第十二話:内政(2)

『人肉の木』を建築することによって食料の生産に関してもある程度の確保が出来る見通しとなった。

 並行して農地の開墾なども行わせている為、人口が急激に増加でもしない限りではとくに問題は起きないだろう。


『Eternal Nations』とこの世界では勝手が大きく違ってくるが、国家の繁栄を考えたときに注視しなければならない点はおおよそで同じである。

 つまり、拡大計画、国内開発計画、軍備計画、研究計画である。

 このうち拡大計画は国力の回復を優先する為一旦保留、国内開発計画は『人肉の木』を中心とした食料生産力増強となっている。

 残るは軍備と研究である。


 いつものメンバーである国家運営員を交え、拓斗たちはその日もマイノグーラの方針を決めるために会議を行っていた。


「では本日の議題は研究に関してですな。現状あまり割ける労力は多くはありませぬが、それでも重要かと……」


「はい、研究をする事によって新しい技術が生まれます。新しい技術は何時だって国家の力を大きく飛躍させます。未だ小国である我らにとって先進的な技術を手に入れる事は急務な訳です」


「まさしく仰る通りかと。してアトゥ殿、どの様な技術から研究させるのでしょうか?」


「そりゃあもう、魔法技術に決まってるでしょう!」


「わくわく」


「ふっふっふ、わくわくしますね、我が王よ」


 待っていましたとばかりにアトゥが嬉しげに宣言した。

 拓斗とアトゥは内政に並々ならぬ思いを寄せている。ゆえにこのような異世界転移という急変した事態にあっても常に内政を行おうとするある種の狂気じみた性格を有している。

 その狂気の源泉がどこにあるのかは未だ持って不明であったが、とかく世界征服や全生命体の抹殺などと言い出さないことはモルタール老たちダークエルフにとって幸福と言えた。


「おお! ワシも魔法には少し造詣がありまして、新しい魔法技術となると少しワクワクしてきますのぅ。して、研究するのはどのような技術なのですかな?」


 モルタール老も最近では王を前にしてもあまり緊張はしなくなってきた。

 もちろん変わらぬ畏怖と畏敬は感じているのだが、何よりも自分が邪悪となり、そして王の臣下となったことで初めてあったときのような底冷えのする恐怖を感じることはなくなったのだ。

 故にこの場でも比較的ラクな言葉遣いで喋っている。

 王たる拓斗が喋らず、比較的話しやすいアトゥがメインで話をしているという理由もあったかもしれない。

 こうしてますます孤独とコミュ障に拍車がかかる拓斗。

 とは言え会議は進む。もちろん拓斗も了承済みの内容だ。

 それは魔術の研究に関してであり、もっとも彼らが重視する項目でもあった。


「《軍事魔術》ですね。通常あなた方の魔術はあくまで個人間や多くても数十人程度の集団戦で利用されているものかと思われます。《軍事魔術》はこの範囲を拡大し軍同士の衝突による大規模戦闘や、大規模な土地への影響力を行使する魔術を可能とします。これにはマナ源が必要になるのですが……まぁ細かい点は後に説明します」


 饒舌に語るアトゥにモルタール老も思わず聞き入ってしまう。

 もともとは彼も魔術の最果てを目指す者だった。部族の長になったときから様々な仕事に追われて魔術の研鑽はおろそかになっていたが、それでも魔導の深淵を覗きたいという欲求は今でも有している。

 彼もそれなりに魔術を扱えると自負しているが、それは個人間の戦闘においてだ。もちろん彼であればアトゥの言うとおり火炎系の魔法で数十人のならず者を一気に焼却することも可能だが、奇跡でもなければその範囲を軍勢規模まであげることなど出来ない。

