第十話:技術(2)
植林とは一体どういう技術か?
無知は恥である。無知を覆い隠し取り繕うことはいずれ
そのため素直に質問をしたギアであったが、その言葉は予想以上に拓斗たちの心を揺らした。
「え?」
王が驚きの声を上げた。
その一言だけでギアは感じたことが無いほどの不安にかられたが、どうやら王は失望したと言うよりは本当に驚いた様子で、その漆黒の体躯を揺らし腕を組み、何か考え事を始めた。
「《植林》を知らないのですか?」
「……申し訳御座いません」
「いえ、良いのです。モルタール老。貴方は知っていますか? 後ろの貴女――エムルは?」
アトゥの問いにモルタール老も副官であるエムルも首を横に振った。
万が一にでもどちらかが知っていればどれほどの失望を受けるだろうと一瞬祖霊に祈りかけたギアではあるが、どうやら博識な二人で知らないとあれば本格的に認識の
「うーん。技術レベルは《精錬》《漁業養殖》《城砦建築》辺りだったかな? おかしいな」
珍しく拓斗が長く言葉を述べた。
いつもは殆ど話さず、その全てをアトゥに任せる彼がここまで
「拓斗さまが仰った言葉を知っていますよね?」
頷き、肯定とする。
それらは彼らでもよく知る技術概念であった。市井の民ならまだ知らず、この森へと逃げ延びる以前の彼らはそれなりの役職についていた。
当然各国が有する技術も名前やその性質程度であれば知識として有している。
そのことについて言葉をもって説明しようかと考えるギアであったが、それより早くアトゥの言葉が続いた。
「加えてこれらは? 《四大元素》《軍事魔術》《六大元素》《特殊魔力源》《戦略攻撃魔術》《軍隊付与魔術》《浮遊兵器》《地質操作》《次元召喚》《魔道人形》《遺伝子改良魔術》。全て魔術系の技術です」
それらはまったく理解の範疇外の言葉だった。
魔術系統と呼ばれたがどれもこれもが聞いたことの全くないもので、中には彼らが全く知らない単語さえ含まれている。
その言葉からどの様な意味を持つかはぼんやりと理解できるが、だがあまりにも絵空事じみた概念の為、子供が戯れに描いた絵本の中でしか見たことがないのだ。
モルタール老はその言葉がアトゥの口から出てきた事実に震えながら、自らが唯一知る、この世界の魔術について答える。
「よ、《四大元素》なら存じておりますが、他は聞いた事も見たことも……」
「魔術についてはどのような認識ですか? 戦闘に関する一般的な話と、軍事関係について答えてください。魔術部隊などはありますか?」
「あっ、私がお答えいたします。えっと、個人であれば魔術師が戦士のサポートを元に攻撃魔術を使用しております。軍事上であれば後方の支援部隊に回復魔法の使い手を用意することが常ですが、護衛、飛距離、継戦能力の関係で魔術師を用いた部隊の編成はされておりません。検討はされてるようですが……」
「そのレベルですか……」
副官であるエムルの言葉を聞いたアトゥは一言漏らし押し黙る。
世界の技術力があまりにも歪だった為だ。通常であれば科学技術と魔法技術は平行して研究される。
以前の会合にてモルタール老から聞いた話では城砦建築や鉄製の装備が開発されているとの事から、魔法技術に関しても同程度のレベルである《軍事魔術》や《六大元素》程度は研究されていると予想していたのだが。
蓋を開けてみれば、こと魔法に関しては
であれば《植林》について不思議がることも一定の納得がいく。
『Eternal Nations』において植林は《農耕》技術と《六大元素》技術の開発によって解禁される土地の改善技術だ。
現実とは違って魔術を利用しているため現実世界以上に高速な森林の育成が行われるのが特徴ではあるが、少し特殊な技術であることには間違いない。
ただ、魔法技術が稚拙であっても《植林》という概念や魔法を使わない範囲での技法に関してはあっても良いはずだ。
にもかかわらず彼らは知らないと言った。
アトゥはこの世界と『Eternal Nations』との奇妙な関連性に気づき、自らの主に報告するように視線を向ける。
無言で返された頷きは、拓斗もまた同じ気づきに至ったことの証左であった。
「つまり、我々の世界における魔法技術は、王がお考えになるそれよりも遙かに低いという事でしょうか?」
「……ええ、その通りです。予想以上に低いですね。しかしながらこれは非常に面白い話でもあります。どのような理由で魔法技術の進歩が後れているかは不明ですが、我々が先んじて魔法技術について開発を加速させれば、それだけで他国に大きなアドバンテージを得ることが出来るのですから」
