全陣営聖魔会談

第百二十七話 再動(1)

 失われた拓斗の意識を巡る争い。

 ヴィットーリオの暗躍と日記の聖女との戦いを経て、ようやくマイノグーラに一時の平穏が訪れようとしていた最中の事であった。

 どうやら運命というものは自分たちを翻弄するのがたいそう好きらしい。

 新たなる敵――貞淑の魔女ヴァギアからの大胆不敵ともとれる宣告の意図を推測しながら、拓斗はまた新たな波乱が自分たちに訪れようとする風を感じ取っていた。


「で、例のお誘いは真実らしいって訳だ」


「はい、フォーンカヴンを含め各国に会議への参加を求める親書が届いているようです。クオリアなどについては情報は不足しておりますが、暗黒大陸の他の国にも届いたという情報は入っております」


 玉座の間に響く拓斗の言葉に、横に侍るアトゥが資料を確認しながら答える。

 先日の大胆不敵かつふざけた世界規模での宣告。

 その日から数日が経ち、あの日の出来事を裏付ける情報が拓斗の元へと集まってきている。

 この反応に困る申し出を行ったサキュバスの軍勢についてはある程度情報は得ている。

 だがしかしながらその情報がある程度どまりであることもまた事実だ。

 本来であればエル=ナー精霊契約連合含めたエルフ側での出来事を調査してしかるべき状況ではあった。

 だが今までに起きた数々の戦争や問題の対処でリソースがとられてしまい、情報が不足している。

 頭の片隅にはあったものの優先すべきことが多すぎたせいで対応が後手に回ってしまったことに歯がみしつつ、拓斗は自分が持つ手札を思い浮かべトントンと肘掛けを軽くたたきながら次の作戦を練る。


「うーん、どうしたものか」


 拓斗のつぶやきに、アトゥは言葉を発することなく静かに主の思索を見守る。

 このような場面でいたずらに声をかけることは王を邪魔する事になるとよく理解しているからだ。

 自分が何を言わずとも、彼ならば自然と答えを導き出すだろう。

 それはアトゥが拓斗に向ける信頼や信用というよりも、半ば事実や物理法則の様に確信されるものだ。


「全ての国家、勢力を招いた会談……さしずめ全陣営会談といったところか」


 拓斗の思考が一つ進む。

 先日起きたサキュバス陣営からの申し出、すなわち魔女ヴァギアの言葉をそのままの意で受け取るのであれば、このイドラギィア大陸全土を巻き込んだ盛大な顔合わせと言ったところだろうか。

 その意図がどうあれ、あれだけ大々的に全世界に向けて宣告を行った以上もちろんマイノグーラも参加を望まれているのだろうが、拓斗としては正直興味が無いといったところが本音であった。

 相手の素性も知れぬ中で敵地に乗り込むのは悪手であることは言わずもがな、アトゥを取り戻す為にレネア神光国に向かったのは非常にリスクの高い手段だったのだ。

 国家の指導者がそうポンポンと敵地に出歩いていては配下もおちおち安心して寝られない。そも指導者の役割は前線で敵と戦う事にあらず。

 拓斗もその事はよくよく自分に言い聞かせている。向き不向き、得て不得手を間違えてはいけない。


 加えてだ。拓斗達マイノグーラの方針――次元上昇勝利はイスラを復活させるという目的を含む以上方針に妥協や変更はあり得ない。

 すなわちそれは最終的な全勢力との敵対。

 他の陣営がどのような意図を持って参加するかはさておき、件の魔女――ヴァギアの主張である停戦や和平はここに至っては不可能だろう。

 それら前提条件を踏まえると、あまり魅力的に感じる申し出ではないことは明らかだ。


「情報が不足している分、相手の素性を知る機会を逃すのは惜しい。正直なところ、どんな面白ゲームジャンルが参加しているのか興味はあるし、今後の戦略を練る上でも重要な情報だ。とはいえリスクは高い」


