第七十二話:破滅の王(1)
聖王国クオリア南方州。聖アムリターテ大教会。
聖騎士たちの奮戦でなんとか混乱も落ち着いてきた神の家にて、エラキノたちは先の戦いにおける戦果を吟味していた。
「無事、魔女アトゥを手に入れることが出来たわね。破滅の王も滅ぼすことが出来たし、色々あったけれども最上の結果だったわ」
「ええ、加えて私たちの判断が間違っていなかったこともわかりました。まさか魔女がこのような能力を有しているとは……」
相手の所属を自分のものへと変更する《啜り》の洗脳が為されたということは、アトゥが持つ情報がすべてエラキノたちの手に渡ることを意味する。
アトゥへの尋問によって、マイノグーラという国家の秘密は次々と暴かれていく。
即ちそれは伊良拓斗とアトゥが持つ情報全てに等しく、彼の来歴や今までの歴史、何より『Eternal Nations』というゲームの性質についてまでもが白日のもとに晒される結果となっていた。
そしてその情報は彼女たちを驚愕せしめるに十分なものだ。
「殺した相手の能力ゲットとか、どこのチートって話だよねっ! しかも英雄ってのはまだまだ生み出せるんでしょ? いやっ、まじでっ、ソアリーナちゃん英断だったよ!」
隣で虚ろな表情を見せ佇んでいるアトゥに視線を向け、エラキノはそう戯けてみせた。
アトゥはその精神を完全にエラキノに支配されている。
ソアリーナに行われたように意識だけを開放して交流を求めるようなことはせず、最初から傀儡として扱っている。
これはエラキノ自身がアトゥに煮え湯を飲まされた経験があるからであり、同時に二人の聖女からもおそらく話にならないだろうと言われたからでもある。
アトゥが破滅の王イラ=タクトに捧げる忠誠は本物だ。今更洗脳を一部解除したところで罵声しか浴びせられないであろうことは容易に推察できた。
「破滅の王とその尖兵たる魔女の対処は完了した。となるとダークエルフたちが少々気がかりね。マイノグーラの残存兵力などが暴走を起こさないとも限らないし、その辺りはどうするつもりエラキノ?」
作戦が成功したことでどこか浮かれるエラキノとソアリーナに代わって、フェンネが問題点を洗い出していく。
他者を寄せ付けない部分がある彼女ではあったが、逆にその孤高さが冷静さとなってこのように細やかな指摘をしてくれる結果となっている。
エラキノとしても自分たちでは気づかない点をフォローしてくれる彼女の存在を心のどこかでは認めているらしく、こういった時は素直にその話を聞く。
「ああ、そこはばっちしだよ! 南方州とドラゴンタンの間……えーっと、暗黒大陸側かな? そこにマスターが召喚した敵キャラを配置しているから!」
「以前言ってた知能の低い魔物のことね」
TRPGには物語を彩る為の様々な敵性キャラクターが存在している。
例えば洞窟で冒険者を待ち構えるゴブリン、例えば山脈の奥で宝を守るドラゴン。
それらをシナリオに沿って様々に配置する権限をゲームマスターは有している。
物語はすべてゲームマスターの手のひらの上なのだ。
であるなら、シナリオを彩る魔物を防衛のため適時配置するのもまたゲームマスターの権利であろう。
「戦力としては大丈夫でしょうか? 我が州に所属する聖騎士団を巡回させることもできますが……」
「いや、それには及ばないよソアリーナちゃん! というかせっかくの聖騎士団のみんなにこんな雑魚処理はさせられないよ! アイツらなんてこれで十分さっ♪」
実際のところ、配置した魔物は数と力量共に最高峰のものを用意している。
ゲームマスターの管理リソースを鑑みて、個別の設定がなされる特殊モンスターではなくルールブックに記載される一般モンスターという欠点は存在したが。
故に遠距離では細やかな確認や操作などは出来ず放ったらかしとなる可能性があったが、だとしても放置したのは暗黒大陸であるから問題はない。
それに、南方州の聖騎士団には真にやらねばならぬことが存在していた。
「そうね……クオリアから独立するんですもの、聖騎士団は手元においておきたいわ」
破滅の王の撃滅。この功績をもって彼女たちは国家を樹立する。
どのような横やりがあるか分からぬ以上、国と民を守るために聖騎士団は一人でも多く手元に置いておきたい。
「破滅の王は滅ぼされました。このまま放っておいてもダークエルフたちに我が国を脅かす力は残っていないでしょう」
「そうね、このまま……フォーンカヴン辺りに吸収されてくれればいいのだけれども。今は彼らを相手にしている暇なんてないから」
