閑話:ドラゴンタン(1)

 全陣営会談に参加するという大方針が決定したその翌日。

 拓斗は早速たまりにたまった細やかな雑務を処理することに奔走していた。

 彼がいるのはドラゴンタンの街。

 重要度ではセルドーチが上だったが、こちらの方が時間がかからないと先に済ませることにしたのだ。

 目的は都市の運用状況と実務的な問題が起きていないかどうかの確認。

 発展よりもまずは安定を重視するというのが拓斗が現在ドラゴンタンに求めている方針だった。


 勝手知ったる都市庁舎に入り、慌てふためき恐縮しながら案内を買って出る職員に仕事に戻るよう伝えながら都市長室へと入室する。


「やぁアンテリーゼ都市長。調子はどうかな?」


 ノックの返事とともに軽快な挨拶で入ると、出迎えたアンテリーゼが驚きに満ちた、だがかつてに比べて健康そうな面持ちで出迎えたことに満足する。


「あら! イラ=タクト王! 一言おっしゃっていただければお出迎えいたしましたのに! ささ、どうぞこちらへおかけになって。ああ、私ったら偉大なる王がいらっしゃったというのに満足なお出迎えもできずに……」


「ああ、気にしなくていいよ。勝手にやってきたのはこっちだしね。それにそこまでたいしたものじゃないから…… 」


「しかし供回りもつけずにお忍びだなんて、臣下としてお諫めせねばなりませんよ」


「それは大丈夫。これは影だから。運用も兼ねているんだ」


「きゃっ! なるほど……配下の能力でしたのね。それでしたら安心です。いらぬ献言、どうかご容赦を」


 アンテリーゼはこの事実を知りようやくこの奇妙な来訪を理解するに至った。

 本人はああ言っていたが、王がやってくるにはあまりにも軽々しすぎるし、加えていつもなら必ずいるはずのアトゥがいない。

 何か心境の変化でもあったのか、特別な理由でもあるのか?

 そう内心で訝しんでいたのだが、影武者の試験運用であるのなら納得できる。


 一方の拓斗も、このやりとりには非常に満足していた。

 現在拓斗の本体……すなわち本人は大呪界の宮殿、その私室にいる。

 これは《出来損ない》への視界共有と念話を最大限に利用して、まるで自分がそこにいるかのように振る舞っている偽物なのだ。

 なお、これを行っている際は本人が無防備になるという欠点があるが、そこはアトゥやエルフール姉妹が今も付き従って警護してくれているので問題ない。

 《出来損ない》の操作も一瞬のラグがあるが、会話程度なら違和感なく行えていた。


 であればこそ、ここにいるのはある意味でイラ=タクト本人であると言っても過言ではない。


(思いつきでやり始めた影武者だけど、これは予想以上に使えるな。少なくとも全陣営会談以降もいろいろと利用できそうだ)


 これはある意味で新たな力を手に入れたといっても過言ではない。

 今までの戦いから分かっていた事だが、いくらゲームシステムの力によって強力な能力を行使できたとしても、プレイヤー自身がやられれば元も子もない。

 すなわち、それぞれの勢力にとってプレイヤーという存在は実に使いどころが難しいのだ。

 強力無比な能力を行使できるが、落とされることはすなわち敗北を意味する。

 故にプレイヤーという存在はできる限り己の居場所を秘匿する必要がある。


 TRPGのプレイヤーである繰腹慶次くはらけいじはその点で言えば手強い相手とも言えた。

 彼がどうなったかは未だ判明していないが、それは彼が己の身をひたすら秘匿していたことにある。

 臆病者と評価するのは簡単だが、その臆病さこそが時として勝利に最も必要なものだったりするのだ……。


 彼の臆病さを見習う必要がある。

 見習った結果として得たものが、この新たな影武者方式であった。

 拓斗はこの手段が今後マイノグーラにとってより強力な手段として活きることを確信する。


「王よ、いかがされましたか?」


 不意に声がかかった。

 誰と確認するでもない、都市長であるアンテリーゼだ。

 どうやら気づかぬうちにまた思考の海に沈んでいたようだった。

 拓斗は途中で考え事にふけるのもあんまり良くない癖かもなと思いつつ、結果として待たせてしまったアンテリーゼに謝罪するつもりで言葉をかけてやる。


「いや、まだ操作に少し慣れなくてね。これからも頼むよ。君は都市長として実によくやってくれている。そのことに僕はとても満足しているんだ」


「まぁ! この身がお役に立てたのなら、望外の喜びに他なりません。これからもどうぞ王の望むがままにご命令ください。身命を賭して、このドラゴンタンを治めてみますわ」


「うん。これはまた褒美を奮発しないといけないね」


 信賞必罰は組織を治める上で大切な事柄だ。

 アンテリーゼは特に酒類が好きで、その辺りを与えれば喜んでくれるので拓斗としてもやりやすくて良い。もちろん給料面でも報いるが。

 頑張る人には沢山の褒美を。それは拓斗にとって当然のことであった。


「ふふふ、期待しております。それで本日はどのようなご予定でしょうか? 幸い都市行政も一段落ついたので王のお心を煩わせるような問題は起きていないと存じておりますが……」


