第四十六話:幕切れ
一人の男が、大地に佇んでいた。
年齢不詳のその男は、くたびれた黒色の外套から鋭い視線を向けている。
視線の先には二人の少女。
世界と運命に翻弄され、月の魔力に魅入られた哀れな娘たちだ。
その地は、一言で表すのなら奇妙という単語がしっくりときた。。
何らかの建築を行っていた様子があり、どこから持ち出したのか土塊や木材が見て取れ、場所によっては足場さえ作られている。
だが肝心のそれらを建築すべき存在の気配が一切せず、まるで建築途中で放棄されたかのような空虚感のみがある。
ここにはすでにその男しかいない。
その事実を如実に物語る光景だった。
――男が、静かに語り出した。
「貴様らか……我の配下をことごとく打ち倒してみせた者は。かようなか細さでそれをなし得るとは、つくづく運命とは我を翻弄するのが好みらしい」
男はどこか楽しそうにその言葉を語る。
思慮深さを感じさせる深みのあるその声音は、まるで会話というものを楽しんでいるかのように弾んでおり、だが同時に警戒や油断というものが一切存在していない。
「しかしだ……。であればこそ我は貴様らにここで死んで貰わねばならぬ。それが約定だからな」
RPGゲーム:ブレイブクエスタス。
最終ボス:魔王
この男こそが、エルフール姉妹が行う後悔の旅――その終着点であった。
「貴様らがどのようにして我が配下をうち滅ぼしたかは知らぬ。だが矮小なる存在では我の身体に傷を付けることすらできぬぞ」
言葉と同時に世界が歪んだ。
空気中に存在する魔力が急激に変動し男の身体を取り囲む。
次いでそれは漆黒の衣となって絶対の防御を作り上げた。
先ほど見えた男の表情はすでにうかがい知ることができない。
光や空間を歪めるほどに強力な不可侵の力場がそこに存在している事をそれは表していた。
=Message=============
魔王は闇の障壁をはった!
―――――――――――――――――
しかし……。
=Message=============
勇者の力が闇を打ち払う!
闇の障壁は消え去った!
―――――――――――――――――
双子の少女――エルフール姉妹の身体が一瞬淡い光を放つ。
同時にパキンと軽快な音が鳴ったかと思うと、ガラスが割られるかのように魔王を包みこむ障壁を打ち砕く。
先ほどまで漆黒に包みこまれていたその顔は、今は驚愕の色が強く浮かんでいた。
「その技……勇者の力に目覚めたというのか? どういう事だ? この世界には勇者は存在しないはず……その約束だが、一体何が?」
初めて魔王に困惑が見て取れた。
無数に存在する彼の記憶をたぐり寄せても、この現象を使用できるのは勇者ただ一人のみである。
そして勇者とは彼が知る人物ただ一人。
闇の障壁はあらゆる攻撃を減退させる彼が誇る絶対防御だ。
この力があるからこそ彼はかつての世界を恐怖に陥れる事ができたし、魔王を倒せるのは勇者のみであると人々の間で語り継がれていたのだ。
その前提が……彼が知る絶対不変の法則が崩れている。
魔王は、生まれて初めて混乱という感情を経験する事になった。
「その力は誰から与えられたものだ? 何が貴様らに勇者の力を授けた?」
少女達は答えない。
ただ静かに、その歩みを進めていく。
言葉を知らぬのか、それとも言葉を交わす意思がないのか。
魔王は、そういえば自分が知る正統たる勇者も同じように無口だったなと思い出し小さく笑った。
「まぁ……良い。全て滅ぼし、征服しなければならないのだ。それが約束だからな」
そして、魔王は意識を切り替える。
会話から戦闘へ、みすぼらしい見た目の男から魔王へと。
……切り替わった変化は彼の意識だけではなかった。
魔王の身体が突如膨れ上がり、膨張を繰り返す。
同時に外套を切り裂いて無数の刃がその身体から突き出される。
それはおさまる事を知らずにドンドンと肥大化すると、小さな屋敷ほどの大きさとなった。
「……最初から変身することが不思議か? それともゲームの様に段階的に戦うのがお好みか? 制限の多くが失われたこの世界では、その様な無粋を言う者もいまい」