 王が知る魔の世界とはどのようなものなのか? まだ見ぬ世界の叡智が、今から楽しみでならなかった。


「では研究に伴い皆さんの中で魔術に長ける者を何人か選んでください。彼らに新しい技術を開発させましょう。なぁに、さほど難しくない技術です。すぐに開発できますよ」


「ははぁ、それでは早速人員の選定と研究所の建設に移らせて頂きます」


「良いでしょう。さて、忙しくなってきましたね……」


 ポツリと呟くアトゥ。

 彼女の言葉を耳にした拓斗は、ウンウンと頷きながらまたいつものように玉座をなで上げた。



=Message=============

研究項目が選択されました。


研究中!【軍事魔術】

―――――――――――――――――



 こうして研究に関してもあらかた方針が決まった。

 国家の規模が小さい現状ではあまり先進的な科学技術を研究しても効果が薄いわりにかかる労力が膨大なものになる為、現状としてはもっとも無難な選択であろう。

 そのことを理解しながら、モルタール老はあれやこれやと人員選定にかんする細かい点をつめていく。


「して、のこりは軍事ですな。アトゥ殿はどのような方針をお考えですかな?」


「まぁもちろん増やすことは当然として、現状ではあまり積極的に力をいれませんね。軍隊って資源と魔力と維持費ばっかりかかって何も生み出さないんですよ。なんであれ存在してるんでしょうかね?」


「とは言え、軍隊がなければ外敵から身を守ることができませぬ。現状の戦士団の人数は十数名程度。正直王をお守りする軍勢としては力不足……僭越せんえつながら王のお力で何か強力な配下を生み出すということは可能でしょうか?」


「ふむ。国民を兵役で拘束しないという意味での配下ですね。

 一応それなりに手段はあるのですが、どちらにしろ魔力や食料を大量に消費しますし、何より軍勢を作り上げると目立つ可能性があります。その余裕は正直なところありませんね」


「まずは国力の増加が急務……ですか。戦士団全員に鍛錬を厳とすること、通達いたします」


 少しばかり難しげな表情で戦士長のギアが答えた

 現状ではそこまで軍事に注力する必要もなく、わざわざ積極的に戦力の増強をする必要性もないと判断していたアトゥはその態度におや? と首をかしげる。

 だがやがて思い至る点があったのか、なるほどと得心した表情でギアに言葉を向けた。


「ああ、あなた方は追っ手を気にしているのですね。聞いたところによると賞金稼ぎなどの集団が来る可能性はあると?」


「はい、流石に連合が保有する軍の派兵はありえませぬが、戦士長としてそれなりに名が知れている私、そしてモルタール老などは賞金がかかっております。それに、人権のないダークエルフは金になります」


「ふむ……」


 アトゥは少し考え、拓斗に判断を仰ぐため視線を送った。

 彼らに追っ手が来ることは予想の範囲内である。

 そしてそれらの対処をすること含めて、彼らを国民として受け入れた。故に今更追っ手についてどうこういうつもりはない。

 問題は対処だ。現状の戦力でも問題ないと思われるが、将来的な面も含めて今後の戦力増強方針を決めた方が彼らは安心するだろうと考えたのだ。


「英雄を作るよ」


 王の言葉を受け取ったアトゥが大きく頷く。

 確かにその方法であれば一番コストが低く、何よりもリスクが少なかった。

 王の言葉がどのような意図を持つのかはかりかねているダークエルフたちに、アトゥは王に代わって説明を行う。


「アトゥ殿、英雄とは一体?」


「マイノグーラには王の配下となる英雄が存在しています。みな強力で頭のネジが全部抜け落ちたバケモノたちです。様々な制限があるので現状で彼ら全員を召喚するには何もかも足りませんが、それでも一人くらいは可能でしょう」


「英雄とは……それほどまでに強力な者なのでしょうか? いえ、偉大なる王とその配下を疑うわけではありませぬが」


 英雄とは『Eternal Nations』に存在する特殊なユニークユニットだ。

 アトゥも英雄に属し、拓斗のお気に入りであることは言わずもがな、である。

 彼らは非常に強力なため、ゲームではその運用いかんによって勝敗を決するほどの働きをしてくれるのだが、もちろんそんなことを知らないダークエルフたちはただ頭に疑問符を浮かべるばかりである。