「先ほども言ったとおりこの影の運用が主だよ。後はドラゴンタンの様子も細かく確認しておきたかったからね。ここ最近問題が多くて、どうしても大呪界以外の管理がおろそかになっていたから、時間のあるときにじっくり取り組みたかったんだ」


 とはいえ実際のところ確認する事はあまりないだろう。

 建築物に関しても緊急生産以降はあまり急いて作らなければならない建物もない。

 適切な運用。すなわち都市の運営が安定状態に入っていることこそが拓斗の望みであり、その確認が本旨なのだ。

 結局のところ、アンテリーゼの元に気軽にやってきた様に、ドラゴンタンへの来訪は気軽な視察と言ったところが本音であった。


「なるほど、そのようなお考えでしたか。では私が直接ご案内いたしますわ。王のご命令によって新たに作られた建物含め、この街は今やかつての面影を忘れてしまうほどに発展しておりますので」


「大丈夫? 急に来ちゃったから忙しいなら別の人でもいいけど」


「いえ、先ほどもご報告したとおり、業務は一段落ついておりますので問題ありませんわ。それに王のご案内とあればこれほど名誉なこと、どうして他の者に任せられましょうか!」


 ソファーからぐわっと立ち上がり、気炎を上げるアンテリーゼ。

 ややサボり癖があると聞いてはいたが、今回のこれはサボりと言うよりもむしろ本当に時間的な余裕があるが故の行動だろう。

 それならばと拓斗も快く案内を任せることにする。

 よくよく考えれば都市の視察など現在マイノグーラを取り巻く状況を考えればそう何度もできはしない。

 SLGの醍醐味と言えば発展した都市の確認だ。

 折角の機会。自分の力で大きく発展したであろうドラゴンタンをしっかりと目におさめておこうと拓斗は気合いを入れる。


「あと……できればヴィットーリオ氏と例のイラ教についても直接ご相談したいと思っておりましたので……」


「お、お手柔らかに頼むよ……」


 思わず言葉に動揺が出てしまう。

 ヴィットーリオが作り上げたイラ教はどんどんとその勢力を増している。

 今では暗黒大陸中に広がっており、その名を知らぬものはいないほどだ。同時にそれらは厄介な問題をもたらすことをも意味している。

 狂信的という言葉では表すことが出来ぬほど拓斗を信奉している彼らは、拓斗ですら何をしでかすか分からないのだから……。


「ああ、そうだ。折角ですのでヨナヨナさんもお呼びしましょうか? 王からのお呼び出しとあらばきっと彼女も喜ぶでしょう」


「そういえば、イラ教の管理を任せているんだったっけ? どう、彼女は?」


 イラ教代理教祖ヨナヨナ。

 ヴィットーリオに見いだされ、イラ教の面倒な仕事の一切を放り投げられている哀れな少女だ。

 だが根が真面目な彼女がイラ教のトップについてくれていた方がいろいろとやりやすい面がある為、拓斗も良くないと思いつつこの人事には口出しをしていない。

 まかり間違ってヴィットーリオが自分でイラ教を管理するとか言い出したらたまったものではないから。

 そんな拓斗の期待を一身に背負うヨナヨナではあったが、その期待通りになかなか頑張ってくれているようだった。


「実務の面では将来に期待と言った状況ですが、人を導く手管には目を見張るものがあります。彼女を通すと話がすぐ通るので本当に助かっているのですよ。もはやこの都市は宗教都市としての地位を確立してしまったので、イラ教代理教祖の彼女なしでは語られないとも言えます」


「なるほどなぁ。ヴィットーリオはうまく仕事を振り分けたと言うわけだ」


「それで、いかがしましょうか?」


「ああ、そうだね。じゃあ折角だし頼もうかな」


 イラ教はヴィットーリオが作り上げた巨大なシステムだ。

 それはもはや宗教という枠にとらわれず、様々な影響をこの大陸全土に巻き起こしている。

 奇しくもマイノグーラと切っても切れない関係となってしまったイラ教の事を考えながら、今後どういう方向性に持って行くのがベストか、拓斗はぼんやりと考えるのであった。

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