第八十五話:号令

 嵐が起こる前の夜は、時として得も知れぬ奇妙な感覚を人々に与えることがある。

 南部大陸にあってはめったに見かけない雨がしとしとと降り続けるその夜も、どこか奇妙な感覚を与えるものであった。


「むぅ……」


 ドラゴンタン市長執務室に臨時で用意された小さな机に座りながら、モルタール老は一枚の紙片に目を向けていた。

 達筆な文字で書かれたその内容は、以前彼の主である拓斗が復活の折に出した宿題とも言える問いかけであった。

 曰く、どのようにしてイラ=タクトはあの襲撃を生き残ったのか。

 前提条件が複数あり、一筋縄には答えられぬそれはまるで難易度の高い謎掛けのようにこの賢者の頭を悩ませている。


「いくら考えても分からぬ……。王が我らが知らぬ何らかの手段を用いたのは確かだろうが、果たしてどのような手段を用いればあの状況から復活なさることができるのだ?」


 お手上げだとばかりに椅子に深く体をあずけると、ギィという音ともに木が軋む音がなる。

 テーブルの上に載せられたロウソクの明かりがゆらりと一際大きく揺れ、外から聞こえる雨音がやけに心地よく耳に流れ込んでくる。

 静かな時間は溜まった疲労をいくらか取り除き、やがてモルタール老が肩を揉みながら休憩は終わりとばかりに残された仕事を片付けようとしたところ……。


「あっ、まだそれ考えてたんだ」


 不意に背後から声がかかった。


「おお! これは王よ、このような姿で失礼致しました。おっしゃっていただければこちらから……」


 思わず反射的に自らの主へと言葉を返しすモルタール老であったが、その状況がありえぬことを理解し、絶句する。


「お、王! いつの間に!!」


「なんだか二回目な気もするけど、これやるとみんな驚いてくれるからちょっとうれしいんだ」


 まるでいたずらが成功した子供のようにカラカラと笑うのは、彼が信奉しその心身を賭して仕えるマイノグーラの王である。

 突如出現した自らの主にモルタール老の緊張が一気に高まり、同時に頭の中で様々な情報や疑問が濁流の如き荒々しさで渦巻く。


「お、王よ。一体どのようにしてこちらに、今はクオリアに潜入しているのではありませんでしたか!?」


 まずもって第一の疑問はこれであった。

 クオリア――正確には神光国レネアへとアトゥ奪還のために潜入している拓斗がこの場にいることは、何を持ってしても考えられないことだった。

 ドラゴンタンの存在する南部大陸と神光国レネアが存在する北部大陸では相当な距離が存在している。

 いくら二箇所の立地が近いとは言え、人の足で歩くにはそれなりの時間を必要とする。

 無論彼らの王の力をそこらの平凡な行商人や旅人と比べるには不敬がすぎるが、だとしても普通に考えれば移動に数日は必要となるだろう。

 加えて今は二カ国の国境付近に未知の魔物が出現しており、聖騎士団とフォーンカヴンが警戒と対処にあたっている。

 そのような危険地帯を突破してやってくるには、あまりにも早すぎであり、あまりにも気軽すぎるように感じたのだ。


「まぁね。まほうを使ったんだよ」


 思わせぶりでやや特徴的な発音の言葉に思わず首を傾げる。だがそれ以上拓斗が何も言わぬことからモルタール老も質問を控える。

 魔法の深淵は果てしない。

 きっと、彼も知らぬ技が自らの王には存在しているのだろう。

 そう納得するうちに話は別の話題へと進んでいく。


「っと、それより皆はどこかな? もしかしてもう寝ちゃってるとか?」


「いえ、ちょうど休憩をしていたところでございます。すぐにこちらに戻ってくるでしょう。……いや、王がご帰還されたとあれば一大事、すぐに呼んでまいりますじゃ!」


「あっ、別にそこまで急がなくても……」


 モルタール老が年甲斐もなく血気に逸るのを見て思わず諌める拓斗。

 だがその後に続く言葉に思わず冷や汗をかいてしまう。


「いいえ! 王にはいろいろとお話しせぬこと、聞かねばならぬことが山程ございます! 時間は有限。すぐに会議の準備をしますゆえ、どうかそちらでお待ちくださいませ! 良いですな! 勝手にどこかに行かず、お待ちいただくのですぞ!」


