第二十八話:派兵
強力な英雄ユニット『全ての蟲の女王イスラ』。
彼女を無事召喚したタクトたちは、張り詰めた気持ちを幾分緩めて王宮にて彼らだけの話し合いを行っていた。
「お久しぶりですイスラ。もしくははじめましてと挨拶したほうが良いのでしょうか? 先程は詳しく聞きませんでしたが、早速問います。貴女はタクト様と一緒に『Eternal Nations』をプレイした記憶を持っているということでよろしいでしょうか?」
鋭い視線がアトゥからイスラへと向かう。
臨戦態勢とまでは行かぬが、何かあればいつでも動けるように待機する彼女はまさに忠臣と言える存在であった。
主の横でキャンキャンと吠える番犬を幻視したイスラは、人とはまた違った顔面の筋肉を用いてニコリと微笑みを浮かべる。
「あらあらアトゥちゃんたら張り切っちゃって。タクト様を守ろうと必死なのね。可愛いわ、ナデナデしてあげる」
何が嬉しいのか、ご機嫌にギチチと鳴いたイスラはその副腕を器用に動かすとアトゥの頭を撫で回す。
グシャグシャにかき乱される髪の毛を守るかのようにジタバタと振りほどいたアトゥは、気勢を削がれながらもその端正な表情を歪ませて不愉快だと言わんばかりに頬を膨らませる。
「ええい! やめなさい! ってか質問に答えなさい!」
「もう! お硬い子ねぇ。でもそこがいいのかしら? ちなみに答えはYESよ。タクト様と一緒にプレイした時間も何もかもわたくしの心にあるわ。それは当然ではなくて?」
頭をぐしゃぐしゃに撫でながら、イスラの視線はタクトへと向かっていた。
まるで自分は貴方の忠実な下僕だと言わんばかりに。
仮想の世界とは言え、重ねた時間こそが決して違えることのない鋼の忠誠だと言わんばかりに……。
その態度にタクトは小さな感動を覚えていた。
当初タクトのことを記憶しているのは一緒にこの世界にやってきたアトゥのみかと思っていた。
しかしながらイスラの話を聞く限り他の英雄も自分のことを覚えているらしい。
そして彼らは一緒に過ごした時間を大切に思っていてくれて、ゲームの外の世界であるここでもまだ自分を王と慕ってくれている。
その事がなにかとてもむず痒く、長年来の付き合いである友人に想いを馳せるような、そんな感傷にも似た気持ちが心の内に湧き上がってきたのだ。
もっとも、マイノグーラの英雄ユニットはアクが強いものばかりなので長年の友人というよりは悪友に近いが……。
タクトはそんな他の厄介極まりない設定と性格の英雄達から気持ちを切り替え、まずは自らの元にこうしてやってきてくれたイスラへと視線を向ける。
「イスラはあまりゲームの中では召喚できなかったけど、それでも思い入れのある英雄だからね。ってか英雄は全部思い入れがあるよ」
「基本的にわたくしが呼び出されるのはアトゥちゃんを用いた戦略が崩壊した時の話ですからねぇ」
「そうそう! アトゥの能力を封殺するようなスキル構成だったり、そもそも戦闘力がアトゥ以上だったり、そんな英雄がでると詰むんだよね! だからイスラの物量作戦で相手の国力を削ぎ落とすところから――」
ゲームのこととなると早口になる。
懐かしい思い出を語り、楽しかった日々の記憶を掘り起こす。
ぐしゃぐしゃにされた髪を必死で整えたアトゥも加わり、その後しばらく『Eternal Nations』についてあれやこれやと言葉を交わした。
だがそんな思い出語りも良いが、まずしなくてはならないことをイスラだけはしっかりと覚えていた。
彼女は盛り上がった会話が一段落し、タクトやアトゥが一息ついた段階でそれとなくまず自分たちがすべきことを提案する。
「ところで主さま。そろそろ~このイスラめにも状況を教えていただけませんこと? あまりいけずされると寂しいですわ」
「ああ! そうだった! ごめんごめん、じゃあ早速説明するよ」
その瞳――複眼が何を映しているのかはどうにもはかりかねたが、困惑しているのは明らかであった。
ゲームの話に花を咲かせていた際にも、時折キョロキョロと確認するように辺りを見回していたのはそのせいだろう。
現在の王宮はゲーム中のマイノグーラ王宮とは違って、ダークエルフ達の文化が色濃く表れている。
見慣れないその光景は彼女にとっても少々居心地が悪いのだろう。
