第百四十一話 痛打
破滅の王と、世界を救う勇者。
二人のプレイヤーからの威圧感が一気に増大し、その場に集結していたサキュバスの一般兵が思わずたじろぐ。
平和をお題目に掲げ、全勢力を巻き込んだ会談はすでに崩壊し、言葉を捨て去った者たちによる原始的な争いが始まった。
「俺からいくぜぇ! おらぁっ!」
優が目にもとまらぬ早さで自らの獲物を斧から刀へと切り替え、ヴァギアめがけて斬りかかる。
人間の反応速度を超え、超常の存在ですら視認が困難な一撃。
危険を顧みず一気に敵首魁の首を狙って一撃を放たんとするその様はまさに勇敢なる者の名にふさわしい。
だが、絶死の刃がサキュバスの女王の命を刈り取らんとするその一拍前に横やりが入る。
ギィンと金属音が高らかに鳴り、長身のサキュバスが女王を守らんと槍を振るったのだ。
自らの攻撃を防がれた優は無言で二の太刀を放つ、まるではじめからそのつもりだったと言わんばかりの剣閃は、だがやはり受け止められた。
「あまい。この程度では我らノーブルサキュバスは落とせない」
「ならこれはどうかな?」
ヒュンと軽快な風切り音とともに優が納刀する、そのまま低く腰を下ろした瞬間、膨大な殺意がサキュバス達を襲う。
一閃、そして音速を超えたことによる衝撃波と爆音が議場の破片や世界樹の葉を吹き飛ばした。
衝撃の波が収まり、状況があらわになる。
そこには冷や汗をかきながらも巨大な盾で優の攻撃を受け止めきって見せた小柄な護衛のサキュバスがいた。
「ふぇっ、の、ノーブルサキュバスはサキュバスにおける貴族階級。女王を守護する盾であり槍です。よ、弱くはないのです」
「そうよ♥ 女の子だって槍を持っているのよ!」
勇敢な二人の配下に激励を送るヴァギア。
だがその表情が緩んでいないところを見ると、先ほどの攻防が決して自分たちの優位性を示すものではないことをよく理解しているようだった。
事実、その様子をまざまざと見せられた拓斗だったが一切の動揺を見せず、状況を見守っていた。
「なかなかやる。とは言えあくまで配下でしか無いわけだ。プレイヤーでもない存在が太刀打ちできると? 少なくとも勇者という存在を甘く見すぎじゃないか?」
その言葉の意味を相手はすぐに知ることとなる。
なぜなら、先ほどの一撃は。
勇者にとってただの"こうげき"なのだから……。
「ご主人様! エルパーワ! エルスピドー!」
「おお! 力がわいてきた! よっし――ふっ!」
アイの補助魔法によって優の攻撃力と速度が何倍にも増加される。
次の一撃は、もはや"こうげき"と表現するのが馬鹿らしいほどの威力を有していた。
死は……ここにある。
「やばっ♥ 森のマナ2、解放!――魔法カード《森の底力》発動!」
「ぐっ!」
「きゃっ!」
此度の衝撃は、先ほどの比ではない。
衝撃波などという生やさしいものはもはやそこには存在しなく、命を刈り取らんとする暴力がただ無秩序に荒れ狂う。
ノーブルサキュバスと呼ばれる護衛の二人やプレイヤーであるヴァギアならまだしも、一般のサキュバスたちがこの戦いに立ち入る隙は存在しなかった。
「ま、不味いわね♥ 知っていたけど予想以上に強い!」
ヴァギアが焦りの声を上げる。
そこに余裕はなく、彼女自身意図せず劣勢に立たされている事をよく理解しているのだろう。
個で争えば勇者は最強。
拓斗の事前の評価どおり、その力は間違いなくこの場でも発揮されている。
(勇者という存在を甘く見ていたな。強さはもちろんだけど、彼の能力を何倍にも引き上げるあの装備がすさまじい。おそらく僕も知らない未公表レアアイテム……。一体どれだけプレイしたのやら)
ブレイブクエスタスはRPGというジャンルだ。
