第八十話:火事場泥棒(1)

 レネア神光国。

 正当大陸の南部に位置する新しく生まれた国家は、すなわち暗黒大陸と地理上接続していることとなる。

 当然それは暗黒大陸の国家と容易に交流ができることを意味し、比例して領土に関する問題が発生することを意味する。

 いわんや、このような状況下である。様々な思惑が入り乱れ、予期せぬ出来事として現出するのは当然の帰結だ。


「話になりませんね! もっと偉い人を出してきてください! 貴方ではお話になりません!」


「こ、これは参ったな……」


 部隊を率いる上級聖騎士の男は、目の前にいるやたらと自己主張が激しいフォーンカヴンの人間にほとほと困り果てていた。

 すべての始まりはいつだったか。

 新たな国家が誕生する激動の日からさほど時間を取らずに支配地域の各村落から陳情が山のように送られてきたことは記憶に新しい。

 その中でも緊急性が群を抜いて高かったのが、暗黒大陸との接続地域に現れた未知の怪物に関するものだった。

 最初の陳情はなんだったか、おそらく暗黒大陸と正当大陸を行き来する行商人からのものだったはずだ。

 暗黒大陸付近で未知の魔物を発見したため、聖騎士による討伐を求める。と、このような内容であった。

 発見場所からさほど距離をあけずに小さな村落があったこと、更には確度は低いものの非常に凶悪な存在であることが報告に示唆されていた為、ひどく焦ったことを上級聖騎士の男は記憶している。


(ただでさえ魔物の驚異が残っているというのに、このままでは時間ばかりが取られてしまうではないか!)


 上層部が建国の混乱で身動きが取れない中、慌てて手が回る仲間の聖騎士や部下の兵士に声をかけて討伐隊を組んだのだがそこで見た光景は想像を超えたものだった。

 見るだけで精神を汚染されるかのような奇異な化け物共。

 巨大で、凶悪で、どのような生物の特徴からも外れている。

 まるで聖書に記されし異界から湧き出たような異形の者共は、見た目以上の危険性をはらみ、決死の覚悟を持って討伐を行わなければならなかった。

 そのような中で偶然遭遇し、彼らと同じく地域の平定のために魔物の討伐に訪れたと主張するのが、彼らフォーンカヴンの一団であった。


「だーかーらー! やることが同じなら、協力する方がいいと僕は言ってるんです! なんでそれが分からないんですか!? いい加減にしないと僕も怒りますよ!」


「いや、すでに怒っているような気もするのだが……」


「そりゃ当然でしょう! 分からず屋ですねぇ!」


 参った。

 それがレネアの騎士たちが一様に抱く感想である。

 彼らはもとより民の安寧のためにこの地に訪れている。当初より目標は未知なる魔物の討伐であり、なんとか形だけでも整えた準備はすべてその目標のために存在している。

 故にこの場における政治的な対応は予想外で、できれば判断を避けたいところであった。

 レネア神光国は聖王国クオリアから枝分かれした宗教国である。すべてにおいて聖書をもとにした法治が国家の基礎となっており、祖霊を信仰する独自の宗教観を持つフォーンカヴンとの交流は慎重を期す必要性が多分にあった。


「と・り・あ・え・ず! 非公式でも良いので偉い人とお話をさせてください! このままだと貴方の国も、僕の国も大変なことになるんですよ。あっ、できれば聖女さんと仲良くなりたいので、聖女さんをよろしくおねがいします!」


 仲間がざわめき、慌てて背後に落ち着くよう合図を送る。

 何を考えているのかはわからぬが、神から直接恩寵を賜りし聖女を指名するとは傲岸不遜にも程があるとの反応だ。

 仲間たちの怒りももっとも、だがここでこちらから手を出すのは悪手に等しい。暴言や非難も控えるべきであろう。

 彼らにも危機感があり、それは一定の理解もできる。

 先に戦ったコウモリの羽を持つ蛇の魔物を思い出し、この部隊の取りまとめを行う隊長の男は冷静さを取り戻さんと小さく深呼吸する。

 余計な諍いを起こして使命を忘れるほど、上級聖騎士という存在は無能ではない。

 もっとも、忌憚なく自分に意見をぶつけてくる少年に何故か好感をを抱いているという点もあるが……。


「聖女さまはおいそれとお姿をおみせにならない。それに現在は最も重要な時期故にお越しいただくのもまた難しい。貴殿も理解しているかと思うが、そもそも時間が足りぬ。この状況は我々だけで解決する必要があると思うが」


