第三十五話:決して混じらぬ悪性3

「オオオオオオオォォォォ!!」


 獣の如き咆哮が戦場に轟く。

 そこに先程まであった武人としての雄々しさはすでになく、それはただ自らの悲哀を叫ぶ獣の如き慟哭であった。

 氷の瞳から、赤い血の涙が溢れる。

 全ての記憶を思い出し、自らが自由の存在しない舞台の役者でしかないということに気づいた者の、苦痛と絶望の表情であった。


 その姿を、慟哭を、苦悩を、苦痛を存分に味わいながらアトゥは喜悦に顔を歪めた。

 狂信という言葉で表現するには生ぬるいほどの信仰が、タクトに対する絶対の信頼が……。

 同じゲームのキャラクターであるにもかかわらず、これほどの違いを見せていた。


「ならばこれからだ! ここからなのダ! ここから我らにとって真の世界征服が始まる! 今度こそ、今度こそは勝利してみせル!」


 戦場にはアトゥとアイスロック。そして地面できらめく金貨の数々。

 魔王軍四天王が一人、氷塊の魔人アイスロックは彼に従う配下のほぼ全てを失い、自らの存在理由すら失おうとしている。


 だが、アトゥにとってタクトが自己の存在理由であるように、アイスロックもまた自らが存在する理由があった。


「魔王よ! 偉大なる我らが主ヨ! 今こそ真なる勝利を捧げよう! 我が名は氷の四天王アイスロック! 全ての敵を打ち砕く者なリ!!」


 一段、気迫が強まる。

 RPGとして表現するのであればデータ上の変化は一切ない。

 しかしそこには確かに戦士としての矜持と誇り、何より意地があった。


 だが対するアトゥはそんなアイスロックの意思を、転移後にはじめて持った自らの決断を一笑に付す。


「アハハハハッ! 滑稽! 実に滑稽です! その程度の認識で! その程度の覚悟で! その程度の力でこのアトゥを倒すと標榜しますか! 世界を取るなどと妄言を吐きますか!」


