第三十七話:奇手2

 マイノグーラの王宮とダークエルフたちが住まう街とは多少の距離が離れている。

 すでに木々が切り倒され、簡易の道が舗装されているその場所を護衛のイスラとともに歩きながら、タクトは頭の中で作戦を組み上げる。


「こちらの戦力を確認するよ。まずはギア率いる戦士団が100。数としては1ユニットにも満たないね、だが士気は最高だ」


「私めが生みました子蟲もおりますわ。労働用の子達ですが補正が効いておりますのでそれなりに戦えるかと」


「イスラがマイノグーラで最も強力な英雄と呼ばれる所以だね。労働用の子蟲は本来ならば戦闘力0。けれどもイスラの補正で戦闘力2のユニットとなり防衛も可能となる……」


 タクトはチラリと視線を下に向け、地ならしされた道を見る。

 イスラを召喚してからそれなりの期間が経過している。

 彼女の能力子蟲産みで産み落とされた労働用昆虫ユニットはすでに都市の建築や開墾などでその力を十分に発揮していた。

 戦闘力2ともなると弱いながらも戦力に数えることができる。

 ゴブリン程度のモンスターならば撃破することが可能で、露払い雑魚狩りとしては十分すぎるだろう。

 イスラという英雄ユニットが持つ冗長性がいかんなく発揮されていた。


「同時に戦闘用の子蟲も生産していれば防衛に関しては盤石ばんじやくでしたのに。災難というのはいつも最悪のタイミングで来るものですわね」


「これより悪い状況がないと考えるなら、むしろ安心できるさ」


 確かに災難ではあるが、この場にイスラがいることがタクトにとっては何よりも心強かった。

 流石にイスラの召喚が間に合っていなかったら泣き言を言っていただろう。

 彼にとってマイノグーラの英雄とはそれほどに信頼のおけるものであり、彼が生前過ごした日々がどれほど強烈にその心に残っているかを端的に示してもいた。


「ええ、ええ、おっしゃるとおりかと。さて主様。ギアの方はいかがでしょうか?」


 イスラの言葉によって思考を切り替えたタクトは、瞬時に国内の情報を確認する。

 アトゥの帰還が間に合わないであろう現状、手元にある札で勝負を決めなくてはいけない。

 一つの抜けも見落とせない。

 小さなミスが大きな傷となり、やがてそれは亡国のきっかけへと変貌するからだ。


「都市の状況は悪くないね。非戦闘員は行政庁舎に避難が完了しているし、都市の守りも簡易の防御陣地がすでに完成して兵の配備もバッチリだ」


「呪わた大地に森林補正。土地のボーナスもございます。守るに易く攻めるに難し。戦力と国力さえ整っていれば良い経験値ボーナスでしたのにねぇ……」


 城や砦を落とす際の一般論として、攻め手は守り手の三倍の戦力を用意しないといけないと言われている。

 シミュレーションゲームであるエターナルネイションズでもその定説は有効なことに加え、様々なファンタジー的要素を含んだボーナスがあるため守り手は非常に優位となっていた。


 だがそれも確かな準備がなされている場合の話である。

 国力や兵力も未だ乏しく、防御用の施設の生産すら後回しにしてしまっていたマイノグーラでは、いくら強力な土地のボーナスが存在するとはいえ決して楽観視できる状況とは言い難かった。


「ギアより連絡がはいった……大呪界に入り込んだ敵兵力はおよそ2000。うーん、間違いなく敵将はいるし、RPGモンスターの性能もまだ詳しくは把握しきれていない。こりゃあ厳しい戦いになりそうだね」


