらはかの種族に極限の選択を強いる苦難を与えた。

 アトゥはその判断がどうであったかを判断する立場にないし、興味も無い。

 だが彼らにとって忌むべき事であり、苦渋の決断であったことは容易に察することができた。


 加えて、その命を繋ぐ行いが二人の少女に拭い去れぬ傷を与えたことも……。


 ……なるほど、どうしてモルタール老が二人の紹介を渋ったのか理解がいったと納得するアトゥ。

 血色がそれなりに良いところをみると厄介払いをされていたわけではないが、かといって王の侍女として推挙するのもいかがなものか。

 枯れた老人がこの問題に苦慮していたことが透けて見えるようであった。


 アトゥは頭を悩ます。

 最終的に王が決めるとは言え、その全権は今のところ彼女にある。

 侍女の品が王の器として捉えられる恐れがある中で、少々彼女たちは不味い。

 とはいえ物怖じしないその胆力は魅力的であったが……。


「王さま、真っ白ー……」


 ふと、アトゥが気づかぬうちに少女の一人――姉のメアリーが拓斗のすぐ側まで近づいていた。

 くるりとした瞳で拓斗を覗き込むメアリー。

 拓斗も特に何か驚きを覚えた様子なく、彼女の問いに応えた。


「病衣って言うんだよ」


「びょういー?」


「うん、そうだよ。知ってる?」


「知らないー」


 拓斗が現在身に包んでいる衣装は、変わらず転移前の病衣であった。

 流石にそれだけでは体裁が悪かろうといくらかの装飾品などを身に着けていはいるが、それでも彼の格好は白が特徴的な珍しい装いだ。

 白の衣装に興味があるのか、じぃっと見つめながらふむふむと納得したように頷く少女。

 その様子に拓斗も親しみを感じたのか、優しげな笑みを浮かべるとそっとメアリーの頭を撫でる。


「メアリーちゃん、かな。お世話係になってくれる?」


「うんー、王様のおせわするー」


「お、王が、我が王がちゃんと小さな女の子と会話をしている!!」


 アトゥは己の中にあった葛藤がこの瞬間に一切消え去ったことを知る。

 自分の判断は正しかった。

 小さな女の子とならば自らの王はちゃんとおしゃべりができる!

 この調子でリハビリを続ければやがて王の憂いであるコミュ障が治る!