「は、はははは……」


 こりゃあいろいろと絞られる可能性があるな。

 例の襲撃以来散々と配下のダークエルフたちを振り回して来た拓斗だ。

 無論それだけの意味はあったし成果もあった。

 だとしてもやっぱり説教は免れないよなと実のところ目をそらしていた現実をようやく受け入れるのであった。


 ………

 ……

 …


「王よ!! よくぞご無事で! 不甲斐ない我等にどうか罰をお与えくださいませ!」

「本当に、本当に良かったです。一時はどうなることかと……」


「王さま、おかえりなさいー」

「おかえりなさいなのです」


 ギアとエムルが感激の涙をこぼし、すでに山程念話でやりとりをしていたエルフール姉妹が比較的あっさりと歓迎の意を示す。


 その他にも都市長であるエルフのアンテリーゼや比較的役職の高い者たちも何人か集められている。

 それら少なくない人数から口々に喜びの言葉を捧げられながら、なんとも面映い気持ちで拓斗はソファーに腰をおろした。


「いやぁ、なんだか一気に気温が上がった気がするね」


 場所を移して現在は応接室である。

 来客用のソファーにはまず拓斗が座り、その左右を当然のようにエルフール姉妹が占拠する。

 対面にはモルタール老とエムル。

 残りの者たちはソファーを囲むように立っているため、少々圧迫感がある。


 本来であればもう少し大きめの会議室でも用意すべきだったのだが、拓斗自身がそれを断ったためにこのような奇妙な形となっている。

 この方がより声が通りやすいため雨の日には良いとの判断であり、事実雨足はどんどんと強くなっている。

 唯一立ったまま会議に参加している者が少々気の毒ではあったが、この程度で弱音を吐いたり思ったりする者はこの場にいなかった。


「さて……じゃあどこから聞こうかな。まずはこちらが指示しておいた準備はできている?」


 そして、会議が始まる。

 議題は言われずとも誰しもが理解している。今の今まで念入りに王が仕込んできた復讐の種が、ようやく芽吹く時が来たのだ。


「はい、そちらは滞りなく。国内の安定は無論のこと、市民への情報統制なども問題なく済んでいます」


「王の不在に関しても訝しんでいる者はおりましょうがそれまでですな。神光国レネアが何やら聞くに堪えぬ妄言を撒き散らしておりますが、国内で動揺している者はおりませぬのぅ」


「うん、ありがとう」


 エムルとモルタール老が我先にと答える。

 国内の統制はどうやら問題ないらしい。拓斗自身も指導者としての権能により配下や国民の目を通じて知っていたが、報告を受けることでより一層実感を得る。

 自らの手を離れて国家の舵取りを任せるのは少々不安があったが、彼らは拓斗の期待によく応えてくれたようだ。

 最も当初はモルタール老ら大人組がほとんど使い物にならなかった為、一番の功労者は両隣の幼い姉妹かもしれないが……。


「フォーンカヴンに関しては現在国境に出現した魔物の処理にあたっております。すでにクオリア――失礼、レネアでしたね。そちらの領土に食い込んでいるようですが、いかがなさいますか?」


「そのあたりはすでにペペくんと協議したから問題ないよ。彼らとしても実戦経験や旨味のある土地が欲しいだろうし、こちらから横槍を入れる要素はどこにもないかな」


 おや? という視線がいくらか飛んでくる。

 曰く「いつフォーンカヴンと協議を行ったのか?」という疑問である。

 その問いに答えることもできたが、今宵その話をするには少しばかり時間が足りなかったため拓斗はあえて無視をする。

 まほうについて説明するのはいつでも出来るし、今重要なのはどのようにやったか? という手段よりも、フォーンカヴン――つまりペペと両国の対応について協議したという結果だ。

 モルタール老たちもそれを理解しているのか言及はない。無論、両国の指導者が決定した内容についても特に言及するつもりはなかった。


「内政的な部分は安心だね。軍事面についてだけど即応部隊ってどのくらい揃っている? キャリアとメアリアを通じて用意するように伝えておいたはずだけど」


 これが今回の作戦における肝の一つだ。

 すぐさま行動に移せることの出来る部隊が少なくとも1部隊は必要だ。

 加えて今回はある程度数が必要な為、個で戦闘能力の高いマイノグーラのユニットよりも銃器で武装したダークエルフの部隊が好まれる。


「なんとか準備できたー。本当になんとか……もう二度とやりたくない」

「戦士団の人たちは大丈夫でしたけど、鳥頭さんや蟲さんが王さま以外の言うこと聞きたくないってわがまま言い出して本当に大変だったのです。王さまは勝手にお出かけできてよかったですね」


