第十三話:予兆(1)

 聖王国クオリア南方州。州機能が集中するとある大都市。

 肥沃ひよくな土地を活かした穀倉地帯が特徴的なこの街で、一人の聖騎士が憮然ぶぜんとした態度で聖堂内部を歩いていた。


「おいローニアス! ローニアス! いるか!?」


「はい、何でしょう聖騎士ヴェルデル様」


 バンと扉を乱暴に開け放って礼拝場に入室したのは一人の男だ。顔に品がなくあからさまに粗雑。

 反して身なりは華美かび豪奢ごうしゃ――。

 聖王国には一般の兵士の上位に聖騎士と呼ばれる役職がある。

 教主である聖王が国を導くという宗教国家であるここクオリアでは、すべての国民が同一の宗教を信奉し神への祈りを日々捧げており、国民の三割が何らかの聖職につくとさえ言われている。

 その様な国だ、当然として国家が保有する戦力も宗教色を深める。その様な中にあって根強い人気と信頼を寄せられるのが彼ら聖騎士だ。

 上級から下級まで存在する彼らは厳しい訓練と試験をくぐり抜けた選りすぐりのエリートであり、武芸はもちろんのこと様々な学問や技芸への精通、そしてなにより家柄が重視される。

 事実として聖女ほどではないにも関わらず奇跡の御業を使えることができる聖騎士は国家にとってなくてはならない精鋭だ。

 通常は国家全域に配備され、武力を必要とする国内諸問題の解決や、時折現れる魔獣や亜人の討伐、要人警護などを行っている。

 それが聖騎士という存在だ。

 そんなたゆまぬ鍛錬と鋼の如き精神力、聖職者とともに人民を導くに足る人徳、なにより神の洗礼が必要なはずの聖職者にあって粗暴な振る舞いが特徴のこの男。

 名をヴェルデルという上級騎士であった。


 ガシャガシャと騎士鎧を鳴らしながら歩いてくるヴェルデルに、礼拝所で祈りを捧げていた聖騎士ローニアスは静かに面をあげて振り返る。


「神への祈りを捧げる場所です。どうか静かに願いますヴェルデル様」


「南大陸だぞ! 北部とは言え南大陸! 野蛮人が住まう地になんで俺が行かなくてはならん!」


「しかし今回の任務を成功させれば議会からの覚えも良くなるはず。なにより華の聖女ソアリーナさま自ら授かったご神託というではありませんか、これほど名誉なことはありませんよ」


「ふんっ、どうだか……」


 聖騎士ヴェルデルは開口一番不満の言葉を汚らしく喚いた。

 聖騎士の風上にもおけない品の無さが特徴的なヴェルデルとは違い、対するローニアスはまさしく優雅。穏やかさの中にも芯の強さを感じさせる端正な顔立ちとビシリと着こなされた団指定の制服が特徴的な、聖騎士のお手本の様な男だ。

 そんな聖騎士ローニアスはヴェルデルから向けられた言葉になるほどと内心で得心する。

 イドラギィア大陸南部、その一部に存在する呪われし森、大呪界。

 聖女ソアリーナがその地に災厄ありとの神託を受け調査令を発した話は先日より彼のもとに届いていた。

 当初は彼が中心として調査団を編成する予定だったが、急遽戦力不足から聖騎士を追加で編成するとのお達しが上から来たことで疑問を感じていたのだ。

 素行不良と問題行動が多く、聖騎士として許されざる行為に関する疑惑のあるこの男がここに来てねじ込まれて来たというのは一定の思惑が働いていることの証左だ。

 聖王国は様々な思惑がうごめいている。

 普段は品行方正な神父や、清廉潔白なシスターでさえ一度裏に回れば何を考えているかわからない。巨大化した組織ゆえの問題か、それとも人の業か……。

 今回の調査任務も無事成功したとしてその誉はヴェルデルにすべて持っていかれるだろう。何らかの問題が発生したり万が一にでも失敗したりした場合はもちろん自分の責任だ。

 実力はあれど家柄が良くなく、未だ下級聖騎士止まりなローニアスは内心歯噛みする。


(とは言え聖騎士ヴェルデルさまが参加されることはそこまで悪いことではないな)


 彼が参加することによって生存率が上がるのであればそれに越したことはない。曲がりなりともヴェルデルは上級聖騎士なのだ。実力は保証されている。

 国外地域での調査任務が初めてであり、かつ聖女案件ということで不安を募らせていたローニアスは自分の心が少々軽くなったのを感じる。

 何よりも我が身が大切だ。功を焦って命を失っていたのでは話にならない。

 ローニアスの脳裏に愛する妻と生まれたばかりの娘の姿が浮かぶ。

 これも神の思し召しなのだろう。彼は信心深い性格であった。


「それで、どの程度の戦力を調査に向かわせるのでしょうか? ヴェルデルさまのご協力がいただけるということは、南方州の兵士をそれなりの数お借りすることが出来ると思いますが……」


「いや、それが俺たちだけだそうだ……後は傭兵団を雇い入れることで兵の代わりとせよとの議会のお偉方からお達しだ」


「……は? なぜそのような」


「知るか!? くそっ! 傭兵団に伝手なんてないぞ! それに今はどいつもこいつも北部の騒乱にかかりっきりだ。どうしろっていうんだよ!」


 全くもって同意見だった。だが理性という鎖でがんじがらめに縛られたローニアスはヴェルデルと違って喚き散らすようなことはしない。

 代わりに急速に頭を回転させ、己が出来る最大限の努力をするまでだ。


「それについては私におまかせくださいませヴェルデル様。古い友人に傭兵団と親しくしている者がおります。なんとか手配できないか当たってみましょう」


「ん? ローニアス、お前は伝手があるのか? なんだやるではないか! それは助かった。では頼むぞ!」


「ええ、おまかせください」


 バシンと勢い良く背中を叩かれ咳き込むローニアス。

 ヴェルデルはそんな彼を気遣うことなく豪快に笑いながら去っていく。

 品性には問題あるが、悪いやつではない。

 彼が一部の聖職者に気に入られている理由もわかった気がした。

 しかし……。ローニアスは今回の件について考えを巡らす。


(聖女ソアリーナ様は現在クオリア北方州の管轄。神託による調査指令が出たとすれば北方州発になる。しかしながら対象である大呪界はイドラギィアの南部地域――通称南大陸だ。準備は最も近いクオリア南方州の担当……なるほど、南方州議会の横槍か)


 静かに祈りを捧げながら、黙想を重ねる。


(華の聖女ソアリーナ様が北方有事にあたっている以上、国家防衛の点から他の聖女様もおいそれと動けない。それどころか"顔伏かおふせの聖女"様が増援として向かわれるとの噂もある程だ。……こんな内輪もめをしてる場合ではないんだがな)


 北方州で発生した騒乱は日に日にその規模を増していってる。

 害ある亜人、魔獣、そして様々な異変。聖騎士団の主力は愚か、聖王国クオリアが保有する聖女四人の内半数である二人も必要になるなどとは、歴史を紐解いても異例だ。

 その事実に言い知れぬ不安を感じるローニアス。


(神託による災厄の到来。聖女案件か……。無事に帰ることができればよいのだが)


 聖騎士ローニアスは胸のうちに抱えた不安をかき消すかのように、再度神への祈りを捧げ始めた。


 ◇   ◇   ◇


「『人肉の木』は予定通り完成しました。食料庫も併設してありますので、この地……我らがマイノグーラ王都の食料をこれで一括管理することができます」


 戦士長ギアの副官であるダークエルフの女性エムルは、林立する不気味な木を目の前にアトゥへと建設計画の進捗を報告していた。

 先日の会議より数ヶ月が経過している。

『人肉の木』はすでに完成を迎えており、併設する食料庫や管理棟、行き交う労働者などを見るにその運営は順調であった。

 唯一問題なのはその不気味すぎる見た目と、食べただけで「人肉を食している」と理解してしまう嫌がらせにも等しい木の性質であったが、生き物というのは意外と慣れるもので当初混乱は起きたものの現在では特別大きな問題は起こっていない。