先ほどの男と同じ鈍い声がその巨大な物体から出され、血の様に赤い瞳が爛々と輝く。
魔王の身体は……この世全ての争いそのものであった。
比喩ではない。
その身体は無数の動く死体で構成されており、更には剣や斧、鎧や縦といった装備を数珠つなぎにし鎧としている。
不和と争いを象徴する四つ足の獣――それが魔王の真なる姿だった。
ぎょろりと、死体と金属の山からむき出しになった巨大な眼球がエルフール姉妹を捉える。
ガチャリと、巨大な刃の群れが生きているかのように蠢く。
ブレイブクエスタスにおける制限と、この世界に引き継がれた制限。
短い間にそれらの検証を完了させていた魔王は、最初から全力で二人の少女を排除する事にした。
彼が持つ魔族の王としての超感覚と、胸騒ぎにもにた警戒感がそれを成していた。
曰く……目の前の少女たちを決して侮ってはいけない。
それは見た目が少女の形をしているだけの、恐ろしい存在であると……。
「おそらく……。貴様らをうち倒すことが、我に課せられた試練なのだろうよ」
会話はすでに意味を成していない。会話とは相手がいるから成立するものであって、一切の聞く耳を持たず殺意のみをもってやってくる少女たちでは致命的に成り立たないものだ。
その事を理解しながら、どうしても聞かねばならぬことがあったと魔王思い出す。
孤独の魔王はまるで開戦の合図を行うかのように、最後に彼女達に問う。
「戦いの前に一つ……確認をしたい」
――全ての魔物が爛れ、生きることを忘れ、食われてしまった中。
最後に残った魔王は彼にとって最も重要な事柄について、口にした。
「貴様らは神の存在を信じるか?」
「「そんなものドコにもいない」」
少女たちは憎悪の籠もった声で吐き捨てた。
=Message=============
魔王があらわれた!
―――――――――――――――――
全ては死んでしまった人たちの為に。
過ぎ去った大切な思い出の為に。
決して戻ってこない過去へ手向ける為の戦いが始まる。
◇ ◇ ◇
激戦という言葉は、まさしくこの戦いの為に存在しているのだろう。
メアリアとキャリアは姉妹特有の連携を持って魔王に不可視の攻撃を仕掛け、魔王もまた己が持つ全ての力を持ってその全てを凌いでいた。
「刃よ! 我に人の死をもたらせ!」
魔王の背から彼を構成する無数の武器が射出される。
上空に打ち出されたそれは放射状の軌道をとり、エルフール姉妹に降り注ぐ。
大盤振る舞いとも、空を埋め尽くすほどとも表現出来ようそれは、狙われた方からすれば死の宣告に等しい。
その数ゆうに百を下らず、狙いは酷く正確だ。
だが対する相手も凡百ではない。
それどころか世界に生まれたばかりとは言え……魔女だ。
イドラギィア大陸における七つの災厄。その一つなのだ。
この程度で落ちる程、慈悲に溢れる存在では無かった。
「あはははは! 綺麗!」
姉のメアリアが瞳を輝かせて両手を空に向ける。
彼女の瞳に浮かぶ紋章が鈍く輝いた瞬間、双子の少女を狙っていた無数の武器は全てその存在を忘れた。
「キャリアッ!!」
「……分かりましたです。お姉ちゃんさん」
次いで妹のキャリアが瞳を光らせる。
同時に、魔王の足下がグズグズと崩れ始め、体勢を崩す。
「くっ――小癪なぁ!」
魔王へ直接攻撃を放たないのは、彼のレベルと防御力の高さ故だ。
双子の少女の
有象無象であれば瞬時に殺害が可能ではあるが、強力な存在に向かって使うにはそれなりに時間が必要だった。
加えて距離と魔王の再生能力だ。
双子の能力をその観察眼ですぐさま見抜いた魔王は、先ほどからアウトレンジ攻撃に徹している。
更に彼が持つ強力な再生能力がかろうじて与えたダメージや忘却を回復させてしまう。
無論魔王側の攻撃もメアリアの《白痴感染》で全て忘れさる事が出来るため、戦況は膠着状況と言える。
だからこそこのタイミングでメアリアは魔王の足下を腐らせ、彼の意識を一瞬奪った。
そう、全ては接近戦を挑むため。
武器を持たぬ二人が、その手段を得るため……。
=Message=============
エルフール姉妹は魔王の武器を手に入れた。
…………魔王の武器は呪われていた!