「英雄はチート」


「はい、英雄はチートなのです」


「ち、チートとはどのような?」


「英雄は初めから強力な力を有しています。それに加え彼らは時間経過とともに強くなる性質を持っており、放っておけば放っておくほど強大になるのです」


「放っておけば放っておくほど強くなる……」


 その言葉にモルタール老は驚愕する。

 しばしば戦いの場では戦争と幸運の女神に微笑まれたものが運良く戦果を上げて生きながらえることがある。

 そういう人物はその功績を讃えられ英雄と呼ばれることがあった。

 だが生まれ持ってその素質を有し、更には何もせずとも経験を積みより強力になるのであればそれこそまさしく英雄と呼ぶに相応しき存在だろう。

 そしてその様な戦士が陣頭指揮を執れば、どれほど軍隊の力を底上げするかもはや計り知れない。

 放っておくだけで強くなる。常識から外れた能力をもつ英雄に、その場にいたダークエルフたちは隠しきれない興奮を感じてしまう。


「つまり隠密性が必要とされる現状、そして軍勢を維持できるだけの国力に不足する現状では英雄を生み出すことこそが国家防衛の要となるのですよ」


 通常、軍を編成するとなると膨大な費用と時間、そして人員を必要とする。

 だが『Eternal Nations』が誇る英雄を準備すれば、その問題も簡単に解決する。

 彼らが持つ強力な能力ならば国家を防衛するには十分であるし、コストもゲームとは違って一人分だ。忠誠度も高く何より目立たない。

 そして目立たないということは時間稼ぎが出来るということだ。

 時間は彼らに有利に働く。時間があればあるだけ英雄は強力になる。

 つまり国力の乏しい小国でありながら大国に等しい戦力を有することが可能となるのだ。

 様々な面でこの世界とゲームとの差異を感じていた拓斗であったが、この点においては『Eternal Nations』のシステムが有利に働いていると言えた。


「おお! なんと頼もしき者ですな! その様な強者が軍におれば、士気は最高潮にまで高まり兵士は普段の何倍もその力を発揮するでしょう! のぅギアよ!」


「うむ! その通りだモルタール老。陣頭に立つものの力量は、すなわち軍の力量! 強く勇猛な指揮官が数の劣勢を覆し勝利した例は過去枚挙にいとまがない。そのような者を召喚することができるとは、流石我らが国、我らが王だ!」