 すでに彼女の中ではこの双子を採用することは確定していた。

 良くも悪くも彼女は実利をより重視し、外面的な要素に興味を持たない性格だった。


「君は怖くないの?」


 拓斗の興味がもぐもぐ白衣の裾を口に咥えているメアリーから、妹のキャリアに移った。

 一瞬ビクリと怯えの表情を見せる妹。

 姉とは違って彼女の方は少々拓斗に対する恐れが存在しているらしい。

 通常であれば彼女の態度が正しい。むしろ恐怖の中、気丈に耐えているその姿に拓斗は感動を覚えた。


「い、妹であるキャリーには、お姉ちゃんさんと一緒にいる義務があ、あります。お姉ちゃんさんがそうすると望むのであれば、キャリーに拒否権はありません」


「偉いね、凄く偉い。……じゃあ君もいてくれる?」


「お、お任せなのです!」


 こうして二人の少女が拓斗の侍女として決定した。

 モルタール老や戦士長のギアもどこかほっとした表情を見せながら、二人の奇異なる少女に励むよう伝えている。


「王の裁可も下りました。ではお二人には今後我らが王のお世話係として働いてもらいましょう」


 万事うまくいった様子でアトゥも満足げだ。

 そして一時はロリコン疑惑を持ち上げられそうになった拓斗も無事危機を脱し終えたことに安堵の表情を見せている。

 拓斗とアトゥだけの寂しげな王宮は、こうして一つ華やかになった。


 ◇   ◇   ◇


 さて、それからの話をしよう。

 王宮に二人の侍女が務めるようになって、拓斗の生活にも余裕が出来たであろうと思われる頃合いの話だ。

 だが事実はどうか。拓斗の生活は以前にも増して問題あふれるものとなっていた。


「王さまー、のみものー」


「ありがと」


「こぼしたー」


「ど、どんまい」


 ビシャリと拓斗の衣装が濡れ汚れる。

 メアリーによる失態だ。毎度のことで最初は驚いていた拓斗ももはや達観の域だ。

 とはいえ起こった現実は変えられない。お陰で美しかった白の病衣は染みだらけ。

 もっとも、拓斗としてもあまり注意する気にはなれない。彼女たちの努力を買ってやりたかったし、何より子供のやったことで怒るに怒れないという事情があった。

 加えて、


「お、王さま! お召し物お拭きするのです!」


「ありがと」


 血相を変えて妹のキャリアがフォローするのでどうしようもない。

 どうやら姉のメアリーを心底敬愛しているらしいこの妹は、姉のすることの尻拭いを積極的に行おうと姉の何倍も働いている。

 にもかかわらず拓斗への恐怖は相変わらず感じている様子だ。

 故に拓斗もどの様な態度をとっていいか測りかねていた。

 だからこそこの様な奇妙な態度が日課となっている。


 せっせと少女に世話を焼いてもらっている拓斗は傍から見れば情けないお兄さんと言ったところであったが、その実非常に悩ましい状況に立たされていた。


 だがその日は違った。

 いつもなら適当に仕事をした後フラフラと外へと遊びに行く姉であったが、不思議なことにじぃっと拓斗の瞳を窺うように見つめていた。


「おうさまー」


「なぁに?」


「王さまは悪い人?」


「属性は邪悪だね」


 拓斗はマイノグーラの指導者としてこの世界にやってきている。

 故にその属性は邪悪となる。よって答えは先のとおりだ。

 もちろん彼女たちもマイノグーラの臣下となっているため属性は邪悪だ。それがどうかしたのかと首をかしげる拓斗。問われた意図は未だよくわからない。


「どうして殺さないの?」


「誰を?」


「あたしたちー」


「へ?」


「え、えっとですね王さま。お姉ちゃんさんはどうして偉大なる王さまが私たちみたいな子供に慈悲をかけてくださるのかと言っているのです」


 むむむ! と思わず腕組みして考え込んでしまう。

 慈悲をかけるもなにも、彼女たちは臣下だ。そして子供でもある。

 はなから何か罰を与えるような考えはないし、いいとこお叱り止まりだ。

 殺すだなんて物騒だなぁ。

 そこまで怯えさせていたか? と少々反省しながら、拓斗は努めて優しい声音で先の問いに答える。


「お世話係だから?」


「むー!」


「お姉ちゃんさんは、悪い人なのに優しい王さまに怒っているのです……」


「えー……」


 メアリーが怒り出した。

 なんだかプンスカと憤慨している様子で、拓斗は可愛らしいと思いながらも困惑してしまう。

 だが言いたいことはなんとなく理解できたため、二人に言い聞かせるように静かに語り始める。

 恐らく自らの属性変化に混乱しているのだろうと、拓斗は判断した。


「一つ良い話をしよう。よく聞いてね」


 コクリと、実に素直に愛らしい返事が二つ拓斗に向けられた。


「善い人は、正しいことしかやっちゃダメなんだ。人を傷つけちゃダメだし、他人のものを盗んでもダメだ。人殺しなんて以ての外だね」


「うんー」


「当然なのです」


「じゃあ悪い人は? 何をすべきだと思う?」


「悪いことしかやっちゃダメー」


「悪逆非道なのです!」


 当然とばかりに二人が言葉を返す。

 拓斗が予想していたとおりだ。そして、伝える言葉も決まっている。


「違うよ、何をしてもいいんだ」


 その瞬間、二人の瞳がまるまると見開かれ、驚きが顕わになる。

 愛らしい態度に思わず笑みが溢れるが、話を逸してはならぬとばかりに拓斗は話題を続ける。


「善いことをしてもいいし、悪いことをしてもいい。何かをしても、何をしなくても許されるんだ。悪い人っていうのはね、とってもとっても我が儘で自由なんだ。ただ自分が正しいと思うことを信じ、他人の意見を聞かず決して振り向くことなく突き進む。それが真に邪悪な人だ」