 嗤う。ただただ嗤う。

 相手の持つ気高い意思など、まるで路傍に落ちたゴミクズとしか認識していないであろうことにアイスロックは身震いをする。


 その少女は邪悪であった。

 自分とタクト以外に本質的に価値をおいていない彼女に、アイスロックの気迫や覚悟など一切届かぬ。

 人と動物が会話をできぬように、

 動物と虫が会話できぬように、

 虫と石が会話できぬように、

 ――アトゥはタクト以外の誰とも、本質的に理解し合うことができないのだ。


「では私は貴方の全てを否定しましょう! 貴方の信じる全てを破壊しつくしましょう! 我が名は汚泥のアトゥ! 世界に王は唯一人。我が主イラ=タクトなり!」


 それが汚泥のアトゥ。

 それこそが、マイノグーラの英雄だった。


 そして最初で最後の戦いが始まる。

 アイスロックにとって次のない、己の誇りと意地をかけた戦いだ。

 氷の戦斧が縦横無尽に振るわれ、込められた膂力に大地が震える。

 アトゥが生きた鞭の如く触手をしならせ、聖騎士剣を軽やかに振るう。


 アイスロックの初撃は優に躱され、返す刀で祝福儀礼の施された神聖な刃が鋭く迫る。

 ダンッとアイスロックによって踏みしめられた大地から、半ば凍りかけた石つぶてが弾丸となってアトゥの小さな体躯に殺到する。

 ぎゅるりと触手を操り地面に突き刺したアトゥは、そのままおおよそ人では出来ぬ急制動でその全てを躱し、また弾き飛ばす。


 まるで神話の戦い。その再現の如く神速の攻防が繰り広げられる。

 大地は戦いの余波によって端々から削られていき、空は衝撃によって絶えず震える。

 その激動は遙か彼方ドラゴンターンの街まで届き、人の理を超えた戦いは成り行きを見守る全ての者を魂から震え上がらせた。


「終わらぬ! このままでは終わらせはせぬ! たとえここで朽ち果てようとも! 貴様に一矢報いてみせる!」


「アハハハ! なにそれ!? なんですかそれ!? それじゃあまるで漫画に出てくる主人公の仲間じゃないですか! 最終回で回想でもやるつもりですか!?」


 ゲラゲラと嗤うアトゥ。その言葉にはありとあらゆる悪意が詰め込まれている。

 マイノグーラはエターナルネイションズ中で最も邪悪な文明だと設定づけられている。

 ならばこそ、その英雄たるアトゥが他者を踏みにじることに喜びを感じぬはずがなかった。


「ねぇ! ねぇねぇねぇ! ここからどうやって挽回するんですか!? どうやって私を倒すんですか!? ねぇ! どう考えても、無理ですよねぇぇぇぇぇぇ!!!」


 挽回が不可能かどうか、身を持って味わえと攻撃を喰らわせる余裕も無ければ、戯言をと笑い飛ばす余裕もない。

 虚勢すらはれぬ程に逼迫した状況の中、それでもアイスロックは己の存在理由を全うするため、全力で力を振るう。


 だがここに一つの悲しい事実が存在している。

 RPGのモンスターという存在は一般的に行動パターンが決められている。

 そもそもがゲームである。数パターンも攻撃行動が存在していればプレイヤーが楽しむ為に十分であり、逆にあまりにも多い行動パターンはバグやエラー行動の原因となるばかりかプレイヤーを混乱させ、ゲーム性を低下させる。

 つまるところアイスロックの戦闘はあまりにも単調で、その行動を予測するのはあまりにも容易であった。


「お前の攻撃はもう分かりきってるんですよ。この……ゴミクズがあ! アハハハハハハ!」


 上段からの振り下ろしをまるで予測していたかのように身体を滑らせアイスロックの懐に入るアトゥ。

 慌てて戦斧を大地につき立てて氷の礫を放つが、それすらも知っていたと言わんばかりにアトゥは蛇のように地面に這い、その全てを躱す。

 もしこれがゲームであったなら、きっとアイスロックの攻撃は全て「アトゥにダメージをあたえられない」と表示されていただろう。


 そしてターンが回り、アトゥの攻撃がついにその氷塊の胴を捉える。


「クリティカルヒットぉ!! ああっ! どうしましょう!? 思った以上にダメージが入っちゃいましたね! 大丈夫ですか!? あとHPはいくつ残ってます? すいません、攻略本持ってないから貴方がどの程度の雑魚か分からないんですよねぇぇぇ!!」


 ズンと、巨大な腕が地面に沈む。

 腹への一撃はなんとか防げたものの、代償として腕を一本持っていかれた。

 アイスロックの戦斧は両手で振るって初めてその真価を発揮するものだ。当然のごとく片手となった今ではその攻撃力は半分以下であろう。

 全力であっても届かなかったのだ。ではいかなる理由があれば片手で退けることができるというのだろうか?

 アイスロックは絶望的な状況に氷の表情を歪ませる。


 すでに戦いの天秤は大きくアトゥに傾いていた。

 だがアトゥも無闇に追撃することを控える。

 言葉の刃はノンリスクだが、不用意な攻撃は相手にすきを見せることとなる。

 彼女は弱者をいたぶるサディスティックな行いの中にも、決して相手を見くびらぬ冷静さを持ち合わせていた。

 英雄の本能がそれを成すのか、邪悪なる心魂が甘えを許さぬのか。

 ただ、アイスロックが持ち得ていた砂粒ほどの勝利の可能性が、丁寧に丁寧に塗りつぶされたことは事実だった。


 だが、それでもなおアイスロックは足掻く。

 そしておおよそ遅きに失した自らの秘技を繰り出すことを決意する。


「ぬぅぅぅ! ならば喰らエ、我が必殺の一撃!」


 アイスロックの全身から冷気がほとばしる。

 それは彼の中心から爆発の様に広がり、まるで極寒の地にでもいるかの様に周囲の大地を瞬時に凍り付かせていく。


 ビキリと、戦斧の持ち手の部分が軋む。

 自らの武器を破壊してしまいかねないほどの力が強引に込められ、深く腰を落としたアイスロックの体躯がボコリとその膂力を表すかのように膨れ上がった。


 その様子を眺めるアトゥは薄ら笑いを浮かべながら静かに構える。

 刹那――彼女の背中より生える触手が聖剣を中心に集まり、螺旋状の巨大な槍へと変化した。


「来い。自らが信じる最高の技で挑み、そして惨めに敗北しろ」


 邪悪さを隠しもしない言葉と態度。

 必ず殺してやるという意思がその小さな身体の端々から漏れ、その言葉を証明するかのようにらせん状に渦巻いた触手の剣がギチギチとその硬度を高めていく。


 ――そして、まるで物語の様に陳腐な。

 必殺技という名の足掻きが繰り出された。


「オオオオオ!! 氷河撃破斬!」


 攻防は刹那。だがその一時が内包する時間は双方にとって無限にも感じられた。

 アイスロックの身体から極寒の冷気がほとばしる。

 それらはまるで吹雪のようにアトゥへと襲いかかり、その肌を薄氷で包み込んでいく。

 地面からはまるで生き物のように凍った土が這い寄ってき、その足首を地面へと氷で縫い付けた。

 吹きすさぶ強烈な冷気、ありとあらゆる生命体が思わず瞳を閉じて凍え震えるであろう極寒の中。

 だがアトゥは真っ直ぐに前を見つめている。

 彼女の瞳は、自らに襲いかかる氷の戦斧を確かに見据えていた。


 アイスロックの決死の一撃は、アトゥにとってはただいつもより少し涼しいだけのただの攻撃でしかなかった。


「アハハ! アハハハッ! この程度の氷で動きを封じ込めようなど私も甘く見られたものですね――」


 その時、奇妙な事が起こった。

 アトゥが攻撃の軌跡を見切り、難なく自らの獲物で薙ぎ払おうとタイミングを合わせた瞬間だ。

 互いの獲物が交差する一瞬の時、その何千分の一の時間。

 アトゥは、決して外さないはずの攻撃を……外した。


「なっ!?」


 足が動かない。

 確かに彼女の足は氷によって地面に縫い付けられている。

 だがこの程度の氷で動きを止められるほど、アトゥがその内に持つ力は貧弱ではない。

 そうではない。

 もっと別の、何らかの異質な法則によって、彼女の足は地面へと縫い付けられていたのだ。


 違う――。

 彼女の全身が、アイスロックへの攻撃への対処を拒んでいた。


「ガハッ! ぐうッ!!」


 一瞬の攻防の後、膝をついたのはアトゥだった。

 完全に戦力で超えていたはずだった。アトゥが全力で放った一撃は相手の数倍の力を秘めていたし、そのタイミングも完全であった。

 本来であれば相手の攻撃をいなし、返す刃でアイスロックへ致命的な一撃を見舞うはずだった。


 それを防がれ、あまつさえ反撃の手を許す。

 アトゥの瞳が驚愕に見開かれ、ギョロギョロと状況を把握し推測するかの様に動き回る。

 アイスロックは必殺技を放った反動か、まるで金縛りにあったように動きを止めている。

 アトゥの身体を覆っていた氷はパキッと小さな音を立てて全て砕け散っている。

 身体は動く。意識も明瞭だ。何らかの精神的攻撃を受けた形跡もない。

 何かが起こった。今までの経験ではありえなかった。何らかの攻撃を受けた。

 そして彼女はマイノグーラの英雄たる戦闘センスにおいて、一つの答えを導き出す。


(――ッ! 馬鹿な! 必中攻撃だと!!)


 強大な衝撃がアトゥに襲いかかる。

 高速思考によって止まっているとさえ誤認される程の時が終わり、彼女の結論通りの結果がその身体にのしかかる。

 マイノグーラの英雄は軍団に匹敵する戦闘能力を持つ一騎当千の猛者だ。

 だが、だからといってダメージを受けない訳ではない。

 加えて先の攻撃は彼女の予想外、そのダメージは計り知れないものとなっていた。


 ストーンゴーレムから防御力を強化する《石の皮膚》のスキルを奪取していなかったら不味い状況になっていたかもしれない。

 自らが持つ幸運に手早く感謝を済ませ、アトゥは状況の分析というなの罵詈雑言を己が内で撒き散らす。


(《反撃や迎撃が不可能な必中攻撃》ってことですか!? こちらがSLGの影響下に置かれているのだとしたら、相手はRPGの影響下か! システム的に回避が不可能な攻撃なんて、反則でしょう!)


 腹から胸元まで大きく避けた肌からボロリと内蔵がこぼれ落ちる。

 ようやく技を使用した反動から開放され、アトゥの方へと向き直ったアイスロックは思わず表情を変える。

 内蔵を吐き出して無事な生命体は存在しない。アイスロックのような魔族でさえ、致命的なダメージを負うのだ。

 けして叶わぬと考えていた相手に己の一撃が確かに通じた事実に、アイスロックはかすかな希望を見出した。


 だが、ボトボトとこぼれ落ちる少女の臓腑に変化が起きる。

 邪悪なる英雄に似つかわしくない真っ赤な血とともに腹より溢れていた内臓がどんどんとその色をどす黒く変色させたのだ。

 やがてそれはドロドロとした汚泥となり、足元よりアトゥに再度吸い込まれていく。

 気がつけば、最初から傷などなかったかのように……。

 汚泥の英雄アトゥはその場に佇んでいた。


「このアトゥを舐めてもらっては困ります」


「こ、これでも倒せぬとハ……」


 こちらの番だ。アトゥはギョロリとアイスロックをにらみつける。

 RPGでは一般的に相手のターンが終わればこちらが攻撃を放つことができるターンとなる。

 SLGのルール下にいる存在が相手ゆえに少々変則的な部分はあるだろうが、それでも必殺技を放った後だ、先程のような手痛い反撃は不可能であろう。

 そう判断したアトゥは、再度自らの触手に力を込める。


 螺旋状の触塊がギチギチと奇っ怪な音を立て、まるで次はこちらの番だと言わんばかりにその内に力を込めていく。

 やがて、限界まで引き絞った弓矢が放たれるかのように……。


「死ねっ! RPGの敵らしく軽快なサウンドとともに死ね!!!」


 アトゥの渾身の一撃が放たれた。


「ああ、魔王様……バンザ――」


 後に残るのは、キラキラと光の粒子になりながら消え去るアイスロック。

 続いて思い出したかのように、大量の金貨が辺りにこぼれ落ちる。

 それらをくだらないものを見下すかのように一瞥しながら、アトゥは高らかに嗤う。


「この世に王はただ一人。我が王イラ=タクトのみ! 全ての敵対者には等しく滅びを! 善も悪も、我が王に頭を垂れぬ者はその存在を許されぬと知れ! あはははは! アハハハ!!」


 ついでとばかりに縦横無尽に触手が繰り出された。

 一個人が振るうにはあまりにも強大な戦力が戦場に残った魔物に襲いかかる。

 長弓の如き射程、巨人の如き攻撃力。

 そして何より一切の慈悲を許さぬ冷酷さで、その触手の群れは遠くで戦いを見守っていたアイスロック隷下の魔物に襲いかかった。


 ………

 ……

 …


「――魔物のむれを倒したっと」


 時間にして数分だった。

 アイスロックの喪失によって統率を失っていた魔物達も、分が悪いと見たのか本能に逆らえなかったのか逃走を開始する。

 気がかりであったドラゴンターンの防衛隊やマイノグーラ側の戦力も多少の被害こそあれど健在だ。

 マイノグーラの英雄たるアトゥ本人はいくら魔物が押し寄せようが問題ないが、脆弱な人となると話は違う。

 最悪人的被害や街への被害も覚悟していた為、アトゥはホッと胸をなでおろす。


「魔物は引くか……。指揮官を失ったら当然とは言え、恐慌状態に陥って街へ向かったりしなかったのは幸いですね」


 誰に伝えるでもなく独りごち、アトゥは腹を押さえる。

 ズキリと鈍い痛みがジクジクと彼女のプライドを刺激していく。

 戦いのために生まれた英雄ゆえに痛みなどどうとでもなったが、不覚をとって傷をおったという事実が彼女にとって何よりも屈辱であり、激しい痛みを幻視させんばかりの怒りを沸き起こしていた。