 それら現状の報告に加え施設の細かな改善点についての意見伺いや、今後の運営方針などを相談及び報告されたアトゥは、何度も頷きながら満足げな表情を見せる。


「よいですよいです。農地における食料の生産も順調みたいですし、食料に関してはこのまま軌道に乗せる形で問題ありませんね。では予定通り住居の建設が完了したら、本格的に王宮の建設に着手してください」


 基本的に王であるタクトとアトゥは常に意志の疎通を図っている。

 王は国家全体を見渡す能力を有しており、その気になれば個々人に直接連絡を取ることが出来る。

 だが二人が同時に転移したからであろうか? タクトは特段アトゥとの繋がりが強く、たとえ離れていても無意識的に意見のすり合わせや情報共有が出来るのだ。


 だからこそこの様な施設の監査や指示等はアトゥがメインとして行っていた。

 ダークエルフたちも彼女に聞けばほとんどのことは解決するし、逆に王に対して様々な細事を尋ねるなど不敬に値すると考えていたのだ。

 ともあれ、王の意志を十全に理解する完璧な従者であるアトゥもうっかりをする。

 むしろ彼女は比較的うっかりをするタイプだった。

 今回もそうだ。


 チラリと辺りを見回し、エムルは意を決する。

 戦士団の副官でありながら、その知識量と立場から秘書や伝達調整役の立ち位置になっていた彼女は、己がずっと気になっていた疑問を恐る恐る口にする。


「あ、あの……アトゥ殿?」


「はい、何でしょうかエムル?」


「私達、これについて何も聞き及んでいなかったのですが……」


 すっと、血色を取り戻した白く細長い指が、ただの集落からある程度文明的な建造物が増えた町並みを指差す。

 計画的に伐採された木々、残された巨木とその枝を利用し蜂の巣のように建設された空中住居群。

 地面は区分けされた農地と、そこに植えられた食物が芽を出している。

 簡易的な防御柵や井戸なども作られ、より街としての体裁が整ってきた居住地域だったが、あまりにもおかしい点があった。


 そう。以前の森は消失し、そのかわり邪悪としか表現しようのない光景が広がっていたのだ。

 計画的に残された巨木は歪なねじれを有し、葉はなぜかおどろおどろしい色彩が混じっている。

 地面も同様で草木は嫌悪感を催す造形を手に入れ、何やら街全体に薄い煙のようなものが充満している。

 井戸から湧き出る水は明らかに飲むに適していない色合いで、若いダークエルフが近くで平然と水浴びをしている姿を見ると不安にすらなってくる。

 有り体にいえば、彼らの新たな故郷は恐ろしく変質していたのだ。それもおぞましく。


「え? そうでしたっけ? うふふ、それは失礼しました」


 あらやだとばかりに笑ってごまかすアトゥ。

 エムルもこの邪悪なる王の従のうっかりには慣れっこなので今更驚くようなことはないが、それでもこの森がどの様な状況になっているかだけは聞かなければいけない。


「いえ、それは良いのですが。なんで森がこんな有様になっているのでしょうか? というか、大丈夫でしょうかこれ……」


「はい。皆さんはマイノグーラの国民となることによって邪悪な存在となりました。まぁ正直あまり差などは感じていないでしょうが、その変化は王の御威光によるものです。そしてその力は国民だけではなくその土地にも伝わるのですよ」