「そ、そう……」


 双子の姉妹のあたりが若干強いのことから、そう言えば月は出ていなくとも今は夜だったなと思い出す拓斗。

 この二人には自分のわがままから散々に迷惑をかけた為、必ず時間をとってお礼とフォローを入れないとなぁと内心で苦笑する。

 だが、二人の心労と引き換えに結果は上々のようだった。


「詳細はこのギアが説明します。武装ダークエルフ戦士団すでに出撃準備が完了しております。命令があればいつでも。更には足長蟲などの王配下の魔物も指定の数を編成して大呪界にて待機させております」


「うんうん。完璧だね」


「では、いよいよ神光国レネアに宣戦布告し軍を派遣するのですね。先陣は是非このギアめに! 過日の屈辱を晴らし、必ずやアトゥ殿をお救いしてみせましょう!」


「あっ、皆には別のことをやってもらうつもりだから、アトゥを取り返すのは僕がやるよ」


 あっさりと却下されたギアの言葉に、全員がおや?と不思議そうな表情を見せる。

 ギアが猪突猛進気味なのは毎度のことであるが、彼らも同じくレネアへの進軍を予想していたのだ。

 マイノグーラとレネアが用意しているであろう聖騎士がぶつかり、その間に一部の者がアトゥの奪還と聖女の撃破を試みる。

 その前段階としての調査が、拓斗が行っていた敵国への潜入だと判断していた。


 だがその予想はあっさりと覆される。

 どうやら彼らにはおおよそ見当もつかぬ、壮大な計画がまだ姿を見せていないように思われた。


「しかしそれでは……せめて露払いや矢避けとしてでもお役立ちせぬ訳には面目が立ちませぬ!!」


「うん。気持ちは嬉しいけど、正直みんなではちょっと厳しい相手なんだよねー」


 その言葉に、ギア以下興奮気味だったものは全員が冷水を浴びせられる気持ちになった。

 どこかで考えないようにしていたが、今回の作戦、つまりアトゥの奪還と敵の撃破を考えるに決して避けることのない事実。

 すなわち――マイノグーラの戦力は敵に有効打を与えることが不可能であるという残酷な現実である。


「王よ……あの者たちは何者なのですか?」


 代表してモルタール老が尋ねる。

 あの日、彼らは本物の無力という絶望を知った。

 自らの目の前で王が害され、自身たちが行う決死の抵抗がその一切を無為に帰される。

 一体どのようなからくりがあったのか、一体どのような力を用いたのか。

 拓斗が復活したその御業もさることながら、敵対者の能力もまた未知に包まれていた。


「あれはTRPGの権能を持つ者たちだ。僕と同じような……けど全く別の力を持っている」


「TRPG?」


 静かに告げられた言葉は、だがその場にいる誰もが知らないものだった。

 聞き慣れない単語から、それが普段王がよく口にする神の国に由来するものだと推測するが、推測できただけで答えが分かるわけでも当然無い。

 だがこの話題だけは拓斗も説明が必要だと判断していたのか、先のいくつかの話題とは違いおぼろげながらもその詳細が語られ始める。


「うーん、まぁ説明が難しいな。まぁあらゆる行動をサイコロの結果によって判定出来る能力を持つ……とでもしておこうか」


 やがて驚愕の事実が語られる。

 TRPGの能力とは、すなわち賭博の能力である。

 あらゆる行動をギャンブルに見立て、サイコロが示す運命の介入を許す。

 つまりどれほど努力し絶大なる力を持とうが運が悪ければ死に、どれほど無能で非力であろうが運が良ければ生きる。

 あらゆる前提条件を否定する、その場限りの勝負の連続。

 それが相手が持つ権能であった。


 拓斗は更に彼が知り得た情報を明かしていく。

 GMと呼ばれる存在。その配下である魔女。そして魔女を受け入れ手を組んだ聖女と旧クオリア南方州。

 ともすれば役者を代えた自分たちと同じ存在とも言える勢力。

 それが彼らがいま相対している存在たちであった。


 無論ダークエルフたちの動揺は強かった。

 敵に聖女がいることはすでに知っていたが、加えて魔なる者を受け入れたこと。

 その魔女とその主が拓斗と同じ神にも等しき存在であること。

 ただ最も彼らを驚愕せしめた内容は、彼らの王が襲撃されたあの日に一切の抵抗を許されなかった敵の未知なる力。その正体であった。


