第五十二話:妙策(2)
「こ、これは……」
その光景を見たとき、アトゥは思わず口をあんぐりと開け呆然としてしまった。
うず高く積み上げられた金貨。
まるで鉱山から出た土砂の如く無造作に金貨が積み上げられ、木々の隙間から漏れこむ陽射しを反射してキラキラと輝いている。
金貨が集積されている場所は、街の広場――現在は建築用の資材置き場となっている場所だったが、今では散らばった金貨で足の踏み場もないほどになっていた。
「「「ギギギギェェェェェ!!!」」」
辺りには十数体の足長蟲。
その全てが背中に背負った籠から金貨を山へと移し、またいそいそとどこかへと消えていく。
どうやらまだまだおかわりがあるらしい。
確かにアトゥが視認していただけでも数多くの金貨があった。
それらを踏まえるとまだまだ追加が来るのは理解出来るが、それ以前に場所が足りるのかと不安になってくる。
「す、凄い量なのです!」
「お金がいっぱーい!」
「いやぁ……実際目にすると壮観だね。ってかまぶしいな」
命令した自分でもここまでのイメージは出来ていなかったのだろう。
物珍しげに金貨の山を眺める拓斗にアトゥは早速自らの疑問をぶつける。
「拓斗さま。足長蟲を量産されていたのはもしかして?」
「ああ、ブレイブクエスタスの魔物たちが落とした金貨。その回収を足長蟲たちには命じていたんだ。彼らなら移動力も高いし、効率的に回収が出来る」
「そ、そうですか……しかし流石にこの量を一気に流通させてしまっては経済が崩壊するかと思いますが。フォーンカヴンとの取り引きに使うとしてもそもそも相手側に用意出来る品物がないかと」
恐る恐る尋ねるアトゥ。
自らの主がその点に気づいていないとは思えなかったからだ。
貨幣の流通は国家において厳格に管理されるものだ。
いまだ国民の数が少なく物々交換も珍しくないマイノグーラで使うにしては量が多すぎるし、たとえフォーンカヴンなどの他国との交易で使うにしても規模が大きすぎる。
有り体に言って、宝の持ち腐れに思えた。
「ああ、そっか。アトゥはマイノグーラの戦略しか知らないから、他の国家がどういうプレイスタイルを持っているのかあまり詳しくないんだったね」
アトゥの疑問にポンと手を打ちながら納得した様子を見せる拓斗。
言われる通りアトゥはマイノグーラの戦略しかしらず、他の国家がどのような戦略を得意とするのかはあまり詳しくない。
しかしながら、彼女の知識を総動員しても他の国家でこの膨大な金を有効活用出来るような国家は思いつかなかった。
「たしかに、おっしゃる通りです」
「アトゥ。『Eternal Nations』における通貨とはどのようなものを指すか、覚えている?」
「はい……通常通貨とは国内の経済を循環するための道具として国家が定めているものです。ただ、国毎にそれぞれ独自の通貨を利用するためあまり目立つ存在ではないですが……」
「そう、その辺りを細かく設定するとゲームが面白くなくなるからね。だから基本的にゲーム上では通貨の代わりとして"魔力"が用いられる」
「エネルギーと貨幣の特徴を併せ持つものが"魔力"ですよね。汎用性が高く、他国との取り引きにおいても分かりやすい」
「その通り!」
『Eternal Nations』において、最も重要な三つの資源は"魔力"、"食糧"、"資材"だ。
食糧はいわずもがな、国民と軍隊の維持に使われ国力の指標となる
資材は主としてユニットや建造物の生産時に使われ、生産力の指標ともなる。
そして"魔力"は経済力の指標となり、緊急生産を含めた様々な面で必要とされる。
これら三つの基本資源をバランス良く産出し、国家を維持するのが『Eternal Nations』の基本だった。
「はい、だからこそ分かりません。金貨はいくら持っていても金貨でしかありません。わざわざこの様に集めたところで、金という物質以上の価値はないかと思いますが……」
『Eternal Nations』において"金"は戦略資源に該当する。
上位のユニットや建造物の生産時に必要となり、貴重ではあるがそこまでだ。
国家の規模が最終段階にまで達するような状況ならまだしも、現状でここまで固執する意味が分からなかった。
「もう、そこまで言ってるなら分かると思うんだけどなぁ……」
「……??」
「まぁいいや。じゃあ答え合わせといこうか!」
アトゥは相変わらず頭にはてなマークを浮かべている。
その様子に苦笑いした拓斗は、これはもう全て説明するしかないなとばかりに手のひらを広場の一部へとかざす。
「【緊急生産】実行――《市場》」
「た、拓斗さま!?」
刹那、大地が振動する。
ゴゴゴと鈍い音が響き渡り拓斗の魔力が広場一面へ溶け渡る。
次いで地面から芽が出るように歪で奇怪なデザインをした建物が現れた。
