第四十話:自由の果てに

「やべぇな! やべぇな! マジでやべぇ! こんなバケモノがいんのかよこの世界! こんなふざけた野郎がいるのかよこの世界はよぉ!」


 歓喜にも似た感情がフレマインを満たす。

 今まで幾度も過ごしてきた生において、ここまで興奮と輝きを持ったことがはたしてあっただろうか?

 何度も同じ相手と戦い、そして予定調和のように討伐される。

 戦いなど本質的に無価値であると根拠のない確信を抱いていた彼に突如訪れた未知の戦い。

 脳内を幾度となく駆け巡る危機への警鐘と、敵を打ち倒せと高鳴る激憤が、彼に光の如き生を与えていた。


「バケモノなどとは心外ですわ。女性に向けて良い言葉ではありませんわよ」


「いいやバケモノだね。正真正銘のバケモノだ!」


 フレマインの言葉もある種納得できよう。

 イスラの体躯は昆虫にしては規格外とも言える大きさ、その膂力は異常の一言。

 加えてその能力も未知数であり、決してまっとうな法則から生まれたものではないことが容易に分かる。

 さらにはその性質。普段は淑女として振る舞っているが、英雄である彼女が戦闘を好まないはずが無く。

 自らの国家、そして王の為に戦えるという歓喜で動く彼女はまさしくバケモノと言えた。


 だが対するフレマインもまた、バケモノと呼ばれるにふさわしい存在である。

 身体からは無尽蔵に炎を吐き出し、その狡猾さは毒の牙となって敵に食らいつく。

 ブレイブクエスタスの世界では数多くの国の滅亡がこの魔人の仕業だとされ、勇者一行もこの魔物を倒すのに多大なる犠牲を払うという設定がなされている。

 事実プレイヤーの中ではこのキャラクターを嫌うものも多く。

 痩せた男性の見た目とは裏腹に、その内に秘める狂気と悪意はまさにバケモノのそれであった。


「淑女にむかってバケモノだなんて、いけずな方。――そうだ、そのよく喋るお口を閉じて差し上げましょう。喉を潰せば、もう少し可愛らしいお声を聞かせていただけますわよね?」


 力の奔流がまるで小枝を散らすかのように大木を破壊していく。

 ヒラリヒラリと舞いながら放たれる業火は、まるで巨大な龍の如くうねりながら辺りを焼き尽くす。


「おお、おお、気がみじけぇことで! どうやら早い決着をお望みのようだから叶えてやるわ。テメェの丸焼きでな!」


 戦いは膠着状態。

 だが辺りに広がる被害は加速度的に増えていく。

 木々は倒れ、燃やされる。

 無数の子蟲が卵より生まれ出で、女王を補佐するかのようにフレマインへと殺到する。

 軽く手を振り、生み出した凶悪な炎によってそれらを焼き尽くしたフレマインは、その顔を喜悦に歪めながら大げさに手を広げる。


「クハハハッハ! 自分だけ手駒を使うのはフェアじゃねぇなぁ!」


 ――フレマインが魔物を呼び寄せた。


 口から炎の息を吐く犬。

 絶えず燃え続け、奇妙な踊りを踊る藁人形。

 穂先に炎を纏ったやりを持つ赤い肌のオーク。


 様々な魔物が虚空より出現し、彼を守るかのように陣形を取る。

 だが次の瞬間、何かに弾かれるようにその魔物達はフレマインのそばより離れた。


「ちぃっ! ――オレがこのバケモノを相手している! お前ぇらはその余計な羽虫どもを燃やせ! 炎の魔法もなんでもありだ! もう何もかも知ったこっちゃねぇ、壊し尽くせ!」