主人公である勇者が持つ武器防具は基本的に店売りや宝箱から入手することができる。
だがその中の一部には、敵モンスターから一定の確率でドロップするレアアイテムというものが存在していた。
やりこみ要素の一つとして実装されたそのレアアイテムの入手難易度は壮絶の一言。
何十時間連続して敵を倒しても一つも手に入らないなどざら、中には年単位で挑戦しなければ入手できないアイテムすらある。
それら奇跡の武器防具。むろんその能力は特級の一言だ。
魔王すら一撃で撃破しうるエンドコンテンツをやりこんで、果たして何の意味があるのかと拓斗も疑問になることがあるが、ゲームとは得てしてそういうものだ。
そういうものだからこそ、手に入れたときの快感と達成感は何にも代えがたいものがある。
そんな膨大な時間と奇跡の塊を、優は装備している。
本気を出した勇者が負ける要素はどこにもなかった……。
(だが……警戒は怠れない。予想外にこちらが押しているが、相手に増援が来たら容易に覆される。24時間戦えないのがこっちの弱点だからね。けどエルフの聖女たちがここにいなかったのは幸いだった。もしいたらこの時点で詰んでいた)
拓斗はこの状況を冷静に分析している。
無論彼とて優に任せっきりで遊んでいる訳ではない。
ヴィットーリオに命じて能力を用いた姑息な妨害をかけているし、《出来損ない》を操りアイやフォーンカヴンの使者をサキュバス兵から守っている。
もっとも、彼が大きくこの場を動かないのはとある理由があるからだ。
それはすなわち最後のプレイヤーの存在。
(仕掛けてくるとしたらそろそろか……)
そして……拓斗の予想通り、ヴァギアの劣勢にじれたH氏が動いた。
「――ヴァギアさん。どうぞお使いください」
「仕方ないわねぇ……。じゃあとっておきをご開帳♥」
能力を使うことは予想できた。
一体どのような攻撃を仕掛けてくるか? それが分かれば相手のゲームが分かり、相手のゲームが分かれば対策がとれる。
拓斗がここまで動かなかったのは優を信じているのもあったが、彼をおとりにH氏の能力を引き出そうとしたからだ。
そして何が起こっても優をサポートできるよう、全てが俯瞰できる後方に控える事を選んでいた。
だがその判断が間違いであったことを思い知らされる。
H氏がスタチューを通じてヴァギアに声をかけ、彼女の手元に何かが現れる。
その物体を見た瞬間、拓斗は思わず目を見開き間に合えとばかりに叫ぶ。
「優! 避けろ!!」
ピンと、空間に線が走り左右にずれる。
その先にあるは勇者ユウ。
「――は? ぐっ、ぐあぁっ!」
「ご主人様!」
鮮血がほとばしる。
それは一文字に切り裂かれた優の胴体にある深い傷より噴き出したものだ。
跳躍一歩でこちらへと戻ってきた優の表情は苦悶に満ちている。
命はあるものの、どうやら良い一撃をもらったようだ。
アイが慌てて回復魔法をかけているが、しばらく戦線復帰は厳しいだろう。
「大丈夫か? 少し下がっていて」
「いや、俺は大丈夫だ。このくらいすぐ治る。それより――」
拓斗の申し出を拒否するかのように無理矢理立ち上がり、ヴァギアを睨み付ける優。そこにあるのは今までの余裕のある表情ではなく怒りのそれだ。
「お前――何を使った?」
最高レアリティの防具。それも特殊能力ではなく防御力に特化した一品。
見た目は制服ではあるが優が身につけていたものはそういう類いの防具だ。
それをあっさりと切り裂く一撃。
左手にH氏のスタチュー。右手に不可思議なデザインの曲剣を持つヴァギアを睨み付けながら、優はそう吐き捨てた。
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