「およ? ……おーっ!」
「ちょ、お、お姉ちゃんさん、危ないからこっちに来るのです!」
先程まで金貨の山で遊んでいた双子の姉妹が慌てた様子で逃げ惑う。
金貨の山を押しのけながら生えてくる建物、それは広場をぐるりと囲むように出来ており、大小いくつかの建物と複数のテントにわかれていた。
非対称で奇妙な色彩を持つそれは、およそ人が考えうるデザインとは大きくかけ離れていたが、その機能性だけに見ると確かに市場と言って差し支えなかった。
拓斗は緊急生産を利用しマイノグーラの建造物である《市場》を作ったのだ。
「これで持っていた魔力はすっからかんだ」
スッキリとした様子で頷く拓斗。
食糧や物品同様に建造物も瞬時に建築できた。
通常の方法でやっていればかなりの日数と人員が必要なはずの建築もこの通りだ。
改めて緊急生産のすさまじさを目の当たりにした拓斗はアトゥの驚く表情を期待して自慢げに彼女の方へと向き直る。
だが。
「……アトゥ?」
「むぅ……」
アトゥは拗ねていた。
どうやらもったいつけすぎたらしい。
「も、もちろんすぐに説明するよ! ほら、アトゥ、こっち!」
流石にこれ以上へそを曲げられては大変だと慌てる拓斗。
彼はすぐ側でなだれた金貨の山に埋もれる双子を放置し、慌ててアトゥを伴い市場にある建物へと向かっていった。
………
……
…
拓斗がやってきたのは市場にある一番大きな建物だった。
物品のやりとりが主であるため基本的にテントや屋台のようなものが多い中、一番目立つ建造物だ。
入り口に入ると何やら大量の棚と、書類の束が見える。
どうやら貴重品のやりとりや帳簿を付ける場所らしい。
そして奇妙な事に、拓斗とアトゥが初めて入ったにもかかわらず、そこには先客がいた。
「オ、オ、オオザマ。ヨーゴゾ」
ぎょろりとした瞳に非対称の四肢。
捻れた関節に、浮腫が特徴的な汚れた肌。
およそ知性を感じさせぬその人物は、マイノグーラ固有の民ニンゲンモドキであった。
市場の管理人であろうそのニンゲンモドキがいることに当然の様に手をあげ挨拶し、何事か相談していた拓斗は、やがて外に向かって大声を上げる。
「おーい、ちょっとお金持ってきてくれるかい?」
「はーい!」
「はいなのです!」
その後ガシャガシャという音とともにエルフール姉妹がどこからか持ってきた籠にこれでもかと金貨を詰めてやってきた。
ここに至りようやくアトゥも拓斗のやりたい事を理解し始める。
そして同時に……その顔は驚愕に変わっていく。
「この金を魔力に換金して欲しいんだ。できるかい?」
「アイ、ワガリマジダ」
市場のオーナーであるニンゲンモドキがヨタヨタと、だが見た目からは想像できぬ力で軽々と金貨の籠を持って奥へと引っ込んでいく。
やがて先ほどと同じくヨタヨタとした足取りで戻ってきた彼の手には、淡く光る気体にも似た不思議な物質が乗せられていた。
「ドーゾ、ドーゾ、オオザマ、ドーゾ」
「うん、ありがとう」
手をかざすと同時に、その気体は拓斗へと吸い込まれていく。
アトゥはその様子をまじまじと見つめ、感動に震えていた。
拓斗に吸い込まれていったものはアトゥが知るそれで間違いない。
「もっとレートが低いかと思ったけど、想像以上に高く買い取ってくれたみたいだ。驚いたな、もうあといくつか籠一杯の金貨を用意すれば市場のコストも余裕で回収できる」
この言葉でアトゥは確信する。
『Eternal Nations』における市場の機能は、経済能力上昇の効果だ。
だが副次的な要素として資源の売買が出来るようになる。
余剰の物を売り、代わりに必要な物を手に入れる。
経済活動の基本だがこの状況においては強い意味を持つ。
大量の金貨を差し出し代わりに得るもの。
むろんそれは――"魔力"であった。
「この国家規模で最後の魔力を振り絞ってまで《市場》を作ったのは、なにも経済力向上の為じゃない。むしろ、これがメインさ」
「まさか……RPGで敵が落とす金貨まで対象とは……」
「違うよ。金貨だからこそ対象なんだ。突き詰めれば、これはただの"金"という戦略資源だからね」
以前より何度も行っていた緊急生産によって、拓斗はその裏に存在するルールをおおよそ把握することに成功していた。
【緊急生産ルール】
一つ、それは『Eternal Nations』以外の物品であっても必要な魔力を用意すれば生産出来る。
一つ、生産に必要な魔力は別世界における物品の価値に準ずる。
一つ、『Eternal Nations』上で知られている物品の生産に必要な魔力は、ゲーム内における価値に準ずる。
逆に言えば、別のゲームにおいてどれだけ一般的でありふれたものであっても、『Eternal Nations』上で知られる物であるのなら、その判定価値はこちらのゲームに準拠するのだ。