「かわいい私の子どもたち。その魔物たちの相手をしておやりなさい。必ず複数で当たるのですよ」


 バケモノの配下たちが各々戦闘を始め、大呪界の破壊が加速度的に進む。

 アチラコチラで人外の奇声が上がり、同時に破壊音が響き渡る。

 すでにこの場所は森林破壊という言葉では生ぬるいほどに荒れ果て、見るも無残な残状となっていた。

 木々はことごとくが切り倒され燃え落ち、地面は爆発でも起こったかのように掘り起こされている。

 辺りには焼けただれた子蟲の死体と、血を吐きながら悶絶する絶命間際の魔物の嫌な匂いが立ち込め、あちこちに場違いな金貨が美しく光を放っていた。


「それにしても、コストもなしで召喚とは、相変わらず酷く法外ですわねぇ」


「知らねぇな。できねぇお前が悪い。弱いヤツは死ぬ、できないヤツは死ぬ。強いヤツや何でもできるヤツが生き残るのは世のどおりだろ?」


 その言葉にイスラは――ごもっとも、と一言返答する。

 世界は残酷だ。

 そこに配慮や手心といったものは存在せず、ただ奪うものと奪われる者が存在している。

 惰弱なルールはひと欠片も存在せず、ただただ暴力だけが支配する世界。

 イスラもフレマインも……そのような世界からやって来たのだ。

 どの様な手段で勝利し、敗北しようとも、その理由は「負けた者が弱かった」の一言で済まされるものだった。

 とは言え、やはりこれだけの事象を起こしてみせるのだ。

 配下の無限召喚という事柄に一切の制限なしという好都合は存在せず……。


「あらあら、そちらのルールも少々厄介なご様子ですわね……」


「……けっ!」


 必ずデメリットと呼ばれるものは存在していた。


 ……ブレイブクエスタスの魔物は、戦いにおいて必ず数の制約を受ける。

 つまりは乱戦という状況が存在せず、戦う相手を決定しなくてはならない。

 そしてその制限は何らかの戦闘終了判定がなされるまで解除されない。


 先程召喚した魔物がフレマインの側より離れた原因がこれだ。

 敵グループの最大数の制限に引っかかったため、イスラとの戦闘行動が許可されなかったのだ。

 いくら無限に召喚が可能とはいえ、マイノグーラが有する軍勢を相手にするには致命的とも言える欠点だ。


 もちろんフレマイン自身もこの致命的な制約から逃れられることはできない。

 加えて彼の場合、ボスキャラクターという設定のため逃走という手段も禁止されている。

 つまりは決着がつくまでイスラとの戦闘を継続しなければならない。

 反対にイスラは自由自在に戦闘行動を組み立てる事ができる。

 常に軍勢という単位で戦闘を行うエターナルネイションズのキャラクターは、その戦闘描写が曖昧なこともあって彼らブレイブクエスタスほどの制限を受けてはいなかった。


「――故にこうやって邪魔をされるのですわ」

「ちぃっ! くそがぁっ!!」


 今も無数に生まれた子蟲がフレマインに殺到し、その視界を奪う。

 その一瞬の隙をついたイスラは、子蟲との戦闘に入り制約上完全に無防備な状態だった魔物をその副腕で掴み取ると、尻から突出した凶悪な針で一突きする。

 ビクビクと魔物が痙攣し、その眼球が異常な膨らみと警告色を放ちだした。


「はははは! おいおい、なんだそれ! そうやって適当な相手に卵を産み付けるのか? おいおい誰でもいいのかよ、下品にも程があるだろあばずれ!」


 嘲笑うフレマインの表情に余裕はない。