 拓斗の言葉に、アトゥは王のお気に召すままにとばかりに柔らかな笑みを浮かべてうなずく。

 その笑みを向けられた拓斗もまた、最近少しは慣れてきた笑顔をアトゥへと向けると、大きく息を吸いながら天井を眺める。


「迷うねぇ。どっちにするべきか」


 どこか楽しむかのように、拓斗は悩みを口にする。

 拓斗たちの方針が世界征服にあることはすでに決定されている。

 だがこの会談への参加を拒否して勝手気ままに国家運営を進めるという選択もまた選ぶには少々難があった。

 自分たちがいずれ打ち倒さなくてはならない敵は強大だ。

 使う能力も異質であり、それぞれが奇跡にも等しい変化を世界にもたらす。

 ゲームマスター戦の際は拓斗の奇策で勝利をもぎ取ることができたが、万が一拓斗がTRPGを知らなかったら一方的に完封されていた可能性もあったのだ。

 その点を考えると、相手の情報を持たずに先手を譲り続けるという事もまたリスクが存在する。

 いまだ自分と同じ立場の存在――すなわちプレイヤーがどの程度いるかすら判明していないのだ。

 可能であれば、危険に晒されることなく情報を収集しておきたいというのが本音であった。


「仕方ない。《出来損ない》を使うか……」


 拓斗はゆっくりと天上を見上げる。同時に先ほどから妙に主張が激しい、梁にへばりついている赤子を模した異形と視線を交わす。

 拓斗の護衛として生み出した魔獣ユニット《出来損ない》。そもそもの目的が護衛のためにあまり動かすのは避けたいが、その能力は非常に強力だ。

 英雄にも匹敵するその戦闘力と特殊能力ならば、拓斗の要求にも必ずや応えてくれるだろう。


「あ、なるほど。拓斗さまの影武者として遣わせるということなのですね!」


 アトゥ――拓斗の復活以後、片時も離れずある種のひっつき虫のごとく侍るようになった腹心が理解したとばかりに相づちを打つ。

 以前に比べていろいろと距離感が近くなったなぁと目の前でうんうん頷く彼女に少しだけ緊張しながら、拓斗は今回の作戦を述べる。


「生産コストが重いから、万が一失ったら痛いなんてレベルじゃないんだけど……。だとしても代えがきくという点では手軽に切れる手札だ。警戒のしすぎで後手に回るのも良くないし、ある程度の積極性は必要かなって」


《出来損ない》は生産した場所によっていくつかの特殊能力を有することができる。先ほど拓斗が目をやった個体の能力は隠匿や偽装に長けている。

 その中の《擬態》能力を利用すれば拓斗に変化することができ、念話や視界共有を利用すれば無線機の様に操ることも可能だ。

 ヴィットーリオを謀った時に利用した手法を、ここでままた利用しようと考えていた。


「実によろしいご采配かと。それでしたらモルタール老はじめ、ダークエルフ達の配下も胸をなで下ろすでしょうし。……もちろんっ! 私も安心します!」


「よくよく考えたら、僕もアトゥもこの世界に来てからちょっとピンチが多すぎな気もするしね。流石に自分が参加するとは言えないよ」


「その場合は全力でお止めするつもりでしたよ!」


「ははは、まぁ、そうだよね……」


 言葉とは裏腹に至極真剣なまなざしを向けてくるアトゥに拓斗も苦笑いが絶えない。

 彼女の気持ちはよく分かる。逆の立場――それこそ自分が代表として参加するなどとアトゥが言い出していたら、拓斗も全力で彼女を止めていただろう。

 結局のところ、拓斗が今回の会議に直接的な参加をしないのは確定事項だった。

 であれば後は限定された条件の中でいかに自分たちにとって最大限の利益を得るかを考えるまでだ。


「正直なところ、なんのアクションも起こさず引きこもりたいというのが本音だよ。ただ情報収集の機会としては一級だ。全ての勢力が集まるのが本当であれば、少なくとも僕らが今後敵対しなければならない勢力がどのようなものであるかは分かるからね」