―――――――――――――――――
撃ち放たれた無数の武器。戦場に転がるそれを素早く拾い上げる二人。
メアリアは双剣。キャリアはハルバード。
無論……。
=Message=============
メアリアの《白痴感染》!
魔王の武器は呪いを忘れた!
―――――――――――――――――
呪いの罠など考慮に値しない。
「我の身体をも御して見せるか! なんたる傲慢! なんたる不遜! それでこそ我が試練よ!」
大地が爆ぜ、二人の少女が疾駆する。
迎撃するかのように撃ち放たれる武器の山が瞬時に喪失し、行動阻害とばかりに魔王の身体が爛れ崩れる。
それでもなお、魔王は落ちぬ。
鋼鉄すら容易く切り裂くその爪を持って双子の少女を迎えると、人の身では視認すら困難な剣戟を繰り広げた。
魔王は逃げ出すことができない。
たとえそれが可能だったとしても、彼に逃げ出す選択肢は残されていないだろう。
戦いは、わずかにエルフール姉妹に傾こうとしていた。
………
……
…
魔王の変身は最初から最終段階を迎えている。
今の彼にこれ以上の手は残されておらず、じりじりと傾く天秤をひっくり返す手段は残されていない。
デバフ系――能力減退系の魔法を放っても全てがかき消される上に、そもそも通常の攻撃すら満足に相手に通す事が出来ない。
逆に接近戦によって相手の攻撃は確実に自分を滅びへと誘っている。
脳裏にはすでに敗北の二文字が浮かんでおり、すなわちそれは永遠の無に堕とされる事を意味していた。
「負けぬ! 我には神がついている! 神に選ばれし我が、このような場所で負けぬはずなどない!」
魔王は叫ぶ。
それは自らに英知をもたらし、この世界へと導いた神に対する祈りであった。
世界に闇をもたらすはずの存在が、神を信奉するとはなんたる皮肉だろう。
「平穏だ! 何よりも望む平穏がすぐそこにあるのだ! 我は神の試練を乗り越えてみせる!」
そして彼らが軒並み平穏を望んでいるとは、なんたる喜劇だろうか。
イスラと共に散った炎の四天王フレマインしかり、魔王しかり。
彼らはなぜこの世界に連れてこられたのか。なぜ意思など持ってしまったのか。
もし彼らが心を持たず、ただただゲームのデータ上の存在として生き続けることが出来れば、どれほど幸せだっただろうか。
魔王の脳裏にこの世界にやってきた時の出来事が思い起こされる。
無限に広がる白の世界、そして自分の存在がいかにちっぽけでくだらないかを知らしめる圧倒的存在感。
次いで語られる世界の真実。
そう――神は実在する。
ソレは彼らの前に姿を現し、確かにその御言葉を下された。
その約束が……神と交わした約定があるからこそ、魔王はこの地でも世界を征服することに疑問を持たなかった。
自らがそれしか出来ぬ存在であると知ってなお、決意を抱くことが出来たのだ。
全ては神にもたらされる永遠の幸福と平穏の為に。
自らがゲームの存在から確固たる意志を持つ存在に昇華するために。
「アハハハハ! ねぇ! ねぇねぇねぇ! 神様はいないんだよ? 神様はドコにもいないの! 世界は私たちに残酷なんだよ!」
「神神神とさっきからとてもうるさいのです。ぎゃあぎゃあ喚くその口を閉じろ」
魔王の願いに、二人の魔女は侮蔑をもって返答とする。
彼女達は、致命的なまでに魔王とその願いに興味がなかった。