 賢しい彼の頭脳はすぐにその能力から相手も無限に兵力を用意できることを理解したのだ。

 こちらが手勢を召喚すれば、無防備な相手を捉え卵を寄生させ、新たな配下を生み出す。

 これではフレマインがわざわざ相手の戦力増強を手助けしてるようなものだ。

 いくら無限にブレイブクエスタスの魔物を召喚できるとは言え、フレマイン自身にはもちろん限界は存在する。

 相手を攻撃する炎の魔法もMPを消費して放たれる。ボスのため、通常であればMPの枯渇などは発生しないはずだが、ここまで戦闘が長引いてはその前提も崩れる。

 かといって配下の召喚をやめることもまた難しい、雑魚とは言え処理するにはいささか手間な子蟲がフレマインに殺到することによって天秤がイスラに傾くからだ。


 故に他の手段は取れず、焦りにも似た思いがフレマインの心を占める。

 そんな彼の胸中を知ってか知らずか、暴風の如き力の奔流が辺りの木々をなぎ倒しながらフレマインに襲いかかる。

 だが、その無秩序に振る舞われる暴力がふと緩んだ。


「一つ、お聞きしてよろしいでしょうか?」


「ああ? 水を指すんじゃねぇよ。どうせオレとお前は殺し合う運命なんだよ、余計な言葉はいらねぇ」


「まぁそうおっしゃらずに、我が王も是非聞いておけとおっしゃっているのです」


 その言葉に牽制の炎を放ちながら距離を取る。

 作戦を練り直す余裕ができた……と、フレマインは内心で安堵のため息をはいた。

 強い言葉を使ってみたものの、戦況がジリ貧だったことは確かだ。

 ここで一呼吸おいて体勢を立て直せることは非常にありがたい。

 加えて相手への強い興味があった。


 フレマインは考える。

 相手が自分たちと似たような由来の存在であることは明らかだ、であるとすればどのような世界からやってきたのか?

 彼らは何と戦い、そして何を目的としてこの世界にやってきたのか?

 単純な好奇心と、相手の情報を収集しようと考える賢しさがそこにはあった。


「なぜ我々を、そしてドラゴンタンの街を攻撃なさるので? いくら世界に闇をもたらす魔王軍といえども、突然攻撃を仕掛けてくる合理的な意味が見いだせません」


 その言葉に初めてフレマインは狡猾さと残忍さ以外の感情を見せた。

 一つが驚き。もう一つは、最大限の侮蔑だった。


「――あぁ。ハハハハ! そうか、お前は知らねぇんだな! それともお前の王とやらに隠されてるのか? そうか! そうか! ……哀れだなぁ人形!」


 フレマインはこの瞬間、自身が情報の面で圧倒的優位にいることを理解する。

 とは言えその事実が戦闘に一切寄与しないのもまた事実だった。


「ご忠告どうも――しかし、その程度の言葉では私の忠誠は揺れませんでしてよ」


「んなこと分かってんだよ」


 イスラの言葉は真実だ。彼女の忠誠心に揺らぎはなく、王への信頼は決して彼女の動きを止めることはない。

 王のことを疑ったことなど一切なく、よしんば自らが王に謀れていたとしても喜んでその命を差し出すだろう。

 イスラが抱いた懸念は一つ。

 彼らが自分たちが知らない何か致命的なことを知っているということだった。


(主様すら知らない何かを知っている……ということでしょうか? 我々がこの世界にやって来た原因は不明で、その根本的な事象は未知数。彼らがどのようにしてその一端を垣間見たのかわかりませんが、情報を吐かせることができるほど容易い相手ではないというのが歯がゆいですわね)


