第百四十四話 解散

 サキュバスたちの本拠地で絶体絶命の状況になった神宮寺優。

 彼がもうダメだと思ったときそれは起こった。

 不可思議な、だが明らかに常識を越えた魔力が世界中に発生し、自らもまた深い闇に包み込まれたのだ。

 一体何が? そう混乱する彼の目の前に広がる景色に優はさらに驚く。

 視界に入る光景は、見慣れた暗黒大陸の荒れ果てた荒野だったのだから……。


 ◇   ◇   ◇


「逃げられた……のか?」


 キョロキョロと辺りを見回している優。

 遠くに巨大な森が、その反対には訪れたことのある都市が見える。

 どうやらここはドラゴンタン郊外の場所らしい。

 すなわち、マイノグーラの支配権内だ。


「無事、だね……みんないるかな? フォーンカヴンの人たちも……うん」


 拓斗が周りを見渡し、ひぃふぅみぃと人数を数える。

 足りない人物はいない。少なくとも拓斗と協力関係にある国家および勢力の人物はともに来られたようだ。


「けどまんまとしてやられましたなぁ。あそこまで用意周到に準備をしているとは、吾輩をしても予想外でしたぞ!」


「ほんと、あそこまでガチガチに固めてくるとは思わなかったよ。けど相手が警戒してくれていたのは良かった。最悪キミをおとりにして発動の時間稼ぐつもりだったからさ」


「んま! 辛辣!」


 ヴィットーリオが楽しげに踊る。

 すでにその偽装は解かれ、いつもの道化師じみた姿形になっている。

 突如現れた奇怪な人物に拓斗以外の全員が目を丸くしているが、この辺りは後で説明すれば良いかと拓斗は最後の切り札が無事決まった事に安堵のため息を吐く。


「とはいえ、使いどころの難しい大儀式にしては最高の切り時でしたなぁ。むしろおあつらえの状況に吾輩驚き!」


「国境固定されるのが痛いんだよねぇ。入植もできなくなるから内政に有利って訳でもないし」


 拓斗とヴィットーリオが語り合う。

 どうやら今現在起きている状況についての話だと理解した優は、勝手に盛り上がって勝手に納得している拓斗たちに焦れたのか、抗議の声を上げる。


「って、何勝手に納得してるんだよ! 一体何が起こったんだ? 俺にも説明してくれよ!」

「そ、それよりもご主人様。今頃はサキュバスたちの暗黒大陸への侵攻が始まっています! 今すぐ準備しないと間に合いませんよぉ!」


「そ、そうだった! ってかあんなのどうやって倒すんだよ! 流石にあのコンボはずるすぎるだろ!」


 慌てふためく勇者組。フォーンカヴン組は茫然自失といった状況だ。

 そういえば落ち着いて一息つけた事だし、そろそろ彼らにも説明が必要だと判断した拓斗は早速とばかりに今起こした出来事のからくりを説明する。

 すなわち、正統大陸連盟の侵攻を気にする必要が無い理由を……。


「大丈夫。実は大儀式というゲームで一度だけ使える強力な魔法を使ったんだ。それぞれの国家が保有する強力無比な能力。それによって時間稼ぎを行っている」


「どういうことだ?」


 優は理解できずに首をかしげている。

 アイも同様だ。どうやらもう少しかみ砕いてやる必要があるらしい。

 拓斗としても久方ぶりに使う大儀式の効果を確認する意味でも、詳細にその能力を語ることとした。


「大儀式。これは僕のゲーム――『Eternal Nations』の国家がゲームプレイ中に一度だけ使える強力無比な能力だ。マイノグーラの大儀式は"仄暗い国家"。その効果は発動した時点でマイノグーラと敵対する国家は一定期間一切互いの干渉を不可能とすること。こっちも何もできないけど、あっちも何もできなくなるという国家規模の結界さ」


