第三十三話:決して混じらぬ悪性1

 数刻ほど経った頃。

 氷塊の四天王アイスロックの率いる部隊はすでにドラゴンターンの街南方に陣を張り、その軍勢で持って圧力をかけている最中であった。

 抵抗は皆無に等しく、威嚇のためか近づきすぎた魔物に対して散発的に放たれる矢がせいぜいだ。

 もちろんある程度被害は受けるが、軍規模で判断するのであれば虫に刺された程度。

 アイスロックは抵抗乏しい相手を見て、順調に街の攻略が進んでいると判断し満足気に頷いた。


「フム。警戒していたがこの程度カ? いや、この街の規模であるなら、想定の範囲と言ったところカ……」


 動員された軍勢の数はおおよそ5,000。数としてはさほど多くはないが、基礎能力が人間種よりも強靭な魔物によって構成されているため戦力としては申し分ない。

 更にはアイスロック配下の魔獣兵も動員されており戦力としては精強。

 その能力を考えるのであればいくら守りに徹することにした街とはいえ陥落させるのはたやすいと思われる。

 野戦を選びあたら兵を失う危険性を恐れたドラゴンターンの街が、迎える結果を理解しつつも守勢に回るのも当然とは言えた。


「しかし人間どもめ。なんと不甲斐ない、交戦する意思はあるのカ?」


 だとしてもアイスロックとしては不満でしかなかった。

 せっかくの先陣を切ったにもかかわらず、たいして戦闘を行わずに一方的に街を蹂躙したとあっては武を誇ることができない。

 自らの力を誇示することによって魔王へとその有用性を示そうと考えていたアイスロックとしては不満が残る結果であった。


 気持ちが態度に出ているのであろうか? 全身からは白い冷気が立ち込め、行き場の失った力を持て余すかのように身体がギシリと鳴る。

 配下の魔物、その中でも知性のある人型の魔物がそれとなく距離を取る中、一人の魔族がアイスロックの側へとやってきた。


「アイスロック様。部隊の編成が整いました」


「どの魔物を用意したのダ?」


「"だいこんぼう"と"オークせんし"の部隊でございます。これらで都市の門を破った上で、残りの魔物を街へと侵入させます」


 ヒルジャイアントとオークが唸り声を上げながら部隊の前衛へと出る。

 RPG『ブレイブクエスタス』における特有の名称で魔物の部隊配置を報告されたアイスロックは、せめて華々しく街を破壊し尽くしてやろうと大地に響かんばかりに声を張り上げ進軍を命じる。


