第百一話:復帰

 大呪界:マイノグーラ宮殿。

 ここではドラゴンタンの都市長であるアンテリーゼとマイノグーラの代理指導者であるアトゥが、緊急案件として早速ヴィットーリオの対応に関して協議を行っていた。

 入室厳禁の張り紙が貼られた会議室の一つで、二人の娘は頭を抱えながら如何ともし難い状況を愚痴混じりに相談し合う。


「正直、早めに対処した方がいいと思いますよアトゥさん……」


 口火を切ったのはアンテリーゼだ。

 例の問題児――すなわちヴィットーリオの行動は放置できぬものがある。

 何を考えているか? その目的が分からぬ不安感と絶対何かをやらかすという確信がアトゥへの進言じみた相談へと彼女を駆り立てているが、とうの本人は悩み頭を抱えるばかりで一向に話がすすまない。


「おそらくまだ仕込みの段階。きっと信徒の数が一定数まで膨らんだ後に本来の目的に移るはずですわ。状況を管理するならまだ間に合います。これ以上規模が膨れ上がったらさすがのマイノグーラでも介入するには骨が折れますわよ?」


「ええ、分かっています。分かっていますが……」


 げっそりとしたアトゥの気苦労はなんとなく理解できるが、あえて鬼となってアンテリーゼは上申を行った。

 現在マイノグーラを率いているのは目の前の彼女だ。全国民の未来がその肩にかかっている。

 一つ間違えればこの国の行き先を大きく左右されるであろう重要な局面の中であっては、甘えなど許されるはずもないことは明らかだ。

 とは言え、アンテリーゼは少し不思議にも感じる。

 ヴィットーリオが問題児かつマイノグーラに混乱をもたらしているのは明らかだ。

 彼女が話した感じ、一筋縄ではいかないこともまぁ間違いない。

 それにしてはアトゥの態度は些か奇妙に感じた。

 いやそれどころか……マイノグーラの本拠地、すなわち大呪界にやってきてからどうも奇妙な気の張り詰めを感じるのだ。

 なんともこう……普段では感じないような異質な空気を。


「そういえばアトゥさん。ちょっと空気がピリピリしてませんか? こう、なんていうか、みんなお怒り寸前というか……」


「実は……」


 苦々しい様子でその理由が語られ始める。

 そこまで深く考えずに質問をしたアンテリーゼは、この後自らの軽率な発言をひどく後悔したという。


 ………

 ……


「うげぇっ……」


 ことのあらましを一通り聞いた後に漏れ出た言葉は、およそ女性として品性に欠けるものであった。

 だが仕方ない部分もあろう。

 アトゥより愚痴混じりに聞かされたヴィットーリオの所業は、おおよそ人を嘗めきった……有り体に言えば大呪界の住民全てを敵に回すであろうものであったのだから。


「このような経緯があって、現在我々は一心不乱に職務に励んでいるところなのです。ええ、仕事でもしてないと怒りが爆発しそうだと……」


 それならばあの鬼気迫る様子も納得だとアンテリーゼは得心した。

 はたしてどれほどの嫌がらせを受けたのだろうか? 個々の事例までは流石のアトゥも語らなかったために分からずじまいだが、それでもなおダークエルフたちの激憤は推して知るべしと言ったところである。

 今は自分たちの職務に一心不乱に打ち込むことによってなんとか冷静を保っているらしいが、一度均衡が崩れればあっという間に爆発することは明らかだ。

 なんという地雷を残していくのかと、アンテリーゼは暗澹たる気持ちになる。


「あ、あはは。それは……私も迂闊にヴィットーリオ殿の名前を出さなくて良かったっぽいですねー」


「私の前でもアレの名前を出さないようにしてください」


「ひぇっ! はっはいぃ……」


 加えるならば、目の前のアトゥも爆発しそうな怒りを抑えるという点では同じ状況らしい。

 ギロリと怒りの視線を受け、アンテリーゼはまるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまう。

 英雄の怒気に触れてぷるぷると怯えるアンテリーゼだったが、その小動物的な姿に毒気が抜かれたのか、はぁとため息を吐いてアトゥは会話を続ける。


「話を戻します。本国……そしてマイノグーラの方針としては一旦情報収集と内政に力を入れたいと考えています。アレの考えが分からない以上、迂闊な動きを行うと知らずに互いの足を引っ張る可能性があるのです。どちらにしろ、拓斗さまの問題に一定の決着が見えない中では動きが取りづらいですから……」