「つまり、我らの攻撃が届かなかったのもその判定で攻撃失敗が出たからだと」


 あまりにも無謀にすぎる賭けだ。

 一歩間違えれば敗北は敵側にあり、その可能性の方が高かった。

 だが勝利したのは敵であり、すなわちその無数に等しい賭け事の連続に敵は見事勝利したのだ。

 モルタール老はそう思っていた。


「いや、あれは裁定者が無理やり成功判定出したからだよ」


 その種明かしは、あまりにも理不尽で理解するのにしばし時間を要した。


「敵の首魁、GMはあらゆる判定を自分の思い通りに操れる。たとえ黒が出ようと彼が白と言えば白となる。どれだけこちらが戦力を揃えて向かっても、相手が自分の勝ちを判定するだけで僕らは負けるって寸法さ」


 その場にいる誰しもが……魔女となったエルフール姉妹ですら絶句した。

 それは自分の命運を天に任せる賭け事ではなかった。はなからイカサマが仕込んであり、それは当然自分たちに有利な判定しか行われない。

 勝負などどこにも存在しておらず。相手の勝利、そして自分たちの敗北という確定された未来しか存在していなかったのだ。


「アトゥが奪われたのもこの権能のせいさ。本当ならいくらダイスで成功してもそう簡単にはいくはずないのに、強引に持ってかれた」


 この時ばかりは、拓斗も苦虫を潰したかのような表情を見せる。

 彼自身、自らの敗北よりも何よりアトゥが奪われたことを後悔しているようだった。


 それほどまでに……敵は強大だった。


「――王よ! アトゥさんは、アトゥさんは大丈夫なのでしょうか!?」


 アトゥの名が出たことによって、エムルがついに自分を抑えきれず叫ぶ。

 誰もが心を痛め、そしてその安否を気遣っていた問題だ。

 エムルは同じ女性ということもあり、またマイノグーラ運営における様々な部分でアトゥの世話になっていたため思いもひとしおなのだろう。

 揺れる瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうで、その安否を気遣う言葉は不安により震えている。


「アトゥか……」


 静かな、なんとも言えない思いのこもった言葉にエムルはビクリと肩を震わせた。

 もしかして自分たちが想像する以上に事態は深刻なのではないか? そんな嫌な予感が胸中を支配する。

 王が無事だったこと、そしてわざわざ王が潜入してまで調査を行ったことからアトゥの安否を楽観視していた部分もある。

 だがその根拠のない楽観が、次第に消え去り拭い去れない不安が押し寄せてくる。

 拓斗は、動揺を見せるエムルたちを見渡すと、努めて冷静を装って彼女の状況を説明した。


「な、なんかね。僕が想像していた以上にいい空気吸ってたから、そこは大丈夫だと思うよ」


 え? となった。

 まさしく「え?」という空気が一瞬にして先程の重い空気を吹き飛ばし、どういうことでしょうか? という視線が方々より拓斗に突き刺さる。


「……はて? 王よ、いい空気とは?」


 モルタール老が全員の疑問を代弁する。

 その眉間には強い皺が刻まれており、何が何やら分からぬと言った様子で顎ひげに手をやっている。


「仕事もせずに毎日ダラダラしながら向こう特産の美味しいものを食べてた……」


 全員が押し黙った。

 神妙な空気だったはずなのに盛大にぶち壊されたのだ。

 双子などは笑顔で頭に青筋を浮かべているし、あれほど心配していたエムルですら頭を抱えている。

 誰しもがその安否を気遣っていたいた英雄は、どうしたことか完全に相手側に順応していた。


「僕の配下じゃなくなるとああも自由になるんだね……」


 その言葉に応える者は誰もいない。

 彼女の名誉のために拓斗はあえて言及を控えたが、彼はアトゥが知らぬところで彼女の行動の一挙一動を観察していた。

 無論聖女と魔女を交えた会議の際に盛大な惚れ気を撒き散らしたことも、下手くそな拓斗くん人形に昼夜問わず語りかけていることもだ。

 知らぬはアトゥ本人ばかり。この事をアトゥ本人が知れば羞恥のあまり叫びながら床を転げ回るであろうことは確実だったが、幸いなことに拓斗はこの記憶を墓場まで持っていくことに決めていた。


