第九十話:急襲

 破滅の王が、神の国であるはずのレネアの地の顕現する。

 模倣された姿などの比べ物にならないほどの吐き気を催す真なる闇に、聖女たちはおろか魔女であるエラキノやアトゥですら怖気を感じていた。

 イラ=タクトは襲撃作戦の時に一度その姿を確認している。

 いわんやアトゥはその元で配下をつとめてすらいたのだ。


 にもかかわらず目の前の存在は異様な圧力をゆうしており、この姿こそが破滅の王としての本当の姿だとさえ思わされてしまう。

 明確にこちらへその闇の意志を向けたイラ=タクトはそれほどまでに恐ろしい存在なのだろうか。

 誰しもが、自然と沸き起こる震えを隠せずにいた。


「さて……そろそろかな?」


 気味の悪い、およそ人間には出せないような声音でイラ=タクトは呟いた。

 その言葉に呼応するかのように、もはや原形をとどめていない教会の跡地に複数の足音がやってくる。


「ソアリーナさま!」


「フィヨルド団長!」


 それはまだGMの権能が健在の際、彼によって復活させられ援軍を呼びに行っていた聖騎士団長フィヨルドであった。

 すでにある程度の事情は説明しているのであろう。

 一騎当千の聖騎士たちはすでに完全武装で、その全員から強い意志の光と決死の覚悟が見て取れた。


「可能な限り、聖騎士を招集してまいりました。付近の住民の避難も兵に命じております。我ら聖騎士一同、この場所を死地と定め、世界の危機にあたりますぞ」


「フィヨルド……」


 誰もが死を恐れてはいなかった。

 むろんそれはGMの蘇生能力を当てにしているからではない。

 殆どの団員はその力については知らないし、よしんば知っていたとしてもそんなものより重要なことが今ここに存在していることをよく理解していた。

 すなわち、多くの仲間を殺した下手人である破滅の王と、その存在によって今まさに危機に瀕してるありとあらゆる生命についてである。

 まごうことなき光の戦士達である彼らは、何を持ってしてもここでイラ=タクトを討ち滅ぼすつもりでいた。


 惜しむらくは……そのような決意など意にも介さぬほど、イラ=タクトという存在が有する邪悪は強大であったことだろう。


「では、そこにいる魔女を殺しなさい聖騎士フィヨルド」


 気がつけば、壇上にいるソアリーナより命令が下っていた。


「ちっ! あいも変わらず!」


 舌打ちはエラキノか、それともアトゥか。

 またもやソアリーナに扮したイラ=タクトはまるで遊戯でもするかのように今度は聖騎士団を翻弄し始める。


「華葬の聖女さま……」

「ど、どういうことだ?」

「聖女さまがお二人!?」

「まさかどちらかが偽物であるのか!?」

「しかし、見分けがつかん!」

「これでは……」


 当然のように騎士団員から困惑の声があがる。

 状況からある程度事情を察することが出来る団員も居たようだが、ごく僅かだ。

 殆どはこの不可思議な現象に理解が及ばず、ただ二人存在するどちらも本物のソアリーナにうろたえるばかり。

 むろん、GMの権能も封印されている状況ではすぐさま彼らに情報を共有することも叶わない。


 だがその困惑と混沌を切り裂く声が一つあがった。


「無駄です、破滅の王よ。あなたが相手を模して本物に紛れるのであれば、模倣された本人が攻撃を加えればよいだけのこと。たとえそれで命が尽きたとしても、次に繋がればよいのです」


 ソアリーナだ。

 聖騎士団員にはどちらも同じ聖女に見えるソアリーナの片方が、自らの命をなげうつような言葉を放ったのだ。

 それは無謀か、はたして聖なる意思によるものか。

 だが彼女の言う通り、その作戦はこの場においてもっとも確実な方法でもあった。


「けどそれじゃあソアリーナちゃんが!」


 エラキノが悲痛な叫びを上げる。

 友が命を捨てると言い出して、心穏やかな者はいない。

 それが初めてできた友であれば特にだ……。


 だが強い決意を持つ友をどうやって止めようかと慌てふためくエラキノとは違って、アトゥはその決意の中にある種の強かさを見出す。


「いいえ、違いますエラキノ。忘れたのですか? あなたのマスターが本来の力を行使すれば死したる者すら蘇らせることができる。――すなわち、私たちは破滅の王であるイラ=タクトを倒し、課せられた停止の宣言を無に返すことさえできれば勝利なのです!」