 イスラは内心で忸怩たる思いを抱く。

 戦闘行動中では流石にタクトに意見を伺うわけにもいかない。

 戦力差ではこちらが有利とは言え、侮って良い相手でもないのだ。

 寧ろ一瞬の油断や余計な考え事が命取りにすらなりうる。


「お前らは……自分自身の事をどう思う?」


 そう尋ねるフレマインの表情は、何故か乞い願う様な雰囲気があった。

 突如相手側から投げかけられた質問に思わずイスラも首を傾げ、だがはっきりとその質問の答えを返す。


「自己のあり方に疑問をお持ちで? ――私はマイノグーラの英雄イスラ。王たるイラ=タクト様の忠実なる下僕。それ以上でもそれ以下でもございません」


「はっ! はははは!! 人形め。傲慢で、誇りが無駄に高くて、信念を持ってる。はいしか言えない木偶人形め」


 その言葉にイスラは大きく頷いた。

 まるでその事実こそが彼女を彼女たらしめる唯一の真実で、最も特別視すべきことであるとでも言わんばかりに……。


「気に入らん」


 だがその答えは、フレマインが求めるそれとは決して相容れぬものだった。


「ああ、そうか……なんでこんなにテメェがムカつくのか分かったぜ」


 静かに語り始める。だがその言葉には明確な怒りが存在していた。


「結局、お前らは自由なんだ。自分の意志で自らの王に仕え、自分の意志でその場所に立っている。自らの王を裏切る事もできるのに、それでも自分の意志で支えている」


 何が彼の怒りに触れたのか、イスラには薄っすらと分かった。

 イスラはタクトより事前にブレイブクエスタスというゲームについてそのあらましを聞いていた。

 そしてRPGというゲームが抱える致命的で恐ろしい欠点を見出したのだ。

 否――欠点というには些か横暴だろう。

 なぜならそれがRPGというゲームの目的……すなわち、役割を演じる遊びなのだから。


「なぁどういう気分なんだ人形? 自分の意志で誰かに仕えるのは?」


 故に、イスラは初めて目の前の相手を嘲笑の眼差しで見下ろした。


「至福の光が私を包み込んでおりますわ。――それで、自由がなく、ただ役割だけを押し付けられる気分はどうなんでしょう、可愛そうなお人形さん?」


「くそったれな気分だよ!」


 戦いは再開する。

 まるでテープを巻き戻しにしたかのように同じ光景が繰り返され、ただただ互いの配下と大地が消費されていく。

 もはや戦いは互いの舌戦すらも含めるようになっていた。


「だがな! ここでテメェをぶっ殺せば俺にも自由ができるんだよ! 俺はここで初めて、ようやく! 自由になれるんだ!」


「なるほどっ! それが貴方の意志ですか! 貴方の願いですか! ああっ、どうしたことでしょう。今の貴方は――なかなか素敵ですわよ!」


「うるせぇ羽虫が! さっさと燃えて消えろ!」


 戦況はイスラに有利である。

 凡百の戦士であるのなら、時として驕りで足元を掬われることもあるのだろう。

 だが英雄たるイスラが持つ強靭な精神力は、決してその様な過ちを許しはしなかった。

 反対にイスラが警戒する相手であるフレマインは、未知の敵が持つ不可思議な法則に困惑と同時に強い焦燥感を覚えていた。


(くそっ! 燃えねぇ……っ! なぜだ、相性差でもあるのか?)


 先程から何度も何度も火炎魔法をイスラに加えている。

 その威力は客観的に評価しても壮絶の一言で、火炎耐性を持つ鎧ですら一瞬で溶かすほどの火力を有している。

 加えて相手の種族は虫。――見た目からして虫の規格を超えているが種族としては昆虫としか言いようがなく、通常この様な虫属性の魔物は炎が弱点だ。


 にもかかわらず。フレマインの炎はイスラの硬い外皮を貫くに至らなかった。

 否――直撃した表面はブスブスと黒ずみ煙を上げていることからダメージが入っていることは確かだ。

 だが彼が想像するよりもはるかに、そのダメージの量は少なかった。


(まさか……相性差すらオレ達とは別ってぇのか? だとしたら面倒にも程があるぞ!)


