第百三十九話 全陣営会談(2)

 大胆不敵な発表だ。それはもはや宣戦布告と受け取っても間違いないだろう。

 事実相手側の有利は絶対的なものとなっている。わずかながらこの可能性もあるかと予想していた拓斗ではあったが、まさかここで最悪のパターンを引くとは少々驚きだった。


(『Eternal Nations』で言うなら同盟制覇勝利ってところか? こんなことなら会談を無視すればよかった……いや、不参加だろうがこの同盟は締結されていただろうから、このタイミングで知れただけよかったと考えるか)


「ど、どうするよ王さま! なんか正統大陸で同盟とか言ってるぜ!? こ、こんなの予想してなかったぜ!」


「動揺している時にあまり喋るのは良くないよ。とりあえず黙っておいて」


「お、おう!」


 優もこの状況は青天の霹靂だったらしく、アイと仲良く動揺している。

 彼に関しては放置でよい。それよりも行うべき事は山ほどあった。

 この状況、この宣言、すでにぶつかりあう事は必定。であれば少しでも情報を持ち帰るか、相手に痛手を負わせるか……。

 折角ここまで来たのだから何らかのお土産は欲しいと拓斗は考える。

 この状況においてなお、拓斗は未だ余裕の態度を崩していなかった。


「しかし正統大陸連盟とは思い切った決断をしたものだね。確かに戦力差を考えると少し気後れするけど、よくもまぁクオリアと同盟関係を構築できたものだ」


「脅威は憎しみあう関係のものですらがっちりずっぽりと合体させることができるわん♥ どこかの誰かさんがレネア神光国の土地に色目を使わなきゃ、ここまでやりやすくもなかったけどねん♥」


「なるほど、欲をかきすぎたということか。しかしながら、キミたちの性質を考えるのであれば、いずれ全てを飲み込むことは避けられない。クオリアの皆さんやこの場に参加していないH氏とやらは本当の意味で同意しているのかな? 彼女たちの言う平和を額面通りに信じるにはあまりに愚か、サキュバスは手強い相手だよ」


「離間工作は無駄よ♥ 私たちは初夜を迎えた男女のごとく強く結ばれているの♥ すなわち、互いにある程度の妥協点を見いだしてこの同盟を構築したってこと♥」


(手強い……か)


 どうやら言の葉で相手の不信を煽る策は失敗に終わったようだ。

 無論拓斗としてもはなから効くとは思ってもいない。相手の態度には様々な情報が含まれる。出方を見て、相手が内に秘める事柄を見極めようとしたにすぎないのだ。

 もっともそれで知れた事実は拓斗が抱く嫌な予感を体現するかのように、この計画が綿密にそして長い時間をかけて準備されたという事実のみだ。


「一昼夜でできあがった訳じゃないのよん♥ 私たちの貪欲さに付け入る隙があると思われるのは、心外ねん♥」


(サキュバスはこの世界に来てからそう日にちは経っていない。少なくとも活動を開始したのはごく最近だ。にもかかわらずここまで見事な同盟関係を構築できるか? エルフ国家の同化政策もそうだけど、あまりにも行動が鮮やかだ)


 疑念はいくつも沸いてくる。

 だがこの場で解消されることはないだろう。拓斗は相手が持つゲームのシステムを全て理解した訳ではない。

 何らかの能力を用いてこの同盟を作り上げた可能性もあるし、場合によっては本人が持つ生来のカリスマによって行われた可能性すらある。

 拓斗は軽く頷き、そのまま顎をしゃくり先を促した。

 他に言いたいことがあればどうぞ、の意味だ。


「此度の同盟、クオリアとして賛成するものである」

「こちらも、賛成しています」


(繰腹の返事がないか……やはり彼は蚊帳の外か)


 事前に話が行ってて断ったか、そもそも対象外とされたか。

 拓斗としては判断がつかなかったが、一つ安堵する情報ではあった。

 この最強メンバーにTRPGのプレイヤーである繰腹まで加わっていてはたまったものではない。拓斗は困難な敵や高い目標が設定されたゲームは好きな方ではあるが、決してクソゲーが好きというわけではないのだから。


「実に見事なお手前だと評価しておこうかな。本来なら決して相容れることのない属性の者達をまとめ上げ、プレイヤー、魔女、聖女を含めた一大勢力を作り上げたその手腕は見事というほかないよ。それで? 次に君たちが提案する言葉はおおよそ察しがついているのだが……さぁ、どうぞ?」