「神は! 神はいるのだ! 神こそが平穏を与えてくださる! 神は我々の苦悩を理解してくださる! それが約定だ! その証として、我はここにいる!」
魔王は叫ぶ。
神の慈悲、神への懺悔、神への願い、神への宣言。
ぐるぐるとあの時の光景が魔王の中で反芻される。
一人のみすぼらしい男。彼が抱いた野望が崩れ去ろうとしている。
たった二人だ。たった二人の小娘の前に、その願いは消え去ろうとしている。
「我は自由を手に入れる。自由を手に入れ、争いのない世界に行くのだ! 閉じた世界の外側へ! ゲームの外側へ!」
魔王は叫ぶ。
「願い、信じれば! 偉大なる神は応えてくださるのだ!」
――その言葉を確かに耳にした二人の少女は、まるで汚物を見つめるかのような視線を向けるだけだった。
二人の少女は知っている。
この世には夢も希望も何もないのだ。
全ては憎むべき対象で、信じれば信じるほど裏切られる。
唯一信じて良いのは過去のみ。優しく、そして優しいが故に失われてしまった者たちだけが、彼女たちにとって信じられるものだった。
彼女たちの心も力も身体も、意思も信念も想いも、全て過去に向けられている。
死んでしまった人達への後悔を胸に、ただ無くなってしまった人達への為だけに、月に狂った二人の少女は突き進むのだ。
「世界だ、世界を捧げれば神は願いを叶えてくれる! 貴様らの神はなんだ? 貴様らが信じるものはなんだ!? 貴様らの神の名を言え!」
「「神などいない」」
二人は再度答えた。
神なんていない。
そんな都合の良い存在は、この世界のドコにも存在しないのだ。
一瞬、優しかった王の笑顔が脳裏をよぎったが、それすらも振りほどく。
チクリと、胸が痛んだ気がした。
月は美しく輝いている。
◇ ◇ ◇
結局、戦いは予定調和の如く終了を迎えた。
魔王の戦闘能力は最大まで強化された双子の少女に及ばない。
純然たる事実で、そこに奇跡等が入る余地は無かった。
もしこれが戦闘能力にそう大差ないものだったのならまた話は違ったのだろう。
だが……残念ながら事実はそうならなかった。
ゲームとは一つの世界とも言える。
それは多くの人を楽しませ、物語を紡ぎ、そして人々に感動と興奮を与える。
数多くの記録や伝説を作り、RPGゲームにおける不朽の名作とも呼ばれ、未だにリメイクやメディアミックスが行われ根強いファンが多数いるRPGゲーム『ブレイブクエスタス』。
その最後に鎮座するラストボス。魔王の最後にしてはあっけなく、そして何よりも寂しいものだった。
「ああ、我が朽ちていく。我の夢が、希望が……消えていく」
グズグズに崩れ落ち、全ての武器が消失し、それでも魔王はまだかすかにその生命を維持していた。
双子の少女はすでに魔王に興味を失ったようで、ぼんやりと月を見上げている。
戦いは終わったのだ。
敗れ去る者にかける憐憫の情などどこにも持ち合わせていない。
だが……エルフール姉妹にとって終わった戦いでも、魔王にとってはそうではなかった。
「できぬ……我は死ぬわけにはいかない。この意思が存在する限り、我が神の名に誓って……我は死なぬ!」
時として、強い意志が運命を変える事がある。
決して覆せぬはずの出来事を、強引にねじ曲げてしまうこともある。
特にそれが……イベントで定義付けされたものならなおさらだ。
なぜならシステムは対象を考慮しないのだから。
=Message=============
強い意志が魔王をささえる。
魔王の傷がみるみる消えていく!