「ですが我らが偉大なる主様? すでに戦略は考えているのでしょう?」


 全て分かっているとでも言わんばかりの態度でイスラが問う。

 危機的状況ながらも自らの主がこの状況に対する回答をすでに有している事を見抜いていたのだ。

 全滅の危険性があるのであればダークエルフたちを率いてドラゴンターン方面へと撤退すれば良い。

 未だ国民の数が少なく、森林に強い特性を持つダークエルフ達ならば問題なく逃げ切ることができるだろう。

 その上でアトゥやモルタール老含めた魔法部隊、ドラゴンターンの防衛隊と合流して敵に当たるのがもっとも安全かつ最大限の効果が得られる。


 国土は焼かれるかもしれないが、大呪界には山程木材がある。

 都市もまだまだ成長段階の為、復旧は容易だろう。


 だがタクトの判断は撤退ではなく撃退だった。

 げんにアトゥもマイノグーラへと戻すでなく、ドラゴンターン侵略軍への追撃を命じている。

 勝利を得ることができると確信するに足る手を隠しているのは明らかだった。

 どこか楽しむかのように問われた言葉に、タクトもよくぞ聞いてくれたとばかりにニヤリと笑う。そして采配さいはいが振るわれた。


「こういう時の為に魔力資源があるんだよねぇ。むこうがRPGのお約束さながらどこからともなく魔物を出現させることができるのなら、こちらだってシミュレーションの本領を発揮してみせるさ」


「ふふふ。緊急生産の実行にユニット生産制限がなかったのが僥倖ぎようこうでしたわね。魔力のある限り作り放題だなんて、随分我々に甘いルールだこと」


 タクトが魔力の単語を用いただけで、イスラは自らの主がどの様な戦法を用いようとしているのか予想してみせた。

 通常のゲームプレイであれば緊急生産は一定のインターバルが必要だった。

 だがこの世界ではその制限がないことが今までの検証で把握している。

 であれば最もコストの安い《足長蟲》を保有する魔力の限界まで消費して大量生産する戦法で決まりだ。

 イスラの能力で戦闘力3になったこのユニットは、斥候として本来持っている高い移動能力や踏破能力も含め戦力として破格のステータスとなっている。

 加えて高い視界もあり戦況の確認が容易だ。


 マイノグーラが保有している魔力から生産できる《足長蟲》の数を計算したイスラは、自分が懸念である敵将と当たれば問題なくこの難局を乗り越えることができると判断する。


 ――だが。


「イスラ。命じる。マイノグーラが保有する全ての魔力を君に与える。最大限までレベルアップして敵を全て打ち払え」


 一瞬の間、思考のすきを突かれたかのようにイスラは口を開いた。

 もし彼女が人ならば、おそらくぽかんとした表情を見せていただろう。

 そして思考が現実に追いつく。

 その後にイスラを待ち受けていたのは、体中を駆け巡る強烈な歓喜だった。


「ふっ、ふふふふ! っふふふふっ!! まぁまぁ主様! なんと意地悪で、なんと憎いお方! まさかその様な命令を与えてくださるなんて!」


 イスラは全てを察する。

 この難局、マイノグーラの都市を脅かさんとする驚異の排除を……、その全てをイスラに任せるとタクトは言ったのだ。

 あらゆる手があっただろう。イスラが考える通り《足長蟲》の大量生産以外にもいくつもの案がタクトには存在していたはずだ。

 にもかかわらず、他の無数の手を押しのけて……。

 イラ=タクトという王は、全ての蟲の女王イスラに一言やれと命じた。


 なんという信頼! なんという栄誉!