 結局のところ、そこなのだ。

 RPG勢力にしろ、TRPG勢力にしろ、今まで敵対してきた勢力に後れを取った要因の一つに情報不足があげられる。

 今回の全陣営会談はそれこそリスクがあるが、この世界にやってきている勢力の情報が大まかにでも分かるのであれば、対策も採りやすいだろう。

 故に拓斗の考えは次第に参加へと傾いていった。


「プレイヤー関連の話はほんと扱いが難しいなぁ。どうしてもゲームの話が絡んでくるからダークエルフたちには迂闊に話せないしストレスがたまるよ」


「その為に私がいるのではありませんか! 拓斗さまがおっしゃって頂ければ、私はいつでもどこでも、ご相談に乗りますよ? この世界で唯一拓斗さまが現実世界の話を相談できる相手、それがこのアトゥなのです!」


「それはとってもうれしいし、頼もしいんだけど、もう一人忘れてない?」


「えっ? いましたっけそんな人? 残念ながら私の記憶にはありませんが……」


「そ、そう……」


 ここにはいないもう一人の英雄。

 幸福なる舌禍ヴィットーリオ。彼もまた拓斗が現実世界に絡んだ諸問題を相談できる相手である。

 だが残念な事に、アトゥとヴィットーリオの仲は最悪と表現して差し支えない。

 その最たる原因こそあのヴィットーリオの他者を嘲る不誠実極まりない性格なのだが……。あまり国家の中枢に位置する人物同士が対立するのは良くないが、こればかりはもうどうしようもないなと拓斗は強い諦念を抱く。


「しかしながら拓斗さま。《出来損ない》による影を会談に向かわせるという作戦はよろしいかと思いますが、敵の罠は考えられないでしょうか? 確かに今回の話は全勢力に対して行われているという裏はとれました。ですが相手も我々と同じように全勢力との敵対を考えているのであれば自らの陣地に招くこの会合は千載一遇のチャンスとも言えます。であれば貴重な《出来損ない》が失われる危険性が……」


「確かにその通り。こっちが相手を確認できると言うことは相手もこっちが確認できると言うことだ。少なくとも僕らのゲームや能力の情報は抜かれる可能性は高いし、下手したら何らかのデバフを付与される可能性もある。ただ――これはどっちかというと勘に近いものなんだけど、あからさまな罠という可能性は低いと思うんだ」


「と、言いますと?」


 拓斗の言葉にアトゥは不思議そうに小首をかしげる。

 彼にしては少々曖昧な表現を使ったなという疑問があったのだ。

 その仕草に小さく頷くと、拓斗は早速自らの腹心が理解できるよう事細かに説明してやる。

 すなわち……彼が最も懸念する、とある事柄について。


「あのサキュバスのお姉さん、まぁ判明している名前のとおりヴァギアと呼ぼうか――彼女の宣言を覚えているかい? 彼女は先日の宣告の際に"神"の名前を出したんだ」


「たしか……ですか。そのような存在がいるなど、今まで聞いたこともありません」


 神……すなわち超常の存在。人の理外に位置する超越の体現。

 時として人の集合意識や宇宙そのものとも例えられるそれが、今現在拓斗が一番頭を悩ませている存在であった。


「僕たちの現状が何か想像を超える存在からの干渉を受けていることはある程度推測できていた。そもそも僕やアトゥが形を持って異世界転移した事もよく考えれば異常事態なんだ。自然現象というよりも、誰かの手によってという考えのほうが説明がつきやすい」


「つまり、私たちがこの世界に来たことや、今まで拓斗様が戦ってきた様々な敵の存在は、全てその"神"とやらが裏にいると?」


「おそらく……ね」


 アトゥの顔に陰りが差す。

『Eternal Nations』にも神なる者は存在する。

 例えば拓斗がその概念を宿している《名も無き邪神》などがそれに当たる。

 他にもいくつか『Eternal Nations』の神は存在するのだが、それらは例えばユニットだったり指導者だったり、はたまた物語のキーパーソンだったりする程度だ。