マイノグーラに関しては、すでに終わった問題だという考えが知らず三人の中あった。
「とすればいよいよね」
「はい、フェンネ様」
夢の為に、次に目を向けなくてはならない。
南方州の状況は非常に危うい。これまで行ってきた数々の越権行為と強権的な粛清はすでに中央が知るところであり、もはや袖の下では追及をかわすことはできなくなっていた。
毎日矢のように状況説明を求める問い合わせが届き、対応に当たる者も悲鳴を上げている。
すでに聖女の権限で中央からの監査を数度止めている以上、相手側が強硬な手段を取るのは時間の問題とも言える。
本来ならば根回しの時間がもう少し欲しかった所だ。
だがそうも言っていられない。
聖王国から独立し、神の威光に照らされた真の国を作り上げる。
その為の時が来たのだ。
「もはや時間はありません。次の安息日。聖王国クオリアからの離脱と国家の樹立を宣言したいと思います」
ここに運命の歯車がまた一つ回る。
果たしてそれがどのような結果をもたらすのか、聖女と魔女はただ夢に向かって突き進んでいく。
「まっ、大丈夫だよ! エラキノちゃんも居るしソアリーナちゃんもフェンネちゃんもいる。それになんてったってアトゥちゃんもいるしね!!」
「ええ、そうですよエラキノ。私たちがいれば、きっと何もかもうまくいきます。私と貴方がいれば……これだけの戦力を前に、手出し出来る存在などこの世のどこにもいません」
「なんにせよ忙しくなりそうね。さぁ計画を次の段階に移しましょう」
各々が立ち上がる。
やるべきことは呆れるほどにある。
南方州聖騎士団の長である上級聖騎士のフィヨルドとも打ち合わせが必要だし、彼女たちの声で馳せ参じ州運営に携わってくれている聖職者たちへの通達も必要だ。
信のおける各種業種への根回しも必要だし、何より膨大な事務作業が待っている。
そういえば国の名前をどうするかまだ決めていなかった。
そんなことすら忘れていたのかと思わずクスリと笑ったソアリーナは、隣で不思議そうに首を傾げるエラキノに早速相談をするのであった。
………
……
…
――ソアリーナたちが退室した会議室、扉を閉めたことによる風圧でテーブルの上の書類が一枚床に舞い落ちる。
真新しい羊皮紙に丁寧な字で書き記されたそれは、古き聖女の神託書の一部を書き写したものだった。
以前話題に上がった際、ソアリーナがエラキノに見せるため用意したものであり、彼女手ずからペンを取ったものだ。
だがいざ見せてみる反応は芳しく無く、それどころか「意味がわからない謎めいたポエム」と評された予言である。
結局のところ、具体性がなく特に価値はないと二人で判断しあえなく処分と相成った一枚である。
その詩めいた予言を授けた神は、果たしてどのような意図を持っていたのか。
どちらにせよ破滅の王を滅ぼした彼女たちにとってもはや価値のなくなったそれは、忘れ去られるかのように書類の山に埋もれていった。
◇ ◇ ◇
「~~~~~♪」
暗黒大陸。ドラゴンタンと聖王国クオリア南方州を繋ぐちょうど中間地点。
一人の男が鼻歌まじりに荒れ果てた大地を歩んでいる。
この世界のどの音楽様式とも違ったその曲は、知る人が聞けば強く興味を掻き立てられるものだ。
――『Eternal Nations』マイノグーラ専用曲:破滅の王
かつて何度も聞いた曲。数多くの国と世界を蹂躙し、世界に覇を唱えてきたそのパートナー。
拓斗は自らが築き上げてきた栄光を思い出すかのように、あの頃を少しだけ懐かしむ様子でその曲を口ずさんでいる。
そんな彼の行く手を阻むかのように、突如視界に粉塵の山が出現し怪物が躍り出た。
「ギシャアアアアアアアアアア!!」
「…………げっ」
ゆうに数十メートルはあろうかという蛇の巨体にコウモリの羽。
暴力的なまでの力と恐ろしいまでの殺意をその内に秘めた化け物が突如地中から現れたのだ。
それだけではない。
巨大な無数の眼球を有する浮遊する肉塊や、深海魚を思わせる鋭い顔面と牙を持ったトカゲなどもいる。
ひと目見てこの世界の生命体ではないと思われるその怪物たちは、知性に乏しい瞳を爛々と輝かせて拓斗を凝視している。
逃げ場は、どこにもない。
怪物たちは本能の赴くまま、その牙を拓斗へと向け殺到する。
拓斗は、ただその場に立ち尽くすだけだった。
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