 だから僕が二人に優しくしても大丈夫! と付け加え、拓斗はおどけ気味にウィンクしてみせた。


「それはズルいのです!!」


「当然だよ。だって悪い人だからね」


「いつか罰をうけるー?」


「罰を与えてくる善い人を先に殺せば、そんなのチャラさ」


「「えええ!!」」


 やけにスラスラと言葉が出てくる自分に苦笑しながら、拓斗は饒舌に持論を説明する。

 その中でふと気づいたことがあった。

 彼の推測が当たっているのであったなら、先の質問を姉のメアリーが行った真意が説明できるからだ。

 つまりはそれは……。


「今までの失敗は、わざとだね?」


 姉のメアリーが澄んだ眼でコクリと頷き、妹のキャリアが怯えたように震えた。

 その態度で拓斗は己の推測を確信へと昇華する。


「そっか……」


 拓斗はようやく答えに至る。

 彼女は、彼女たちは死にたいのだ。

 以前の説明において、ダークエルフが飢えに耐えかねて食人を行ったことはすでに彼の知るところだ。

 そしてその対象が彼女たちの母親であったことも。

 家族というものの愛情がいまいち理解できない拓斗であったが、彼女たちの母親が愛を持って二人を助けようとしたことは理解していた。

 だがとうの本人たちがその運命を望むかどうかはまた別の話だ。

 彼女たちは、このような未来など望んでいなかったのだろう。


「キャリーと……お姉ちゃんさんは……」


「死ぬべきだった」


 心を壊しているとは思えないほどに理性ある言葉で、姉のメアリーが妹の言葉をつなげた。

 否、もしかしたら彼女の心は壊れていないのかもしれない。

 ただただ、己への呪いで全てが黒く塗りつぶされ、赤子の様な思考しか表面に現れないのだろう。そう漠然と感じさせるものがあった。


「でも死ぬのは怖い?」


 コクリと、またしても小さな返事が二つあった。

 母の死によって生きながらえた自分たちが許しがたくて……死にたくて死にたくて、でも怖くて、自分から死ねない。

 誰かに殺してくれと乞い願い、ただただ自暴自棄に心を殺して自らを傷つける。

 王の怒りを買うような行いをすれば、きっと自分たちを殺してくれると思い、死に救いを求めて日々を生きる。

 それが禁忌を犯した二人の少女だった。


 拓斗は静かに手招きし、二人を近くへと呼び寄せる。

 その瞳の中に隠しきれぬ悲しみの叫びを感じ取りながら、なんとかこの純粋無垢で心優しい二人の悩みに寄り添えないかと必死で言葉を探す。


「君たちがここにいるのは理由があるからだよ。命を繋いでくれた人がいるからだ。それが誰かは分かるよね?」


「苦しいの……」


「辛いのです」


(ああ、なんて愛されている子たちだろう)


