第十四話:予兆(2)

 タクトたちの住居である王宮建設予定地とダークエルフたちの住まう居住区。

 二つの場所の間には森を切り開いて作られた簡易の儀式場がある。

 アトゥが持つ膂力りょりょくで強引に木を根こそぎ引っこ抜いた後に地面をならし、そこらにあった巨石を適当に並べただけの場所ではあったが、今のマイノグーラにとっては重要な戦略施設でもあった。


「タクト様。準備が完了しました。食料はきっちり数量分です」


「うん、ありがとうアトゥ」


 儀式場の中央には大量の食料が積み上げられている。

 基本は『人肉の木』に実ったおどろおどろしい肉塊ではあるが、いくらか新たに農地で取れた作物も見て取れる。

 タクトはそれらの山の近くまで歩むと、そっと手のひらをかざす。

 瞬間、ぐにゃりと食料が中心部より歪み、まるで中央に凝縮するように奇妙な脈動を開始する。

 ドクンドクンと痙攣けいれんしながらひとかたまりになる食料。

 色を変え、形を変え、今やソレは一つの肉塊とかしている。

 同時にタクトの手のひらから青白い魔力の迸りが走る。

 線状に流れるそれらは肉塊に絡み、ぐるぐるとお互いを撹拌かくはんしながらどんどんと形を作っていく。

 何かが生まれる。明らかに生命の鼓動を感じさせる光景を見ながらアトゥは感動の眼差しでタクトが行う作業を見ていた。


 やがて魔力が放つ淡い光が止まり、ボトリと粘性を帯びた何かが地面に生まれ落ちる。

『ギェェェ』と聞き覚えのある声でなくそれは、マイノグーラの斥候ユニットである足長虫であった。


「お疲れ様でございますタクト様。無事新たなユニットを生み出されましたこと、お喜び申し上げます」


「うんうん。うまくいってよかったよアトゥ。ちゃんと出来るか心配だったんだよね」


 ほっとした表情で胸をなでおろすタクト、彼を気遣うようにアトゥがパタパタと駆け寄ってくる。

 マイノグーラの国家としての地盤がようやく固まり、生産力に余裕が出てきたため実験として行われたユニットの通常生産。

 何もかもが初めてのことで少々緊張気味であったが、彼の脳裏にある不可思議な記憶の導きによってそれも大した問題なく完了することが出来ていた。


「ゲーム中ではわからなかったけど、こうやってユニットを生産していると考えると少し面白いね」


「ええ、まさか必要な食料と資源を集めて魔力を放り投げれば生産完了するだなんて……どういうシステムなんでしょうねこれ?」


「そこまでは脳内エタペディアには記載されていないなぁ……」


 タクトは現実の世界で死んで、この世界で『Eternal Nations』の指導者として生まれ変わっている。

 様々な点で相違があるはずのこの世界で問題なくゲームシステムと同じ行動が出来ているのも彼の脳裏に浮かぶ不思議な情報によるものだった。

 何故か疑問点を少し考えただけで浮かび上がってくるその情報をタクトは『Eternal Nations』に搭載されたヘルプ機能"Eterpedia"をもじって脳内エタペディアと称している。


 先の実験――つまりユニット生産に関しても同じだ。

 ゲーム上では必要とするユニットをリストから選択して生産アイコンをクリックするだけだったのだが、この世界では一定の儀式が必要となってくるらしい。

 一から十まで儀式のやり方は載っているにもかかわらず、なぜそのようなシステムになっているのか? そもそもなぜ自分たちはこの世界にやってきたのか。

 それらの情報は一切記載されていない――つまり情報として浮かび上がってこない極めて限定されたシステムだ。


「そうですか。つまり実証実験含め、様々な調査や考察が今後も必要になってくると……」


「うん。そうなるねアトゥ。それじゃあ新たに産まれた足長虫くん。他の個体と協力して今後は森の外も順次調査していってね」


「ギェェェェ!!」


 相変わらず神経質そうな鳴き声を上げながら、足長虫が森の奥へと消え去っていく。

 その姿を眺めながら、アトゥは今回タクトがすでに有しているはずの斥候をもう一体作り上げた意図を推測するため質問を重ねる。


「ちなみにタクト様。今回は足長虫を生産しましたが、個体ではない集団規模のユニットに関してはどのようになっているのでしょうか?」


「こっちは脳内エタペディアに載っていたけど、どうやら集団ユニットの場合は大抵ベースとなる国民が必要みたいだね。例えば騎兵を作ろうと思ったら、一ユニットあたり馬千頭、志願兵千人、その他装備用の資源及び魔力、そして調練時間。加えて維持に食料が毎月どん!」


