第二十九話:国母
アトゥがモルタール老及び幾人かの護衛兵士を連れ立ってフォーンカヴンへと出立して数日。
全服の信頼を置くパートナーとも言える存在がいなくなってしまったタクトは、アトゥがいなくなってしまったことにより早速絶望に打ちひしがれていた。
「タクトさまはほぉ~んとに、ご自分では何もできませんわねぇ……」
「うう、ううう……」
場所はマイノグーラ王宮。玉座の間。
玉座の上で器用に正座する王に、呆れた表情を見せる全ての蟲の女王イスラ。
偉大なる王たるイラ=タクトは、なぜか自らが呼び出した英雄に説教を食らっていた。
「この時間になっても起きてこかっただなんて、今まではどうなさっていたのかしら?」
腕を組みながらギチチとため息を吐くイスラ。
アトゥに代わって彼女が王のサポートを行うようになってからタクトの生活は一変していた。
自堕落で適当な部分に置いて、ある種似た者同士であったアトゥとは違って、イスラはどちらかというと真面目で潔癖な部分がある。
今までは王という権限をもって比較的好き勝手に生きていたタクトであったが、主を甘やかすことに全身全霊をかけるアトゥとは違い、イスラはその様な生活を決して許しはしなかったのだ。
「王様お昼まで寝てたー」
「それでも起きない時は、アトゥ様やキャリアたちが起こしにいってたのです!」
ぴょこりと玉座の影から双子の少女、メアリアとキャリアが顔を覗かせる。
主を裏切る重大な謀反ではあるが、この場においてタクトの味方はいない。
仕方ないとばかりに二人を手元に招き寄せ、自らの両隣に座らせて盾とする。
タクトはとことん情けなかった。
「大きな大きなお子ちゃまですわねぇ……」
「うう、だって」
「だってではありませんわタクト様? 貴方は偉大なるマイノグーラの指導者にして世界に終焉をもたらす破滅の王! そんなお方が昼まで寝てた挙げ句女の子に起こしてもらうなんて、どう思いますこと? 今後はちゃあんと朝に起きてもらいますからね」
柔和な物言いだが有無を言わさぬ圧力がある。
完全完璧に甘やかすことによってその忠誠を示すのがアトゥであれば、逆にタクトの私生活を律し、王たる素質を備えてもらうよう忠言を尽くすのがイスラであった。
どちらが正しいかは言うまでもない。
とは言え文句を言えるほどの度胸もないし非は明らかに自分にある。
王としての強権をこの様なつまらぬことで使うつもりは毛頭ない。
「うう、努力する」
とどのつまり、タクトは情けなく頭を垂れるしかなかったのだ。
「王様がんばって……」
「お姉ちゃんさんもキャリアも手伝いますです」
イスラとは違ってタクト甘やかし組であるキャリアとメアリアがここぞとばかりに落ち込む王を慰めてくる。
二人の優しさにいくらか悲しみが和らいだタクトは、感謝の意を示すように二人をギュッと抱き寄せた。
キャリアだけは少し緊張していたようだが、それでも二人とも最近自分への畏れを以前より抑えてくれているように思う。
王という立場も実際に体験してみるといろいろ大変だなと感想を抱きながら、タクトは本日の仕事を始めることをイスラへと告げる。
「よろしい。では早速執務室へといらしてくださいませ。っと、その前に部屋の片付けかしら――あら?」
タクトが立ち上がって隣の執務室へと向かおうとした時であった。
何やらバタバタと慌てた様子で駆け込んでくる気配がし、ややして玉座の間に見知った顔が現れた。
「イスラさん! イスラさんはいらっしゃいますか! イスラさん!」
「あらあらエムル。どうしたのかしら泣きべそをかいて、可愛らしい顔が台無しだわ」
何故か半泣きのエムルは、玉座の間に控えるイスラを見つけるとダッと駆け出しその胸に飛び込んだ。
どうやらイスラの巨体が影になっており、タクトの存在には気づいていなかったらしい。
普段とは違うエムルの様子を興味深く思ったタクトは、双子の少女にジェスチャーで何も言わないよう伝えると、静かに異形の女王とダークエルフの女性のやりとりに耳を傾ける。
「イスラさぁん! またギアさんが軍備品壊したんですよ! これで何度目ですか! 損耗率高すぎでしょ! 予算計画がぁ! 予算計画がぁ!」
「調練を熱心にやってるとは言え、ちょっと酷いですわね。よしよし、このイスラがちゃあんと戦士長を叱っておきますからね。後で一緒に計画を練り直しましょう」
「うう、ありがとうございますイスラさん。あっ、もうすこしこのままで……」
「あらあら、大きなお子ちゃまですわねぇ」