 拓斗はそのことをなぜか無性に愛おしく感じた。

 なんて感動的で、美しい愛なのだろうと。

 彼自身家族から愛情を受けたことはない。だからこそあまりピンと来ない部分はあるのだが、だとしてもこの少女たちと母が強い絆で結ばれていたことは容易に分かった。

 この愛は、このままでは失われてしまうだろう。

 いずれ彼女たちの心が折れ、本当の意味で壊れてしまう。

 倫理観や常識といったくだらないもののために、素晴らしい愛が消え去ってしまうのは、拓斗にとって何故かとても心苦しく思えた。


「……お母さんは、なんて言ったの?」


「「生きろ……」」


 当然の言葉だと、拓斗は思った。

 彼女たちの間にあった愛を考えるのであれば、母親がそう二人に告げるのは当たり前のことだ。

 だから彼は二人の言葉に真摯に耳を傾け、そして二人の魂に届くように想いを込めた言葉を贈る。


「悪いことが間違っているとは限らない。君のお母さんも、そして君たちも、正しい行いをした。誇りなさい、君たちがここにいるのは、お母さんの愛が運命に勝ったからだ」


 その言葉は二人にとって何か絶対的なものを感じさせるものだった。

 ただの人が邪悪な指導者の皮を被っていることとは違う、隔絶した雰囲気と威風がそこにはある。

 二人の少女もその言葉に飲み込まれ、まるで魂が失われてしまった様な感覚に陥る。

 何か認知の範囲外にある巨大な存在に包み込まれ、自我が崩壊してしまうような感覚だ。

 それは恐ろしく、そしてとてつもなく甘美な体験だった。

 彼女たちは偉大なる王によってその心を蝕む自罰の念を消し去られる。

 常識や倫理観、不安や喪失が消え去ったあとには、ただ母の深い愛しかなかった。


「おうさまー、私たちは……」


「いったい、どうすればいいのです?」


 ぽろぽろと二人が涙を流す。

 それは悩みが晴れたためのものか、はたまた母の愛を深く感じることが出来たゆえの感動か。

 ただ、二人の少女は泣いた。

 拓斗は決して知ることはなかったが……それは彼女たちが母を失ってから初めてこぼした涙だった。


「好きなように生きるといいよ。お母さんの愛に応えられるように。お母さんが誇れるように」


 無垢なる瞳が拓斗を射抜く。

 彼女たちに何か変化があったかどうか拓斗はわからなかった。

 だが少しだけその表情に変化が訪れたのを理解した彼は、ほっと胸をなでおろす。

 こうして王たる彼の言葉が影響し、二人の少女は少しだけ救われた。


 ………

 ……

 …


「拓斗さま! 調査が終わりましたー」


「おかえり……」


「むむむ? どうかしましたか?」


「仲良くなった」


 雑事を終わらせ王宮に戻ったアトゥは、王の姿を見て眉を顰めた。

 別に何か問題が起きたわけではない。

 いや、彼女にしてみれば問題だろうか?

 侍女であるはずの少女二人が、玉座に座る拓斗の両隣に座り、幸せそうな表情で寝息を立てていたのだ。


「ま、まさか、何かいかがわしいことをしてませんよね?」


 思わず不敬が言葉にでるアトゥ。

 むしろいかがわしいことなら自分に! と次いで叫びそうになったが、それを言ったら拓斗になんて思われるかと思い口を閉ざし、ぐぬぬと歯噛みする。

 じぃっと咎めるような表情で拓斗を見つめる。単純に羨ましかったのだ。


「してないよ! それよりも報告! 報告!」


「おっと失礼しました。先日から調査を行っていた近郊の街ですが、詳細が判明しました。――フォーンカヴンと呼ばれる人間を主とした多民族の中立国家です」


「多民族かぁ……」


 マイノグーラに一番近い街に関して以前より慎重に調査が行われていた。

 できれば友好的な関係を持ちたいという拓斗の意向により、なるべく刺激を与えず悟られない形で情報収集をしていたのだ。

 その結果がどうやら纏まったらしい。

 他にも詳細はあるだろうが、あらましは口頭でも問題ない。

 拓斗はふむふむとこれからの予定を組み立てつつ、何やら言いたげなアトゥの表情におやと首をかしげる。


「どうしたの? 何かあった?」


「どうやら街の内部に龍脈があります」


「へぇ……」


 拓斗の瞳がすっと細まる。

 龍脈が存在する箇所に国家の都市が存在する。

 それはすなわちかの国が魔術の関する何らかの軍事技術を有していることに他ならなかった。



=Eterpedia============

【龍脈】マップ資源


 正確には龍脈穴と呼ばれるそれは星が持つ大量のマナが吹き出す場所です。

 マナを確保することによって、各種魔術ユニットが強力な戦術魔法を使えるようになります。

 また、英雄の中にはマナを確保することでより強力になる英雄もおり、他国より多くのマナを確保することがゲームを有利にすすめる為役立つでしょう。

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