第百四十五話 報告
拓斗らとともに暗黒大陸に帰還した面々。
彼らは各々のすべきことをするために解散した。
フォーンカヴンの使者は今回の件を自国に持ち帰って検討している頃だろう。拓斗も同じく、結果の報告と今後の方針について議題に挙げるべく大呪界の宮殿にて緊急の会議を行っていた。
「と、いう感じで、結局のところ蓋を開けてみれば当然の結果だったってところだね……」
《出来損ない》を操作している間、拓斗は過集中の状態にあったため、配下の者たちがリアルタイムに状況を確認する事はできていない。
故にこの会議で結果を報告するのが初めてだ。
そして事のあらましを全て伝えた後のダークエルフたちの表情は苦々しいものだった。
拓斗が影武者を送るとのことで安全面で楽観視していたというのもあるだろう。
最悪でも《出来損ない》を失うだけで何が起こってもマイノグーラは安泰だと考えていたが故に、突然国家の命運を左右する出来事が起きていると知り反応が追いつかないのだ。
今は感情を処理するのにいっぱいっぱい。
誰もがそのような面持ちで、拓斗の言葉を静かに聞いていた。
「まさかエルフの国がそのような事になっているとは……。しかし解せませんな、クオリアは神の国、いかに自分たちが不利になろうとサキュバスなどという魔族と手を組むとは考えられませぬが……」
「しかり、彼らの性格は我らがよく理解している。少なくとも何か相応の理由があらねばそのような手段はとらぬはずだ。いくら我らを脅威に思っているとは言え、少し弱い気がするな……」
プレイヤーの能力に関しては拓斗はある程度ぼかしている。
これはダークエルフたちを信頼していないというよりも、ゲーム由来の能力と言われても彼らには理解が到底できぬだろうという配慮だ。
加えてそれらを全て開示してしまえば拓斗が今持つ権威が脅かされる可能性がある。
故に拓斗はこの辺りの情報を慎重に吟味し、プレイヤーに関しては彼らが信じる神の国由来の強力な能力であると説明している。
特にH氏由来の装備に関しては正直なんと説明して良いか拓斗も考えあぐねていた。
それぞれが語り継がれるほどの強力な武器やアイテム。
無尽蔵のごとくそれらを大量に保有するプレイヤー。
おとぎ話の勇者のごとき存在と説明すれば一応の理解は得られたRPG勢とは大違いだ。
だからこそ拓斗はプレイヤーや神の存在の情報共有に関してはもう少し吟味する予定でいた。
「いろいろ向こうも隠している情報があるんだろう。その辺りは議論しても答えは出てこないだろうさ。気にとめておく必要はあるだろうけどね。とりあえず、今後の目標が一つに絞られた事はある意味で幸いだ。わかりやすいのは良いことだからね」
とはいえ、それは他のプレイヤーの話に限ったことである。
ことマイノグーラの能力に関してはダークエルフたちは破滅の王の偉大なる力と理解している為に説明がたやすい。
大儀式の"仄暗い国家"に関しても拓斗が一生に一度使用することができる強大な魔法ということで説明は落ち着いた。
ダークエルフたちはそのような貴重な魔法を使用させたことに恐縮しっぱなしだったが、むしろ拓斗としてはここで使わねばいつ使うんだという使いどころだったためにその反応をむずかゆく感じてしまう。
「王のお力、まこと感服する限りでございます。決戦までに残された時間。我らもいつにも増して気を引き締めことに当たりますじゃ」
「うん、時間があると言うことは幸いだ。この間にできる事はなんでもしていこう」
内政の時間が得られることは拓斗にとって、そしてSLGである『Eternal Nations』にとってメリットとなる。
ゲームと違って短時間で結果を出さねばならぬ以上できる事はあまりにも少ないかも知れないが、それでも何らかの手段が残されている。