拓斗もアトゥの言葉に同意らしく。満足気にウンウンと頷いている。
いつもよりも若干首を振る速度が速いことから、彼も興奮しているようだ。
その様子を観察し会議が穏当に進んでいることを察したギアは、話題が止まった頃合いを見計らって先ほどからの疑問を投げかける。
「ではアトゥ殿。植林についてその目的などを詳しくお尋ねしたいのですが……」
「おっと話が脱線していましたね。――植林とは伐採した土地に木を植えて植生を保つことを言います。木材資源の確保もありますが、他にも様々な恩恵があるのですよ」
「ふむ。なるほど、なるほど。ワシの知る限り、一度伐採すると成木になるまでに数百年から時には千年もかかる樹木があるのですが、もしや?」
「ええ、貴方たちがまだ知らない魔法元素を利用することによって生育を加速させます」
その説明でモルタール老は全てを理解した。
そもそもこの世界における樹木の生育期間は長い反面巨大化する傾向にある、そして森林は腐るほどあり逆に農地を
エルフとて森林を保護するが、あくまでそれはともに生きるという考え方であり、樹木をコントロール下におくという概念は存在しない。
だが魔法で育成できるのであれば、そして王が何百年という長いスパンで国家に君臨することを考えるのであればまた話は別だった。
森林は有限でありいつか枯渇する。そして樹木は建築に必要な重要資源だ。
早い段階から樹木の生育に力を入れることは将来に向けての投資であり、何より魔法で育成を加速できるのであればそれは莫大な資源を生み出す国力増加の強力な武器となるのだ。
自らが王と戴く存在の偉大さ、そして人間や、長寿であるはずのエルフさえも超越した時を見据えたものの考え方に畏敬の念を抱く。
だが同時に疑問にも思った。先に提示された魔法技術含め、何故王はそれほどまでに卓越した知識を有しているのかと。
「しかし先ほど仰っていたワシらが知らぬ魔法技術、そして《植林》の性質。一体その知識はどこから……」
「全ては、偉大なる神であるマイノグーラの王、イラ=タクトさまが生み出した知識であり、世界の真理です」
「なんとっ!!」
(えっ!?)
モルタール老の疑問に、アトゥは誇りに満ちた表情で、まるで自分のことであるかの様に自信満々に答える。
拓斗は遅れて内心で驚愕の声を上げた。
とんだでまかせを聞いたからである。
「貴女たちは王の慈悲に触れ、その国民になるという栄誉を賜りました。その過程で王がどれほど偉大かをよく存じているかと思います」
ウンウンとダークエルフたちは大きく頷く。
拓斗はわたわたと両手を振ってなんとか話を止めようとするが、全員が全員アトゥに集中しているため、彼のなけなしの努力は無駄に終わる。
「甘い。実際の王はその百倍凄いのです!!」
ここ一番の大きな声で、アトゥは一から十までの嘘を押し通した。
もちろん拓斗としてはさっさと声をあげて否定すべきところだが、残念ながらこういう時に限って言葉がでてこない。
故にアトゥが暴走気味に自らの主自慢を始めるのを心配そうな瞳で見ている事しか出来なかった。
もちろんアトゥとしては善意百パーセントである。
もしかしたら本当に全ては拓斗が作り上げたと思っているのかも知れない。
だた事実として技術の由来を彼が生み出したということにしておいた方が当たり障りがなかった。
ともあれ、彼女が今とてつもない時限爆弾を平気で振りまいていることは間違いなかった。
ちょいちょいとアトゥが指を自らの方向に向けて動かす。
「分からないことを何でも質問してみろ」の合図である。
拓斗はそれ以上はやめて! と思ったが、もちろんこういう時に限ってアトゥには届かない。
そうこうしている内にアトゥの合図に乗ってしまった副官のエムルがキラキラとした瞳で質問を始める。
「以前人間の国である聖王国クオリアでは疫病が発生し、大量の死者が出たことがあります。かの国の聖職者は悪魔の呪いであると言っていましたが、先ほどのお言葉、もしや王であればその原因をご存じなのでしょうか?」
「どうせ都市に住まう猫を狩りまくったとか言う落ちではありませんか? それによってネズミが大量発生したとか……ネズミは疫病のキャリアとなります。疫病で人が死に、屍肉を食んでネズミが肥え太り増殖する。そして疫病が広がり人が死ぬ。素敵なループですね。王が発見しました」
王が発見したらしい。
もちろん拓斗は発見していない。何処かの偉人が見つけたのだ。
