第九十九話:舌禍(2)

 見誤っていた!

 その報告を聞いた瞬間、アトゥの瞳は驚愕に見開かれ、隠しきれなかった焦りが表情に出る。


「ヴィットーリオは何か言っていましたか! まさか離反? こんなタイミングで!?」


 思わず立ち上がり、だが立ち上がったところでできる事は何も無いと机を殴打する。

 幸福なる舌禍ヴィットーリオという英雄は、『Eternal Nations』の中でもかなり特殊な性質を有している英雄である。

 その一つがコントロールが効かないことにある。

 この英雄は国家に所属しながら、プレイヤーの指示を一切きかないのだ。


(コントロール不可の影響がこんなところで出るとは! 元々人の話を聞くような英雄ではありませんでしたが、これを放置しておくにはあまりにも不味すぎる)


 かの英雄は指示を聞かない。その上で自己の判断により勝手に行動し、勝手に能力を行使する。

 その厄介な能力は無数にあれど、最も危険なものは――一部のプレイヤーコマンドの行使。

 具体的には建物の建築やユニットの生産、果ては技術の開発や都市の設立等、おおよそ『Eternal Nations』で指導者が行える全ての行動をデメリット無視で行えるとされているのだ。

 この能力は一見すると有利に思えるがこれが実のところ非常に不味い。

 物事にはバランスというものがある。順序というものがある。取捨選択というものがある。

 国家を運営する指導者が選択する行いは、全てが各々の理論に基づいた強固な秩序の上に成り立っている。

 それらが相互的に作用し、国家繁栄と敵国の撃破につながる。

 なんでもかんでも手当たり次第に手を出せば良いなどとは子供の主張に過ぎない。選んではならない選択というものもあるのだ。

 そしてヴィットーリオはそれらを無視する。無視することが出来る。

 無視して好き勝手にやる。

 しかも対象は敵味方かかわらず……だ。


 すなわちそれは自分たちに益となることもあれば、同時に不利益になることもあるという事実を示している。

 つまり彼が自分にしか分からない理論によって能力を行使するたびに、マイノグーラに未曾有の不利益をもたらす可能性を示唆していた。


(拓斗さまであればヴィットーリオを御すことが出来た。拓斗さま程アレを上手に扱えるプレイヤーは『Eternal Nations』には他に存在しなかった。だからこそアレも拓斗さまに尊敬の念をいだき、そうそうおかしな事はしないと高をくくっていた!)


 ヴィットーリオはその設定において、策謀に長けているとされる。

 まるでその設定を理解し利用するかのように、拓斗はヴィットーリオの無秩序を完璧に乗りこなしていた。

 それこそ、プレイヤー イラ=タクトこそがヴィットーリオの真の主であると噂される程に……。


 だがそれは……この無秩序と混沌を愛する、策謀の英雄の前にはさして意味を持たないことだったのかもしれない。

 否――彼が彼であるからこそ、ヴィットーリオは己の信念にもとづいて行動を起こしたのだ。混沌と無秩序こそが彼の領分であるが故に。


(ヴィットーリオの能力を用いれば、国家から離反すら可能! けど……その目的がわかりません!? いや、もしかして全く別の目的があって街から出ていった? だとしてもただ難癖つけるだけのアレにどのような策が? 一体拓斗さまの快復とどのような関係が?)


 彼の行動は、常に突拍子もなく他人に理解できるものではない。

 だが『Eternal Nations』の設定において、彼の行いはその全てが深い洞察と叡智、そして大量の遊び心によって行われるとされていた。

 その行動を理解出来ぬは、その者がヴィットーリオの見ている世界へまでたどり着いていない証左であると。


(ヴィットーリオの目的が、一切わからないッ――)


 何も考えずの行動であるならまだ許せた。

 確実に考えた上での行動であるから、アトゥにここまでの焦燥感を抱かせているのだ。


(ちっ! まずは落ち着かないと、分からない事を分かろうとするのは時間の無駄です。特にあのヴィットーリオに関しては……)