とは言え彼女にも早く慣れてもらわなければいけない。
そう考えたタクトはなるべくイスラに時間をさいて、早く彼女がこの国に馴染めるよう尽力するつもりであった。
「お待ち下さいタクト様! イスラがまだちゃんとタクト様にお仕えするか分からない以上、安易に状況を説明するのは。ここはもうしばらく彼女について調査が必要かと思います!」
「大丈夫よアトゥちゃん。貴女のタクト様をとったりしないから。イスラはちゃあんと、わかってるんですよ」
「むがーっ!」
早く馴染めるようになればいいなぁ……。
英雄は基本的に我が強い。設定上もそうであるし、挿入されるショートストーリーなどでも英雄同士のトラブルは度々描かれる。
何が気に入らないのか早速イスラに食って掛かるアトゥ。女王たるイスラがその威厳を遺憾なくはっきして余裕をもっていなしているのが幸いだ。
だがまぁ、それ故にアトゥが更に爆発することになるのだが……。
タクトは前途多難な英雄たちの手綱握りにため息を吐きながらも、どこか嬉しそうに手を打ち鳴らしその諍いを止めるのであった。
………
……
…
「なるほど、その様な事がございましたのね……」
イスラはタクトから全ての事情を聞くと、ギチチと小さく鳴きながら驚きの声を上げた。
蟲の女王たる彼女とて驚愕もするし困惑もする。
正直何が起こっているのかはさっぱりであったが、ここに自らが存在する以上、何か意味があるのだろうとそう自分を納得させる。
「ああ、正直良くわからないことだらけだけど、アトゥのおかげでなんとかここまで来られたんだよ」
「そんな、私だってタクト様がいてくれたからここまで頑張れたのです。もし一人でこの地に来ていたら絶望のあまり自ら命を断っていたでしょう」
「アトゥ……」
「タクト様……」
「犬も食いませんわねぇ……」
二人の世界に入ってしまったタクトとアトゥ。
朧気ながら『Eternal Nations』時代の記憶があるイスラも、そういえばイラ=タクトは英雄アトゥが大のお気に入りであったと思い起こす。
まぁ仲が良いのは素晴らしいと思うが、万が一いつもこの調子だと少々居心地が悪かろうと嫌な予想をしてしまう。
とは言えそのことについてイスラは棚上げる。彼女には彼女のなすべきことがある。
彼の配下となることについて否やはなかった。目的を遂行するために全ての蟲の女王イスラというユニットは存在するのだ。その力はマイノグーラのために、偉大なる指導者イラ=タクトのために。
「ともあれ戦略はわかりました。この不可思議な地で平和なる国を築くという主様の願い。矮小なる身ではありますが、その大望成就の一助となれば幸いでございます」
恭しい礼を見せながらタクトへの忠誠心を見せるイスラ。
これならば大丈夫と太鼓判を押したタクトは、かねてより温めておいた作戦を彼女に命じる。
「イスラ、君にはマイノグーラの防衛を任せるよ」
「あら? よろしいのですか我が主よ」
その言葉にて全てを察したイスラは、いささか不思議そうにその小首を傾げ、主の意を問う。
自分はまだまだ新参であり、アトゥという特殊な事例を除けばゲーム世界ではないこの世界にて初めて召喚した英雄だ。
未知数な部分が多分にある英雄を、国家の防衛などという要職においてよいのか? と言外に問うたのだ。
もちろんイスラ自身は反逆等といった愚かしい手段を用いる気などさらさらなかったが、この段階でタクトがその判断を下したことが少々性急にも思えたのだ。
「君を信じているよ」
表情は読めない。イスラとてイラ=タクトが何を考えているのかはよく分からないのだ。
彼女もアトゥと同じく、病床のタクトをゲームの中から認識している。
故に彼女もある程度タクトの性格や好みなどを理解しており、行動指針や理念を把握しているつもりはあったのだが……。
その全てを知り尽くしているとは、到底言えるものではない。
イスラの瞳には、イラ=タクトは黒色に塗りつぶされた人形の落書きに見えていた。
ともあれ彼女の思考はすぐさま自らに下された命令について切り替わる。
イスラがマイノグーラの防衛を任されたことについて、理由は簡単だ。
彼女は戦闘用の英雄ではないのだ。
