第三十一話:胎動
マイノグーラ王宮。
いつものように玉座に座り、いつものように双子の少女から世話を受ける情けない王。
ありふれた日の、ありふれた光景である。
気を抜けない状況ではあるが順調な、それでいて穏やかと言える時間がその日も過ぎようとしていた。
その瞬間までは……。
「どういうこと?」
突如立ち上がり、やや慌てたように一言つぶやくタクト。
王のただならぬ様子に、側に侍っていた少女たちも不思議そうにタクトを見つめている。
「おうさまどーしたの?」
「なにかありましたですか?」
「少し、黙ってて」
ビクリと叱られた子の様に震えた二人は、ゆっくり頭を下げて完全に口を閉ざす。
何が起きたのだろうか? ただならぬ様子に二人は不安を感じる。
重要な問題が発生したことはタクトの態度から明らかであったからだ。
何があったのか今すぐ知りたい。
だが余計な言葉を繋げて王の思考を妨げる愚は犯さぬ利発さが二人にはあった。
加えてタクトも余裕がなかった。
普段であればもう少し気の利いた言葉ができるかも知れないが、彼が確認した状況はそれどころではない。
ドラゴンターンの街。その南方に大量の蛮族が出現したとの報を受けたからだ。
(ありえない出現の仕方だ。イベントか何かでも起こったのか?)
第一報はドラゴンターン周辺に配置した足長虫よりもたらされた。
元々はドラゴンターンへの驚異を発見する目的と、蛮族発生の原因を調査する為だったが……。
それが功を奏したのか、はたまた知りたくもない事実を見せつけられることとなったのか。
ともかく足長虫の視界から共有されるその光景は、彼の心魂寒からしめるものであることに違いはない。
(とりあえず足長虫には敵戦力の詳細な把握と、可能であれば排除を命令しないと……。いやまて、敵対勢力かどうかの確認が先か? いや、この段階で悠長にしている余裕はないな)
元々が斥候ユニットである足長虫は探査能力に優れている。視覚が広く遠くからでも敵を見渡せる為戦力の把握が容易だ。
加えて昆虫ユニットである彼らはイスラの能力によって戦闘能力が+されている。
ヒルジャイアントは厳しくとも、ゴブリンやオーク程度なら優に刈り取ることができる。
コストが多少かかるものの補充が不可能というユニットでもない。ここは攻めに出る方が得策であることは間違いなかった。
(敵の数は……ヤバイな。10スタックはあるぞ!!)
軍団ユニットに換算しておおよそ10。具体的な数で判断すると敵兵数、一万は下らない。
絶望的な数では有るが、さりとて文句を言っている暇もない。
突発的な対応なら慣れている。
それに、エターナルネイションズでなら、これ以上のピンチを切り抜けたこともある。
自らの運命が未だ決していないことを確認したタクトは、配置している足長虫から情報を受け取りながら冷静に対応を指示していく。
今は少しでも敵戦力を削らなくてはならない。
何が起こっているかは不明だが、突如正念場がやってきたことだけは理解した。
タクトは立ち上がったまま王宮の出口へと向かう。
後ろから二人の小さな気配が付き従うのを確認すると、没頭する思考の中、短く一言だけ問う。
「イスラは?」
マイノグーラの王であるタクトは全てのユニットの状態を把握することができる。
もちろんイスラの所在を知ることも、彼女に指令を出すことも可能ではあったが、敢えてこの場では双子の少女に質問を投げかけた。
ぞんざいに扱ってしまったことを気にかけたという点が一つ。
加えて、二人の存在を確認することで自らが守るべきものの大きさを確認したかったからだ。
「イスラお母さんはまちー」
「ママ――イスラさんはマイノグーラの街で建築物の視察を行っている予定なのです。呼んできたほうがいいですか?」
「おねが――いや、いい」
ブゥンと甲高い音が小さく耳に入ったのを確認したタクトは指示を変更する。
どうやらイスラも事態の異変を確認したようだ。
やがて小さな羽音がスポーツカーのエンジンほどの音量になり、思わず耳を塞ぎたくなるほどの爆音を出し始めた頃。
ちょうどタクトが王宮の外に出るのと同じタイミングで、ズゥンという巨大な音とともにイスラが降り立った。
「我が主よ、ご命令を」
その言葉でイスラが配下の虫、全ての情報を把握していることを思い出す。
ならば話は早い。事態は一刻を争う。
大量に発生した蛮族の対処を謝ればマイノグーラにとって致命傷となるだろう。
特にドラゴンターンだ。せっかく手に入れた竜脈穴が失われるようなことがあってはならない。
加えてタクトはアトゥに関しても心配の念を向ける。
