第十一話:内政(1)
イドラギィア大陸はその説明に大雑把さを許容するのであれば、二つの円形の大地を南北に繋げた形を持つ大陸である。
南方には大呪界を初めとした入植に適さない地域や蛮族地域。先進国とは文化的にやや劣る後進国がいくつかあり、更に南方へ行くと未開地域と呼ばれる誰も知らない地域に接続している。
一方北部を支配する国家は二つしかない。人間種が支配する光の国家、聖王国クオリアと、エルフ種が支配するエル=ナー精霊契約連合である。
国家の繁栄は様々な要素が絡み合っている。
この二つの国家が繁栄を
だが、確実にその成果に寄与していると断言できる存在がいる。
それが――聖女と呼ばれる決戦兵器だった。
◇ ◇ ◇
聖王国クオリアはその広大な国土を効率的に管理する為に州制度を採用している。
王都であるクオリアーネを中心とし、東西南北にそれぞれ独自の行政権限を持つ州を配置する特殊な国家だ。
その北方州。寒冷地帯を多く含むため、四州の中でもっとも発達が遅れているその地の更に最北端。
もはやいくらかの漁村や農村が点在するだけの何ら価値を見いだせない土地で、その場におおよそ似つかわしくない白の装束に身を包んだ少女が、雪の大地で眼前を見据えていた。
「聖女さま、お時間でございます。伝令より蛮族の群れが予定通りこちらへ進軍しているとの報がございました。神の御心のまま、その奇跡をお示しなされ」
「――分かりました」
豪奢な鎧に身を包み、純白外套を纏う神聖騎士団。
そして彼らに警護されながら同じく遠く大地の向こうに視線を向け、先の通達をよこしたのがこの地を治める州議会の枢機卿、その一人だ。
彼に声をかけられた少女は、一歩足を踏み出す。
すると程なくして遠くよりギィギィと不快感を催す叫び声が聞こえてきた。
同時に雪煙が舞い、大地を踏みしめながらこちらに駆けてくる亜人の集団が見える。
大きさは人間の半分程度、青色の荒れた肌に鋭い瞳、知性の感じられぬ相貌には鋭い牙が生えている。手に持つものは棍棒や尖った枝、石が括り付けられた簡素な斧。
突如北方の領域に出現したスノウゴブリンの群れ。
数としては数千。
格州でそれぞれ万単位の軍勢を有するクオリアにとってはあらゆる面で人間に劣るゴブリンの集団など羽虫程度でしかない。
だがそれは国家全体から見ればの話であり、事実彼らの出現によって既にいくつかの村が壊滅し、その住民たちの命が奪われていた。
そして彼らの進行方向に立ち塞がる者が一人。
白色に金の装飾があしらわれた法衣を身に纏い、全身に花の装飾をつけた儚い表情が特徴的な齢十七程度の少女。
市井の人々称して曰く、神の慈悲・花の乙女・美しき人・世界の守り手――
イドラギィア大陸
聖王国クオリアが誇る、奇跡の体現者である。
「万民を恐怖に陥れ、多くの悲劇を生み出したその罪。決して許せるものではありません。神の悲しみはつのり、もはやあなた方が改心する猶予の時は過ぎ去りました」
ソアリーナは滔々と語る。
知性を有しているかどうかすら怪しいスノウゴブリンたちに果たして彼女の言葉が届くか?
だがソアリーナは言葉を紡ぐ。まるで
「多くの無辜の民の苦しみが聞こえます。平和を望む神の声が聞こえます」
ソアリーナが手を掲げ、その平を前面に押し出す。
スノウゴブリンの動きが速い。もはやその脅威は目の前に迫っており、あと数秒もすればその大群に押しつぶされようとしている。
背後の枢機卿が慌て始める、背後の聖騎士が抜剣し戦闘の準備を始める。
だが聖女ソアリーナは静かに語り、
「聖王国クオリアの秩序を乱した罪、聖神アーロスに背く咎にて、
――
大地が業火により滅却された。
事前動作が一切無い、ただただ全てを焼き尽くす業火がソアリーナの眼前に現出する。
スノウゴブリンの集団が地面や草木ごと焼き払われ、無残な悲鳴と肉が焼ける深いな匂いが辺りに充満する。
ギィギィとスノウゴブリンたちによる悲鳴じみた声がいくらか聞こえるものの、渦巻く炎に巻き込まれ、やがて消えゆく。
先ほどまであれほど寒さを感じていた大地は今や常夏の様相で、屈強な聖騎士は耐えれども、枢機卿やその従僕に至っては外套を脱いで袖をまくらなくてはならぬ始末だ。
数千はいると思われたスノウゴブリンの集団。
彼女が参戦するまで数々の村を滅ぼし、暴虐の限りを尽くしてきた彼らの最後はもはや原型も分からぬほど崩壊した消し炭であった。
炎が消える。シンと辺りが静まりかえり、誰しもがその奇跡に言葉を発せずにいた。
やがて変化が起きる。
ポツリと、一輪の花が咲いた。次いで流れるように、そして
やがて一面が華に覆われ、先ほどの焼却の跡を覆い隠す。
まるで
単体で軍規模――それらを優に超える規模の力を有した存在。
これこそが、聖女が決戦兵器と言われる所以であった。
「……枢機卿」
北の大地に突如出現した花畑、吹雪く風によって舞い散る花弁をゆっくりと瞳で追いながら、聖女ソアリーナは振り返らずに背後へと声をかけた。
