第九話:技術(1)

 国家の樹立もつつがなく終わり、無事新しい世界での第一歩を踏み出し始めた拓斗とアトゥ。

 ダークエルフ……彼らの国民たちが住まう集落から離れ、もう見慣れてしまった石造りの台座へと戻ってきている二人であったが、今の彼らの表情は見たこと無いほど暗く陰鬱いんうつだった。


「詰んだね」

「詰みましたね」


 石の台座に座る拓斗がぽつりと呟き、横に侍るアトゥが同じくぽつりと返した。

 はぁとどちらともなくため息が吐かれ、少し遠くでギェェェと足長虫の鳴き声が響く。


「アトゥ、君と一緒に過ごせて楽しかったよ」

「はい、私も拓斗さまとご一緒出来てとても幸せでした」


 視線を交わし、疲れを含んだ笑みで別れの言葉を放つ拓斗。

 対するアトゥも既に達観の態度で、拓斗の手をそっと握りながらはかない笑みを浮かべる。


「「…………」」


 しばしの無言。次いでなんとも言えない表情。

 どちらともなくわっと感極まった二人は、服が汚れることも気にせず草の絨毯が敷かれた地面へと盛大に転がりこんだ。


「この大陸の二大国家がガチガチの善属性とかどういうことなんだよーー!」


「しかも善神を信奉する人間国家と、自然を崇拝するエルフ国家ですよ! 完全に見つかった瞬間殺しにくるパターンじゃないですかぁ! ごきげんよう、死ね! ですよこれ!」


 そう二人のやる気を急速に冷却させる問題がこれであった。

 国家樹立後にモルタール老から聞き及んだ周辺国家の状況があまりにもマイノグーラにとって不利なものだった。

 人間とエルフ。邪悪な存在に対する印象が非常に悪い二つの種族が存在しているだけにも関わらず、どちらも善性の国家。加えて先行文明であり広大な国土を有する覇権国家と来ているのだ。

 付け加えるのであれば、彼らが全く知らない国家名と大陸名。

 見知らぬ世界の見知らぬ土地、そして見知らぬ仮想敵国。

 もはや難易度で表記するのもバカらしくなるほどに危機的状況であった。


「もうやだこのマップ! クソ立地すぎる!」


「リセットしましょう! リセットしましょう我が王よ! 私もこんなのイヤです!! 資源もしょぼいしやる気が下がります! ってかこの森食糧も鉱物も魔力も、生産力ゼロなんですけどぉ!!」


 敵対度が最高値であろう国家二つに加えて、彼らが居を構える大呪界は資源生産量がゼロに等しかった。

 通常であれば土地の開発を行わなくてもあるていど食糧や鉱物が産出されるものである。

 ゲーム中でもそれは資源アイコンという形で表示され、自然採取できる資源や食料を得る事ができた。通常であればそれを足がかりとして開発を進めていくのだ。

 普通ならばそうである。普通ならば。……だがこの土地はその様な資源が見当たらないのだ。

 流石大呪界と呼ばれるだけある。

 ダークエルフが餓えるのも当然であったし、拓斗とアトゥが泣きわめき地面でジタバタするのも当然であった。


「はぁ、さっそく死にたいけど。どっちにしろやっていくしかないか。ダークエルフの皆が折角国民になってくれたんだし、初期から別種族がいるのはある意味で凄いボーナスゲーなんだから……」


「そうですね。それにまだまだ聞いてない事もありますし……。おや? どうやら彼らが来たみたいですよ」


 国民となった彼らの行動は逐一拓斗たちの把握することとなる。

 彼らにはその情報を全て提供することを命じており、ここ数日は周辺国家の状況含めて様々な話を聞いていた。

 今回もモルタール老がその続きを話に来たのであろう。

 時間も朝日が昇り暫くした頃である。べったりと地面に寝そべって太陽の日差しを全身に浴びていた二人は、移動するモルタール老を脳裏に確認しながらお互い顔を見合わせる。


「起きるか」


「はい、そうですね我が王よ。汚れを払い落としますのでどうぞそのままで」


 相変わらずの病衣についた土汚れをパンパンとはたいて貰いながら、衣服などの調達含め、やることは山積しているなと感じる拓斗であった。


 ◇   ◇   ◇


「おお! ご機嫌麗しゅう王よ、それにアトゥ殿。此度は前回お話しできなかったこの世界についてご説明すべく馳せ参じましたぞ!」


 威勢の良い挨拶で仮の玉座へとやってきたのは、いくらか顔の血色を取り戻したモルタール老だ。

 悩みが晴れたのか、食糧事情が回復したのか、相変わらず枯れ枝の様な体躯は変わらぬものの、以前に見られた死相じみた表情は一切失せている。


「王よ! 私もおります! 今回は私の配下であるエムルも連れて参りました!」


 同行してきたのは戦士長のギアと、その副官エムルである。食糧事情が改善してもなおスレンダーな体躯を有し、かけられた眼鏡が特徴のエムルは、諜報ちょうほうを担当していたこともあり他国の情報や伝承などにも詳しい。拓斗とアトゥの求めるものは大量の情報であるためこの場に最適とも言える人物であった。


 恭しい臣下の礼をとる彼らに満足げに頷くアトゥ。

 先ほどの情けない姿など存在していなかったかの様な畏怖に満ちた態度で、彼女がコミュニケーションが上手に出来ない王の代わりを果たす。


「はい、王は貴方がたの献身にとても満足しております。本日も期待していますよ。あとそこまで畏まらなくても良いです。王は堅苦しいのをお嫌いになりますし、儀礼じみたやりとりは興味がありません。それに、あなた方はもう我が国の国民なのですから」