彼女はドラゴンターンの防衛任務についている。現状の能力であればいくら蛮族がいようが対処は可能だと思うが、それでもこの状況が危機的あることに間違いはない。
考えるべきこと、なすべきことは山ほどある。
ゲームであればターンを進行させなければ時間は進まなかったため長考が可能だった。
だが現実はそう甘くはない。
一刻を争うこの状況に置いて、長考など愚かを通り越して滑稽に等しい。
だがこの世界においてタクトは一人ではない。
頼もしき配下が彼を支えんがために全霊を込めて動いている。
加えて彼には最も信頼すべき者がいる。
タクトの心配が届いたのだろうか。
彼が最も信を置く英雄の顔を思い浮かべるのと、その本人から連絡が来るのは同時だった。
『タクトさま。すでにご存知かと思います。ドラゴンターン南方より大量の蛮族が押し寄せております!』
『僕も確認した。とんでもないことになったね。そっちの状況はどう?』
イスラが小首を傾げる。
アトゥと相談しているのか? の問いだ。
その質問に頷くことによって返答としながら、同時に複数のタスクを頭の中で処理する。
初動対応の遅さはその後に大きな影響を及ぼす。
右往左往する時間など彼には存在しなかった。
まずはできる限り迅速に情報収集に務める。
自分なら大丈夫。この程度の異変であれば十分に解決できるであろう。
タクトは己の力量を正確に把握し、一切の楽観無く正確にそう判断した。
むしろ蛮族の襲来は英雄を強化させる側面も持つ。
籠城戦が行えるのであればアトゥとイスラに蛮族という名の経験値を食らわせる良いイベントであり、これらを撃破した後、ゆうゆうと原因を究明すればよい。
そのようにすら考えていたのだ。
だがしかし……。
『その前に緊急のご報告が。この大群発生の前にヒルジャイアントを撃破したところ、突如死体が消滅した上、金貨をドロップしました。確認したところこの世界のものではない貨幣です』
「――しまった!」
タクトは思わず叫んだ。
それは完全に見落としていた可能性だった。
いや、その可能性に気付いてはいたが、思考から追い出していたと言った方がよいだろう。
自分たちがゲームのキャラクターとして世界にやってきているのであれば、同じ境遇の存在だっていてもおかしくないはずだ。
自らの浅慮が招いた事態にタクトは歯ぎしりする。
(なんて失態だ! なんでその事に気が付かなかった! いや、気にはしていたけど、まさかという思いがあったのかも……くそっ!)
全ての情報が急速に一つに収束していく感覚を覚える。
クオリアは北方の異変によって手を取られていると言う。
その異変が、自分たちの様な文明が召喚されたことによるものだったら?
クオリアの聖騎士が大呪界にやってきた聖女の信託とやらも、そもそもが文明発生の兆候を指し示したものであるなら?
そして今まさに、新たなる驚異がドラゴンターン南方に発生したならば。
自分たちがこうして生まれ変わって新たなる国家を築き上げようとしているのだ。
まさに生きた事例がここにいる以上、他の国がそうではないと言い切れる保証など皆無に等しい。
(エターナルネイション由来か? だとしたらグオ=グオ=グワゴ大首長一家か天変地異推進委員会アポカリプスが有力候補なんだけど)
頭の中で可能性のありそうな国家をリストアップする。
蛮族――ゴブリンやオーク、ヒルジャイアントと言った存在はエターナルネイションズでも存在していた。
それらを自国のユニットとして生産する文明や、蛮族ユニット等を自国の戦力として取り込む事ができる文明も少なからず存在する。
それらが同じく転移している場合の危険度は計り知れないだろう。
どちらも邪悪な文明であり、なおかつ他国と協力するという概念が皆無に等しい存在だからだ。
とは言え――。
(いや、エターナルネイションズ由来の文明である線は薄そうだ)
その可能性は低かった。
タクトは瞬時に判断する。詳細とまではいかないが、アトゥから聞いた状況は自分たちのそれとは全く違う。
であれば少なくともタクトと同じ状況でやってきたものではないだろう。
今まで集まってきた情報を分析すると、蛮族の発生は段階的に増加していった。
当初は通常の蛮族と同じ様に撃破するとそのまま死亡し死体も残るのだが、先程からアトゥから受けた報告では死体は消失し、その上で金まで落とすと聞く。
(定期的に発生していた蛮族の襲来は威力偵察ってところかな? それよりも死体消失現象が発生した時点で召喚されたと見るべきか……蛮族の増加はその予兆?)