借りはきっちり返さなくてはならない。そのためにマイノグーラの強化は必須であった。
「ところで拓斗さま。大儀式ですが、どの程度期間が続くのでしょうか?」
「おそらく一年。多少前後するが、そのあたりで間違いないだろう」
「むむむ……」
拓斗から説明を受けたアトゥが思わず声を漏らす。
優たちと分かれた後、拓斗も時間ができてすぐに大儀式についての能力を確認した。
魔力の流れを感じ取ってみたり、脳内に浮かぶエタペディアにアクセスしてみたり、果ては瞑想してみて自分の内側に聞いてみたり。
まぁいろいろと手を変え品を変え一番の重要事項である猶予期間をはかろうとしたのだ。
その結果はやはり1年。
当初拓斗が直感的に理解した年数が正解であり、多少前後したとしても数日の誤差がある程度だろうというのが結果だった。
1年。
その言葉が持つ意味を、この場にいる全員は正しく認識している。
あまりにも、それは短かった。
「地道に力を蓄える……というやり方では少々足りませぬな」
「うむ。王よりお伺いした敵側の戦力。その規模や力量を考えるに何か抜本的な変化をもたらす事が必要だ」
「国家規模でとなると、一年という時間はあまりにも短すぎますね」
ダークエルフたちの表情はすぐれない。
それは敗北を予感していると言うよりも、この状況を覆すには常識的なやり方では不可能だという事実を理解したが故の表情だ。
少なくとも今の彼らにはその手段は思いつかない。
妙案を出して吟味するだけでも数週間はかかりそうな状況にもかかわらず猶予はわずか1年。状況は逼迫していると言っても差し支えない。
それこそ今すぐにでも行動を移さなければ間に合わないほどに……。
暗く陰鬱な空気が立ちこめ始めていた……。
「ふふふ、皆さん弱気ですねぇ。忘れていませんか? ここにいるのはマイノグーラの破滅の王ですよ! 皆さんが思いつかないような手段は、すでにうちにあり。です!」
「「「おおっ!!!」」」
だがそれを打ち払う者が現れる。
何を隠そう拓斗の腹心、汚泥のアトゥだ。
拓斗が全陣営会議に出席している間、ずっと彼の護衛を行っていた忠義者である。
むしろずっと護衛をしていたのでほとんど何もやっていなかった。
だからこそここら辺で自分の存在をアピールしようとしたのだろう。
姑息な手段ではあったが、この場の空気を変えるという点では最高の一手だった。
「あまり持ち上げないで欲しいんだけど……」
「何をおっしゃいますか! タクト様にかかればこの程度の苦難、苦難に入らず! むしろ戦力差というわかりやすい指標ができた分、やりやすいまであるのでは?」
「確かに、変に絡め手で来られるよりはマシだけどね」
拓斗がこの状況を打開する手段をすでに用意していると信じて疑わないアトゥ。そんな彼女に勢いに気圧されながら苦笑いを浮かべる拓斗。
だがアトゥの言葉は見当違いというものでもなかった。むしろ拓斗の現状についてよく理解している。
わかりやすくやりやすい、という事は確かに拓斗も抱いている思いだった。
「敵の目標は明確だ。自分たちの陣営以外を全て傘下に置くこと。そして僕らの目標もまた明確だ。それを跳ね返すだけの力を手に入れること」
ダークエルフたちが大きく、そして深く頷く。
拓斗がこのような物言いをしているということは、すでに対話や絡め手での解決は無理だと判断している。配下の者たちはそのことをよく理解していた。
行うべきは戦争に向けた戦力強化。いずれ来ると分かっているその日の為に、ただひたすらに準備を行わなければならない。
「敵は正統大陸連盟という軍事同盟を作って見せた、じゃあ僕らもそれと同じ同盟を作って人数差を埋めたいと思う」
どよめきが起こった。
単純に考えればその選択肢は彼らの中にもあった。だが頭の中で考えることと王である拓斗の口から伝えられるのではその重みが違う。
マイノグーラは邪悪な国家である。