 彼らの忠誠心は高く、それは疑うところではない。

 だがその忠信から生まれる畏まった態度が拓斗にとっては少々むず痒かった。

 そもそもが只の一般人である。家柄こそそれなりであるものの根が平民な彼にとってモルタール老たちの態度は些か居心地が悪い。


「しかしそれでは我々の忠誠を示すことが……」


 故にアトゥに伝えて彼らの態度を改めてもらうよう考えていたのだが、彼らにとっては驚きの提案で、自らの常識が崩壊する程の衝撃でもあった。


「忠誠とは態度では無く心に宿るものです。貴方がたが王をどれほど信奉しているか、王には手に取るように分かります。故に問題ありません」


「うんうん。知ってるよ」


「おお、偉大なるイラ様! なんと慈悲深きお言葉! では王がその様におっしゃるのであれば、儀礼的な言葉は控えさせて頂きますぞ!」


 どうしたものかと思案していたモルタール老であったが、王がそう言うのであればと得心する。

 彼らにとって常に正しいのは王であって、拓斗がそう言うのであれば間違っているのは今まで自分たちが信じてきた常識なのだ。

 それにアトゥが言うとおり言葉遣いがいくら変わったところでその忠誠心に揺るぎは一切存在しない。

 むしろ王の心遣いが彼らに無上の喜びを与えていた。


 きっと今回の話は前回以上に実りのあるものとなるだろう。

 そう確信を抱いたモルタール老たちであったが、さて何から話そうかと思案する彼らにまったの声がかかる。


「あっ、その前に本日は少し今後の方針を説明しておきたいと思います。丁度モルタール老と戦士長のギアもいますので、都合が良いですね」


 おやと思いながら頷く。

 同時にまったくもってその通りだと納得した。

 未だ集落と玉座が存在するだけではあるが、マイノグーラは国家なのだ。只の流民の集まりではない。

 強力な指導者の下、これから世界にその覇を唱えていくのであれば国家の方針を決めていくのは当然だろう。

 モルタール老もギアも、ダークエルフたちの中では指導者層に当たる人物である。

 当然彼らがすべきことは沢山あるだろう。

 自らの力その全てを捧げる決意を改め、彼らは王からの命を受けるため居住まいを正す。


「あなた方はそのままマイノグーラの国家運営要員として要職について頂きます。これは王の決定ですので覆りません。

 モルタール老は主に国家運営に関してですね。魔法も使えるようなので期待しています。

 ギアはそのまま戦士長としてマイノグーラの戦士団を率いて下さい。人員などは任せますが、特に問題無ければそのまま貴方の配下を用いれば良いでしょう」


 大きく頷く。

 概ね予想通りの内容が通達された。もちろん、予想通りだからと言って軽く受け止めるものではない。受けた大恩を少しでも返すのだ。

 決意を瞳に宿しながら、戦士長ギアはドンと胸を叩いた。


「拝命いたしました。王の為ならば、すぐさま戦士に号令をかけ、敵とあればたとえ赤子であろうと喜んで殺してみせましょう!」


 ギアの宣言は森に響き、その気迫は彼方へと届く。

 彼の脳裏には大いに満足し頷く王と、激励の言葉を述べるアトゥが映っている。

 ここから始まるのだと彼は確信していた。王の尖兵として、数多の敵を屠るのだと戦場で武勇を誇る自分を夢見た。だが、


「なにそれ怖い」


「えっ!」


 勇み叫んだその言葉に、王はまったく反対の意見を述べてしまった。

 目をまん丸にして固まるギア。自分の考えと正反対の言葉を受けたので思考が一瞬止まってしまったのだ。

 もしかしたら何か失礼な言葉を言ってしまったのではないだろうか?

 自らの言葉や態度を改めて振り返ってみるが、怪しい点は見つからない。


「戦争とか野蛮」


「王は平和を好まれます」


 それもそのはず。根底から違っていたのだ。

 当然の様に軟弱すぎる言葉を漏らす拓斗、その言葉に追従するアトゥ。

 一瞬「なんで破滅の王が平和主義なのだ!?」と疑問が湧いたが王には自らには計り知れない深淵なるお考えがあるのだと納得し、どうかそうであれとおそるおそる疑問を口にする。


「あ、あの――直接的では無く、間接的に世界に破滅をもたらすとかそういうお考えでしょうか?」


「違うよ」


「王は内政を好まれます。覚えておくように」


「は、はい。畏まりました……」


 が、またしても不発。王から全力の否定が返ってきた。

 ますます混乱に拍車がかかるギア。

 チラリと横を見るとモルタール老は楽しそうに自らの白髭を撫でている。

 ギアを小馬鹿にしたようにウィンクする彼の姿に、冷静沈着が売りのギアは少しだけイラッとするが、王の御前である為に声を張り上げること無く押し黙った。

 結局、王がそう言うのであればそれが正しいのであろう。

 出鼻を挫かれた形にはなるが、ギアとしても性質が邪悪になったとは言え別段生きとし生けるものを皆殺しにしたい等といった欲望はさほど強く持っていないのだ。

 長らく彼らは辛い生活を強いられてきた。

 王が平和が良いと望むのであれば、それが一番なのであろう。全ては王の御心のままに。ギアはそのように納得した。


「当面の行動ですが、まずは十分休息を取り、その痩せ細った身体をもう少し見られるものにして貰います。その後は……まぁちゃんとした住居の建築ですかね」


 ギアが内心にある強大な疑問に自分なりの納得をつけている間にも、アトゥからの指示は伝えられる。

 当面身体を休ませるという提案は渡りに船だ。モルタール老たちはともかく他の者は酷く疲弊している。

 それらを癒やす時間が当然の様に与えられる事に、彼らは更なる忠信を捧げる事を密かに誓う。


「ははぁ! 無限にも等しい慈悲の言葉、大変感謝致します。しかし他のものはともかく、我々は十分に行動できるかと。力だけが自慢のギアとは違い、ワシは様々な面でお役に立てますぞ!」


 ニヤリと、モルタール老がギアだけに見えるように挑発の笑みを浮かべた。

「おのれこのジジイ! 腹が膨れた途端張り切りやがって!」と心の中であらん限りの罵倒を放つギアであったが、この場においては些か分が悪く、いつか汚名を削ぐことを心に誓う。


「貴方たちもゆっくりしても良いと思いますが――拓斗さま、彼らはどうやらワーカーホリックらしいのです。資材集めや建築場所の選定でも命じておきますか?」


 予想外の申し出だったのだろう。少々困り顔ながらも嬉しそうに主へと意見を求めるアトゥ。

 拓斗はやる気のある彼らの態度にあんまり無理して欲しくないなぁと思いつつ、だがそのやる気を無碍にするのもどうかと出来る範囲で仕事をお願いする為ダークエルフの種族としての能力に考えを巡らす。