「しばらく様子見、ということでしょうか?」


「ええ、残念ながらあまり積極的な行動を決断しづらいというのが正直なところです」


 ヴィットーリオが召喚されていまだわずかな日数しか時間が経過していない。

 そのような中で迅速に采配を振るう程、アトゥの指導者としての能力は高くなかった。

 精々が情報収集に徹し、拓斗がTRPG勢に襲撃されて以降おろそかになっていた国内開発の指示を行う程度が関の山だ。

 否……アトゥの能力を不足と断じるには些か不公平が過ぎよう。

 それほどまでに、ヴィットーリオの行動とその奇抜さは素早く行われたのだから……。


「わかりましたわ。ただドラゴンタン都市長の立場として、取るべき大まかな指針を頂きたいというのが本音ではあります。都市間のやり取りが早馬になる以上、えっと……例のあの人について、万が一の問題が発生した時に対処が遅れる可能性がありますもの」


「それはたしかにそうですね……」


 アトゥはふむと一度考え込む。

 国家全体ではしばらくの様子見を選択したが、このままフリーハンドでヴィットーリオを放っておくというのはあり得ない選択だ。

 あらゆる面で遅きに失し、かの英雄に後れを取っているが、むろんそれは行動を一切しない理由にはならない。

 どこかで決断を行い、手を打つ必要はあった。


「アレがわざわざ戻ってくるとは思えませんので、一度こちらから出向いて目的を問いただす必要がありますね。その上でドラゴンタンの街が取る方針を決定します」


「それは助かりますわ。正直言って、私では荷が重いですから……」


「でしょうね……はぁ、今から気が重いです」


「は、ははは……」


 ため息ばかりの協議はその後も細々なやり取りを交えて続く。

 後半はモルタール老などの内政面を担う面々を招き、実務的な面を含めドラゴンタンの基本方針が詰められるが、現状維持と先の話の再確認でとりとめて特筆することはなかった。


 ………

 ……

 …


 こうして、アトゥが大きな決断をした以外はさほど結果が得られずじまいに終わった協議が終わり、アンテリーゼはドラゴンタンへ戻る準備を行う。

 その最中、見送るアトゥに対して彼女はふと思いついたかのように尋ねた。


「それにしても、ドラゴンタンに直接お越しになって真意を尋ねると言いましたが、ヴィット――あの人がアトゥさんの要請に応じますかね? 逃げ回るのでは?」


「結果を出していないならなんとでも出来ます。アレはあの性格で意外と真面目なところがありますからね。あれほどの啖呵を切ったのです。まだ目的を達成していないで遊んでいる以上、文句は言わせませんよ」


「結果……ですか」


「ええ、結果です。いくら小難しい理論や策を講じたところで、結果を出さねば価値はない。少なくとも拓斗さまのご回復に関してはそう言えます。私もヴィットーリオも、結果を出していない以上その立場は等しく無価値なのですよ」