人々はその存在を忌避し、遠ざけ、時として排除しようとすらしている。
そのような、生物が持つ本来の性質がある中で同盟を構築するとなれば一筋縄ではない。
対等な立場を築くにしろ、力で立場を分からせ恭順を促すにしろ、骨が折れる仕事であることは間違いないだろう。
だが実現できるのであれば、これほど効果的な戦略はないだろう。
少なくとも、今足りないものを補うだけの見返りはある。
「実は事前にぺぺ君からこの辺りの打診は来ているんだ。今回の敵同盟の暴走もあるから、暗黒大陸の中立国家も話を聞かざるを得ないだろう」
実現の道筋が見えた。
拓斗の言葉を聞いたダークエルフの知恵者たちが抱いた感想は、奇しくも同じものだった。
むしろいまこの大陸を取り巻く現状を考えるのならば中立国家も歩み寄りの姿勢を見せなくてはならないことは明らかだ。
自分たちはマイノグーラ、そして破滅の王という強大な存在に守られているから忘れられがちではあるが、暗黒大陸に住まう人々は元来荒れ果てた土地でなんとかその日を暮らす脆弱な存在だ。
溺れる者はわらをもつかむとは有名な言葉だが、彼らは今まさに溺れている最中なのだ。
この結果も当然と言えば、当然と言えた。
「まさか、そこまで話が進んでいたとは、このワシの目を持ってしても見抜けませんでしたぞ! いやはや、このモルタール。今まで幾度となく王の英知に触れてきましたが、まさにその知謀並ぶことなしと感服する限りですじゃ」
そしてここまでのお膳立て。あとは現場がしくじらなければ合意を取ることは可能だろう。
拓斗側としても現状で中立国家に野心を抱いている訳ではない。
フォーンカヴンとの同盟関係も順調なことから、その辺りをよく説明して分からせてやれば対正統大陸連盟というわかりやすい目的を共有することは難しくない
「ある程度こちらで主導権を得られれば後は何とでもなる。僕が全てを指揮することができれば理想だけど、その辺りは交渉によりけりって感じかな」
配下が頷き、王の采配に納得する。
だが拓斗の作戦はそれだけではない。現状では圧倒的な戦闘能力の差があるのだ。
一般兵だけで見てもエルフ、サキュバス、聖騎士と存在し、それらがH氏の装備で強化されている。
戦闘能力が数段階強化されているそれらの軍に当たれば、いくら拓斗が近代兵器を供給したとしても一蹴されてしまうだろう。
だが案ずることはない。
その点においても、拓斗はある程度対抗できる見通しを立てていた。
「加えて、暗黒大陸東部に位置する海洋国家サザーランドは大陸間貿易でまだ知らぬ未知の技術を有していると聞く。それを入手することができたのならより強力な配下の魔物を召喚することができる」
「「「おおっ!!」」」
ペペ経由で知っていたことだが、この世界はまだまだ見知らぬ土地が存在する。
いわゆる正統大陸と暗黒大陸以外の世界の事だ。
外洋技術に乏しいこの大陸では、あまり外の事が話題に上がるようなことはなかったが、それでも貿易をしている国が存在している事は拓斗にとっても行幸だった。
どの程度先進的な技術を有しているか? については正直賭けになるが、それでも年単位で研究が必要な技術の開発を加速させることができるとなると大きな力になる。
1年という期間は短い。
だができる事、やれる事は、みなが想像している以上に多くあった。
「さしあたっては中立国家との顔つなぎだね。暗黒大陸で軍事同盟を作るにしても、他国から技術を入手するにしてもまずは窓口が欲しい。その辺りはフォーンカヴンに頼むとして、僕らの方でも情報収集を密にして欲しいな」
「はっ! 北部の大陸――聖なる国家への調査ができぬとなると、その分の調査を中立国家に回せます。王が満足できる情報を必ずやご用意してみせましょう」