彼は努力の末、真実に到達した偉大なる先達に謝罪の言葉を内心で述べる。
「……疫病のキャリア? ネズミの存在が人を死に至らしめるのでしょうか?」
「ネズミではなく、ネズミが媒介する細菌が原因です。目に見えない程の生物に小さい生物がこの世には存在するのです。こちらも王が見つけた功績です」
(か、勝手に……)
拓斗は自分が関知せぬままにどんどんと積み上げられていく逸話に頭をくらくらさせる。
だが無理に割り込んでアトゥを注意することなどしない。正確には注意するほどのコミュニケーションを有していないと表現した方が正しいのではあるが、どちらにしろアトゥに甘い彼が何も言えない事実は変わりなかった。
「ふむ。小さな小さな羽虫とでもイメージすればなんとかなりそうですな。身体の中に入って悪さをするその羽虫を退治することを考えなければならぬと」
「対処はいくつかあります。恐らく瀉血について考えているのでしょうが結論を言います。血を抜いて細菌を出そうとするのは間違いですよ。体力が落ちるので逆効果です。祈祷は――魔法が存在するこの世界では意味がありますが、何万という人数にかけられるものではないでしょう。と、王は仰せられました」
言っていない。
が、そういうことになった。
その後は疫病に対するもっとも効率的な医療行為及び予防法、対処法や初期対応などに関する技術が惜しみなく披露され、何もしてないにも関わらず拓斗の株がドンドンと上がっていく。
未知の技術と概念をこれでもかと頭の隅々までたたき込まれ、感嘆とともに尊敬の念を送ってくるダークエルフたち。
その全てが拓斗の胃に地味なボディーブローとなって襲いかかる。
「ふふふ、我が王にかかればこれくらい片手間ですよ」
拓斗はもうやけになれとばかりにとりあえず静かに頷くことしかできないでいる。
「王が生み出した知識。王が元々暮らしていた神の国には様々な知識があります。卓越した技術故、現状ではその殆どが利用できませんが、それでも先ほどの知識のように様々な恩恵を与えるでしょう。自分たちがどれほど幸運か、理解できましたか?」
実際のところ、アトゥの言葉は王の偉大さを盛った点を除けばさほど間違っていない。
技術とは前提技術とそこに至る研究、そして文化的成熟さをもって初めて効果がでるものだとは一般的に考えられている。
それは事実ではあるが、同時に間違いでもある。霧の中を闇雲に突き進むよりも宝の地図をもった状態で進む道のりの方が圧倒的に早く結果を出せるからだ。
確かにアトゥも拓斗もその知識は専門家には劣り、実践の経験すらない。
だが、そんなものはさしたる問題では無いほどに、彼らの知識は黄金の価値を有していた。
「では王が生み出したあのリンゴも、王が神の国にて作り上げた食糧なのですね!」
話題は次いで別のものへと移った。
副官のエムルが上げた内容は拓斗が生み出した果実に関してだ。
あれらも現代の品であり、生前拓斗がよく食していたものが生み出されている。
どの様な仕組みでその奇跡がなされているのかは分からないが、技術の進歩はあのような至宝のごとき食料を生み出せるという答えだけは純然たる事実として存在している。
「ええ、ええ、そうなのです。美味しいでしょう? 他にも沢山美味しいものがあるのです。私は葡萄が大好きですね」
とはいえアトゥは少々調子に乗りすぎだ。
しばらく彼女には罰として葡萄禁止令を出してお仕置きしなければ。
そんなことを考える拓斗ではあったが、アトゥ本人はすでにテンションも上がりきっており拓斗の考えなどつゆ知らずと言った様子で饒舌にあれやこれやと口を滑らしている。
そんなご機嫌なアトゥの態度を見てエムルも気分が舞い上がっているのだろう。
高い地位にいる隔絶した存在が自分と同じ位置まで降りて声をかけてくれるという喜びもあったのかもしれない。
ニコニコと嬉しそうに笑顔を見せた彼女は、まるで仲の良い同性の先輩にでも話すかのようにアトゥの言葉に応えた。
「あの紫色のつぶつぶの果実ですね! そう言えば種があったので植えたのですよ。しかももう芽が出たんです! 成長が今から楽しみです! 王がお手を煩わせずとも何時か沢山の果実が収穫できるようになるでしょう!」
「これ! 勝手にそのようなことをしていたのか!? ワシに断り無く、ましてや王の許可を取らぬとは何事だ!」
「そうだぞエムル。それは良くない。なぜ勝手にその様なことをした?」
そして女性同士の姦しい語らいに口を挟むのは無粋な男子だ。
