第八話:建国宣言(2)
ダークエルフの集団は、三日三晩その件について話し合った。
あまりにも突拍子もなく、あまりにも重大な案件だったからだ。
授かった食糧は十分にあり、体力は全快と言えないもののおおよそ回復している。
戻った端から体力を消費するように、寝る間も惜しんで議論されたその内容は当然『王の国民となるか否か』である。
彼らに食糧を与えた者。それは破滅の王を名乗る伝承に記されし存在だ。
彼らが
それも其処らに山ほどいる彼らが今まで仕えてきた凡百の王では無いのだ。
モルタール老が語るにはやがて世界を滅ぼし、全てを無に帰す終末の王。
その力は絶大で、人の身では抗うことは不可能。
恐らく一度契約が成されてしまえば魂のレベルで彼の所有物となるであろう。
死による解放すら存在しない究極の選択は、部族の者殆どが参加し意見を求められている。それは集団に置いて成人しているものは愚か、ある程度の年齢に達している者すら例外ではない。
言葉を覚えたての幼児すら決断を迫られ、唯一話し合いに参加しないのは母の胸で眠る赤子のみだ。
結果長い議論の果て、全員一致で王の臣下となることが決まった。
彼らには後はなかったのだ。
このまま座して死を待つよりも、邪なる存在に堕ちたとしても生きながらえることの方がいくらか良いであろう。
何より、彼らの腹を満たしたその慈悲を決して忘れていなかった。
それが悪しき存在であるとしても、破滅をもたらす終末の王だとしても、彼らが受けた恩義の大きさに比べればさしたる問題ではなかった。
やがて誰しもが、重大な選択を終えたことで肩の荷を下ろしたような気持ちに包まれていた。
同時に、これからの人生は今までとはまったく違ったものになるだろうという確信めいた何かを感じ取っていた。
………
……
…
彼らにとって運命とも言える決断が、二日前のことである。
そしてその結果が何をもたらすのかをその魂に刻み込まれるのが、今日という日であった。
間もなく彼らの野営地に王がやってくる。
本来ならば自分たちが行くべきではあるが、500人もの集団がぞろぞろやってこられては流石に迷惑とのアトゥの提案により王自らやってくることが決まった。
辺りは異様な空気に静まりかえっている。声に出す者はいないものの、不安と期待と、そして恐れが混ざった気配がそこかしこに満ちている。
ダークエルフは全員が膝を地に着け、深く頭を下げている状態でただ時が来るのを待つ。
王の不評を買わないこと、見ない方が良いこともあるというモルタール老の判断だ。
やがて小枝が踏み折れる音が何度か鳴り、足音が二つ彼らの元へとやってくる。
「皆よ、王がおわしたぞ」
モルタール老が一言告げ、やがて森の奥より二人の影が現れた。
長や戦士長からは「王を直視してはいけない」と注意を受けていたものの、若い何人かのダークエルフが興味に負けてそっと顔を上げる。
同時に、彼らは全身を襲う恐怖に自らの行為を後悔した。
それは漆黒の闇だった。
人の形をした何かがそこにいる。世界に異常が発生したような、貯まりに貯まった歪みを浄化出来ずに黒い染みが生まれるような。
言葉に表せぬ不気味さを伴った何かがそこにいた。
彼らがこれから王と崇める存在は、破滅の具現そのものであった。
気の弱い者がヒッと小さな悲鳴を漏らし、隣の者に脇を肘で打たれている。
幼子は……生存本能か、声を押し殺して母の胸に顔を埋める有様だ。
集団の中でも武に心得のあるはずの者がガタガタと怯えを隠さず震えている。
長の命を忠実に守っている彼らですらその様な状態だ。
先の若者は既に失禁し、中には口から泡を吹いて気絶しているものすらある。
何を考えているのかまったく理解できない。
それが彼らから見たイラ=タクトの全てであった。
ただ彼らは決めたのだ。
破滅の王が作る国、その民となることを。
流浪の果てにここを新たな故郷と定め、漆黒の存在による
王の配下であるアトゥが一言二言モルタール老と言葉を交わし、何かの説明を受ける。
やがて王はモルタール老に促され、今回の為だけに急ごしらえで作られたやや不格好な王座に座るとく隣に付き従う少女に小さく頷いた。
「ではここに、貴方がたダークエルフの一団を我が国マイノグーラの移民として受け入れます。我が王イラ=タクトさま。よろしいでしょうか?」
少女が宣言する。
凜と響く声は、さほど声量が大きくないもののよく通る声だ。
やがてその声に再度頷くと、王は満足げに、
「『OK』よろしくね」
と応えた。
刹那、王からの言葉が彼らの耳から身体の中へと入り込み、途端に凍り付きそうな程の寒気と共にその魂を撫でる。
「おめでとうございます。貴方たちはもうマイノグーラの国民です。全ての幸福と
アトゥによる見えない力の籠もった宣言が終了し、同時に張り詰めた空気がいくらか緩む。
また彼女自身も多少緊張していたのか、顔をほころばせている。
そしてシン――と、奇妙なまでに静かな時が訪れた。
「せ、戦士長。これで儀式は終わりでしょうか?」
「うむ。恐らく終わったと思われるが、動きが無いな――どうすれば良いのだろうか?」
伝承好きの女性エムルは自らの隊長であるギアにこっそりと尋ねる。
この様な儀式めいた行いは余り経験がない上に、自分たちがマイノグーラの国民――すなわち邪悪な存在になったという感覚がなかったのだ。
はてどうしたものか?