「では早速人間とそれに追従する愚かな者どもに目にもの見せてやろウ。――では突撃させヨ!」


「「「オオオオオオオオッッッ!!!!」」」


 魔物たちより雄叫びが上がる。

 大地を揺らすそれは遥か彼方まで響き、この時より偉大なる魔王によるこの世界における世界征服が始まるのだとあらゆる存在に知らしめる。

 そう、始まるのだ。この瞬間より彼らの悲願が……。


 ――その瞬間であった。


 突如空が暗転し、不気味な闇に包まれた。

 先程までの青空はどす黒い不気味さを持つ色合いとなっており、浮かぶ雲は毒性すら感じさせる紫色となっている。

 広がる大地は更に異常、荒れ地だったはずのその場所はグズグズと腐敗するかのようにそこらかしこで腐った卵のような匂いを放っている。

 まるで一瞬で世界が反転してしまったかのような現象に、アイスロックたちとて動揺を隠せない。

 魔王直属の配下であり、上位の魔物であるアイスロックやその部下ですらそうなのだ。

 有象無象の魔物たちが混乱に包まれるのもそう時間はかからなかった。


「なんだこれは!?」

「何事か!?」

「何が起こっタ!?」


 アイスロックや知性のある魔物が叫びながらあたりを見回し警戒態勢を取る。

 だが見渡すかぎりの異常に対して、どのように警戒せよというのかとばかりにその表情には焦りが見て取れる。


「氷魔道士! 報告シロ!」


「わ、わかりません! この様な大規模な魔法、見たことありません! 全軍が包まれております!」


 アイスロックの直ぐ側に付き従っていた魔族の魔法使いが信じられないとばかりに叫びを上げる。

 彼の世界において魔法とは常に対個人として存在するものであった。

 このような大規模――軍や土地に影響するものなど見たことも聞いたこともない。

 それがどのような影響をもたらすのかすら、彼には想像することができなかった。


「魔物どもを落ち着かせロ!」


 恐慌から同士討ちが始まったあたりで、ようやくアイスロックより指示がでる。

 慌てたように知性ある配下の魔族が暴れる魔物たちの制御を試みるが、芳しくない。

 もはや進軍などと言っていられる状態ではなかった。

 魔物という存在は強烈な本能によって突き動かされている。

 このために人類を滅ぼすという目的の下たやすく制御できるメリットがあったが、反面このように恐慌を起こすと手がつけられない。

 強烈な本能で動くがゆえに、本能からくる恐怖に抗うことができないのだ。


 すでに魔物たちの同士討ちによって少なくない犠牲が出ている。

 このままいけば最悪の場合戦力低下により街への攻略が中止にすらなってしまうだろう。

 さほど数が揃っているわけではない配下が必死に制御を試みるなか、強い焦燥感をいだきながらアイスロックはこの現象を自分たちに敵対する者の行動と判断し分析を試みていた。


(……妙ダ。"緑小鬼"や"だいこんぼう"、それに"オークせんし"共は疲弊している。逆に我らの様な純粋な魔族は力が湧いているガ……)


 まるで世界が闇の勢力によって塗り替えられてしまったかのような現象。

 彼らが故郷とする魔界と似た性質を持っていたが、魔族以外の魔物が疲弊していることが妙に思えた。

 邪悪属性と邪悪よりの中立属性の違い。

 エターナルネイションズでは重要な意味を持つこの違いゆえの結果であったが、そもそもそのような属性を知らぬ彼に答えに行き着くことは不可能に近かった。


(なにか特殊な魔法でも使ったのか? それにしてはこの規模は聞いたことも見たこともなイ)


 とはいえ現実として攻略軍に大きな被害が出ているのは事実だった。

 魔族であるアイスロックとその配下が力を増しているとは言え、その絶対数は少ない。

 街を破壊し、憎き人類を抹殺するには何よりも手数が必要だ。

 一匹たりとも逃がすつもりはないと息巻いていたアイスロックは、その戦略が根本から封じられたことにギシリと歯噛みする。


 だが彼の内心で抱く怒りの炎にさらに薪をくべる発言が彼の配下よりもたらされる。


「アイスロック様……も、もしや、勇者では」


「その名を口にするナ!!」


 静かに、だが怒気を孕んだ声音でアイスロックは部下を叱責した。


 勇者――彼の脳裏に嫌な記憶が沸き起こってくる。

 常に自分たちの覇道を邪魔立てせんと立ちふさがる忌々しい存在。

 かつて一度滅ぼされた記憶がアイスロックを苛む。ぐわんぐわんと先程から不快なまでに発せられる警告を消し飛ばすように彼は頭を振るう。

 自らの混乱を悟らせまいとした彼の努力が実を結んだのか、魔物たちの動揺がようやく収まってきた。


 だがその士気は否応なく低下している。

 このままではドラゴンターンの攻略に影響が出ると考えたアイスロックは、自らの戦斧を高々と掲げ宣言する。


「勇者など恐るるに足りぬ! 否――あらゆる敵こそ我ら魔王軍にとって障害にならぬ! 如何な者が現れようとも、この四天王の一人アイスロックが必ずや打倒してみせよう!」