 ふんっ、と鼻息荒くまくし立てるアトゥにアンテリーゼは、はぁと曖昧な返事を行う。

 冷静に自分の無能を断じて見せるその胆力と自信に、王であるイラ=タクトへの絶対的な忠誠心が垣間見えた。

 だが……なんとなく、アトゥが述べたその言葉に対して……。

 アンテリーゼは、今まで抱いていた嫌な予感が一際膨らむ感覚を覚えるのであった。


 ◇   ◇   ◇


 英雄であるから、魔女であるから……。

 だから心も身体同様に強靱である、という考えは些か間違いである。

 彼ら彼女らだって他と同様に心を持った存在だ。

 無論他者と隔絶した精神性を有している部分はあるが、それでも完全完璧に自己完結している傷一つつかない存在というわけではない。

 それは、汚泥のアトゥと呼ばれし英雄であってなお同じであった。


「拓斗さま……お加減はいかがでしょうか?」


 拓斗と共にマイノグーラへ戻ったあの日より、彼女は暇を見つけてこうやって自らの主の休む部屋へとやってきている。

 拓斗の顔を見ていないと落ち着かないという理由もあったし、そもそも彼女は拓斗第一主義なので彼が元気な頃から常にその側にいたという理由もあった。

 むろん拓斗は現在記憶が失われており、その意識も定かではない。

 だが当初の動揺から抜け出し……むしろ今は山のように発生する問題に頭を悩ませる彼女には、拓斗の状況を確認することに加えてまた別の目的があるようだった。


「あああ~~。お仕事したくないです拓斗さまぁ……。頭を使う仕事ってこんなにも疲れるんですね。いつも素晴らしい戦略を考える拓斗さまは本当に凄いですぅ」


 拓斗が休むベッドにがばっとダイブし、ゴロゴロ転がる。

 王専用のベッドということでそれこそキングサイズを超える大きさであることが幸いだ。

 一般的な一人用のそれとは違って、少女一人くらいなら飛び込み転がり回っても寝ている主人に影響はないのだから。

 もっとも普通であればそのようなはしたない行為、到底できないだろうしするつもりもない。

 だが拓斗の記憶と意識が曖昧な今にあっては、アトゥは少しだけ大胆になっていた。

 そう、彼女は拓斗の体調を確認するという名目の下、誰はばかれることなく拓斗成分を堪能していたのだった。


「それにしてもあんの詐欺師! 一体全体何を考えているのやら……。拓斗さまを讃える宗教とは感心ですが、でもその前にすることがあるでしょうに」


 英雄たちの――いや、マイノグーラに住まう全ての存在が現在最も注力すべきことは拓斗の復活に寄与することである。

 アトゥとて何か自分でできることはないかと必死で考えているつもりだ。

 ヴィットーリオの行動は目的が不明なこともあいまって優先順位をはき違えているように思えてならなかった。


「近いうちに詰問しないといけないだなんて憂鬱すぎます。こうなれば拓斗さま分を補給してこの怒りを抑えるしかありませんね。すぅ……はぁ。うーん、拓斗さまの匂い落ち着くぅ。このまま寝てしまいたい位です……」


 誰も――拓斗本人ですら見ていないからとやりたい放題するアトゥ。

 ベッドのシーツに顔を押しつけると思いっきり深呼吸しながら主の残り香を楽しむ。

 そのまま数分ほどむにゃむにゃと夢の世界に入りかけていた彼女だったが、ハッと何かに思い至ったようで勢いよくシーツから顔を上げる。


「でもそれはいけません! 私がいなければマイノグーラはこのままでは滅んでしまいます。それどころかあの変態詐欺師にいいようにこねくり回され私物化され、なんだかよく分からない愉快な国にされてしまうでしょう! それを止めることができるのは、拓斗さまの真の腹心であるこのアトゥだけなのです!!」