「そ、それがこの景色……」


 端的に説明された答えがそれだった。

 つまり国民が邪悪になるのだから、当然土地も邪悪になる。と言った論法だ。

 今まで自分たちが邪悪になった実感がなかったエムルは、唖然としながらもその事実をなんとか受け入れようとする。


「『呪われた土地』といいます。基本的に邪悪属性の存在に有利に働き、中立属性や善性の存在にデメリットを及ぼします。防衛にうってつけの、素晴らしい土地ですよ」


「ふわぁ……あれ? でも。邪悪属性に有利に働く、ですか?」


 彼女の疑問も当然だった。

 自らが邪悪な存在になったのであれば、この土地も何らかの好影響を及ぼさないといけない。

 にも関わらず彼女の感想は「なんだこれキモい」であり、正直なところあまり好印象は感じられない。もちろん、好影響もだ。

 その疑問もすでに想定内だったアトゥは柔らかく微笑みを浮かべる。


「では試しに深呼吸してみてください」


「え? は、はい! すーっ、はーっ!」


「いかがですか?」


「雰囲気に反してすごく爽やかな気持ちになります……なんだか力も湧いてくるような?」


「それがあなたが邪悪な存在であることの証なんです。まぁ自分の変化なんてあんまりわからないものですよ」


 はえーっと感心した表情で自らの手をぐっぱと握ってみるエムル。

 そう言えば先日人肉の木になった実――人肉を食べたが、想像していたよりも嫌悪感は湧いてこなかった。むしろ「ちょっと筋張っているからじっくり煮込んだほうが美味しくなるんじゃ?」なんて感想を抱いたくらいだ。

 意外と邪悪な存在になっても自分ではわからないとアトゥは述べた。

 確かにそうかもしれない。

 よくよく考えればこの景色も案外いけるのではなかろうか? むしろある意味で何者にも侵されない静かな雰囲気は実に彼女好みだ。

 こういうものなのかと納得したエムル。

 いろいろと彼女も毒されているようであった。


「ただ、問題がありまして……これ、明らかに目立つんですよねぇ……」


 納得した彼女に新たな問題がのしかかる。それはアトゥの口から今しがた語られた内容だ。

 エムルは思わず「そりゃそうでしょう!」という返事が喉まで出かかって、思わず飲み込む。

 これだけ大規模に異質な空間になっていれば、外から目立たないはずがない。

 幸いこの地は大呪界の中にある。しばらくは巨大な森が隠れ蓑となってくれるだろうが、それも国家が繁栄して領土が増えればその限りではない。

 外界に自分たちの存在が露呈することはそれだけ危機が増すことを意味する。

 こんな邪悪ななりをしていれば尚更だ。


「ともあれ、いずれ我々の存在が外の世界に知れ渡るのは必然。細かいことをあれこれ考えて悩むより、目の前の人生を最大限楽しみましょう!」


「どうにもならないからってぶん投げたな」……とは言えないエムル。

 相手は曲がりなりにも上位の存在であるし、なにより王の腹心だ。

 気軽に話をしてくれるからと言って不敬を働いていい理由はどこにもない。

 それにいくら彼女の言葉を否定したところで、エムル自身解決策など浮かんで来ないのだ。

 ならばアトゥの言うとおりスパッと諦めて他のことに眼を向けたほうがいくらか上等だろう。


 先の言葉通り、いずれ自分たちの存在は公になる。

 少なくとも偉大なる王、イラ=タクトの存在は秘して無事過ごせるほど小さなものではない。

 ただ、エムルに不安はなかった。

 世界を滅ぼす終末の王イラ=タクト。

 その存在が彼女に無限の安堵を与え、その配下であるアトゥがマイノグーラの敵が滅ぶ未来を彼女たちに幻視させてくれる。

 なんと自分たちの種族は幸運で、なんと幸福なのだろうか。

 笑いながら目の前をかけていく子どもたちを、労働に勤しむ若者を、訓練に励む戦士団を、――自らの仲間たちを眺めながら、彼女は無限の信頼感に身を委ねる。


 とは言え自分には国家と王のためにやるべきことが山積されている。

 エムルはいずれ来る日のことに思いを馳せながら、今は自分ができる限りのことをするよう再度己に強く誓うのであった。



=Eterpedia============

【侵食志向】国家志向


・国家の領地は「呪われた土地」に変化する

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~~世界は滅びの時を迎え、やがて邪悪なる軍勢によって全ては呪われた地となる~~



 侵食志向は邪悪属性の指導者が有すことがある国家志向の一つです。

 主として国家の領地について「呪われた土地」に変化させる特徴を持ちます。

 呪われた土地は善属性の文明ユニットにデメリットを及ぼし、邪悪属性にとってはメリットを与える効果があります。

 その邪悪さとは裏腹に、内政及び防衛向きの志向と言えます。

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