 不遜な態度をとって、破滅の王ロールプレイをしてみるが、拓斗の内心としてはすでにどうにでもなれ、と言ったものだった。

 というかむしろこの時点ですでに拓斗は逃げる算段をつけている。いくつか手段はあるが、最悪一つ手札を切らねばならぬとさえ覚悟している。

 ヴィットーリオは良いとしても、《出来損ない》や勇者組、そしてフォーンカヴンの使者は一緒に逃げてもらわないと今後に関わる。


(えーっと、とりあえずヴィットーリオに場をかき乱してもらうか? もしくは優にブレイブクエスタスの移動魔法使った方がいいかな? いやフォーンカヴンの使者がいるから範囲転移魔法にしてもらった方が早いか……)


 相手が拓斗の破滅の王ロールプレイに気圧されていることをいいことに、拓斗はどんどんと戦略を組み立てていく。

 厳しい状況ではあるが、この程度を予想していなかった訳ではない。

 まだまだなんとでもなる。それが『Eternal Nations』世界ランキング1位のイラ=タクトが下した判断だ。


「おわかりの通り、もはや戦いで決着をつける時間は終わったのん♥ いくらマイノグーラの王であり、邪悪な軍勢を意のままに操るイラ=タクトちゃんだとしても、この状況下で打てる手はないんじゃない? 安心して、別に取って食おうって訳じゃないわ……私たちの拡大を受け入れて欲しいの♥」


 取って食われるじゃねぇか。

 拓斗は思わず言いかけた。隣で優が何かを言いかけ、そしてアイに口を塞がれている。

 微妙な気持ちになったが、変に場を茶化してくれない方が今はありがたいのでとりあえずその光景をスルーする。


「どうかしら? 別に人々を殺すって訳じゃあないわ♥ エッチなサキュバスお姉さんが沢山移住してきて、みんな仲良く毎日退廃的でエッチな生活をするだけの話よ♥」


「しかしどうしたものか……。僕にも、そしてここにいる神宮寺優にも目的はある。本人から直接聞いたことはないから断言できないけど、それは繰腹くんにもあるだろう。それを捨てて君に下れと言うのは。第一僕らが頷いて収まる話じゃない」


「担当神については安心していいわ。私の担当神、が話をつけるから。――そもそも、神々は勝負の行方にこだわらない。そして結果の善し悪しで駒を罰するほど狭量でもない、スケールが違うのよん」


(嘘をつけ……)


 そもそも敵からそんな事を言われたところではいそうですかと納得できるはずもない。

 それどころか拓斗はTRPG勢との戦闘の際にGMの権限を奪おうとして一度ペナルティを受けかけているのだ。

 耳心地の良い言葉で誘惑するのは結構だが、少々お粗末な交渉だと言えよう。


「苦しむ必要は無いのん♥ 難しいことは忘れて、すっきりしちゃえばいいのよん♥」


 豊満な胸を両手で押し上げるようにアピールし、ヴァギアは拓斗たちの降伏を求める。

 他にも参加している陣営はいるのに、まるで拓斗しか目に入っていないかの様な態度は、彼女の危機感の表れだろう。

 事実、拓斗は淫靡におどけてみせるヴァギアの表情に、隠しきれない焦りや緊張というものを見た。


(彼女もここで大ばくちを打ったってことか。この戦力差でここまで僕の事を危険視してくれるのは光栄でもあるが、とはいえ一体何を知っているんだ?)


 ヴァギアの態度はすでに拓斗が暗黒大陸の覇者として君臨しているかのようなものであった。確かに戦力で言えば暗黒大陸随一と言えよう。

 だが中立国家はまだしもこの場には勇者である優もいるし、どこにいるか不明なもののGM繰腹もいる。

 にもかかわらず彼女の視線は常に拓斗に向けられている。

 しこりのような違和感。過去においてこの虫の知らせを放置したが為に危機的状況に陥った。

 同じ轍は踏まない。拓斗はこの会議で得た違和感を大切に心の奥にしまい込む。


「というわけで、ここにいるみんな――というか正統大陸で同盟キメちゃったから奇しくも暗黒大陸の人たちって形になるのね♥ そのみんなに最後通告よ。我々の同盟に下りなさい。この戦力差を覆すことはあなたたちにできないわ」


 最後の宣言。

 明確な宣戦布告。是の言葉以外は求めない絶対的な要求。

 この誘いに否を突きつけた瞬間、新たな戦いが始まる。


 とは言え……。


(しかたない、さっさと逃げるか)


 拓斗の決断は至極あっさりとしたものだった。



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