 自分がしっかりしなくてはマイノグーラの先行きは暗礁に乗り上げる。

 拓斗の援護が一切得られない今、アトゥの手にマイノグーラの未来が委ねられているのだ。

 アトゥは急速に頭を回転させ、己が出来る範囲でまずはことの対処に当たる。

 このような時に必要なことは情報収集。些細なことにこそ重大なヒントが隠されている。


「まずは現状を整理しなくてはなりません。なんでも良いです。何か彼に関する情報はありますか?」


 何がヴィットーリオにこのような行動を取らせたのかをまずは確認する必要があった。

 苛立つ気持ちを抑え、アトゥは情報を持ってきたエムルに尋ねる。

 あの英雄の性格を考えれば、必ず自分たちに対してなんらかのメッセージを残していくと考えたからだ。


「いえそれが……こんな書き置きが」


「……書き置き、ですか?」


 エムルの懐から一枚の便箋が取り出される。

 丁寧に折りたたまれたそれはなにやらカラフルな模様が施されており、一見するとどこぞの少女が戯れに用意した友人へのお手紙といった様子だ。

 だがその内容が自分たちにとってとてつもない爆弾になるであろうことだけは理解できる。

 見た目通りファンシーな内容ではないだろう。なにせ書き手はあのヴィットーリオなのだから……。


「とりあえず見せてもらえますか? アレが何を思ってこのような行動に出たのかを少しでも理解する必要があります」


「はい、その……あんまりご覧にならないほうが良いと思うのですが……」


「いいえ、見ます。見なければいけないでしょう。不本意ではありますが……」


 エムルの言葉で思わず頬が引きつる。

 おそらく、完全にこちらを小馬鹿にした内容なのであろう。エムルが読ませることを躊躇う程の……。

 だがヴィットーリオの意図を確認せねばならぬ以上、この書き置きを放置するという選択は存在しない。

 本当であれば今すぐ火にくべて全てを忘れてまた日々の仕事に戻りたいところではあったが。――アトゥはゴクリと息を呑む。

 はたしてヴィットーリオは本当に離反したのか? 本当に拓斗への尊敬を持ち合わせていないのか?

 あの謀りと喜劇の英雄が、何を考え何を残したのか覚悟を決めて受け止めるため……。



―――――――――――――――――――

 拝啓

 陽春の候、如何お過ごしでしょうか?

 平素より大変お世話になっております。皆様の希望ことヴィットーリオでございます。


 さて、この度このように手紙を認めたのは、吾輩について是非知っておいていただきたい事があったからであります。


 突然ですが、アトゥくんは兎をご存知でしょうか?

 はい、ウサちゃんです。ウサちゃんリンゴなどでおなじみの、可愛く愛らしいあの動物のことであります。

 日頃からスイーツ脳の頭が足りていないアトゥくんであっても、流石にウサちゃんのことは知っているかと存じます。

 ではこちらの情報については知っておりますでしょうか?

 曰く――兎は寂しいと死んでしまう、と。


 ご推察のとおりでございます。

 吾輩、幸福なる舌禍ヴィットーリオもまた、ウサちゃんなのでございます。


 先日よりアトゥくんに呼び出されこの世界にやってきた吾輩ではありますが、フレッシュな気持ちとは裏腹にその環境と同僚は劣悪の一言でした。

 まるで新入社員をいびるお局の如き所業。

 口を開けば嫌味と罵倒の連続。

 揚げ足を取るかのようにネチネチとしつこく、こちらが業を煮やして反論しようものなら大げさに驚いてまるで自分が被害者だとでも言わんばかりの態度。

 この新しい世界新しい職場に夢と希望を持ってやってきた吾輩には、人々の態度はいささか強烈な洗礼でありました。

 はい、ろくに仕事もできずに地位と立場にあぐらをかく軟弱者どもによる心なき暴言により、吾輩は心の中で泣いておりました。

 泣いておりました。(重要なので二度書き記しました。


 ウサちゃんは寂しいと死んでしまいます。このままでは吾輩もまた、悲しみと寂しさで死んでしまうのです……。

 しかしながら、吾輩は同時に自らが負っている責務の重要さも理解しております。

 決して己の職分を忘れたわけではございません。ええ、忘れませんともお前らとは違って。

 よってこの悲しみから決別するため、まずは自分探しの旅に出ようと思った次第であります。

 自分を探して、生まれ変わった自分になって、フレッシュな気持ちで今後の仕事を進めたいと思っているのです。


 そう……それが社会人だから。社会に出た吾輩に与えられた、試練だから!

 いつまでも泣いてちゃ駄目だゾ! 頑張れ吾輩!

 しゅきしゅきだいしゅきなタクトさまの為に、精一杯がんばるんだゾ♪

 はい――皆々さまの応援並びに声援、誠に感謝いたします。

 国中から絶え間なく届けられる熱い激励の中、吾輩自分探しの旅に本日より出発でございます。


 なお行き先はストーカー防止の観点から非公開とさせて頂き、連絡もまた面倒くさいため控えさせて頂ければありがたく存じ上げます。

 アトゥくん含めマイノグーラにお住まいの愚鈍'sにおかれましても、くれぐれも吾輩の居所を探そうなどという無意味かつ無価値な行いは控えて頂ますようお願い申し上げます。

 そんな無駄なことしてるからタクトさまが伏せる事になるんだゾ、この無能ども。


 あっ!!!! ちなみに!!!!

 どこかの誰かさんと違って、吾輩タクトさまに反旗を翻すようなことは致しませんのでその点は誤解なきようお願い申し上げます。

 あっさり洗脳されてアホ面キメてたどこかの誰かさんと違って、吾輩は賢いので!!!!

 吾輩は!!!! 賢いので!!!!


 では、やがてこの世を統べる偉大なる神にて、輝ける闇の導きである破滅の王イラ=タクトさま――その唯一にして無二である腹心ヴィットーリオより。


 哀れで見窄らしいド貧乳へ、愛をこめて――。 敬具。

―――――――――――――――――――



「あんの! ど畜生がああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 アトゥ絶叫。同時に激怒。

 彼女の激発と共に木製の机が勢いよく破断される。


「きゃああ! ご乱心! アトゥさんがご乱心ですぅぅぅぅ!!」


 側でハラハラと様子を窺っていたエムルがアトゥの爆発に思わず悲鳴をあげる。

 なお怒りが収まらぬのか、真っ二つになった罪なき机を何度も踏み抜き破壊するアトゥ。

 そのたびにバキバキと嫌な音が鳴り、あれほどマイノグーラに貢献した木製の机は見るも無惨な姿へと変貌していく。


「お、落ち着いてくだされアトゥ殿! お気持ちはわかりますが物に当たるのはよくありませんぞ!」

「そうです! 気持ちはわかります! 気持ちは大変分かりますがここはどうぞ抑えて頂きたい!」


 アトゥへの直訴へとやってきていたモルタール老とギアが慌てて諌めようとする。

 だが今まで立場があるからと散々我慢を強いられ、ここに来て最上のトラブルと煽りを食らったアトゥにはそれらの言葉も何ら効果をもたらさない。

 それどころか叫べば叫ぶほど、彼女の怒りは増すばかりだ。


「あの変人がぁっ! この私を嘗めに嘗め腐りやがって! 次にあったら速攻でぶち殺してやる!!」


「退却! 全員退却じゃ! 巻き込まれる前に逃げるぞ!」

「急げ! アトゥ殿は待ってはくれんぞ!!」


 どうしたものかと戸惑う老賢者と戦士長だったが、アトゥの背中から特徴的な触手が伸び始めたのを確認すると慌てて悲鳴にも似た叫びを上げる。

 と同時にモルタール老とギアの号令を聞いた者たちが一斉に扉へと殺到し逃げ出していく。

 アトゥの怒りとともに背中から伸びでた触手はすでに周りの家具を破壊し尽くし、建物の構造まで手をかけようとしている。

 それでもなおアトゥの怒りは収まらない。


「ささ、キャリアたちが最後なのです。行きますよお姉ちゃんさん」

「飴ちゃんー……」


「くそぉぉぉぉ! 腹立つぅぅぅ! せめて! せめて何をするか位は説明していきなさい! ってかドってなんですかドって! その……私だって、うっ、うう……もうやだ! あいつと一緒に仕事するのやだ! うわぁぁぁん! 拓斗さまぁぁぁぁ!!」