「いかがされました、聖女さま?」
「――先日お伝えした話は、どうなりましたか?」
「先日? はて、どの様なお話でありましたか?」
「大陸南方にある大呪海、そちらで災厄ありとの予兆がありました。調査の聖騎士を派遣していただきたいという、話です」
「あそこは南方地域で我が国家の領域外です。派兵するとなると国への申請と、通過する地域をおさめる領主との調整が必要ですな。また軍費と恩賞も考えなければなりませぬ。そもそも、聖騎士団はおいそれと動かせぬことは聖女様もご存じのはず。本当に予兆があるのですか?」
クドクドと嫌みたらしい反論が帰ってきた。
言外にそんな面倒なことやりたくないと言っているのが明らかに分かる。
周りで待機している聖騎士が誰にも見られていないのをいいことに首を振る。
果たしてどのような意味かは本人にしか分からない。
「はい、間違いなく。……なにも聖騎士団を動かさなくともよいのです。私が自ら赴くことも……」
「聖女さまはご自身の立場を分かっておられない!」
枢機卿の怒声により、側に使えていた見習い聖職者の少年が震える。
聖女は振り返り、枢機卿を静かに見据えた。
その瞳に感情は感じられない。
枢機卿はまるで人形の様に感情を見せないソアリーナに更に苛立ちを募らせると、大きくため息を吐きながら
「まったく、その様な考えてどうするのですか? 御身の重要さをもっとご理解ください。田舎で百姓をしていた頃とは違うのですぞ?」
明らかな侮辱に聖女ソアリーナは黙った。
言い返せず歯がみするというよりは、はなからその程度の暴言で動く程度の心は持ち合わせていないようにも思える。
ただそれは達観にも似ていたし、諦めにも似ていた。
「ちっ……私が個人で動かせる者が幾人かおります。その者に命じましょう」
とは言え、立場で言えば聖女の地位は隔絶している。
たかだか枢機卿如きが口を挟める理由は何処にもないのだ。やがて彼は諦めたかのように代替え案を提示する。
ソアリーナはその返事に初めて少女らしく小さな微笑みを浮かべて頷いた。
これで一つ、彼女の憂慮が消えた。
そうして、最後に枢機卿が小さく「田舎娘が」と吐き捨てたことをその超常的な能力による聴覚で把握した彼女は、いつものように聞こえないふりをする。
……聖女は孤独である。
隔絶した身体能力と奇跡の力を神より与えられた彼女たちは、秩序の徒として絶対的な献身と忠誠が求められる。たとえその地位を羨む者の下劣な嫉妬に晒されようとも。
全てを救うために、全ての笑顔を守る為に。
彼女は救えなかった者たちの為に、今日もひたすらその奇跡を行使するのだ。
「ありがとうございます。その方たちにアーロス神の祝福がありますように……」
彼女の言葉を待たずして、さっさと枢機卿は撤収の準備に入ってしまう。
その背中を無感情に眺めながら、華葬の聖女ソアリーナはポツリと呟く。
「私が、救わなきゃ……」
言葉は極寒の大地へと溶け込んでいく。
秩序の軍勢は世界に訪れる変革、その予兆を確かに感じつつあった。
………
……
…
「楽しい楽しい建築時間ですよーーー!」
大呪界の森にアトゥの元気な声が響き渡る。
国民も参加し、形ばかりではあるが国家運営要員も配置された。
国家としての最低限の体裁が整い、いよいよ拓斗たちが心待ちにしていた内政の時間がやってきたのだ。
「偉大なるタクトさまの国家はまだまだ生まれたばかりの赤ん坊です。これより海を統べるほど強大にし、天をつくほどに強力にせねばなりません。その第一歩、皆さんには期待していますよ」
拓斗がこの世界に来てからもはや定位置と化した石造りの台座は、現在その様相を大きく変えていた。
ダークエルフたちが心血を注いで作り上げてた玉座が台座を補強する形で出来上がり、草で編み込まれた絨毯、そして何より屋根のある簡易の建物が出来上がっていたのだ。
もっともそれはいくらかの木を適当に組み合わせたあり合わせのものであったが、それでも拓斗の気持ちはうなぎ登りだ。
今も玉座を前に作られた簡易のテーブルにて会議が行われている。
座る者はアトゥとモルタール老だけだが、いずれはここも賑わうのだろう。
その様を夢想しながら、拓斗は喜びに震えていた。
全ての状況は順調に進んでいる。
静かに目を閉じ、国内全ての情報に目を向ける拓斗。
国家が保有する魔力は順調にたまっている。
それらは特殊な施設や土地から産出されることもあるが、基本的に国民から一定割合を毎月徴収するという税に似た性質を持っている。
そして重要な要素として、この徴収額は国民の幸福度と関連性があると言うことだ。
強制徴収という制度や、強引に魔力を絞り出す人権を無視した外法も確かにある。
だが最終的には幸福に満ち満ちた国民で国家を満たすことがもっとも魔力を効率的に得る事ができる方法でもあった。
(僕の手で、皆を幸福の絶頂に導いてあげよう!)