「うーん、たしかに! わかりました! じゃあ別に貴方でもいいのでクオリアとフォーンカヴンの取り決めをしましょう! 今! ここで!」


「さ、流石にそれは私の権限にない! そんな勝手が許されるわけなかろう! あとクオリアではなく我々はレネア神光国だ!」


「そうなんですか。どっちにしろ僕はちゃんと権限がありますので大丈夫ですよ。というか面倒ですしここで正式に国交樹立しちゃいましょうか。これだけお話したらそれでもういいでしょう」


「いや、だめだろう! 貴殿は良くても我々が問題なのだ!」


「え~~」


 いきなり話が飛躍しそうになり、慌てて少年の言葉を止める。

 子供の戯言だとは思うが、放置するには危険すぎる。

 果たしてこのような子供にその権限があるのか? 万が一にでもどこかの道楽息子の越権行為だった場合には自分たちの権威にも傷がつく。

 そんな保身にも似た考えが自らの脳裏によぎるが、どちらにしろ是と答える論拠も権利もないのが幸いであった。

 無論外交的対応を保留にしたところで、現実として存在する問題――すなわち未知の魔物がどうにかなるわけではない。


「問題ないと思いますけどね。……でもこれ、正直不味くないですか? この魔物、想像以上に強いですよ。僕らはなんとか撃破出来ていますが、この様子だとそれなりに数が居るみたいです。打ち漏らしがクオリアの街に行ったら大変だと思うのですが……」