 ふんすっと気合い十分で気炎を吐き、己を叱咤する。

 まだまだやるべきことは多い。拓斗との穏やかな一時で十分休息はとった。

 後はひたすら頑張る時間だ。マイノグーラの状況は決して楽観視できるものではなく、彼女の奮戦こそが未来への導となるが故に。

 意識を改め、最後に敬愛する主の顔を記憶に刻み込んでおこうとアトゥは拓斗の方へと向き直る。


「私の頑張りに全てがかかってる。そうですよねーっ、拓斗さま~!」


 しかし……。


「――そ、そうだね……アトゥ」


「――へ?」


 なんとも言えない苦笑いを浮かべる拓斗と目が合った。


「あっ、えっ? えっ、えっと、はわわ」


 困惑と混乱がアトゥを支配する。

 見間違いでも、気のせいでもない。アトゥの妄想でも幻覚でもない。

 意思と英智を携えたその瞳はたしかに拓斗の物で、自らのベッドで怠惰をむさぼるアトゥを少し困った表情で見つめるその姿は正しく彼女が願い続けていたものだ。


「おはよう。心配かけたね」


 その言葉にアトゥはようやく先ほどの自分の痴態を思い出し顔を真っ赤に染め上げる。

 あわあわと慌てて言い訳をまくし立てようとするが、次いで拓斗の意識が確かに戻っていることに歓喜の表情を浮かべる。

 そして最終的に――。

 うるうるとその瞳に涙をたんまりと溜め……。


「ヴィットーリオが私のことイジメるうぅぅぅぅぅ!!」

「あ、あはははは……」


 今まで張り詰めていたものが決壊したかのように拓斗に泣きついた。

 辛いことが多すぎると、精神が自らを守るために幼児退行するとは聞くが、今のアトゥを見る限りどうやら似たような状況に陥っているらしい。

 さしもの拓斗であってもなんとも言えない。

 意識が戻った直後にこれでは彼も混乱するばかりだ。

 ――拓斗は、マイノグーラの英雄らしからぬアトゥの姿になんとも言えない表情で笑うしかなかった。


 ………

 ……

 …


 グズるアトゥを宥めすかし、なんとか機嫌をとる。

 拓斗の為とは言え、ヴィットーリオを召喚するという決断は彼女にとって耐えがたいものだったらしい。

 慰める拓斗もどう対応して良いか分からず終始困った表情ではあったが、その中であってもアトゥとの再会を喜ぶ感情は良く見て取れた。


 時間にして数分だっただろうか。ようやく気持ちも落ち着いてきたアトゥは、ハッとした様子で拓斗へと確認する。


「拓斗さま! 身体のお加減はよろしいのですか!? その……また今までと同じような状態になってしまわれるのではないかと私は……」


 再会の喜びでしばし忘れていたが、今マイノグーラにとって最も重要な事柄が拓斗の体調である。

 今のところは記憶を完全に取り戻しており、元気な様子を見せている。

 だがまた突然自らを忘却するのではないかという恐れがアトゥにはあった。

 何が原因で拓斗の記憶が失われたのかも不明、そして何を理由に彼の記憶が戻ったのかもまた不明。

 拓斗の安否を気遣うのは従者として当然の態度であり、もっとも重視する部分だ。


「ああ、安心して。そこは大丈夫だよ。まぁ少し問題は残ってるけど、今までみたいな状況にはならないと思う。それより、僕の記憶がなかった間に何があったか教えてくれるかい?」


「…………そうですか、分かりました。では今まであったこと起こったこと、全てお話しいたします我が王よ」


 少し気になる点はあったが、アトゥはその気持ちを押し込めて求められるがままに報告を行うことを決める。

 拓斗は普段においては優しい部分が目立つが、これでいて頑固だ。彼が大丈夫と言った以上しつこく聞いてもはぐらかされるだけだろう。

 何かあるのは間違いないが、アトゥと拓斗はいろいろな意味で長い付き合いだ。その位を言わずとも理解できる関係性が二人には存在していた。


 だからアトゥは自らの心配を一旦忘れることにし、これから行う報告に一切の漏れがないよう細心の注意を払いながら記憶を呼び起こす。

 今まで彼女とマイノグーラに起こった出来事を……。

 まずは拓斗の記憶が失われてからの行動を。

 次にヴィットーリオが召喚されてから彼が突然家出するまでの行動のあらましを。


 穏やかな表情で、最後の話だけ少し真剣なそぶりで……拓斗は、ずっとアトゥの話を聞いていた。時折少し視線をそらし考える素振りを見せていたが、概ねいつもの彼が戦略を考える時と同じ態度だ。