 フレマインが想像し、決して信じたくはないと考える推測。

 残念ながらそれは正鵠を射ていた。


 通常、ブレイブクエスタスの世界において弱点とはキャラクターに乗るものである。

 例えば「ほのおに弱い」「ぶつり攻撃によわい」といったものである。

 これはシステム的な制限で、実際フレマインも「みずに弱い」「こおりに弱い」という弱点を有している。


 逆にエターナルネイションズの世界では弱点とは攻撃に乗るものなのである。

 すなわち。

 「このユニットは氷系ユニットに10%の追加ダメージ」

 「この魔法は邪悪属性のユニットに1.5倍の効果」

 といった具合である。

 加えてエターナルネイションズでは、そのスキル量が膨大かつ複雑であることから、あまり弱点等に重きをおいていない。

 どれだけ強い敵であっても弱点を突けば勝利をもぎ取れる、などといったことはないのだ。

 強いユニットはひたすら強い。

 都合の良い弱点や、攻略法など存在しない。


 比類なき存在は、圧倒的であるがゆえにその地位に君臨しているのだ。

 その差を覆すなら圧倒的を超える戦力をぶつけるか、戦略を用いてなんとか地道に相手を削るしかないのだ。

 その違いが一見すると相性が最悪とも思われる二人の間に、圧倒的な差を生み出すことになっていたのだった。

 そして、彼らの法において、”強い”ということは敗者に有無を言わせぬ圧倒的な正義であった。


「ちぃ! 追加の魔物だぁ! 早くこい!」


 ――魔物があらわれた。 


「火力が足りねぇ! 手伝え雑魚ども。順番にかかれ! 相手が削りきれるまで攻撃しろ!」


 わずかに存在する自グループの戦闘枠に召喚した配下を詰め込み、片っ端からイスラへとぶつける。

 だがその瞬間から、バリバリと無造作に配下の魔物が食われていく。

 等しく彼女の胃袋の中だ。

 同時に火炎魔法でくすぶっていた腕がみるみるうちに回復していく。

 先程から確認していた回復能力だ。この能力がある限り、何度強力な魔法を打ち放とうとも決して相手の息の根を止めることはできない。

 腹が膨れれば止まるかと一縷の望みにかけるが、だがこの現象は能力によるもの。決して限界は訪れない……。


 すでにこの場におけるフレマインの手札は残っていない。

 

 戦闘においてフレマインはその圧倒的な火力で今まで敵を葬り去ってきた。

 氷の四天王であるアイスロックの様な特異な能力を有する必殺技もない。

 戦闘前に策を用いて相手を貶めるのが、彼の最も得意とするやり方だった。


 無論彼とて四天王としては上位のステータスを有しており、その力量は何ら劣るところはない。

 彼の相手がアトゥであれば、また話は違っていたかもしれない。

 回復手段を持たず、タクトのこととなればより激情しやすい彼女ならその隙をついてダメージを与え、何らかの形で引き分けなどに持ち込むこともできただろう。

 だが今彼の相手をしているのは汚泥のアトゥではなく、全ての蟲の女王イスラという名の英雄。


 つまるところ……相手が悪すぎた。

 それも圧倒的に。


「私、イスラがどうして守勢の英雄と呼ばれるのかご存知でしょうか?」


 朗々と語るそのいけ好かない顔に特級の魔法を放とうと手の平を突き出すフレマインだったが、なんの現象も起きないことに気づき、次いでMPが完全に枯渇したことを理解する。

 すなわちそれは……。


「都市の防衛力に、《捕食》による回復、《子蟲》による戦力補充と今回は間に合いませんでしたが防御罠の作成。そして敵を倒せば倒すほど経験値を獲得し強くなる。都市を落とすには戦力の三倍差が必要とは戦の常道ではございますが、私を打ち砕くのなら」


「――せめて五倍は持ってきていただけなければ困りますわぁ」


 フレマインの敗北が決定した瞬間でもあった。


「はっ! えらくごきげんだな! もう勝ったつもりか?」


 MPの枯渇が気力にも影響しているのか、フラフラと先ほどとは打って変わった弱々しい態度でフレマインが虚勢を張る。

 その瞳の奥に、未だ意志の光が灯っていることを確認したイスラは、ギチチと嘲笑うとはたして昆虫がこの様な表情をみせるのだろうかと思われるほどに凄惨な笑みで一つの事実を語り始める。


「マイノグーラの王は、領内全てを見通すことができます。それはすなわち、この呪われた土地に入った瞬間から一挙一動全て我が王の手のひらのうちということなのです」


 フレマインの瞳が驚愕で見開かれる。

 その様をじっくりと舐め回すように眺めたイスラは、心底嬉しそうに頷く。


「ええ、ええ。そうなのです。奇襲、破壊工作、諜報活動。このマイノグーラの地においては全て無意味。民が行う夜の営みすら我が王の知るところ――精鋭を別途分けて、暗殺や重要人物の人質を考えていたみたいですわねぇ」