「わかってはいましたがバランスおかしいですね。と言うか個体ユニットの使い勝手が良すぎるってことでしょうか? やはり英雄を中心とした少数精鋭で固めるのが現状ベターではありますね。ああ、なるほど! だから足長虫ですか!」


「うん、足長虫くんは技術開発によって首刈り虫にアップグレードできるからね。そうなると戦闘力としてはさっき言った騎兵よりやや劣る程度。コストパフォーマンスとしては最高だよ」


 足長虫を含め一部のユニットはアップグレードが可能である。

 これは新たな技術や資源を入手することによってユニットをより強力なものへと作り変える方法のことだ。

 足長虫もこのアップグレード可能ユニットに属しており、技術の解禁によって都合二回アップグレードが可能となる。

 もちろん一ユニット一個体なのでコストは低いまま。加えて昆虫系ユニット。

 アトゥはそれら情報を組み合わせて見えてくる戦略に瞳を輝かす。


「おお!? ということは――見えてきました我が王よ! つまり次に生産する英雄は……」


「いろいろ迷ったけど、『全ての蟲の女王イスラ』を呼ぼうと思う」


「やっぱりイスラですか! あれも大概チートキャラですからね」


『全ての虫の女王イスラ』――。

 マイノグーラが誇る英雄ユニットで、非常に強力な特性を有している昆虫型の英雄だ。

 その一つが全昆虫系ユニットの永続的強化。

 強化値が+2という破格であり、かつデメリット無しで効果を得ることができる。

 斥候ユニットである足長虫を一線級の戦闘ユニットに変えることができるこの能力は序盤どころか終盤でも通用する武器だ。

 他にもいくつか存在する昆虫系ユニットにボーナスを与える為、その恩恵は計り知れない。

 実は『Eternal Nations』においてはマイノグーラを選択するプレイヤーの殆どは初手でアトゥではなくイスラを召喚する。

 それほどまでに強力であり、かつマイノグーラの特性と合致したプレイスタイルをこの英雄は可能としていた。


「昆虫系ユニットの強化に加えて、イスラは様々な子蟲ユニットを生み出せる。本体の戦闘能力自体はさほど高くないけど、それでも戦争と内政どちらにも転用できる《子蟲産み》の能力は強力だ」


「素晴らしい選択ですねタクト様! これで労働問題も解決することでしょう!」


 子蟲は効率が悪いものの労働者の代替として土地の開墾や生産などが行える。

《子蟲産み》の発動と子蟲の維持に大量の食料を必要とするが、国家の人口増加を待たずに労働者が生産できることは長い目で見ればプラスとなる。

 タクトによる生前ののプレイスタイルではイスラはあまり用いていなかったので気づかなかったが、このタイミングで召喚する英雄としては最高に分類される。

 他の英雄もいるが、どれもピーキー過ぎて使いにくい。

 記憶を掘り返しながら存在する複数の英雄の特徴に思いを巡らせたアトゥは、タクトの選択に両手で喝采を送った。


 タクトもアトゥから賛同を得られたことに満足し頷く。

 時刻はまだ朝だ。トラブル発生を懸念して早朝より実験を行っていたタクトは、予想以上に余った時間をアトゥとのゆっくりした朝食に当てるべく王宮へと戻っていく。

 最近は様々な国内案件の処理に追われていたアトゥも自らの王と二人きりになれる時間が嬉しいのかひと目で分かるほど機嫌を上向きにさせながらその後をついていく。


「さぁ、朝ごはん食べたら周辺地域について情報をまとめようか。もうすでにこの地域の大部分の情報は収集済みだけど、一段落ついたら斥候は基本警戒に回そうと思うんだ。別によその国に殴りかかりにいくわけじゃないし、その相談についてしたい」


「警戒――森の近辺にある人間の街についてですね。気をつけるにこしたことはありません。むしろ重点的に注視しておくべきかと愚考いたします我が王よ」


「聖王国クオリアだっけ? あそこの街ってわけではないんだよね?」


「いえ、違います。そことは別の、森よりずっと東に位置する中立属性国家の都市のようですね。若干飛び地のようになっていて、なんでわざわざあんな場所に街を建てたのか不明なのですが、問題はその立地です。おそらく最初に我々の存在について感づくでしょう」