もちろんレベルが上がり、レベルアップボーナスなどによって様々なスキルを得ることによって強力になればそれも可能だろう
だが彼女の真価は無限の戦闘ユニットと労働ユニットを確保できるスキル『蟲産み』と、あらゆる昆虫ユニットの戦闘力を+2上昇させるユニット特性だ。
影響範囲が全世界のために自国以外の蟲ユニットも強化することになるのだが、基本的に昆虫ユニットが国家に所属することは稀の為、実質デメリットはないに等しい。
よって基本的な戦略は自国にこもって労働用の蟲で国力をブーストし、戦闘用の蟲を産み戦力をブーストさせること。
彼女は守勢においてその真価を発揮する英雄だった。
そして攻勢においてその真価を発揮する英雄がマイノグーラには存在していた。
「このイスラ、主さまから受ける信頼に感激のあまり震えるばかりですが、となるとフォーンカヴンに派兵される戦力は……」
「うう、寂しいです!」
ひとりしょぼくれる少女。
「全ての蟲の女王イスラ」が守りの英雄であるのなら、攻めの英雄は「汚泥のアトゥ」だ。
初期能力は弱いものの、相手の能力を奪うその特性は凶悪の一言。
特に蛮族の様な比較的戦闘能力に乏しい相手に対しては、低いリスクで一方的に能力を奪うことができるので非常に美味しい状況と言える。
《怪力》《再生力》《野外活動》等など、獲得できれば戦闘力の強化につながる便利なスキルを蛮族たちは有している。
万が一フォーンカヴンが裏切ったとしても今の彼女なら大呪界への退却程度は十分に可能だろう。
タクトとテレパシーもつながっている為、常に会話ができ、報告や連絡、相談に関しても何も問題ない。
アトゥを派兵戦力として考えるのは当然の帰結とも言える。
とは言えそのことについてタクトとアトゥが内心どのような気持ちでいるかはまた別の話だった。
テレパシーで会話ができるとは言え一時的なお別れなのだ。
コミュ障のタクトは国家の運営において多くの面をアトゥに依存している。
そのアトゥがいなくなることは彼にとって一人で様々な人物に指示を出すというあまりにも大きな挑戦となるし、反面アトゥにとっても敬愛するタクトと離れ離れになるというあまりにも精神的ストレスの高い環境で作戦行動を求められることとなっている。
まさに二人にとっては崖に落とされる獅子の子の気分であった。
だが試練は避けては通れない。
ここは心を鬼にしなければならない。タクトはアトゥのために、何より自分のために決断した。
「僕も寂しいよアトゥ。けど君にしかお願いできないことなんだ」
視線が交差し、想いが重なる。
テレパシーなどなくとも、二人は互いの気持ちをこれでもかと理解していた。
そして最高に高ぶった気持ちのまま、二人は互いの元へと駆け寄る。
「タクト様ぁ!」
「アトゥ!」
熱い抱擁が交わされる。
今生の別れとも見間違うほどのやり取りであったが、本人たちは至って真剣だ。
なんだかんだで不安な部分があるのだ。
もし万が一があれば。という弱い心が鎌首をもたげようとするのを必死に押し止めるための行為でもあった。
それは主としてコミュニケーションに関する不安ではあったが……。
「犬も食いませんわねぇ……」
その様子を見ながらイスラは、大丈夫だろうかといささか不安になったが、その想いを自らの使命で上塗り意識を改める。
「ふふふ、しかし、腕がなりますわねぇ」
ギチチと愉快そうに笑いながら、イスラはゲーム上のデータでしかない自分がこうやって生を得た奇跡に感謝していた。
アトゥ同様、自らの身に何が起こったのかは分からない。
だが何をすべきなのかは十全に理解している。
偉大なる伊良拓斗の意のままに。彼の新たなるゲームが存分に楽しめるものとなるように……。
彼女は全身全霊をかけてその存在意義を全うするつもりであった。
「委細このイスラにお任せあれ。この世に遍く満ちる全ての虫を参集し、我が主の願いに答えましょう」
さて此度の遊戯はどの様なものになるか。
自らの主が行うこの遊びがいつまで続くのかイスラには検討もつかなかったが、彼女は母のごとき慈愛をもってタクトの行いを見守ることにした。
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