前方に見える王と配下のアトゥも特にも動きがないようで、なにやら考え事をしている様子。
もう少しこのままでいた方がよいのだろうか? 何かお言葉をいただけるのだろうか?
少し足が痛くなってきた。
そんな様々な考えがエムル含め、新たな国民となったダークエルフの一団に渦巻いたその瞬間だった。
ドクンと心臓が高鳴り、彼らの胸の内に耐えがたいほどの怒りが湧いてきた。
それは生きとし生けるもの全てへの憎悪。何より彼らを迫害し、傷つけ、価値の無い存在だとあざ笑ったその全てに対するグラグラと煮えたぎるような灼熱の憎悪だ。
今ならば、王がやれと命じれば喜んで生ある全てを皆殺しに出来るだろう。
経験したことのない怒りは、彼らに混乱と共に強い苦痛を与える。
同時に、煮えたぎる憎悪を掻き消すほどの強大な感情が彼らを包んだ。
氾濫した大河の激流の如く胸を支配していた先ほどの思いは、その感情に比べればまるで小川のせせらぎだ。
穏やかな感情は、ある場所からやってきていた。
彼らの視線が一点に注ぐ。そこにいるは破滅をもたらす彼らの王イラ=タクトだった。
「大丈夫?」
ここに至り、ようやく彼らは真実を魂で理解する。
王は彼らを心配していたのだ。食糧を与えたのも彼らの境遇に心底同情したからであり、それが何の裏もない無償の慈悲であったということを。
最初から王は彼らを傷つけようとは露も思っていなかったこと。
胸を押さえ、魂の変化に耐える彼らを今も案じて見守っていること。
その事実が、彼らに初めて
それは深い闇から訪れる無限の安堵だ。
偉大なる破滅の王が自分たちを見ているという歓喜。
全ての敵は王の前にひれ伏し、屍を晒すのだという確信。
苦難と悲劇の果てに、自分たちはようやく帰る場所を得ることができたのだという無限の喜び。
あらゆる感情が、彼らの内に暴風となって渦巻き、やがてそれは狂おしい程の熱量へと生まれ変わる。
それは狂信だった。同時に彼らが受けた大恩に相応しいだけの忠誠でもあった。
彼らダークエルフはこの瞬間より生まれ変わり、邪悪なるマイノグーラの国民へと変貌したのだ。
「ば、万歳! 偉大なる王、イラ=タクト様万歳!」
感極まった若者の一人が手を上げ大声で叫ぶ。先ほど失禁していた情けない男だ。
だが今の彼にはただただ誇りと感動が渦巻いている。
興奮はすぐに隣の者へと伝染し、やがて集団全体が熱狂的な渦に包まれる。
戦士長であるギアや、長であるモルタール老までもが感激の涙を流しながら拓斗をたたえる言葉を口々に述べているのだ。
横に立つアトゥはそれが当然であると言わんばかりで、満足げに頷いている。
忠信が王に捧げられる。狂信が王に集まる。
それらを一身に受ける偉大なる破滅の王はさも当然の様に、
「おおー」
と感嘆の声を漏らした。
=Message=============
国民の参加により国家が樹立しました。
偉大なる指導者のもと、マイノグーラを讃えよ!
―――――――――――――――――
=Eterpedia============
【マイノグーラ】国家
属性 :邪悪
選択可能指導者 :『名も無き邪神』『汚泥のアトゥ』『全ての蟲の女王イスラ』
志向 :《終末志向》《侵食志向》《内政志向》
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~~名も無き神の、破滅をもたらす王国~~
マイノグーラの起源は定かではありません。
世界が生まれる以前よりこの世界に存在していたと言われ、善神であるアーロスとは違
う次元から来たと言われる名も知れぬ邪神により作り出されました。
国家としての性質は各種邪悪属性への強力な適正と、その繁殖力が上げられます。
世界の傾向を邪悪に傾けることでゲームをより有利にプレイできますが、序盤の立ち上が
りは非常に遅く注意が必要です。
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