イスラの副腕に抱きとめられ、至福の表情で目を瞑るエムル。
どうやら普段からストレスがたまっているらしい。
ギアやモルタール老は終わりの知れぬ逃走劇から開放されてかなりはっちゃけている。
そんな噂を思い出したタクトは、元々戦士団の副官としてその有能さを発揮していたエムルが相当に苦労しているであろうことに人知れず心で涙した。
「だっこ、うずうず……」
「エムルさん。最後まで王さまに気づいてなかったです」
「いつもはこの時間寝てるからね」
下手にその場で出て行ってもエムルが萎縮するのは当然だ。
タクト自身は気にしないとは言え、彼女はそれどころではないだろう。
そう考えたタクトは、エムルに気づかれぬよう双子の少女をともなってそーっと玉座の間から出ていく。
「…………」
道中の通路にて、ぼんやりと考え事をするタクト。
どこか上の空で歩く自らの主の変化に気づいた二人は、タクトの前へ躍り出ると器用に歩きながらその顔を覗き込んだ。
「どうしたの王様?」
「なんかイスラって、お母さんみたいだなって」
彼女が来てからマイノグーラでの生活は一変した。
今や国母とさえ呼ばれているほどであり、異形の存在でありながらマイノグーラに住む全ての住人は彼女に対して尊敬の念を抱いている。
自分のように自堕落な生活をしたり羽目を外している者はご多分に漏れず叱られていたし、エムルのように悩みがある者に対して相談役も買っている。
女王というだけあって、人心掌握や大規模人材管理に長けているのだろう。今やマイノグーラに住む全てのダークエルフは、何らかの形で彼女の世話になっていた。
おそらくあの後も戦士長ギアのところへ向かって軍備品の扱いについて説教をするのだろう。
まるでオカンだ。優しく頼りになるが非常に口うるさく怒らせると怖いタイプの……。
「わかるー」
「わかりますです」
何やら思うところがあったのか。
二人の少女はタクトの言葉になんとも言えない表情で同意した。
◇ ◇ ◇
マイノグーラにおける新たなるヒエラルキーが明らかとなったやり取りから一刻程たったであろう時間。
ギアへの説教を終えたイスラとエムルは次の国家運営計画についてその素案を練っていた。
本来であればモルタール老がその役目を担っていたのだが、あいにく彼は現在ドラゴンターンの街で蛮族襲撃の対処中である。
フォーンカヴンの防衛力が安定するまでの期間を目安としてるが、現状では見通しはたっていない上に蛮族の発生元は不明だ。
長期化する可能性もある為にエムルがその役を引き継いだ形となる。
本来ならば激務を超えて不可能な量の業務が彼女にのしかかるはずであったが、伊達に女王を名乗っていないのだろうか? イスラが想像以上に内政面に置いて優秀であった為、彼女の負担はある程度までに抑えられている。
とは言え、元々戦士団の副官でしかなかったエムルには重責だ。
張り詰めた緊張の糸が切れ、普段であればやらないような過ちを行うこともあるだろう。
「まさか王がいらしたなんて……なんて失態」
「別に主様は気にしておられませんわよ。それに、いつもどおり寝室でお休みだと思ったのでしょう? ならば悪いのは毎日寝過ごしている主様ですわ」
「い、いえ……でも」
処理しても処理しても終わらぬ案件に爆発し、イスラに泣きついたのはよかった。
見た目とは裏腹に慈愛にあふれるイスラに在りし日の母の面影を重ねて少し甘えてしまっていたのも事実だ。
だが王がおわす玉座の間であの様な無様な姿を見せたとは、しかもそれを他ならぬ王に見られていたとは。
その事実に気づいた時、エムルは自らがしでかした過ちに顔面が蒼白になった。
だがいくら後悔したところでどうにもならない。
加えてイスラ自身そのことについて特に何も思っていないであろうこともエムルの困惑に拍車をかける。
「それよりも! 今はもっと大切なすべきことがあるのではなくて? 汚名を削ぐというのであれば、功績こそがもっとも有効な手段ですわよ」
「は、はい! わかりました!」
イスラの言うとおりだろう。
終わってしまったことはどうにもならないが、これからできることはあるはずだ。
エムルは威勢よく返事をし気持ちを切り替え、イスラもそれを見て満足気に頷いた。
「っと、では早速なのですが、実は次の施設建築についてイスラさんに意見を伺いたいと思っていたのです」
「あら? 次の建築ね」
建築含め、現在マイノグーラの生産及び研究については保留中である。