拓斗はあんまり女の子の邪魔をしないほうがいいのではと思ったが、それ以上に気になる事があったのでそこに夢中だった。
そう、先ほどの語らいには彼の心を揺らす何かがあった。
「きょ、興味に負けて、美味しかったしいいかなって……」
「神の国の、現代の果物の種を植えたのですか?」
拓斗が気付いたことに遅れて、アトゥが気付く。
彼女の驚きの籠もった瞳がエムルへと突き刺さり、その肩がびくりと震える。
叱られた子供の様にシュンとした様子で萎縮するエムルはいっそ哀れであり、モルタール老やギアが思わず間に入って仲裁したくなるほどのものであった。
だがとうのアトゥ、そして拓斗はまったく違った点に思いを巡らせていた為それどころではなかった。
緊急生産で生み出された食物は確かに現代のものだ。そしてその種も、この世界とは違う、拓斗がやってきた現代のものなのだ。
すなわちそれは現代における卓越した技術で生み出された成果物を、そのままこの発達段階の低い世界で利用できるということに他ならない。
つまり未来に至る答えが、結果が、そこにあるのだ。
食糧の生産量は国家人口に直結する。
生物工学、遺伝子工学の粋を集めて生み出された高収穫量の現代食糧がどれほどの価値を国家にもたらすのか、考えるだけでも目眩がしてくる。
それだけでは無い。
食糧が生み出せたと言うことは、資源も生み出せるのだ。
緊急生産では戦略資源を生み出せないのではなかったのか?
――否、生み出せないのはゲーム中に存在する戦略資源だ。
拓斗が生きていた現代に存在する物資であれば生産出来ることは今判明したばかりではないか。
試しに手のひらを虚空に出し、念じてみる拓斗。
コロンと彼の手のひらに落ちたものは、その見た目に反して軽い重量を持つ金属、電気の缶詰――アルミニウムだった。
拓斗の頬が緩む。
アルミやスチールなどのベースメタル。レアメタルと呼ばれる希土類。リン鉱石やカルシウムなどの肥料用栄養素。
加えて黒色火薬はおろか無煙火薬までも生み出せるのであれば、一足先に強力な軍隊を作り上げることも可能だ。
更には魔法技術を習得することによって、現代技術の落とし子である様々な資源はさらなる可能性を生み出すだろう。
もちろん、前提として大量生産を行えるだけの工業力と基礎技術力、そして人口が必要という問題点はあったが、それでも大量の魔力さえつぎ込めば資源埋蔵地を気にすることなく用意できるというシステムには魅力を感じられずにはいられない。
石油という資源を争って世界中で殺し合いをしている世界すらあるのだ。資源確保の手段を得られたことは何よりもマイノグーラを強力な国家にしてみせるだろう。
となると必要なものは魔力だ。それも大量の、気の遠くなるような量の……。
天文学的とも言える量の魔力を使用して強引に希少資源や枯渇資源を生み出すのだ。
王たる彼がいなければ不可能である戦略だが、そもそも国家とは王であり、王とは国家である。なんら問題はない。
拓斗は己の脳内でめまぐるしく駆け巡る情報を整理しながら、今後の戦略を組み立てていく。
口角が自然とあがり、小さな笑いが漏れる。拓斗は珍しく企みの笑みを浮かべていた。
同時に彼の腹心であるアトゥも拓斗が導き出した内容を理解し、クスクスと笑みを浮かべた。
「あ、あの……だ、ダメでしたでしょうか?」
「いいえ、盲点でした。実に良い仕事をしましたよ貴女は」
おどおどと怯えるエムルに優しく微笑み、アトゥは満足げに頷く。
存外この
非現実感に溢れる感想を抱きながら、拓斗は今後の国家運営方針を修正していくのであった。
=Message=============
マイノグーラに次の国家志向が付与されました。
《神授特権志向》
―――――――――――――――――
=Eterpedia============
【神■特権■向】国家志向
マップ名『Ea■th-AC21■5』到達技術に■る既知の食■、資源、戦略物■等の
緊■■産が可能となり■■■
※未取得技術による■■物は、そ■技術難易度によっ■■魔力が増加■ます。
※この志向は世界を■■■■■■■■■■
=Message=============
〈!〉エラー番号447(異常な操作が行われました)
〈!〉存在しない志向データが選択されました
〈!〉世界プロファイルと技術プロファイルに矛盾が発生しています
〈!〉オリジナルマップにおけるゲームバランスが【致命的】レベルです
―――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます