第百四十話 決裂

「うん、情熱的なお誘いありがとう。でも残念ながらその提案は拒否させてもらおう。僕は、そして彼らも、君たちの同盟に降りることはない」


 拓斗は静かに椅子から立ち上がり、ヴァギアの瞳をまっすぐ見つめ返しながら答えた。

 国家間の作法としてそのように答えたわけではない。

 同盟関係のフォーンカヴンの使者、そして勇者ユウに今からとんずらするぞと合図を送ったのだ。

 ちなみにアトゥに変化したヴィットーリオには話の合間に念話で通達している。

 尻尾巻いて逃げると告げた時の彼の心底うれしそうで楽しそうな声音はなかなかにイラッとするものであったが……。

 幸いな事に、拓斗のそんな内心は悟られることがなかったようで、ヴァギアは彼女にしては珍しく厳しい表情を見せながらいくらか言葉を選んだ様子で拓斗に問うてきた。


「あらん? 淑女を袖にするなんて悪い人♥ ――一応、理由を聞かせてもらえるかしら?」


 ふむ、と拓斗は顎に手を当ながら考え混む仕草を見せる。

 そしてチラリと優を確認する。

 彼もこちらに視線を向けた。どうやら意図は伝わっているようだ。


「ここにいる神宮寺優はね、RPGの勇者で、まぁ破滅の王の僕とは水と油というかまったく属性が違うんだけど……」


 いきなり何を言い出すのか? と言った様子でヴァギアが眉間にしわを寄せる。

 拓斗はここに至ってコロコロと表情が変わるヴァギアに隠しきれぬ人間味のようなものを感じながら、独壇場とばかりに話を続ける。


「属性は違うながらも、話してみるとすごく気が合うところがあったんだ。行動指針なんかは特にそうで、ある意味馬が合ったから協力関係を築いているとも言える。例えばそう、他のプレイヤーに対するスタンスとか?」


「男の子の友情ってやつね♥ いやん、妬いちゃう! ……いいわ、聞かせて。貴方たちのスタンスを」


 ヴァギアはすでに取り繕うこともなく、こちらを睨み付けてくる。

 その様子に苦笑いしながら、拓斗は優に軽く手を上げて合図を送った。

 すなわち返答は……。



「「舐められたらぶっ殺す」」


 瞬間。議場が爆ぜた。



「――なっ!!」


「女王! こちらへ!」

「ゆ、床を破壊するなんてめちゃくちゃなのですぅ! それにあの姿は!?」


 勇者の真骨頂と言ったところか、道具袋から取り出した最高レアリティの斧が爆発を伴って床を破壊する。

 同時に拓斗もその身体の擬態を一部分だけ解き、人獣合わせもった歪な豪腕を床に打ち据えた。

 その結果はご覧の通り。

 エルフの英知と卓越した技術によって作り上げられた議場はその土台から崩壊し、今はその一部分をかろうじて世界樹の枝が支えている程度だ。


「ヴィットーリオ!」

「すでにこちらに! むっふっふ~。急がないと増援がきますぞ~!」


 アトゥの顔でヴィットーリオの口調は少々癪に障るが、それも仕方ない。

 なぜなら彼の触腕の先には目を回すフォーンカヴンの使者が絡め取られていたからだ。

 《偽装》を解いてしまっては彼らを回収できない。故にアトゥのままでいてもらう必要があった。


「いやぁ! 派手なのはいいなぁ! わかりやすくて好きだぜ俺は! そらっ! フレイムア!!」


 ブレイブクエスタスの爆発系魔法が飛びかかろうとするヴァギア達を牽制し、双方に距離を作る。

 どうやら向こう側も拓斗たちが何を考えているのか理解してるらしい。

 近場で待機していた護衛らしきサキュバスが集まってきた。

 さらに遠くからは膨大な数のサキュバス達の気配がここに向かってきている。さっさと逃げるのが吉だ。

 巨大な世界樹の枝を器用に飛び移りながら優の元へ向かう拓斗、彼の近くに着地した時にはすでに準備は万端の様子であった。


「じゃあ会談は決裂ということで逃げよう」

「いやぁ、もう少しやりたかったが仕方ないな! よっし、アイ。頼むわ!」

「はい、ご主人様! 皆さんこちらへ! 範囲転移魔法発動! テレスフーラ――!」


 術者を中心に一定範囲のキャラを転移させるイベント専用魔法。

 話には聞いていたが、通常手段で使用不可能なこの魔法すら使えるとは彼らもなかなかにチートだ。だがこれなら安心して全員転移できる。

 足下の樹木の上に淡い光を放つ魔方陣が浮かび上がる。

 素早く発動された魔法が相手に追撃させる暇を与えず拓斗達を安全に暗黒大陸へと飛ばそうとした瞬間――。


「無のマナ2、森のマナ1、解放――魔法カード《原生林の結界》発動」


 ヴァギアの一言で、その全てが霧散した。


「ふぇ!? な、なんで!? 魔法が!」


「テレスフーラが失敗した!? なんで?」


 魔法は不発。それは未だ拓斗たちがこの場にいることが何よりの証拠だ。

 優とアイは予想だにしない状況に何が起こったのか分からず混乱しているが、拓斗は一体どのような出来事が発生したのか、その全てを理解していた。


七神王ななしんおうのカードか。厄介なタイミングで使ってくる」


 すらりとした細長指先に、どこかで見た覚えのあるイラストが施されたカードが見えた。

 ヴァギアに奪われた敗退者のシステム。トレーディングカードゲーム。

 拓斗はかつて見た七神王データベースの記憶をたどる。

 確かあのカードは敵の逃走を妨害するという効果を持つ魔法カードだったはずだ。

 本来は召喚された魔物の回避行動や新たな召喚を妨害する効果を持つものだったが……カードに書かれたフレーバーテキスト通りに発動するとは実に厄介であった。


(《原生林の結界》の効果はたしか1ターンだったからすぐに効果は切れるだろうけど、この場面においては致命的な時間だな)


 1ターンがこの世界においてどの程度の時間かは分からない。

 だが一瞬という事はないだろう。であればいずれ膨大なサキュバス達に数で押される。

 アイの転移魔法を見たヴァギアの反応は見事の一言。この行動を予想し準備していたとみて間違いないだろう。

 準備がよく本当に嫌になる相手だ。


「ご存じの通り、私たちサキュバスはみんなみたいな不思議な魔法や能力を持っていないわん♥ なんせしょせんはエロゲー。そういうのは全部えっちなことでしか発動しないの♥ けどこれがあれば話はべ、つ♥ ちょうど運良くナナシンのデッキが手に入ったわん♥ コストが重いけど、エル=ナーの中に生のマナ源があったのはまさしく天恵ね!」


(本当に面倒なシナジーだな! 龍脈穴から産出されるマナは有限だからマナを消費する七神王のカードにもいずれ限界は訪れる。問題はその限界がいつかってことだ)


 七神王にはマナ産出カードを利用してマナ増殖を行う手段も用意されている。

 だがそのカードがデッキに入っているかは未知数だし、今のところその気配もない。

 とすれば警戒するのは即時発動が可能な魔法や召喚。

 あと数回は同規模の妨害や攻撃を警戒しなければならないというのは拓斗をもってしても嫌気がさすほどに困難な状況だ。


「大丈夫。痛くはしないわん♥ 天井のシミを数えているうちに終わるから……」


 相手の数はおよそ十名ほど。

 ヴァギアに護衛の二人。残りは慌てて駆けつけた一般のサキュバス。

 クオリアの使者は先ほどの議場崩壊の際にどこかに落ちていったらしく見当たらず、議場そのものが破壊されているためエルフは到達が困難。

 そしてプレイヤーの通信を担う石のスタチューは行方知れずだ。


(いや、H氏のスタチューはヴァギアの手の中か……彼にも気をつけないと)


 よくよく見ると、通信機能を有すると言われた石の置物をヴァギアが持っていた。無論H氏と呼ばれる最後のプレイヤーのものだ。

 その存在感を極限まで薄めている為に忘れられがちだが、彼もまたプレイヤー。しかもありとあらゆる情報が未知の……。

 サキュバスたちへの警戒ももちろんだが、いつ彼が介入してくるか分からない以上、最大限に警戒すべきなのは彼で間違いなかった。


「ご主人さま、やりましょう!」


「むむむ! けどこれピンチじゃね? 流石にやばいんじゃ……」


「うううっ、このままじゃご主人様がサキュバスに寝取られちゃいます! 私の! 私だけのご主人様が! 許せない……そんなの……」


「う~ん、ヤンデレ! 重い愛ですねぇ……」


 何やら雰囲気が怪しくなるアイに対してヴィットーリオがそんな事を言い出す。

 慌てて優がなだめているところを見ると二人の関係性が見えてくるようだ。

 どちらにしろあまり役に立たないことは間違いない。

 なお触手に絡め取られているフォーンカヴンの獣人は気絶しているため現在完全なお荷物と化している。はじめから期待はしていないが、こちらも役にたつことはないだろう。


「というわけで俺は覚悟を決めたぞタクト王! しゃあねぇ、遅かれ早かれこうなる運命だったんだよ!」


「ブレイブクエスタスの魔法には期待していたんだけど。他にこの状況を解決できそうな能力か魔法はないのかい? ほら、奇跡を起こすのが勇者の特権でしょ?」


 イベントの強制力についてそれとなく尋ねてみる。

 優がそれを能動的に使えるかどうかは不明だったが、彼に手段があるとすればもはやそこしかない。だがブレイブクエスタスのシリーズを通してもこの状況に使えそうなイベントを拓斗は知らない。

 返答は、拓斗は予想した通りだった。


「わりぃ、少なくともあの《結界》とやらをどうにかしない分には逃げられねぇ、腹くくってくれ王さま」


 優の言葉、腹をくくれとは大層な物言いだが、いい加減会話での時間稼ぎも無理であろうことは拓斗本人がよく理解していた。

 仕方ないとばかりに意識を集中し、より《出来損ない》の操作精度を上げる。

 ビキビキとその身体の半分が異形の赤子へと変化し、魂をむしばむ奇怪な鳴き声を上げる。


「はぁ、仕方ないか……」


「ふふふ。サキュバスの妙技、全身で味わってね」


 戦いは、次の段階へと移ろうとしていた。



=七神王最強無敵ランキング=====

《原生林の結界》魔法カード

無のマナ2 森のマナ1


本カードを使用したプレイヤーターンと、次の相手プレイヤーターンにおいて、相手プレイヤーの召喚および魔法カードの使用を禁止する。

※公式大会使用禁止カード


最新価格 ¥125,000

最高価格 ¥850,000

―――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る