つまり国民の幸福こそがマイノグーラの発展に繋がるのだ。
邪悪な文明の指導者らしからぬ決意を抱きながら、拓斗は満足気に玉座を撫で自らの臣民が作り上げた成果を楽しむ。
コミュ障で、もはや玉座を撫で上げる置物とした拓斗を放って会議は順調に続いていた。
「してアトゥ殿、まずはどの様な建物を作れば良いのでしょうか?」
「ふむ、そうですね」
顎に手をやり考え込むアトゥ。
この辺りの話は既に彼女としているため、拓斗も安心して任せることが出来る。
今考え込む素振りを見せているのも予め行った運営方針について確認しているだけであろう。
事実アトゥはすぐさま納得したように頷き、拓斗が求める当初の予定をダークエルフたちに告げる。
「食糧生産施設を作ります。腹が減っては戦は出来ぬ。もっとも腹が満ちても戦はしませんが」
「確かに食料は重要ですな。しかしその、食料は王のお力によって無限に生み出せるのでは?」
「もちろんそうですが、なんで王がそんな面倒なことをしなければならないのですか? それに、今後より領土が広大になったときに物流の問題も生じます」
「おっしゃるとおりかと、我が浅はかさ、どうかお許しを」
「いえいえ――とりあえずそうですね。さしあたっては食料アイコンを生み出す施設を作りましょう」
気にしてないとばかりに手を振り、なにやら懐から取り出すアトゥ。
モルタール老は時々行われるアトゥの独特な言い回しに苦慮しつつも、その意を十全に理解し彼女に手渡されるままその奇妙な物体――なんらかの苗木を受け取った。
「この木を植えて、育ててください。後は管理する小屋や、食糧の集積場所、保管小屋などを建てて完成でしょう。詳細は追って伝えます」
「一体何の木ですかな?」
大きさは手のひらよりも少し大きいくらいだ。
根があり、奇妙なくびれた枝がついている。
残念ながらモルタール老の知識にはない苗木だった為、これがどの様な木を実らせるのかは分からない。
ただギアの副官であるエムルが個人的に植えている種とは違ってわざわざ命令として発令する程である。通常のものとは違うであろうことは明らかであった。
だが、
「『人肉の木』です」
「え?」
「『人肉の木』です」
通常のものとは違いすぎた。
アトゥは凄いだろ、と言わんばかりにもう一度同じ言葉を発している。自慢げだ。
対するモルタール老はどうリアクションして良いか分からない。ただ、この世界の植物でないことだけは理解した。
むしろこんな物騒な植物がこの世にあって欲しくはない。
「その、アトゥ殿。えっと、もう少し詳しく説明を頂きたいのですが……」
「我が文明における食糧生産施設の一つですね。人肉の木とは言いましたが、正確には人肉みたいな味がする謎肉を実らせる木です」
「邪悪っぽいよね」
すかさずコミュ障の王が間に入る。玉座を撫でるのに飽きたらしい。
とは言えとうの拓斗さえこの様だ。どうやら二人にとってもさして驚くべきことでもないらしい。
ぬぅとモルタール老が唸る。
確かに食糧は重要で、特に穀物や野菜だけを食べるより肉があった方がより力がつくし多くの民を養える。
だが邪悪になったからと言って食の嗜好まで変わる訳ではない。事実モルタール老は相変わらず家畜の肉より魚の肉の方が好みだ。中々難しいものがあるのでは? と不安でならない。
さらに彼らは人肉に対しては思うところがあった……。
「かしこまりました。ただ流石に人肉となるといくらか慣れるまで時間がかかるかと、なんというか、いやはや……少々人肉には嫌な思い出がある者もおります故」
「まぁ全部を全部この施設でまかなえるとは思ってはいませんので、そこは大丈夫ですよ」
「好き嫌いもあるしね」
ほっと一安心するモルタール老。
ともあれ、食糧問題に関しては順調に解決しそうであった。
飢えの苦しさは何よりも理解している。もう部族の者にあのような苦しみと決断を与える必要が無いことに心から王に感謝の念を送る。
だがその解決策の一つが人肉の味がする植物の実とは、非常に皮肉な話であった。
=Message=============
建築施設が選択されました。
建築中!【人肉の木】
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=Eterpedia============
【人肉の木】建築物
食糧+1 食糧生産+10%
魔獣ユニットの回復力+10%
《
人肉の木はマイノグーラ特有の施設で、食料庫の代替えです。
通常の能力に加え、魔獣ユニットの回復力を増加させる効果があります。
また《人肉嗜食》を持つユニットの回復力を大幅に増加させます。
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