「くそがぁ! 羽虫がぁっ!」


「ご苦労さまでしたわ。全員、美味しく我が子等の胃袋の中です」


 その言葉からフレマインは最後の切り札として用意していた手段がかなり早い段階で見破られていたことを理解する。

 このタイミングで明らかにしたのはただの嫌がらせだ。

 フレマインは歯がみする。

 得意の召喚能力で呼び出した精鋭の配下に都市に潜入し襲撃することを命じていたのだが、まさかこの様な手段を用いて対処されるとは思いもよらなかった。


 いくら英雄であると言えど――否、英雄であるからこそ国家の防衛は最重要の問題。

 都市襲撃の報が知らされれば自分との戦いで必ず何らかの隙を見せると考えていたのだ。

 無論、相手が鋼の意思で戦闘を続行したとしても都市とその住民に重大なダメージを与える事ができる。

 今までの戦闘とその最中での会話などから相手がマイノグーラと呼ばれる国家への従属に強い意味を持っていることを推測したフレマインは、その暴力的な力の源泉を破壊することで間接的にこの戦いに勝利しようと画策していたのだ。


 だが……その作戦も全て水泡に帰す。

 まさか、敵の首魁が国家そのものであり、国の全てを見通し配下に指示を出す能力を有しているなど反則など程がある。

 先の戦いでイスラはフレマインの配下召喚能力を法外と評したが、何を言おう、法外はそちらの方ではないか。


 国家や軍という単位で全てを動かすSLGと、あくまで物語として話が進行するRPGとの差が、如実に表れる結果となっていた。


 大きく息を吐く。すでにMPは切れ、満身創痍だ。

 むしろ強力な魔法をあれほど連発したのだ、良く持ったと言う方が正しいだろう。

 じり、と後ずさりをするフレマイン。

 そんな彼の足を不可視の力が地面に縫い付けた。


 ブレイブクエスタスのボスからは逃げられない。

 すなわち――ボスは逃げることができない。


 ここに、戦いは完全なる決着を迎えた。

 敗者はブレイブクエスタスの四天王が一人、炎魔人フレマイン。

 勝者はマイノグーラの英雄。全ての蟲のイスラ。


 そして勝者にはあらゆることが許され、敗者はあらゆるものを奪われる。


「わが王、イラ=タクト様より伝言ですわ」


 ゆっくりとした、まるで淑女がスカートの裾をつまみ上げて挨拶するかのように優雅な所作で両腕の巨大な鎌を振り上げる。


「作戦は悪くなかったけど、単純に弱かったね。――だそうですわ」


「はっ! はははははは! そうかよ、そうかよ!」


 ……自由が欲しかった。

 何故か自分が大きなうねりの中に存在していることをフレマインはよく理解していた。

 この世界にやってくる直前、あの謎の空間で世界の真実を告げられた時、初めて彼は自分の人生における出来事全てに理由をつけることができたのだ。

 そして自分が置かれた、決して逃れる事の出来ない運命も……。


 ……自由が欲しかった。

 誰の命令でもなく、誰の意志でもなく、自分自身の意志ですらなく。

 フレマインという枠からすら外れて、自由が欲しかった。


 目の前にある世界を取れば、それが叶うと信じていた。

 マイノグーラという国家、未知の国家を滅ぼせば。

 一つの世界を滅ぼすことができれば……それが叶うと、そう約束された。


 だがその願いが叶うことはなかった。

 その機会は永遠に失われてしまった。


(ああ、そうか。結局俺は――)