 低く力の籠もった声が魔物たちの注目を集める。

 異常事態にあっても威風堂々としたアイスロックに、魔物達も本能的に安堵と恭順を感じ熱気が再度高まろうとしたときだった。


「勇者――へぇ、やっぱりRPGから来てるんですか。四天王、幹部級ですか」


 見知らぬ少女が、その場に佇んでいた。


 くすんだ銀色の髪に、赤い瞳。そして長く伸びた耳。

 ひと目で魔に属すものの特徴を備えているその少女に、アイスロックはぎょっと目を見開く。

 全く気配がなく、まるで幻のようにそこにいたからだ。

 魔族が持つ強力な認識能力を超えたその現象に驚きつつも、アイスロックは静かに問いを投げかけた。


「む? なんだ小娘。キサマ……勇者ではないな? 魔のものか。何者だ? どこから現れた? なぜここにイル。それにあーるぴーじーとハ?」


 少女から沸き上がる闇の波動はアイスロックをして驚愕せしめるものだった。

 明らかにこの場に似つかわしくない少女であったが、同じ魔の者ということでアイスロックもいくらか心を許す。

 この地に存在する土着の魔族であるのなら友好的にすることも吝かではないし、いずれ魔王に恭順するのであれば将来の仲間とも言える。

 加えて情報を得る事もできるため、それなりに有用であると考えたのだ。


「もう! 質問が多いですよ。あっ、こちらからもお尋ねしたいのですがそちらの方は副官かなにかでしょうか?」


 少女がアイスロックの隣で指揮をとる魔族を指差す。

 戦略面で能力の不足するアイスロックを補佐する者の一人だ。

 先程まで魔法で魔物たちの制御を行っていたその魔族は、アトゥの興味が自分に向かっていることに気づくとわざとらしい仕草で名乗りを上げる。


「いかにも、我こそは四魔将軍が一人氷将軍アイスロックさまの副官氷魔道士である。本来であればキサマの様な小娘がべっ!」


 緑の鮮血が舞い、アイスロックの横にいた副官の魔族が貫き殺された。

 地面から飛び出した俊足の触腕にて尻から頭まで穿たれたその魔族は、一度二度ビクっと痙攣すると、やがてフワリと消失しながら金貨を撒き散らす。


「キサマ! 何を!!」


 驚愕の表情で目を見開く将軍アイスロック。

 頭脳面に才を見出して置いていた副官とは言え、今倒された氷魔道士は決して弱くはない。

 その事実から瞬時に相手の能力を見抜いた彼は、背中から巨大な斧を取り出し怒りに満ちた表情で構える。


 アイスロックは失念していたのだ。

 その少女が、自らとは信念も理も違う。絶対的な敵対者であるという可能性に……。

 否、最初から彼が気づくことはなかっただろう。

 なぜなら、彼らは人間以外の敵対的存在に遭遇したことがないのだから――。


「答えろ! キサマ、何者だ!?」


 アイスロックの怒声に少女はクスリと笑った。

 同時に彼女の背後から無数の触手が伸び、近くで魔物の制御に集中していた無防備な魔族を次々と突き殺していく。


 ついで魔物たちの叫び声が聞こえた。

 チラリと視線を向けると、いつの間にか現れた巨大な昆虫が精強であるはずの兵士を紙切れのように切り刻んでいる。


 街の方より鬨の声があがった。

 見ると街の門が開き、少ないながらも部隊が出てきている。

 外壁の上より矢と魔術が射出され、魔物へと降り注いでいる。


 完全に先手を取られたことを理解したアイスロックは怒りで顔を歪ませながら唸る。

 どこからともなく現れた昆虫型の魔物は土地との相性が良いらしく、疲弊する魔王軍の魔物たちを一方的に排除している。

 加えて矢と魔法の被害も馬鹿にならない。

 当初の目測ではここまで届くものではなかったが、どうやら意図的に飛距離を隠されていたらしい。


 そして目の前の少女だ。

 この少女に気を取られた間に、一方的な窮地に陥りこのような無様を晒している。

 魔のものであることからこちら側だと油断したことが全ての始まりであった。

 眼の前の小娘は必ず殺さねばならない。

 むしろ殺す程度では生ぬるい。マグマの様な憤怒を内に込めて、アイスロックは氷の息を吐き出した。


 その態度をどう捉えたのか、少女はクスクスと相手を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながらスカートの裾をつまんで恭しく礼をしてみる。


「ごきげんよう。SLGからやってきました《汚泥のアトゥ》と申します。さしあたってみなさんを皆殺しにしたいと思います」


「貴様ァァァァ!!!!」


 アイスロックの叫びが戦場に木霊し、戦端が開かれる。

 マイノグーラにとって初めてとなる。慣れ親しんだ戦争が始まった。



=Message=============

【イベント】宣戦布告


フォーンカヴンが魔王軍に宣戦布告しました。

 偉大なる指導者ぺぺ

 ~ 戦争なんて最悪だ!

   けど、フォーンカヴンは僕が守るぞ! ~


マイノグーラが魔王軍に宣戦布告しました。

 偉大なる指導者イラ=タクト

 ~ うーん、仕方ないなぁ……。

   とりあえず殺して、それから考えよう。 ~

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