「うん、特に人に関しては入念にね。こちら側にとって重要な人物や、戦力になる人物、特殊な技術や能力を持った人が望ましいかな」
以前人材の不足は厳しい状況だ。
加えて今後の事を考えるのなら中間管理職や軍の指揮官が大量に必要となってくる。
ゲームにおいていわゆるネームドと呼ばれるような名有りキャラはもちろんだが、それに準ずるような有能な者を大量に発掘することが急務だった。
「一年という時間は一見してそれなりにある様に思える。ただ気を抜くとあっという間に過ぎていくものでもある。こういう細かな調整や調査は君たちにしかできないことだ。期待しているよ」
「ははっ!!」
方針は定まった。
さしあたっては暗黒大陸で同盟を構築するための会議を開かないといけない。
ふとこの世界に来てから会議の数が異様に多いことに気づく拓斗。
『Eternal Nations』ではその辺り上手にカットしていたんだなと妙な納得を抱くのであった。
………
……
…
ダークエルフたちの指示も終わり、拓斗は自室でしばしの休憩を取っていた。
《出来損ない》による影武者作戦がある為、今の拓斗は行動範囲が広くできることが数多くある。
それこそその気になればマイノグーラの国中を駆け回って直接指揮をとることもできるのだ。
休む時間は最低限にし、この一年馬車馬のごとく働くことを拓斗は己に課していた。
「お疲れ様でした」
長時間椅子に座ったことで凝り固まった身体をほぐすようにのびをしていると、アトゥが香り深く淹れられたコーヒーを持ってきた。
何かに集中する時はこれに限る。少し薄めで、ほどよい温度に冷めたものをぐいっと飲むのが拓斗の好みだ。
まだ湯気が立つカップを受け取り机の上に置き、拓斗はアトゥへと向き直る。
「うん、アトゥもお疲れ。……それにしても、どうしたものかなぁ」
「敵の軍事同盟ですか? まさかいきなり決戦しかけてくるとは思いもよりませんでした。『Eternal Nations』でもレアなケースですね」
「いつもなら外交だのなんだので相手の共倒れを狙ったり、意図的に緊張状態を作ったりすることで自分たちの安全を確保していたんだけどねぇ。サキュバスと聖女の国は水と油だから協力することはないだろうと油断していたらこのざまだ。TRPG勢力と二人の聖女が手を組んでいた時にこのシナリオを予想しておくべきだったよ」
だが拓斗はこの状況を自分の失態とするには少々酷だろうと考えていた。
この結果を検討しろというのは可能性の意味であまりに荒唐無稽。どちらかというと陰謀論とかそっちの類い位に胡散臭く実現性が低い。
だからこそ魔女ヴァギアはここまで念入りに準備を仕込んだし、絶対の策であるとあの時に勝負をかけたのだろう。
もっともかの会談自体腑に落ちないことは多く、あの同盟がまだ何かを隠しているのは確かなのだが……。
そんな事を検討する前に、やるべき事は沢山あった。
少なくとも暗黒大陸で同盟を作ったり、サザーランドで新技術を入手したりした程度では叶わないのだ。
あの時はダークエルフたちが感動していた為、水を差すのもどうかと思ってあえて口にすることはなかったが、アトゥだけはその程度では彼我の戦力差を到底埋められぬ事を理解していたのだ。
本来なら苦慮すべき状況。このままでは圧倒的な能力で押しつぶされることが確定された未来。その場面においてなお堂々とした態度の拓斗を見て、アトゥは一つの確信を抱いていた。
「しかしながら拓斗さま。危機的な状況にも関わらずずいぶんと余裕をお持ちのご様子。もしやまだ何か作戦をお持ちでは?」
「ふふふ、よく分かってるね。実はね――」
そして語られる対正統大陸連盟必殺の作戦。
その大胆不敵かつ予想外な手段に、アトゥはしばし呆れにも似た感心をするのであった。
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