 ニヤリと笑う。

 なぜか清々しかった。

 自らを人形であると受け入れると、途端に今まで意固地になって自由を求めていた自分が馬鹿らしくなってきた。

 自分はどこまでいっても勇者に敵対する四天王で、残忍狡猾な炎の魔人フレマインである。それ以上でも、それ以下ででもない。

 なら十全にその役割を果たそう。

 最後まで演じきってみせよう。

 だから――。


「ならオレからもそのイラ=タクト様とやらに伝えてくれよ」


「何でしょうか?」


 巨大な鎌が自らの頭上に迫る。

 すでに満身創痍で、その攻撃をよけることは愚か視認する事すら難しい。

 だがフレマインは、己の中に残る最後の熱と共に、まるで世界に宣言するかのように吐き捨てた。


「クソくらえってな!」


 左右から挟み込むように刃が迫り……。

 フレマインの胴体は上下にわかたれた。


 ――ほのお魔人フレマインを倒した。


「ふぅ……」


 イスラが吐いたため息に答えるものはもういない。

 先程の戦いが嘘だったかのように辺りは静まり返り、破壊された大地と死体の山がその戦いの凄まじさを無言で語っていた。

 それらの光景を眺め、滞りなく全てが終わったことを確認したイスラは誰にいうでもなくひとりごちる。


「ふむ――防衛完了ですわね。子蟲の損耗が痛いですが、これで私のレベルも上がりましたし。今後はより強力な能力も使用できるようになるので、トントンと言ったところでしょうか。まぁ子供達には可哀想な事をしましたが……」


 子蟲と大地の損耗を考えれば少々痛いと言えたが、だが突発的な襲撃への対処としては完璧とも言える結果だろう。

 子蟲も大地も後ほどいくらでも修復や補充がきくし、更には今回の戦いでイスラのレベルが上がるに至った。

 この戦いに収穫があるとすれば、これこそが最も喜ぶべき成果と言えた。


 イスラはレベルアップによって得ることのできる新たなる能力に思いを馳せる。

 敵から能力を奪うことを主とするアトゥとは違って、イスラなどの他の英雄はレベルアップによって新しい能力を獲得することができる。

 今回習得できる『群生相』や『罠設置』『王位継承』などがあれば今後さらなる戦力増加に寄与することができるだろう。


 そう考えたイスラは早速タクトへと連絡を行うため、思考を集中させる。

 何をもってしても自らの主への相談が第一だ。

 今は戦闘も終わっていて、特別注意を払う必要もない。

 辺りに敵の気配はなく、気を抜いても問題ないだろう。

 先程フレマインへと向ける最後の言葉をタクトより受け取ったばかりだし、すぐに連絡をとっても問題ないだろう。

 そう考えた。


 ……だが。


 彼女は失念していた。

 いや、イスラは愚かタクトすらもその事実を忘れていた。

 フレマインの設定を。RPGというゲームの性質を。


(主様。 聞こえますか? 万事滞りなく処理いたしましたわ。その上で相談がございます。此度に戦闘で私のレベルが上がりましたので、どの能力を取得しようかと思いまして……)


 イスラが念話でタクトへと連絡を行う。

 自らの主へ勝利を捧げることの喜びと、褒章の言葉を受け取ることを期待しながら……。


(主様。お聞きでしょうか? 主様? いかがなされまし――)



=Message=============

〈!〉通信エラー

現在イベント再生中です。

チャットコマンドは実行できません。

―――――――――――――――――


「――――は?」



 ほのお魔人フレマイン。

 この敵はブレイブクエスタスのプレイヤーの間では非常に有名で、このゲームについて聞かれた際、最初に彼の名前を口にする者も少なくはない。

 それどころかゲームメーカーが行ったアンケートによる最も嫌いな敵ランキングでは堂々の第一位ですらあった。

 ――理由は簡単だ。

 彼の所業によって……。



 勇者の大切な仲間がその命を落としているのだから。



 致命的なミスが明らかになる。

 傲慢の責任と、楽観の代償を支払う時が来た。

 自分たちの知る法則を盲信したが故のツケが、ここに来て回収されるのだ。

 運命が急速に回転を始める。


 抗うことのできぬ絶望が、背後より忍び寄ってきていた。


=Eterpedia============

【ほのお魔人フレマイン】

HP:4200

MP:16000

こうげきりょく:22

ぼうぎょりょく:30

まりょく:55

すばやさ:24


 こうかつ で ざんにん な魔人。

 多くの街をほろぼした ちょう本人だ。

 ぜったいに油断しちゃいけないぞ!


=Message=============

〈!〉エラー番号008(データ値が異常です)

〈!〉データプロファイルがフォーマットから外れています

―――――――――――――――――

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