 英雄がいれば他国に一目置かれある程度渡り合える。少なくともイドラギィア大陸南部に存在する複数の国家なら迂闊に手出ししてくるようなことはなくなるだろう。

 戦争時における強者というのは戦場の士気を大きく左右する。

 例えば相手の強者との一騎打ち。戦場での武勇。高らかに響き渡るときの声。

 それらが相手の軍勢に与える精神的ダメージは少なくない。

 一騎当千とはよく言ったものだ。英雄が軍にいれば、その力を何倍にも増やしてくれる。

 そのようにモルタール老と戦士長ギアたちは判断した。

 そのように、勘違いしてしまったのだ。


「あっ、言い忘れましたが私も《英雄》の一人です。そしてあなた達はちょっと勘違いしているようなので訂正しますが、我々英雄というのは――」


 しれっととんでもない言葉を放つアトゥ。

 皆が驚きながらも、偉大なる王の側に仕える彼女が英雄であるのは当然だと納得する。

 すると何故か不思議なことにアトゥはテーブルの席から立ち上がり、スタスタと王宮の外にある森の方へと歩く。

 玉座と会議テーブルがある場所は壁などもない簡易の王宮だ。

 面積も広くないため王宮から出たアトゥの姿もしっかりと確認できるのだが……。


 やがて静かに立ち止まった彼女は、突然その背中から不気味な触手を伸ばし始める。

 ギチギチと奇っ怪に動くハリガネムシに似たその細長い触手。

 それを見たダークエルフたちが、アトゥと呼ばれる少女が闇の存在に連なるものであることを再度思い出したその瞬間……、

 彼らの前方にあった木々が、文字通り薙ぎ払われた。



「単騎で軍勢を滅ぼす力を有すからこそ、《英雄》と呼ばれているのです」



「「「ぬおおおお!?」」」


 バキバキと重なりながら折れていく木々。

 彼女が放った触手の一振りで十数本の木が根元からへし折れたのだ。

 モルタール老はその驚異的攻撃力に思わず唸り、ギアは先ほどの一振りに込められたその力を瞬時に理解しあんぐりと口を開ける。

 彼らは勘違いしていたのだ。英雄という存在をあくまで個人の範疇で考えていた。

 武勇に長けた個人であると、天下無双の存在であると。


 英雄とはそのような生易しいものではなかった。

 一軍と匹敵するだけの化け物。戦場を歩く一人の精鋭軍。戦況を覆す極大戦力。

 それが、マイノグーラが誇る英雄であった。


「この調子で力を蓄えることができれば、大呪界周辺地域程度の国家なら問題なく渡り合えます。そして二大国家はこの地よりはるか北。現状大規模な軍勢を送ってくる理由はありません」


 どのような仕組みになっているのか、先程までゆらゆらと揺らしていた触手を収納し、また同じようにスタスタと戻ってくるアトゥ。

 彼女の力量を知った面々は、驚きをもって彼女を迎える。


「これでもまだ全盛期の百分の一にもなりませんが……英雄の力、思い知りましたか?」


「な、なんと……なんと素晴らしきお力!」


「こ、これほどまで強大とは! 改めてアトゥ殿のお力、そしてなによりイラ=タクト様の偉大さを理解いたしました!」


「ふふふ! 拓斗さまの敵は私が全部滅ぼします。なので軍事に関しては安心してください。打って出る気がない以上、現状は私がいればな~にも、問題がないのです」


 椅子に座り胸を張る。

 どうだと言わんばかりの表情だ。だが確かに彼女がいればマイノグーラの戦力に関しては安泰だろう。

 それどころかどのような追っ手が来ても彼女なら楽に撃破してしまうだろうという確信がある。

 ダークエルフたちの瞳に歓喜の色がともる。彼らが持つ憂いが偉大なる王の力によってまた一つ晴れたのだ。


「アトゥ」


「はい、我が王よ!」


 自慢げにふんぞり返っていたアトゥに王から声がかかる。

 それだけで更に機嫌を上向きにさせたアトゥは、童女の如き無邪気さでぱぁっと笑顔を浮かべると自らの敬愛する王に振り向き元気な返事をする。

 だが褒美の言葉をもらえると思っていた彼女の思惑とは裏腹に。


「ちゃんと片付けてね」


「……ふぁい」


 王からの言葉は「なんで勝手に森林破壊してるのー!」だった。

 ここにいたって全員が冷静になる。

 正直、森を破壊する必要がどこにもなかった。

 むしろ片付けの手間を考えると余計な仕事が増えたと言ったところだろう。


 しょんぼりしながら自らが破壊した木々へと歩いていくアトゥ。

 あまりにもいたたまれないのでモルタール老とギアは戦士団を呼び寄せ一緒に片付けをすることにした。

 せっかく褒めてもらえると思ったのに叱られて涙目になりながら材木を片付けるアトゥ。モルタール老はそんな彼女の背中を見つめながら思う。

 この少女一人で国家の一軍と同等の力を有し、さらにそれは日々増大していっている。

 その事実を頭の中で反芻しながら、ダークエルフたちはなんとも言えない表情で木々の片付けを行うのであった。



=Eterpedia============

汚泥おでいのアトゥ】戦闘ユニット


 戦闘力:5 移動力1

《破滅の親和性+2》 《闇の親和性+1》 《混沌の親和性+1》

《邪悪》《英雄》《狂信》

※このユニットは撃破したユニットが持つ能力を一定確率で得る。

=Eterpedia============

【英雄】ユニット能力


・ユニットは精神系ペナルティを受け付けない。

・ユニットは他国の所属とならない。

・ユニットは毎ターン+2経験値を得る。

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