 最後にエルフール姉妹が扉から軽やかに退出し、アトゥは一人にさせられる。

 ある意味で放置されたとも言える状況になってなおアトゥの怒りは収まらず、今度は癇癪を起こした子供のようにダダを捏ねて、今は頼りにならない主へと助けを求めるのであった……。


 ◇   ◇   ◇


 マイノグーラの都市、ドラゴンタンでは表面上はいつもの日常が戻ってきていた。

 街の住民に国家が抱える状況を詳細に伝える必要も無いためにこの平穏は当然ではあるが、これは都市長でもある流れ者のエルフ、アンテリーゼの手腕によるところが大きかった。

 上層部がいまだ混乱状態にあるためマイノグーラ配下による魔物の支援などは限定的となっているが、それでも住人たちが日夜熱心に街の改善にあたっており、ドラゴンタンだけを見れば街には活気が確かにあった。


 そんなある日のこと。街を吹き抜ける湿り気のあるぬるい風が妙にまとわりつく日のことだった。

 夫に逃げられ、女手一つで娘を育てているごく平凡な街の住人の家に、日も落ちかける頃合いに訪問者が訪れたのだ。


 トントンと静かにノックされる戸に目を向け、猫の獣人である母親は料理で手が離せない自分に代わって応対してもらう為、四歳になる小さな娘に声をかける。


「あら? お客さんかしら? ごめんねトト、ちょっと出てもらえるかしら?」


「はぁ~い!」


 元気良い掛け声と共に猫耳としっぽがピコピコと揺れる。

 小さな娘は、トテテと扉へとかけてゆき、背伸びしながら戸に手をのばす。


「どちらさまですか~?」


 ここドラゴンタンの街はマイノグーラの支配下にある。

 フォーンカヴンの街であった昔と違って、現在のここではブレインイーターや街の自警団による警備が厳に行われ、盗人や犯罪者などは影も形も存在しない。

 そのためこのように無警戒で応対をしてもさほど問題はないのだが、それにしても果たしてこんな時間に訪問してくるとは誰なのだろうか?

 あまり交友関係も広くないため、首をかしげながら扉に目をやる母親。

 すると娘の手によりゆっくりと扉が開かれ……。


「くぉ~ん、ばぁ~ん、わぁ~!」


 ぬぅっと、あからさまに怪しい人物が顔をのぞかせた。


「ひっ!」


 ボロボロの上着に不自然に細長い手足。

 そしてその顔に浮かぶ詐欺師じみた笑み。

 獣人の娘トトは思わず尻もちをつき、ぽかんとした表情をその怪人を見つめる。


「あ、あの……何か御用でしょうか?」


 突然の不審人物に慌てた母親だったが、いくらか冷静さが残っていたのか慌てて娘へと駆け寄り素早く自分の背後へと隠す。

 その様子をじぃっとなめ尽くすように見つけた男は、そのままスルリと扉から家へと入り――。


「貴方はいまぁ、幸せでぇすかぁ~?」


 ――ヴィットーリオは、ニヤニヤと不気味な笑顔を浮かべるのであった



=Eterpedia============

【幸福なる舌禍ぜつかヴィットーリオ】特殊ユニット


 戦闘力:0 移動力:3

《邪悪》《英雄》《狂信》

《煽動》《洗脳》《説得》《脅迫》《説法》《折伏》《宣教》

《破壊工作》《魔力汚染》《文化衰退》《焚書》《詐欺》《通貨偽造》《スパイ》

《隠密》《偽装》《潜伏》《逃走》


※このユニットはコントロールできない

※このユニットは戦闘に参加できない

※このユニットは一部の指導者コマンドを使用する

※このユニットは――――

―――――――――――――――――

~~口から溢れる災禍の言葉は、

     決して誰にも理解されることなく~~


ヴィットーリオはマイノグーラの英雄ユニットです。

この特殊なユニットは全英雄中でも最も変わった能力を有しており、基本的にプレイヤーが操作することは出来ません。

またこのユニットは保有する能力に加えて一部の指導者コマンドが可能であり、固有のAIの判断によってそれらを使用します。

その結果はプレイヤーに有利に働くこともあれば不利に働くこともありますが、コストを無視して能力を行使できるため、使いこなせればとても強力な英雄です。

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