第七十三話:破滅の王(2)
新国家樹立に関する準備は全て順調であった。
確かに中央や他州から疑惑の目が向けられているのも確かだろう。
彼らが一向に返答をよこさない南方州に業を煮やして強権的な行いを検討しているのも確かだろう。
だがここは聖王国クオリア。膠着したシステムと明文化されない風習で雁字搦めにされた老いた国家である。
あらゆる行動は仮初めの一致団結がある南方州がより早く、彼らはあらゆる行動に指を加えて見た後に事後対応を迫られることとなる。
そしてその日が訪れる。
神が定めし安息日。
聖女より重要な告知があると予め州内に通達された為、現在の聖アムリターテ大教会周辺は教会前広場はおろか周辺の道すら埋め尽くす程の群衆で溢れている。
教会のテラスから現れたソアリーナは、不思議と群衆全てに届く声音で語りだした。
「皆さまに伝えることがあります。――この私ソアリーナは、同じく聖女フェンネさまと共に"古き聖女の神託書"に記されし破滅の王イラ=タクトを討ち滅ぼすことに成功しました」
どよめきが起こる。
古き聖女の神託書に関しては市井の噂程度には知れ渡った情報だ。
逆に言うならば信徒全員がその存在を知っているわけではない。
故にその言葉が持つ意味を正確に理解したものは少数であった。だが破滅の王という言葉は何も知らぬ者にも大きな衝撃を与えるに十分であった。
有史以来、神とその信徒は様々な敵と戦ってきた。
近年ではそれも穏やかになったが神話の時代においては語るも恐ろしい存在が跋扈しており、それらが神の威光によって滅ぼされたことは聖書によって多くの人が知るところである。
人知れず神話の時代の再現が行われ、聖女ソアリーナたちによってその恐ろしい滅びの芽は摘み取られた。
人々はそのように理解したのだ。
「決して簡単なことではありませんでした。破滅の王は凄まじい力を有しており、あのまま放置しておけば我々でも手出しできない存在になることは必然であり、あの場で打ち倒せたのは奇跡と言えるでしょう」
人々から感激の声が上がる。
事実かどうかを疑うものなど存在しない。聖女の威光とはそれほどまでに凄まじく、それ以前に群衆に虚言を放とうとする者など、そも聖女に選ばれないと考えられているからだ。
「全ては神の思し召しです」
二人の聖女への称賛と、神への祈りで満たされる。
群衆は、僅かな時間でここ南方州を立て直し破滅の王と呼ばれる存在すら打倒してしまった聖女ソアリーナに絶対的な信頼を寄せる。
「そう、これは神の思し召しなのです。今まで、私はこの州にはびこる不正をただし、神の意に背く悪徳者を処断してきました。そして同時にこの州をより良いものにするため人々の為に励んで来たと自負しております。故に、今回の出来事を神からの試練であり、同時に神よりその御心を体現する国を作れとのお導きだと理解しました」
よく聞けば、論理が破綻している言い分である。
だが果たして宗教という存在に論理が破綻していないものがあるだろうか? どこか狂信的な物があり、逆に言えば道理や論理で説明出来ない価値観を共有するからこそ宗教は存在しているとも言える。
つまるところ、ソアリーナの言葉に対する返答は万雷の喝采と称賛でしかなかった。
「誰もが明日に怯えることのない、暖かな平和を実現するために」
人々の熱狂が最高潮に達する。
一部の宗教家の不正が人々に重くのしかかっていたことは純然たる事実であった。
ソアリーナが行った大粛清によりその多くが何処かへ消え去り、真に人々の為を思う聖職者がその地位につくこととなったが、人々は未だ恐れているのだ。
またあの辛く苦しい日々に戻るのではないかと。
陰謀と策略に長けた悪しき聖職者たちが、またその地位にふんぞり返り自分たちを虐げるのではないかと。
「世界から驚異を取り除いた事実。神の意志に従い破滅の王を討滅した功を持って――」
だからこそ、彼女の言葉は人々が何よりも待ち望んでいたものだった。
「ここに聖王国クオリアから脱し、新たなる神の国、レネア神光国の樹立を宣言します! 聖神アーロスよ! どうか我ら信徒を導き給え!」
人々が喝采し、口々に神を讃える言葉を叫ぶ。
その瞬間、人々は奇跡を目にした。
=GM:Message===========
ゲームマスター権限行使。
*おお何ということだろう。
*聖女ソアリーナの宣言を祝福するかのように天から光が降り注ぐ。
―――――――――――――――――
群衆から大きな大きなどよめきが起こる。
空にかかる雲を割って、厳かで神々しい光が差し込んできたのだ。
それは今まで見たこともないような非現実的な綺羅びやかさと神聖さを持って聖アムリターテ大教会を照らし、ソアリーナを暖かく包み込む。