頃合いを見たかのように大量の蛮族が出現し、国家に危機が発生し街の防衛を強いられる。
まるで何らかの物語の始まりを告げるかのように……。
(足長虫との視界共有で確認できた数は異常だ。転移直後の文明が用意できる数じゃない。かと言って今まで他の文明が存在していた兆候は一切なかった)
これほどの大群を用意できるのであれば、国家の規模も相当になる。
であればその存在を完璧に隠匿するのは不可能に近い。
今まで足長虫の調査でドラゴンターン南部の未開領域はある程度調査が完了している。
ゆけどもゆけども荒れた土地ばかりであったが故に、文明の痕跡があれば見逃すはずはない。
この段階で、タクトは相手が異世界の敵対的軍勢であることを半ば確信していた。
『アトゥ。その金貨は手元にある? 視界共有をするよ』
『はい、只今』
瞬間、視界が共有される。
脳裏に映し出された鮮明な映像をなめ尽くすように観察するタクト。
手抜きは決してできない。少しでも情報を収集しなければ、最悪マイノグーラの滅亡すらあり得るのだ。
タクトは少々の焦燥感を抱きながら、それでも積み上げられた鋼の如き冷静さを決して失うことなく記憶の書庫をひっくり返す。
『私も見たことが無い金貨です。エターナルネイションズ由来の文明とは違うもののようですが……。恐らくそれなりに高度な文明が作ったもの。タクト様はご存知でしょうか?』
(これは――この文様、どこかで見たことがあるぞ!)
金貨に施されている装飾。
丸い太陽を模したシンボルの中央に、文字らしきものが描かれている。
タクトは眉をひそめる。それは記憶のどこかに引っかかるものであった。
自らの経験した過去の出来事が、まるで映写機を高速で回すかのように流れていく。
今の状況から数日前の記憶、そして数週間前……。
時間はどんどん戻り、ついに彼がこの世界にやってくる前の世界――病室での出来事まで遡る。
病室で医師と行った会話。テレビで見たニュース。暇つぶしで読んだ本。
そしてその内容が過去にプレイした様々なゲームソフトに及んだ時……。
「そうか、この紋章は……」
タクトはその金貨の正体を突き止め、同時に思わず声を漏らした。
あまりにも出来すぎた状況に、やはりイベントのようだなと感想を抱くタクト。
だがその感想が案外的外れでもないことに気づき、顔をこわばらせる。
否――始まったのだ。この瞬間に、壮大なる物語が。
であれば最悪にも等しかった。
(不味いな……相手の能力が未知数だ)
ギリッ、っと歯ぎしりするタクト。
自らの失態が自分とアトゥを危険な状況に陥らせることに苛立ちを覚える。
だがその程度でみっともなく喚き散らすほど精神的に弱くはない。
タクトは一旦アトゥに簡単な指示を行い会話を中断することにした。
テレパシーはつなげたままで状況を逐一報告するよう伝え、都市内での防御を専念させる。
まずはイスラを交えて基本方針を固めなくては。
タクトが思考の海から復帰し、顔をあげると双子の少女が視界から消えていた。
どうやらイスラが気を利かせてエムルやギアを呼びに行かせたことを察したタクトは、幸いとばかりにイスラへと目を向ける。
「イスラ。不味いことになった――」
「何事でございましょうか?」
普段その様相に見合わずおっとりとしたイスラの声音に緊張が走る。
タクトのただならぬ様子に事態の深刻さを見出したのだ。
だが彼女がこの事態をどれほど予期していただろうか。
「敵国家みたい。僕たちと同じ存在がやってきている」
「我々と? つまりエターナルネイションズ由来ということでしょうか? 対話は可能でしょうか? 交渉ができるのであればなるべく穏便に済ませるのがよろしいかと……」
「無理だ。恐らく会話はできない。そういう仕組みの奴らじゃない。僕らとはまた違った世界の法則で動く奴らだ……」
タクトの言葉でイスラが息を飲む。
自らの主が放った衝撃的な言葉をその脳内で何度も検証した彼女は、タクトがこの事態の正体にある程度の推測を立てていることを理解する。
「心当たりがお有りなのですね主さま」
イスラの言葉に頷き返答とするタクト。
アトゥから見せられた金貨の文様を再度思い出し、答える。
「推測だけど十中八九そうだろうね。敵は――」
「RPGゲームからだ」
かつて彼がプレイしたゲーム。
確かにそのタイトルに記されてるロゴと同じものが金貨に記されている。
未知の世界を舞台に、本来ではありえない世界の軍勢が邂逅を果たそうとしていた……。
=Message=============
新たな勢力が世界に召喚されました。
【魔王軍】
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=Message=============
〈!〉エラー番号447(異常な操作が行われました)
〈!〉自動対応による勇者召喚は保留されました。
世界プロトコルが対応していません
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