 やがて彼はゆっくりとベッドから立ち上がると、うーんと背伸びをして身体をほぐし、語り始める。


「それにしても。そっか、ヴィットーリオ……予想とおりかな」


 その言葉で、アトゥは全てを理解した。

 今の状況はすでに拓斗の手の内で、ヴィットーリオが召喚されることも拓斗の中では予想の範疇であり作戦の内だったということを。


「ま、まさか私がヴィットーリオに助力を求めることを予想されていたのですか!?」


「ああ、いくつか予想していたプランの一つとしてね。アトゥには大変な決断だったでしょ? ありがとうね」


「い、いえそんな!」


 両手をぶんぶん振りながら慌てて返事をする。

「ありがとう」――その言葉だけでアトゥは今までの苦労が報われた気持ちになった。

 あれほどまでに怒りと気苦労に満ちた日々はなかった。だがその全てが今では幸福と喜びのスパイスでしかない。


 アトゥの中で拓斗に対する敬愛の念が今まで以上に膨れ上がっていく。

 自分が不退転の覚悟で行った決断も、あれほど疑問に思っていたヴィットーリオの行動も、全て計算された上でのものだった。

 全ては結果が物語っている。

 拓斗の復活という、否定しがたい結果が。

 はたしてヴィットーリオがどんな手段を用いたのかは現状において不明だ。

 自分などでは到底推測し得ない複雑なる知謀の絡み合いの果てに拓斗は復活を遂げたのだろう。

 悔しいがその奇跡を為すヴィットーリオの知は本物。

 だが何よりも……深遠なる神算鬼謀の権化たるあの闇の詐欺師すら自分の策の内としてしまう拓斗の賢の冴え渡り!


 アトゥの気持ちはどんどんと高ぶり、喜びで幸せ、そして興奮で最高潮に達する。

 もはや勝ち確定である。

 後はあの我が儘放題している詐欺師をこの場に呼び出して、今までの非礼を拓斗よりキツく戒めてもらうのだ。

 拓斗がヴィットーリオを叱責するその横で高笑いをあげる自分を夢想しながら、アトゥは全て拓斗の予定通りに進んでいることを歓喜した。


(少し前までアレが作ったふざけた宗教で悩んでいたのが嘘みたいです! 流石にあの名前は厳しいので公的には『邪教イラ』で通しましたが。もしかしたらその必要もなかったかもしれませんね……いえ! まさかそれすらも拓斗さまの掌の上!?)


 アトゥはウッキウキでわっくわくである。

 瞳はキラッキラで、喜びのあまり子供のようにぴょんぴょんその場で跳びはねる。

 全て目の前にいる拓斗の脳裏に浮かぶ幾万もの作戦のうちの一つであり、彼が見据える芸術的なまでの采配によって万事よしなに進められているのだから。


「さすが拓斗さま! 拓斗さま凄いです! あの状況から復活する手立てをすでに打たれていただなんて! このアトゥには考えも及びませんでした 『Eternal Nations』世界ランキング一位の実力、このアトゥ感服いたしました!」


「はははっ、煽てすぎだよアトゥ。実際危ういところだったのは確かなんだから。……それに、ヴィットーリオの手を借りる事にもなっちゃったしね」


「でも、それすらも拓斗さまの予定通りだったのでしょう? いけ好かない詐欺師ですがこうも見事に拓斗様の掌の上で踊るといっそ滑稽ですね! 日夜怪しげな奇祭をやって『偉大なる神であるめっちゃ凄いタクトさまを称えるめっちゃ凄い教』だなんてもの作った時は流石に不安になりましたけど、まさかそれも策の内とは!」


 興奮のあまり早口でまくし立てる。拓斗のことだ。ヴィットーリオのこの行動も予想の範囲内で、当然のように彼は頷いて見せるのだと思っていた。

 だが……。


「えっ? ちょっと待って。何やってるのあいつ?」


「……えっ!?」


 真顔の拓斗に冗談の雰囲気は一切ない。

 その言葉に一瞬驚いたアトゥも、彼の言葉をどう判断すべきか困惑する。

 だが普段からしてこと戦略においては動揺というものが少ない拓斗が、なんともぎこちない笑みを浮かべたことによって確信に至る。


「い、『偉大なる神であるめっちゃ凄いタクトさまを称えるめっちゃ凄い教』です、けど……」

「マジか……」


「…………」

「…………」


 沈黙は、二人が冷静に物事を反芻するに十分な時間を与える。

 その上で……。


((もしかしてこれヤバいことになってるんじゃ……))


 アトゥと拓斗。長い別離と困難を超えて再開が叶ったこの主従の脳裏によぎった言葉は奇しくも同じもので……。

 未だヴィットーリオがどのような策を用いたのか、知る者はいなかった。

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