 彼らがこの世界にやってきて最初に生み出した足長虫。

 奇妙な身体とその鳴き声とは裏腹に、彼は己の役目を十分に果たしていた。

 深くどれほどの規模を持つかも不明な大呪界はすでにその全貌を明らかにしており、現在調査は森外縁部に及んでいる。

 その過程で発見されたのが話題に上がった人間の街だ。

 これについてはダークエルフたちもその存在を知らなかったようで比較的新しく出来上がった街だと思われるが、問題はその距離だ。

 隠密戦法をとるタクトたちにとって、発見のリスクが高まるこの街こそ一番の懸案事項であった。


「ただこっちの大陸では中立属性が多いというのは少し安心する情報だよね。ある程度話がわかる国だったらいいけど――例の街については気になるけど現状保留かな」


「あの地域の住民はこの森を恐れてあまり近づかない様子なのが幸いですが……悟られぬ程度に情報収集するよう足長虫に命じておきます」


 タクトは頷き、了承とする。

 気がつけば二人は王宮まで戻ってきていた。

 王宮建設予定地にはすでに大量の資材が運び込まれ、着々と準備が整っている。

 ダークエルフたちの数がまだそれほど多くなく、建築に割ける人員が限られているため王宮というよりは大きな邸宅と表現したほうがよい規模ではあるが、それでも独特の建築様式で組み上げられるそれは立派なものになるだろう。


 いずれはこの街を王都にふさわしい巨大都市に育て上げ、自らの王宮も天を突かんほどのものにする。

 いまだ形になっていない王宮の最上階で眼下を眺めるさまを夢想しながら、タクトはお気に入りの玉座に腰を下ろした。


「逆に、だ。ここまで慎重を期して僕らの存在を隠している以上、万が一この森に近づく者がいれば、それは何らかの意図を持っている可能性が高いってことか……」


「そうなりますね」


「まぁ悟られている雰囲気はない。ダークエルフの追っ手もあれから数ヶ月経ってるからいまさら来る可能性も低い。なんだかんだで大丈夫だと思うけどね!」


 ばしっと玉座の手すりを叩き、元気よくアトゥに同意を求める。

 自らの王の陽気な態度に気分を良くした彼女は、コロコロと笑いながらタクトの言葉に軽口をもって返す。


「まぁタクトさまったら、あからさまにそんなこと言っちゃうとフラグが立ちますよフラグが!」


「そんな簡単にフラグがたっても困るよ。アトゥは心配症だなぁ。ははは――」


 だが、

 あれほどの陽気さを含んでいたタクトの顔から一瞬で表情が消えさる。


「……? いかがされました?」


「本当に来たみたい」


 次いでアトゥの顔からも色が消え、代わりに底冷えのするような冷淡な表情が浮かび上がる。


「武装した集団がこの森へ向かって来ている」


 足長虫から緊急で通達された武装集団の情報。タクトは先程の言葉を思い出しながら、それが意味するところを理解し静かな怒りを灯す。

 ダークエルフの臣民が今の彼らを見たのなら、それこそ怯えと恐怖でただ頭を垂れることしかできないであろう。

 彼らはただ平和に、そして静かに暮らしたいだけだ。

 争いなどもってのほかである。

 だが平和主義者が安全であるなど、この世のどこにもそんな法則は存在していない。

 粘着くようなほの暗い闇と、邪悪さを孕んだ漆黒の悪意が二人から湧き出す。


 マイノグーラが善なる者たちと接触するその時は、すぐそこまで来ていた。



=Eterpedia============

【全ての蟲の女王イスラ】戦闘ユニット


 戦闘力:10 移動力1

《邪悪》《英雄》《子蟲産み》

※このユニットは世界に存在する全昆虫系ユニットの戦闘力を+2する。

※このユニットに遭遇した昆虫系ユニットは、即座にイスラを有する国家の支配下に置かれる。

―――――――――――――――――

~~この世全ての蟲は彼女より産まれ出で、世界に満ちた。

    小さき子たちは、母なるイスラの号令を今も静かに待ち望んでいる~~


 イスラはマイノグーラの英雄ユニットです。

 このユニットの特徴は全昆虫系ユニットの強化と、子蟲と呼ばれる昆虫ユニットの生産です。

 子蟲はレベルアップせず戦闘力が弱いという特徴がありますが土地の開墾等の労働行為、及び農地・鉱山地区での生産活動を行うことが出来るという特徴があります。

 大量の子蟲を用いた敵国土に対する蹂躙作戦や攪乱作戦などが可能ですが、生産力充実を図ることも可能です。

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