「ま、まぁあれだよ! 敵によって狂わされていると考えるのが妥当じゃないかな!? 早く取り戻してあげないとね! このままじゃかわいそうだ!」


 とフォローにもならないフォローをしていたが、そもそもアトゥは拓斗の配下であった時からわりと自由人であったので、この主張は表面的にはともかくあまり同意はされていなかった。

 何をやってるんだあの人? という困惑と怒りが半分。

 それでもなお無事であり良かったという喜びと安堵が半分。

 結局のところ、ダークエルフたちはアトゥの奇行を飲み込み、今はマイノグーラ直面する危機への対処について、自らがどれだけ貢献できるかということに注力することにしたのだ。


「けど王さまー。どうやって敵をたおすのー?」

「そうですねお姉ちゃんさん。相手が神の如き力を振るうのであればこちらの負けは必定。付け入る隙があるとも思えないのです。それにアトゥさんも無職になったとは言え今や敵側、連れ戻すには洗脳を解く必要があるのです。無職ですが」


 相変わらず双子のあたりが強い。

 やっぱり昼間に来るべきだったかな? なんて気弱な思いを懐きつつ、確かに彼女たちの疑問も最もだと納得する。

 TRPG勢力の能力は凶悪の一言だ。特にGMがその能力をなりふりかまわず使っていることが致命的である。

 全ての事象を裁定するその権能。本来であれば節度と良識を持って振るわれるはずのそれがくびきから離れてしまえば、抗う手段はないに等しい。

 そう、無いに等しい。

 つまり……僅かながらではあるが手段は残されているということである。


「この世に完璧なんてものはそう多くはない。特にそれが人であれば、不完全という言葉の方がふさわしいくらいさ。そして神の如き力であっても、人によって使われる限りやりようはいくらでもある」


 事実拓斗はある手段を用いて自分の行動をGMから秘匿することに成功している。

 その成功こそが拓斗がレネアの地でもっとも欲したものであり、絶対無欠なる裁定者の権能を撃破するヒントとなるものであった。

 拓斗は……今回の作戦における全ての準備を終えて、ここドラゴンタンに戻ってきていたのだ。


「「むぅ!」」


「えっ! な、なんで?」


 そんな彼に両サイドから抗議の文句が上がる。

 何が気に障った? と慌てふためく拓斗であったが、彼にしては珍しく今回は言葉に出されずとも双子の主張がよく分かった。

 すなわち、そろそろ種明かしをしろということである。


「そうだね。そろそろ答え合わせの時間にした方が良いね! と言うか、流石にこれは難しすぎた気がするね……」


 そう言いながら、拓斗はおもむろにモルタール老の胸元を指差し、次いで指先で四角を作る。

 その仕草に数秒考えたモルタール老だが、おおと声を上げ胸元から宿題の紙片を取り出す。

 テーブルの上に神妙な仕草でその紙切れが置かれたのを見て拓斗は語りだす。

 その日、何があったか。

 彼が何を行ったかを……。


 ………

 ……

 …


「さて、じゃあもう一度確認しようか。今回の作戦における第一の狙いはアトゥの奪還。次いで敵対する聖女と魔女の撃破」


 誰もが……口を開けずにいた。


「GMが使う裁定者としての権能は僕が対処するよ。あれには致命的な欠点がある」


 拓斗が持つ権能。その一端を垣間見たためだ。


「皆にやってほしいのは後始末。神光国レネアという国を地図から消すには僕だけじゃちょっと大変だからね」


 理解が追いつかなかった。

 それが可能だという判断は無論可能だ。能力も確かに法外であり、それはかのGMとやらが持つそれに並ぶだろう。

 だがどこからその発想が出てくるのだ? という思いが強く胸中を占める。

 それは、おおよそ意志を持つ存在が成しうるものではなかった。


「多分、今回の作戦が終われば大陸中が混乱することになるだろうけど、まぁ仕方ないね。アトゥを僕から奪ったんだし」


 ただ一つ分かったのは。

 目の前にいる存在は自分たちの想像の外にいる、まさしく神の如き存在なのであると。


「あっ、そう言えばせっかくだし作戦名を考えようか! えっと……じゃあ『神光国斬首作戦』にしよう!」


 そして同時に、破滅の王を名乗るに相応しき悪意と害意、何より言葉にすることも憚られる悍ましき邪悪をその内に秘めているということを……。


「徹底的にやってね。僕はやられたことには、きっちり落とし前をつけるタイプだからさ」


 ここに、破滅の王による号令が下される。

 その作戦名は、まるで意趣返しをするかのように聖なる陣営がとった手段と同じものだった。

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