……この金貨がその最たる例だった。
ブレイブクエスタスでゴールドと呼ばれる貨幣が一体どれほどの価値を持つかは関係ない。
たとえ50枚を集めてようやく木の棒が手に入るほど価値の低い物であったとしても関係ない。
『Eternal Nations』は、それを等しく"金"という戦略資源で扱う。
であれば、その"金"に等しいだけの"魔力"が交換で手に入る。
それが拓斗が推論の上で導き出し、確信を持って得ていた答えだった。
「し、しかし、一体この魔力はどこから?」
「さぁ? ゲームでもそれは謎だったよ。まぁその辺りを細かくやるとゲームが煩雑になって面白くなくなるからね」
そして一つ、ゲームのシステムはいかに既知の物理法則を無視していようと、愚直にその動きを再現しようとする。
RPG勢である魔王軍が無限の配下召喚やイベントの挿入といったおよそ物理法則を無視した現象を行えることがそのルールが間違いないことを如実に表している。
SLG勢であるマイノグーラが領域を呪われた大地に変貌させたり、国民となったダークエルフ達の属性を邪悪に変更したりしたことからもそれは分かる。
拓斗はよく理解していた。
ゲームの力がそのまま武器になるのではない。
設定としてある強大な力を振るうことが本質ではない。
ゲームとしてのバランスを確立させる為に強引にねじ曲げられる現実法則。
この力こそが彼らが持つ本当の武器だった。
……SLG勢であるマイノグーラの武器は国家運営にある。
魔力さえあれば時間や物理法則を無視して生み出せる物資や建物。
プレイヤーである王が常に国家のあらゆる事象を完璧に把握でき、配下に即座に指示を出すことができる認識機能。
建造物とユニットの殆どが持つ、独自の特殊な能力。
それらはこの世界におけるバランスを考慮しない。
つまりそれは、ルールの穴を突けばいくらでも不正じみた成果を得ることが出来るという証明に他ならなかった。
「経済プレイと一般的には呼ばれてる方法だよ」
言われてもいないにもかかわらずいそいそと追加の金貨を持ってくる姉妹に礼を言いながら、拓斗は引き続きニンゲンモドキに"金"の交換を依頼する。
「貿易や国内経済でもって大量の資金を生み出し、緊急生産で強引に建造物を作りまくる。経済力が更なる経済力を生み、指数関数的に国力が増加するプレイスタイル。《ドワーフ国家グレートウォール》や、《海洋国家七海船団》が好むプレイだね」
ニンゲンモドキが"金"を持っていく奥がどのようになっているかは分からない。
だが事実として交換は続いている。それに終わりはない。
なぜなら、レートの変動や交換物の枯渇はゲームが複雑になるため実装されていないからだ。
故にこの奇妙な往復は金貨が尽きるまで続く。
「そもそも戦略資源としての"金"は希少価値が高く産出量も少ない。最上級のユニット生産では必ず要求されるから毎回入手に困ってたんだよね……」
その分、魔力との交換レートも高い。
その言葉の通り、マイノグーラが備蓄する"魔力"がドンドン膨れ上がっていくことをアトゥは実感する。
これがゲームの序盤であるとするならば法外とも言える量の"魔力"になっている事を。
「つ、つまり……これだけの金貨――いえ、"金"を魔力として国家に投資する事ができれば……」
SLGのシステムの穴と、RPGのシステムの穴を巧みについた裏技がここに明らかになる。
互いのゲームが遭遇しなければ決してあり得なかったバグが、ここにきて猛威を振るう。
SLGの弱点は、国家を巨大にするまでに多くの時間が必要となることだ。
その弱点が今、半ば消し去られようとしている。
「さぁアトゥ。楽しい楽しいチートの時間だ」
どこか遠くから足長蟲の叫び声が聞こえる。
どうやら更に金貨を持って帰ってきたらしい。
同時に外から慌てふためいた様子で何かを叫ぶモルタール老らの声が聞こえる。
先走ってしまった形だが、彼らへの説明も必要だろう。
拓斗は一旦手をとめ、建物の外へと出る。
「金は唸るほどある。ここらで富豪の気分を味わってみようじゃないか」
うずたかく積み上げられた金貨の山。
限界を知らぬ程の資金――"魔力"を手に入れた拓斗は、久しぶりに機嫌良く笑った。
=Eterpedia============
【市場】建築物
国家の魔力生産 +5%
魔力を用いた資源売買の解禁
市場は国家の経済を担う最も原始的な建物です。
効果は低いですが、国家の経済力を向上し"魔力"の
生産量をアップさせる効果があります。
また、"魔力"を用いた資源売買が可能となります。
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