「クオリアではなくレネアである。だが、それは確かにそうだ。むむむ……」


 少年――ぺぺの話を聞いていた聖騎士たちは思わず仲間や部下に視線を向ける。

 高い戦闘能力を持つ中~上級聖騎士たちは問題ないが、下級聖騎士や兵士たちの消耗が激しい。

 幸い死亡者や重傷者は出ていないものの、この状況が続けばいずれ犠牲者が出るのは明らかだろう。

 暗黒大陸との接続部は地理的に窄まった狭い形とは言え、手勢で網羅するには広大にすぎる。

 フォーンカヴンの力を借りることができればどれほど助かるか。


 彼らが持つ謎の武器は、一言であれば奇妙であった。

 杖のようなものであるが、先端から破裂音とともに小さな石のようなものが発射される。

 何らかの魔道具の一種であろうか? だが数十人ほどいる彼らフォーンカヴン軍全員が装備をしている。

 その威力と練度の高さから精鋭部隊か実験部隊だと思うが、部隊を率いる者がこのやけに馴れ馴れしい少年である辺り違和感の方が強い印象を受ける。


 隊長である上級聖騎士は答えに窮す。

 ここで話にならぬと相手を追いかえすのは簡単だ。

 だが自分たちが新たなる指導者を迎え産声を上げたこの国はまだまだ不安定な状況に晒されている。

 いくら聖女と神の加護があれど、眼前にある問題がすぐさま解決するわけでもない。

 少なくともかつての故郷であったクオリア本国との関係は緊張を強いられているであろうし、更にはエル=ナーとの関係も懸念される。

 加えて建国に伴う混乱で上層部からの司令も錯綜気味だ。

 聖女名義の指令書と騎士団長名義の指令書が別々に届き、内容も真逆と来ている。

 自分たちも半ば強引に動いており、処罰も覚悟でこの地に赴いてきた。

 だからといって自分の咎をことさら増やしたいわけではないし、加えて現状で他国と問題を起こす余力など自国のどこにもない。

 かつて大国であった頃とは違い、いくら暗黒大陸に住まう文化に劣る国家と言えど軽視できぬ事情があった。


「とりあえず協力して魔物退治しましょうよ。僕はちゃんと黙ってるのでバレませんよ……」


 何故か悪巧みをするかのように小声でそう諭してくる少年。

 彼に釣られてかそれとも偶然か、仲間たちも小声で意見を進言してくる。


「隊長……ここは一時的にでも協力した方が。まずもって魔物を退治し、犠牲者を出さないことが優先です」

「いや、信徒の見本たる聖騎士が越権行為など、いくら緊急とはいえこれ以上は許されぬことです! 最低でも国防の権限を持つ司祭様の許可が必要かと」

「それよりも彼らが使う武器です。あの威力は看過できませぬ。すぐさま調査することを具申いたします!」


 三者三様の物言いである。

 否、引き連れた騎士団員の数だけバラバラの意見が持ち上がる。

 急ぎ編成した部隊ゆえに統率にかける。

 聖騎士たちは皆一騎当千の猛者であるが、どちらかというと個々の任務が多かったためこのような突発的な政治的判断が必要な場面ではあまり使い物にならない。

 無論、この場で隊長を務める上級聖騎士の男とて例外ではない。

 相手が道楽息子かどうかは不明ではある。だが一糸乱れぬ隊列を組み、彼の背後で警戒にあたりながら指令を待つフォーンカヴン軍に文化に劣るという評価は似つかない。

 これではどちらが文明国か分からないな。

 あまり褒められたことではないとわかりつつも、差別の心が自然と出て来てしまうほどに男は追い詰められていた。


(くそっ、なぜこのタイミングで魔物などが現れたのだ。 もうあと一月もあれば問題なく対処できていたというのに……)


(正式な共闘は断った上で、互いに何か問題があれば援護するという形で動くか? 戦力の分散は痛いが最悪村落近辺の防衛と周辺地域の警戒にのみ注力すれば可能だろう)


(しかしながら彼らの武器が問題だ。あれはどのような原理で動いているのか? 彼ら独自の魔法技術だろうか? 少なくともクオリアやエル=ナーでは聞いたことがない。聖騎士ならまだしも、一般兵では手も足もでないだろう。早急に調査が必要だ)


(玉虫色……この場をうまく誤魔化し、なんとか魔物を退治できるような玉虫色の回答が必要だ。何か、なにかないものか)


 最終的に回答の差し控えと問題の先送りという判断が下されようとする。

 早く何らかの方針を定め、まずは魔物討伐に力を注ぎたいという思惑があった。

 だが――少しばかり、その判断は遅かった。


「――敵襲!!」


「「っ!?」」


 周辺を警戒していたフォーンカヴン兵士より報告の声が上がる。

 皆が皆だんまり考え事をしていた為に良く通ったその声は、この場にいるすべての者の意識を切り替える。

 報告のあった先、何度か目にした未知なる化け物がこちらへ突進してきていた。


「くそっ! 総員抜剣! 中級と上級の聖騎士は前へ! 神の威光を示すのだ!」


「わーっ! わーっ! 総員戦闘態勢! クオリアの皆さんへの誤射だけはしないように!」


「クオリアではない! 我々はレネア神光国である!」


 心臓が鷲掴みにされるかのような不気味な雄叫びを合図に、光の国の騎士たちと多種族国家の戦士たちが共通の敵へと狙いを定める。

 かようにして、正当大陸と暗黒大陸の接続地域は混乱を極める様相となってゆく。

 TRPGのキャラクターとして制作され、暗黒大陸の抑えとして召喚された主の監視と管理から外れた怪物たちを原因として。

 混乱は混乱を呼び、状況の緊急性もあってその後はなし崩し的に共闘体制が取られていく。


 聖騎士たちは己の職務を全うするだけだ。彼らの任務は民の剣であり盾であること。

 その本質はどこまでいっても戦士である。

 だからこそ、彼らを非難することはできない。


 このドサクサに紛れてフォーンカヴンの部隊が旧クオリア南方州地域――すなわちレネア領土まで進軍を行い、素知らぬ顔でそこに居座る算段をつけているなど……想定外にも程があるのだから。

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