「あれほど警戒してこの体たらく。不甲斐ない……不甲斐ない! これでマイノグーラの英雄とは、タクト様の英雄とは!」


 ギリッと歯を噛み鳴らし、眼前を見据える。

 魔物の逃げた先、その先にRPGゲームの勢力、その主力が待ち受けているのだろう。


「しかし別ゲームとは厄介ですね。私達と別の法則で動くゆえ、予想がつきません」


 アトゥは高速に頭を回転させ今回の状況を判断する。

 転移したこの世界は、自分たちと同じSLGの法則が支配してると考えていた。

 だがRPGの勢力が来たとなると判断はまた変わってくる。

 むしろアトゥごときの浅知恵でことを推測して判断するほうが危険だと思われた。

 彼女の脳裏に敬愛する王の姿がよぎる。

 今回の出来事をどう説明するべきか、なにより自らが手傷を負ったことで落胆されやしないか。

 もちろん自らの王がその程度で気分を害するほど器が小さくないことをよく理解している。

 だができれば万全の状態で任務完了を報告し、称賛の言葉をもらいたかったというのが本心であった。

 そんなとりとめのない思考がぐるぐると回転し、袋小路に追い込まれていく。


「ああっ! もうっ!」


 やがて彼女は大きな声を上げて顔を左右にふる。

 まだまだやるべきことは数多くある。このまま頭を悩ませている余裕などなかった。

 気がつけば自らの回りに足長蟲が待機しているのが確認できた。

 対応していた敵の魔物が逃走したため、指示を乞うためにやってきたのであろう。


「足長蟲! 敗軍を適当に間引いて経験値を稼いでおきなさい! あとでタクト様にアップグレードしてもらいますよ!」


「「「ギギギェ!!」」」


 ザザザッっと恐ろしい速度で魔物たちが逃げ去った方向へとかけていく足長蟲。

 今回の防衛戦で多くの経験値が稼げたため、アップグレード機能によって強力なユニットへと変化することが可能となっている。

 敗者は全てを失い、勝者は全てを得る。

 この段階における上位ユニットの獲得は、マイノグーラという国家にとっても非常に有益な結果であった。


「私も追撃に移りたいところですが……どうしたものか。――いえ、その前にタクト様に報告ですね」


 モルタール老含め、マイノグーラから出向している兵への指示もある。

 何よりタクトへの報告がまだなのだ。

 猪突猛進で自分まで追撃に走っていては指揮官の名どころか英雄の名すら返上しなくてはならないだろう。

 そう考えたアトゥは、すぅっと大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせ、タクトへと精神のチャンネルを合わせて念話を送る。

 声にならぬその声は、先程アイスロックと戦ったときに放った荒々しい物に比べ、実に愛らしい少女のものだった。


(タクト様! ドラゴンターン防衛の任、無事完了いたしました。四天王なる敵勢力が進行してきましたが無事撃破。この程度、このアトゥの力を持ってすれば鎧袖一触。なのですが、あの、いやまぁちょっと油断をしたというか……。 あとご報告もいくつか。けどその前に、なんていうか、遠方で頑張るこのアトゥめにお褒めの言葉を頂きたいなぁ、なんて……)


 もじもじと少し恥ずかしそうに彼方を見つめ会話を始めるアトゥ。

 タクトへ挨拶をする際にペコペコと頭を下げていたのは日本人であるタクト譲りか……。

 だがコロコロと愛らしい口調と花が咲いたような笑顔で主との会話をおこなっていた彼女の顔が一瞬で曇る。


(……えっ?)


 瞬間。先程までの少女の顔から、邪悪なる英雄のそれへと移り変わる。


 ――マイノグーラ本拠地への敵戦力の侵攻。

 タクトから報告された事実は、アトゥの心胆を底冷えさせるに十分なものだった。

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