 種族の特性は様々だ。それら特性にあった施設を運用させたり役職につけたりすることがゲームを有利に進めるポイントとなる。

 それらを思い出しながら頭の中で様々な要素を組み立てていると、不意に閃きが彼に舞い降りてきた。


「あっ!」


 拓斗の声にアトゥがすぐさま反応する。「何か御座いましたか?」とでも言ったところか。小首を傾げ彼に瞳を向けて静かに言葉を待つ。


「森を破壊しない土地改善は?」


 王の言葉にアトゥがポンと手を叩く。一を伝えて十を知る。良く出来た配下だ。


「ああ! そう言えば彼らはダークエルフでしたね。モルタール老。確認したいのですが、あなた方は森林を完全に伐採しない範囲で木材の調達や、各種施設の建築を行うことは可能でしょうか?」


 エルフといえば森、森と言えばエルフ。

 それは『Eternal Nations』だけでなく一般的なファンタジー世界においてよく知られた法則だ。

 そしてゲームにおいてエルフという種族は、森を伐採せずに各種建造物を建築できるという特性を有していた。

 森は様々なものを生み出す。通常建造物を建てる為には森を切り開き土地を確保しなくてはならない。もちろん一旦伐採してしまえば森が生み出す様々なボーナスが消えてしまう。

 そんな中で森を維持したまま建造物を建築出来るエルフの特性は、ゲーム中で一二を争う人気種族だった。

 その特性を期待しての質問だったが、どうやら拓斗たちの予想は当たりらしい。


「光の種族であるエルフほどではありませんが、我々も森を故郷としている種族です。巨木を利用した空中建造物は、どちらかというと地べたよりも好む環境ですな」


「おお!」


「王は環境を破壊しない改善がお好みです。中々幸先良いですね」


 拓斗の顔に喜びが浮かぶ。

 それほどまでに森のボーナスは大きい。特に衛生状態を改善する効果は将来にわたって人口増加と維持に大きく寄与する。

 今後得られるであろう恩恵に思わず口が緩むのも仕方の無いことだ。


「我ら種族の能力が王のお気に召したようで、ワシも誇らしいですわい」


「うぬぬ……」


 破滅の王なんだからとりあえず森は破壊するのではないのか? と思っていたギアは思わずうなり声を上げる。

 だが暫く難しい顔をしていた彼であったが、自分の常識が間違っていたと再度納得させ、アトゥが語る王の言葉に耳を傾ける。

 まだまだ若いのか、些か自らが築き上げた常識外の出来事に弱いギアであった。


「では森を破壊し尽くさない程度に木材等の資材を収集しておいてください。もちろん無理をしない範囲で結構です」


「森は《浸透志向》の影響で凄いことになるから楽しみだね」


「ええ、そうですね我が王よ」


 王の言葉は終わる。

 アトゥとの会話で気になる言葉が出たが、自分たちに向けられたものではないためモルタール老たちは質問を控える。

 彼らとて立場を忘れた訳では無い。

 これから王の下で部族を再興させるのだ。まだ遠く離れた地には離散し別の地へと逃げた同族の者がいる。

 彼らを今後王の国へと迎え入れて貰うためにも、今は自分たちがいかに役立つ存在であるかを示さねばならない。

 モルタール老たちは、王の為に全てを捧げるつもりであり、その為にはあらゆる努力を惜しむつもりはなかった。


「頑張ってね。《植林》も忘れないでね」


 最後に、王が激励の言葉を彼らに向ける。

 底冷えのするその言葉だけで、天上にも昇る気持ちになりながら、ギアは王から直接言葉を頂いた隙を逃さず質問を投げかけた。


「ははぁ! 偉大なる王よ! 一つお尋ねしたいことがございます!」


「どうしたのですか?」


 アトゥがすかさず間に入る。

 ギアとしてはもう少し王の言葉を聞いていたかったが、王が彼の話を聞いていることは確かなので良しとする。

 それよりも重要な点があった、自らの無知を晒すのは恥ではあるが、自らの無知を告白せずに理解した振りをすることは恥を超えて大罪である。

 故に彼は恐る恐る聞き慣れないその言葉について口にした。


「あの、植林とは……一体どの様な行為でしょうか?」


 あれ? という表情がアトゥの顔に浮かんだ。

 今度は戦士長たるギアが、そのいたたまれない空気に肝を冷やす番であった。

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