 つまり舞台装置の一つでしかない。

 だが拓斗が述べているのはそのようなまがい物ではない。

 世界の創造や破壊、現象や概念を司る、それこそ万物の上位に位置する者。


 ゲームや物語の中で語られるそれではなく、もっともっと巨大な存在。

 拓斗の口ぶりからそのことを感じ取ったアトゥは、彼女にしては珍しく言い様のない不安を感じてしまったのだ。


「だから一応は会談の体裁を取ってくると思う。神のメンツがかかっている以上はね? それでもなお向こうが仕掛けてくるとすれば……」


「……すれば?」


「うーん。その《拡大の神》とやらが、僕らの理解とはほど遠い考えで動いている。とかかな?」


 その言葉にアトゥは頷く。

 拓斗の説明に一応のところ納得はできる。できるものの、だがアトゥは喉の奥に骨が刺さったかのような違和感は相変わらず拭い去る事はできなかった。


「とは言え、僕らがすべきことは実のところシンプルだ。まずはマイノグーラの国力を高め、イスラを復活させるために次元上昇勝利を目指す」


 アトゥは拓斗の言葉に慌てて頷いてみせる。

 その姿に拓斗も満足する。

 彼女の困惑はある程度予想の範囲内だ。いきなり神だなんだと言われてイメージがわかないのも当然だろう。

 拓斗自身ですらあまりピンときていないのだ。

 まるで夢物語を語るかのように、細部が霧に包まれている感覚すらある。

 だが今ではその奇妙な感覚こそが拓斗を確信へと導くかがり火となっている。


(今思えば、レネア神光国でぶつかったTRPG勢力は神からの意思を受け取っていた節があった。それにエルフール姉妹からの話では魔王軍ですらその可能性があった)


 TRPG勢力の魔女であるエラキノやそのマスターである繰腹(くはら)はどうやら神の情報を秘匿していたらしくあまり詳しいことは分からなかった。

 魔王軍もまた神の名を何度か口にしていたものの、その具体的な話について語られることはなかった。

 そして今回行われたサキュバス陣営からの宣言文。

 情報は少ないながらも、導き出される事柄は明白だ。


(魔女ヴァギアが自らの神をと呼ぶからには、その名称を確認できる何らかの出来事があったはずだ。……他の勢力は明確に神から干渉を受けている。これは状況的に見ても明らかだ)


(どうしてマイノグーラには、僕には神からの干渉がない? TRPGのプレイヤーである繰腹君との戦いでは間違いなくより上位の次元で何らかのぶつかり合いが発生していた。であれば僕らが神の庇護下に無いという訳でもないだろう……)


(一体何を考えているのやら……。可能なら一度話をしてみたいものだけれども……)


 拓斗の思考は沈んでゆく。

 神なる存在の意図について。

 自らの神は一体どのような存在なのか? そしてその存在は自分に何を望んでいるのか?

 なぜ自分たちに干渉してこないのか?

 深く、深く思考が沈み、やがて思考の海の底、今まで到達したことのない深き闇の底にたどり着いた時、拓斗の目の前に――。


「拓斗さま――拓斗さまっ! ずいぶん長考なされていましたが、大丈夫でしょうか? よろしければ飲み物などをお持ちしましょうか?」


 アトゥの呼びかけで、拓斗はビクリと身体を震わせる。

 その反応にアトゥもまた驚いた様子で目を丸くしていたが、拓斗は内心の動揺と困惑を悟られぬよう極めて明るい声を出す。


「あ、っとごめん。少し考え事をしていたんだ。そうだね、何か温かい飲み物でも頼もうかな。悪いね」


「ではすぐにお持ちしますね」


 ………

 ……

 …


「神……か」


 アトゥが礼をし退出したことを確認する拓斗は、大きくため息を吐き玉座に深くもたれかかる。

 何もかも分からぬ事ばかりだが、何かとてつもなく面倒な事になりそうだという予感だけは、決して拭い去ることのできぬヘドロのような拓斗の心にこびりついていた。



=Message=============

全陣営会談の開催が魔女ヴァギアによって発起されました。

各陣営の指導者、プレイヤーは参加の可否を決定してください。

―――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る