 タクトが持つイスラに対する絶大な信頼がその命令の端々から感じ取られる。

 タクトには気負いも悲壮も、達観も決意もなにもない。

 つまるところそれは、選んで当然やれて当然の出来事なのだ。

 その事実が、無上の歓喜でイスラを包み込んだ。


「アトゥがすでに敵将の一人を撃破しているのは知ってるね? 何やらRPGに則った回避不能の攻撃をしてくるらしいから気をつけてね」


「ふふふ、そういえばアトゥちゃんは後れをとったのですね。ですが私めにおいては主様のご懸念が現実のものとなることはないでしょう」


「おお、大きく出たね」


「事実でございます。ええ、ええ、純然たる、決して奢りや傲慢ではない事実。ありのままを申し上げたまででございますわ」


 タクトはその言葉に無言で頷く。

 通常のプレイでは一つのユニットに魔力を注ぎ込んで強引にレベルアップするなど誰もしない。

 非効率的であるし、魔力は通貨や資源に似た性質を持つため様々な面で必要となってくるのだ。

 施設の維持や生産にも必要だし、科学技術の研究にも必要となってくる。

 であるからこそエターナルネイションズの全プレイヤーは魔力の収支を常に監視しながら慎重にその配分を行う。


 その道理を覆す常道を無視した一点集中運用。

 しかも緊急生産に利用するでなく英雄のレベルアップに使うという常軌を逸した判断。

 故に、その結果は目をみはるものとなる。


 タクトが絶対の信頼をその配下たる蟲の女王に寄せているのだとしたら。

 その信頼に応えることを誉れとするのもまた彼女だけに許された権利。

 そして当然のことながら……。


 ――イスラはその期待に応えるだけの力を持つ英雄だった。


「イスラ」


「はい。此度のレベルアップで能力を2つ獲得できます。主様はこのイスラめにどの様な力を授けてくださるのでしょうか?」


「《捕食》と《寄生産卵》」


 タクトの命令にイスラがギチチと奇怪な笑い声を上げる。

 全て繋がったからだ。

 タクトが此度の戦いで何をしようとしているのか、敵にとっての地獄を、どのように現出させるつもりなのか。


 ……英雄はレベルアップの際、特定の能力を更に得ることができる。

 それぞれ独特の効果を持つそれらは、通常でも強力な英雄を更に強化する効果がある。

 そして英雄しか持ち得ない能力を上手に運用することが、プレイヤーの腕の見せ所だ。

 タクトの選択は、イスラが知りうる限り最も効果的で、最も凶悪なものだった。


「ご存知ですか主様? その戦法はかつてエターナルネイションズのプレイヤーに『蟲ラッシュ』と呼ばれ大変忌み嫌われ、恐れられたのでございますよ?」


 ギチギチと昆虫特有の甲皮が軋む音が鳴る。

 急激なレベルアップと能力の付与によってイスラの筋肉が膨れ上がり、役目を終えた外皮が悲鳴を上げているのだ。

 ピシピシとひび割れた外皮の内側から、新たな甲皮が現れる。

 独特の文様が入ったその皮は以前にも増して凶悪な様相を有しており、彼女のうちに秘めた力が更にました事を如実に表している。


「ああ、もちろんよく知ってる。――僕もよく使ったからね」


 タクトは少しだけ感心した様子でイスラを見上げた。

 もしかしたら目の前で成長する自らの英雄の姿に感じ入るものがあったのかもしれない。

 どこか虚無感のある表情は少しだけ嬉しげにも見えた。


 マイノグーラの持つ全ての魔力がイスラへと注入される。

 決戦兵器の異名を持つにふさわしい存在へと成長したイスラは、大きく羽を広げ高らかに叫ぶ。

 赤子の叫び声にガラスをこすり合わせた音を混ぜ合わせたような奇怪な声は、大呪界の隅々まで響き渡り聞くもの全てに畏怖を抱かせる。


 ここに準備は整った。

 なぜエターナルネイションズの英雄がゲームの象徴とされているのか。

 なぜ英雄がゲームの戦局を変えうる存在と呼ばれ、全てのプレイヤーに信頼されると同時に驚異とみなされるのか。


「ふふふ、では、全ての蟲の女王と呼ばれたその力。マイノグーラが誇る必殺の殲滅戦法。とくとご笑納くださいませ」


 その理由が明らかになる時が来ようとしていた。


=Eterpedia============

【全ての蟲の女王イスラ】英雄ユニット


 戦闘力:16 移動力1

《邪悪》《英雄》《子蟲産み》

《飛行》《捕食》《寄生産卵》

※このユニットは世界に存在する全昆虫系ユニットの戦闘力を+2する。

※このユニットに遭遇した昆虫系ユニットは、即座にイスラを有する国家の支配下に置かれる。

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