―――――――――――――――――
危機の際に意思の力で覚醒を迎える。
それは最も陳腐で、最もありきたりと言える現象なのだろう。
だが陳腐でありきたりだからこそ、当然の様にその現象は現れる。
世界は残酷だ、だが同時に平等でもあった。
無力で哀れな少女が後悔と憎悪の中、新たな力を得るのであれば。
力持つ魔の存在が願いと希望の中、新たな力を得ることもまたあり得る。
「おお、おお! やはり、やはり我はここで終わる存在ではないのだ! 我は神に愛されている!」
魔王の身体を新たな魔力が包みこみ、強い光を放つ。
強く、気高き光だ。
意思と力の籠もった鋭い瞳がようやくこちらに視線を向けた少女たちを射貫く。
「やはり神は我をご覧あられた! この我に勝利をもたらしてくれる!」
そして高らかに宣言する。
自らが信じ、全ての夢をかける神の名を。
「聞けい! 我が神の名は――」
=■■■■■============
みだりに神の名を口にしてはならぬ
―――――――――――――――――
「――――え?」
その瞬間。何者かが空より飛来する。
エルフール姉妹でもなく、魔王でもない。その場に招かれざる第三者。
軽妙な金属音と共に銀光が一筋走り、轟音が鳴る。
砂埃が舞うより早く魔王の身体に縦の線が生まれた。
襲来の刹那、イスラから継承した超感覚と膂力でその場から瞬時に距離をとったエルフール姉妹はわずかに体勢を崩しながら鋭い視線を魔王の方へと向ける。
「「…………」」
そこには、身体を真ん中から二つに切断された彼女達のかつての敵が存在していた。
切り口は驚嘆の一言。
定規を使ったかのように美しく一直線に切断されたそれは少しの歪みも存在していない。
更には魔王の強靱な身体を切り裂いたにも関わらず無駄な力が一切かかっていないのか、周囲への影響が驚くほど少なかった。
事実、鉄と死者でできたその身体は、未だ自らが正常であると言わんばかりにその場で静止している。
だが時間の経過と共に変化は大きくなっていく。
やがて左右を別つよう離れていった魔王の身体はゆっくりと地面に伏し、あり得ない量の金貨の山となった。
=Message=============
魔王を倒した!
ブレイブクエスタス魔王軍は滅びた!
―――――――――――――――――
二人の少女は一瞬確認するように互いを見合わせ、再度視線を戻す。
特大級の横やりが入った。
無粋極まりないそれは、まるで何かの意図が働いたかのようなタイミングで飛来し魔王を討ち滅ぼしたのだ。
何者が? 何の目的で? どうやって?
いくつもの疑問が瞬時に湧いてき、だがその答えを見つけることなく消えていく。
予想外の状況だ。だが二人は意識を揺らす事は無い。
彼女たちの内に秘める英雄と勇者の素質。そして何より魔女としての本能がまずなによりも先に魔王を容易く討ち滅ぼした存在に最大級の警戒を見せるからだ。
「……だれかな?」
「……なんで邪魔したのです?」
土煙が収まり、その場に現れたのは一人の男だった。
年齢は……そう老けてはいない。むしろ若すぎる位だ。少女達よりも4~5歳年上といったところだろう
月夜に照らされて美しく光る湾曲した片刃の武器と、少女達が今まで見たどの文化とも違う見慣れない黒の服装を着ている男だった。
どこか軽薄そうな様子のその男はフッと自らの武器を振り、血糊を飛ばす動作をするとその鞘の中にしまう。
少女達の視線は男へと向かっている。
困惑や警戒もあるが、何より憎しみが強い瞳だ。
魔王は……彼女達の仇であった。
第二の母親を失った彼女達は、その原因である敵対勢力を全て滅ぼすつもりでいた。
元々が非戦闘員で突発的な現象に巻き込まれて現在の状況になっている彼女達は、ブレイブクエスタス魔王軍の情報についてその殆どを知らない。
だがイスラより受け継いだ《英雄》としての超感覚と、イベントによって覚醒した《勇者》の能力がこの悲劇の裏にある真実を的確に見抜いていた。
故に、彼女達は魔王を全ての元凶であると確信し、この戦いを死んだイスラに捧げるべくその力を振るっていた。
無力だった頃とは違って、今の彼女達は力を持っている。
何者にもおかされない。何者にも邪魔されない世界を滅ぼす可能性すら秘めた力だ。
その力をもって母の敵を討てば、心に巣くう海のように深い虚無感も少しは晴れるだろうと考えていたのだ。
世界はそれすら許さぬと言うのだろうか?
双子の怒りがぐらぐらと煮え立ち、その感情は濃密な魔の気配と共にまるで陽炎の様に辺りの空間を歪める。
相手は一体何者なのだろうか?
だがその視線を受けた男は一瞬ビクッと驚いた様子を見せると、この場には似つかわしくないやや軽薄な態度でバツが悪そうに自らの頬をかき……。
「あれ……何か不味かった?」
一言だけ、そう答えた。
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