熱狂の次に起きた出来事は、静謐なまでの感動だった。
神がその奇跡を示すことは非常に稀だ。
歴史を紐解いても神が直接奇跡を行使した事例はひどく少ない。
故に神託を受けることが出来る聖女が重要視され、非常に高い権限を有しているのだ。
人々は、今まさに神の奇跡を目にしていた。
神が自ら建国を祝福する国家。
伝説の一ページを目の当たりにした人々はただ感動の涙を流すだけであった。
神と共に生き、神と共に死ぬ彼らの感動はいかほどばかりか。
すべての群衆は今日ここに来ることが出来た幸運に感謝し、永遠に語り継ぐことを誓う。
それが……神ならざる者の手によることだとしても。
この日、聖王国クオリアに激震が走った。
クオリアが誇る聖女、花葬の聖女ソアリーナと顔伏せの聖女フェンネの離反。
神託に示されし破滅の王の撃破と新国家の樹立宣言。
そして何より……神の奇跡の発現。
歴史の歯車は、勢いよく回り始めていた。
=Message=============
新国家の樹立が宣言されました
【レネア神光国】
~すべての生きとし生けるものは神の名のもとに平穏が訪れるでしょう。
~もはや悲しみも苦しみも過去のものとなりました。
~真の正義は、神の愛は、ここにあります。
―――――――――――――――――
◇ ◇ ◇
"古き聖女の神託書"
"破滅の王の項"
――破滅の王を恐れよ。
――それは世界を滅ぼす厄災であり、死と恐怖をもたらす存在である。
――それは怒り狂う炎であり、冷酷なる吹雪であり、猛り鳴る雷である。
――それは血と刃と悲鳴である。
――破滅の王を恐れよ。
――それは貴方の遠くにいて、貴方の近くにいる。
――それは明け照らす太陽であり、沈み包む夜である。
――それは貴方の敵であり、貴方の友人でもある。
――破滅の王を恐れよ。
――それは始まりの暗き闇であり、貴方自身である。
………
……
…
その時、拓斗はシステムによる念話で連絡をとったモルタール老にひたすら謝罪の言葉を述べていた。
「いやぁ、ごめんって! そう怒らないでよ……うんうん。まぁこれも作戦のうちだから。ってマジ泣きしないで! 無事! 無事だから! なんにも問題ないから」
日本人の性質か、それはもうコメツキバッタのようにぺこぺことし、老賢者のお小言を聞きながら宥めすかしている。
本人も悪いことをしたと思っているのか、王としての威厳は外出中だ。
そもいい年した老人に泣かれてしまっては強気にも出られない。バツが悪いにも程がある。
これはもう少ししっかりとしたフォローが必要だったなと内心で反省しつつ、説教と嘆きがほとんどの会話はようやく終わりへと向かう。
「うん。わかったよ。じゃあ後は落ち着いたらこっちから連絡するから。それまではあの子たちに伝えたとおり準備よろしくね」
どうやら彼が出した問いかけを解くことは出来なかったようだが、エルフール姉妹に伝えた指令はちゃんと受け取ったようだ。準備は滞りなく行ってくれそうだ。
後はこちらの手番。現場を見つつ、臨機応変に対応を変えていけば良い。
答えを教えるのも事を起こすときでいいだろう。
拓斗はモルタールとの念話を切ると、ふぅっと小さくため息を吐く。
「……さて、っと」
チラリと後ろを振り返る。
視界に写ったその場の光景を一言で表すのなら、子供の遊び場であった。
かつてその場にいただろう化け物たちは、そのことごとくが破砕され、引きちぎられ、切り刻まれていた。
辺りに血と臓物が飛び散り、どのような攻撃方法を用いたのか裂傷や打撲を受け、焼け爛れた肉片が転がっている。
もはやどのような原形だったのかすら分からぬ惨状。
ただ赤、緑、紫と違った種類の血糊が飛び散っている様から数種類の何かがいたであろうことだけは分かるソレをみて、拓斗は呟く。
「蝙蝠羽のコアトル、ゲイザー、食い散らかす者――たしかTRPGエレメンタルワード第4版……だったかな」
その言葉の意味を理解するのはこの世界でもわずか数人。
拓斗を除けばエラキノとそのゲームマスターのみだろう。
漏洩を恐れ、啜りの魔女が心を許す友にすら明かさなかったその名称が、破滅の名を冠する者の口から語られる。
決して知られてはいけないはずの言葉は、決して知られてはいけない者に知られてしまう。
「~~~~♪」
やがて、慣れ親しんだ曲を口ずさみながら拓斗は踵を返し歩みを進める。
暗い暗い闇が、聖なる国のすぐ側までやってきていた。
第三章前編――了
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