それは全てのリソースをイスラの生産に回すことによって一刻も早く防衛戦力を拡充させるというタクトの判断であり、並行作業を行うよりもすばやく召喚が行えることを見越した作戦であった。
この戦略によりイスラが生み出す子蟲――労働力を早い段階で投入する事が可能になるのだが、とは言え他の生産研究に遅れが出ているのは事実である。
次に選択する施設には細心の注意を払わなければならない。
現在マイノグーラを取り巻く状況。判明している仮想敵国、それらが保有する戦力。世界に存在する未知、それらが内包する危険性。
全てを勘案した上で、イスラは答えた。
「――そうねぇ。『生きている葦』で万が一に備えたいですわねぇ」
イスラの判断は防衛戦力の拡充であった。
世界の脅威度がかなり高いゆえに軍事関係の施設を選択することは彼女の中で確定ではあったが、その上で《練兵所》よりも《生きている葦》を選択した。
マイノグーラ固有の《石壁》である《生きている葦》。
この施設は都市の防衛でボーナスを得る事ができる基本的な施設である。
加えて《生きている葦》はそれ自体が敵ユニットに攻撃する能力を有している。
こと防衛に関しては非常に優秀な施設であった。
「『診療所』についてはいかがでしょうか? 国民より陳情が上がってきています。現在で重い病にかかっているものはおりませんが、体力の少ない赤子などもおりますので、将来を考えると……」
「現状マイノグーラの民はその少なさもあってとても重要な位置を占めていますわぁ。労働力に関しては私の可愛い子たちがなんとでもしてくれるけど、こと知的作業に関してはダークエルフの力は必要ですものねぇ」
「と考えれば『学習施設』も候補としてあがりますね。こちらは建築にさほど労力がかからないので、先に済ませてしまうのもありかと――」
軍事重視のイスラに対して、エムルは内政重視の提案を行った。
現在マイノグーラの防衛戦力はイスラが担っている形となる。加えてイスラの能力によって戦闘能力が上昇した足長虫。そしてイスラが生み出す戦闘用の子虫も控えている。
時間が経てば立つほど英雄としてのイスラの戦闘能力は上昇する上に、その気になればアトゥを呼び戻すこともできるのだ。
正直なところ防衛を考えるならば戦力は十分。
ならばイスラ生産に注力したバランスを取るために、内政面に力を入れても良いのではとエムルは判断したのだ。
その提案についてイスラも一理あると納得する。
現状どこかの国と戦争状態になっていると言うわけではないのだ。
極論すれば何も生み出さない金食い虫である軍事に金をかけすぎるのは問題である。
そもそも国力を増加させれば同じ比率で軍事予算を組んだとしてもその効果は目を見て違う結果となる。であれば国家基盤を強固にすることこそ最優先とも思えた。
加えてタクトの目的は内政である。
軍事は基本的に身を護る程度であればよいのだ。
初期の段階、国力の乏しい段階では施設一つの効果がその後に大きな影響を及ぼす。
最終的な判断はタクトが行うとは言え、彼らが何も考えなくて良い理由にはならなかった。
ゲームのキャラクターとしては何度も内政を行った経験があるイスラであったが、実際の意思決定として判断するにはまだまだ経験が不足しているらしい。
加えて最終的にはタクトに上申するのだ。中途半端な策を献じて失望されてはたまらない。
「悩むわねぇ」
ダークエルフたちが住まう街の中心、活気を取り戻し行き交う人々を眺めながら、イスラとエムルは頭を悩ませていた。
その後もいくつかの意見が交わされ、最終的に内政の拡充も重要だがやはり蛮族の危険性がある以上防衛設備を作っておいたほうが良いだろう? との意見がまとまった頃だった。
イスラは遠くよりこちらへとかけてくる人影を見つける。
「イスラさんー。いま大丈夫です?」
ダークエルフの双子少女、その片割れであるキャリアだ。
爛れた顔面が痛々しい少女は、そのことをまるで見せびらかすように普段から傷痕を顕にしている。
少女とは言え容姿に頓着しない年頃でもないはずの彼女が何故そのような奇行に走るのかは理解できなかったが、なにか事情があるのだろうとイスラは納得し優しく彼女に語りかける。
「あらキャリアちゃん。珍しいわねん、お姉さんは?」
「お姉ちゃんさんは王様担当です。王様がイスラさんに相談があるので呼んできてほしいって言ってました。でも急ぎじゃないので用事が終わってからでいいそうです」
元気よく伝えるキャリアにイスラは満足げに頷く。