「あっ! それで街に戻ってきたんですね。脱出に関連する能力ではなく、相互干渉が不可能だからこそ敵対する国家に滞在する人は強制的に自国に戻されると……」


「ご名答。幸い相手の手の内は知れた。これを機会にじっくりと対策をとるさ」


 どうやら今回の理解度はアイの方が高かったようだ。

 ふむふむと納得していたかと思うと、未だに理解が及ばず間抜け面をさらしている優へとよりわかりやすく例も交えて説明している。

 その間に拓斗はマイノグーラの配下へと迎えをよこすよう念話をつなげる。

 一応拓斗本人という体で来ているので、優やフォーンカヴンの使者に影武者の秘密がばれないようにするためだ。

 気がつくと、ようやく納得したらしい優がこちらの念話が終わるタイミングを見計らって質問をしてきた。


「ああ、なんとなく理解した。すげぇ便利な魔法だなマジで。少なくとも国規模なんだろ? 流石SLGだわ。……ちなみにこの魔法の効果はいつまで続くんだ? SLGの1ターンって現実で言うとどのくらい?」


「さぁ? 詳しく調べてみないことには。まぁ最低でも1年は見ておいていいんじゃない?」


 ふーん、と納得したのか納得していないのか曖昧な返事をして考え混む優。

 拓斗としても明確にこの問題に答えられる術を持ち合わせている訳ではない。脳内に広がるエタペディアなどを調べればもしかしたら出てくるかもしれないが、少なくともゲームのシステムが現実世界に即したように改変される事例は今まで数多く見てきている。

『Eternal Nations』における時間の流れを正確に再現するならそれこそ何十年という期間になりそうだが、そうならないだろうという根拠のない確信の様なものはあった。


「1年……か。それだけあればいろいろできるな……はぁ、俺も鍛えるか。このままじゃダメだもんな」


 あーあ、とつまらなそうに地面の小石を蹴り、優は大きな大きなため息を吐いた。

 どうやらサキュバスの軍勢に何もできなかったのが相当堪えたらしい。

 鍛え直すとは王道RPGらしい無骨な選択だが、ここで彼がまた流浪の旅に戻るのは少し遠慮願いたい。最低でも連絡手段は残しておきたかった。


「パーティーは解散ってこと?」


「いや、自由行動って感じにしておいてくれるか? ちょくちょく戻ってくるからさ。連絡も取れるようにしておくよ。んで……できればお金の面とかで助けてくれるとうれしいなー、なんて!」


「それはもちろん、結果を出してくれるなら」


 完全に離脱という訳ではないらしくその点では安堵できる。

 大儀式の効果範囲はマイノグーラとその同盟関係にある陣営だ。

 フォーンカヴンはさておき、勇者陣営との協力関係は現状では結びつきが薄い。

 彼が離脱したことによって同盟解消と見なされ効果範囲外になればサキュバスに狙われる危険性があった。

 だがその懸念はどうやら無駄に終わるらしい。彼としても拓斗をスポンサーとして動くことにメリットを感じているようだ。

 どちらにしろ戦力強化を図らなければならないという現状認識は少なくともこの場で共有されている。

 優とてその程度の事は分かっているようだった。


 拓斗はふと、RPGらしい戦力強化とはどのようなものか疑問を抱く。

 システムを用いた強化か……それとも敵を倒すレベルアップか。

 参考にできるようならマイノグーラでも取り入れてみようと思ったのだ。


「ちなみに、どうやって鍛えるか参考までに聞いても?」


「あー、漠然としているんだけどな。とりあえずアレにあいに行くことにするわ」


「……アレ?」


 はて? と拓斗は一瞬考える。

 そしてややして自分とは違って彼は自らを呼び出した存在とコミュニケーションをとれていた事を思い出した。


「《ふざけた神》。面倒ごとばっかり押しつける変なやつだけど、なんだかんだで俺とアイの担当神だからな!」


 ニカリと笑う優。

 まぶしく疑うことを知らぬであろうその笑顔を見て、拓斗は神が彼の願いを聞き入れてくれればよいのだがと願わずにはいられなかった。



=Eterpedia============

【仄暗い国】大儀式:マイノグーラ


発動した瞬間に国境が固定され、以後あらゆる敵対国家、陣営との干渉が不可能となる国家規模の結界を張ります。

また大儀式発動時の戦争状態は維持されますが、互いの領土に侵入しているユニットはその時点で自国領土へ戻されます。


※この効果は国家が『マイノグーラ』の時にのみ使用可能です。

※一度使用されると二度と発動しません。

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