英雄であるイスラにとって国民とは庇護すべき大切な存在である。加えて女王という属性を持つ彼女はその見た目とは裏腹に非常に母性が強く愛らしい子が大好きであった。
これほどまで完璧をもってお使いをこなした子を、どうして愛でずにいられようか。
彼女の中の母性が爆発し、大きく広げた副腕でキャリアを抱きしめる。
「まぁ! 委細承知しましたわ! ちゃんとお使いできて偉いですわね! このイスラがよい子のキャリアちゃんをナデナデしちゃいましょう!」
「わっ、ぷっ! ……えへへ」
「いいな~」
エムルが羨ましそうにその光景を見つめ、更にイスラの母性がくすぐられる。
イスラの興奮が絶頂に達し、もういっそ二人まとめて抱きしめてやろうかと思い至ったときだった。
ふと彼女はこの小さなダークエルフの少女にも意見を聞くことを考えついた。
「そうだわ! 貴方の意見も聞かなくちゃね、だって大切なマイノグーラの国民ですもの。ねぇ、キャリアちゃんはどう思うかしら?」
「……? なにがです?」
キョトンとした表情のキャリアに高い高いをしてあげながら、イスラはことのあらましを伝える。
政治の場に引き込むにはいささか幼い彼女にあえて意見を聞いたのにはイスラなりの考えがある。
マイノグーラの基本国民であるニンゲンモドキと違って、ダークエルフは将来の知識階級層としての活躍を求められている。
つまり学者や、研究者、魔法使い、芸術家、哲学者……などと言った存在だ。
そのため一般的な国民と違ってただ文句を言わず従順に畑を耕していれば良いという存在ではない。
彼らには知識と考える力が必要なのだ。
故に幼少よりその様な習慣をつけようと考えたのだ。加えてキャリアとメアリアの双子は同年代の子たちの中でもトップクラスに聡明だ。
今回の質問についてもよく考えてくれると期待していた。
………
……
…
「じゃあ《診療所》かな。どちらにしろ外せない施設だし。《生きている葦》はその次にしよう」
「かしこまりましたわ主様。担当の者に伝えます」
「キャリアちゃんの傷も治せるかな?」
「現状の施設では少々難しいかと、ただ本人はあまり治療する気がないようですが……」
「本人が良いって言うのなら、僕らがなにか言うべき問題じゃないんだろうね」
ダークエルフの少女に何があったかは彼らが乗り越えてきた悲劇を考えればなんとなく想像はついた。
だがそのことについてことさら追求する様なことをタクトはしない。
彼女らが望むことではないし、何よりその誇りを傷つけてしまうような気がしたからだ。
故にタクトはそれ以上この話題に注視することを終え、別の話題――国家の運営へと思考を戻す。
外見には現れぬ変化をどのようにして感じ取ったのか、イスラは主の興味が別に移ったことを把握するとそれとなく違った話題を持ってくる。
「そういえば主様。アトゥちゃんについてはどの様な状況なのでしょうか? 毎晩報告は受けていらしているんですよね?」
「ああ、もちろん――なかなかおもしろい状況になっているみたいだ」
「といいますと、順調に蛮族から能力を収奪できているので?」
「うん、予想以上の収穫だよ」
ニヤリと笑うタクト。
表情の分からぬ黒色の人形であってなお分かるその上機嫌。
イスラはアトゥが想像以上によく働いていることと、自らの戦略と蛮族の状況がうまく合致した幸運を喜んだ。
確実に世界は動いている。
突発的な蛮族襲撃。その原因がどこにあるのかは不明だ。
だがこの王の元ならどの様な問題も塵芥の如く吹き飛ばしてしまうだろう。
そう確信めいた予感を抱きながら、イスラは主とともにギチチと笑った。
=Message=============
建築施設が選択されました。
建築中!【診療所】
生産中!【足長虫】
―――――――――――――――――
=Eterpedia============
【診療所】建築物
街に滞在する全ユニットの回復力+10%
診療所は都市に駐留するユニットの回復力を増加させる建造物です。
また、《風邪》や《疲労》、《毒》、《麻痺》等の一部マイナス能力を除去する効果があります。
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【生きている葦】建築物
防衛力+10%
追加ダメージ+1
生きている葦はマイノグーラ特有の施設で、石壁の代替えです。
通常の能力に加え、都市防衛時、敵ユニットに+1のダメージを与える効果を持ちます。
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