 たとえその過程でどれほどの犠牲が生まれようとも。

 そう断じたアトゥの言葉にエラキノはハッとした表情を見せる。


 アトゥは……ソアリーナごとイラ=タクトを討ち滅ぼすつもりでいた。

 かつてあれほど敬愛していた主への哀愁はある。無論未練もある。

 このような結末など彼女は望んでおらず、できれば穏便に自分が元のマイノグーラの勢力へと戻る未来を夢想していた。


 だがそれはもはや叶わぬ夢。

 アトゥが完全にTRPG勢力に取り込まれ、その事実を覆す方法が存在しない時点で彼女の帰還は叶わぬものとなった。

 この瞬間。かつての主への敬愛と、仲間の無事と勝利を願う心が、アトゥの中でついに決着を迎えた……。


「「神よ! 我が手に魔を滅する聖なる炎を!!」」


 ………

 ……

 …


 聖女が放つ火炎の応酬は、その場にいる者たちに立ち入る隙を一切与えなかった。

 業火は教会を焼き払い、すでに周辺の建築物にまで燃え移っている。

 聖騎士などのこの戦いについていけない者たちが慌てて延焼を防ぐためあたりの建築物へと向かい、その聖なる剣技にて対処をしながら事態を見守る。

 イラ=タクトが姿を変える素振りはない。いや……自らの命を投げ売って行われるソアリーナの気迫に押されているのだ。

 今の彼に余裕はなく、ただ強い意志を持つ彼女の攻撃を必死で捌くのみ。


 両者のソアリーナに違いがあるとすれば……それは戦いにかける想いの強さ。

 ただそれのみが勝敗を決める要素となり、ただそれだけであるが故にイラ=タクトは1対1となったソアリーナに勝利することは叶わぬ。

 それこそが、全てを模倣し嘲笑するイラ=タクトの能力における弱点。

 ……やがて、いつかの焼きましかのように。

 イラ=タクトの腹がソアリーナの持つ聖杖によって貫かれ、次いで無限にも思える渦巻く火炎によって焼き払われる。


「やった! イラ=タクトを、破滅の王を! 私が!」


 勝利は、ソアリーナにもたらされた。

 無論本物の、である。そこに偽りはないし、覆せるだけの覚悟もない。

 所詮は模倣であるが故に、極限状態における性能では明確な差が生まれてしまうのだ。


 イラ=タクトは再び業火によって滅却されることとなる。


「華葬の炎の前では何人たりとも生きることはできません! それはたとえ私であっても同じ! 今度こそ終わりです、破滅の王よ!」


 その光景を見て、アトゥは……これで全て終わったと思った。

 自らの主の敗北は、なんとなく理解していた。


 彼女が《啜り》の餌食になった時点で、拓斗は戦略における完全なる敗北を喫していたのだ。

 彼女とその主の二度目の人生は、残念ながらここで終わりを迎えた。

 できれば、自分の手で全てを終わらせたかった。

《名も無き邪神》イラ=タクトではなく、ただ一人の伊良拓斗として。

 それももはや叶わぬ。だからアトゥは……心の中で何度も謝り、涙を零した。


 …………汚泥のアトゥに欠点があるとすれば。

 それは拓斗のこととなると時として正常な判断がつかなくなることだろう。

 想いが強すぎるが故に、重要な場面で見誤るのだ。



 イラ=タクトは、この状況から一度復活しているというのに。



「――ヒヒッ」


 厭世の笑い声が、業火に燃やされ続ける人影から漏れた……。


「ヒヒャハッ! ヒャハハ! ヒャハハハハハ!」


 沸き立つ炎が、逆しまに揺れた。

 それはまるで映像の逆再生を見ているかのように一箇所にゴオォと収束され、命と意志のある生き物のように一つの塊へと変貌する。

 やがて現れたるは男。

 そこに居たのは……異形の男だった。


「んーっ。清々しい気分だ。実に久しぶりに娑婆に出た気がするぜ!」


「あれは……フレマイン!?」


 唯一それを知るアトゥが叫ぶ。

 直接対峙したわけではないが、その姿形は聞いていたため判断が可能だった。

 およそ人と思えぬ痩せこけた肌。上半身裸の見窄らしい衣装。

 目はギラギラと不気味に輝き、身体の至るところから炎が吹き出している。

 それは……かつてマイノグーラに苦汁を飲ませたブレイブクエスタスの魔族、炎魔人フレマインと呼ばれる存在であった。


「っと、そういや邪魔な奴らがいたな。集めるように仕向けたのは俺だが……少し減らしておくか、ほれ」


 大きく伸びをしていたフレマインは、聖騎士たちによる視線が自分に向いていることに気づくと眉を顰め、軽く手を振る。

 そして生まれる無数の火球。

 珍妙かつ軽快なサウンドと共に放たれたそれは、だが予想に反して致死の破壊力を持って聖騎士団を襲う。

 それがフレマインが得意とする火炎系のグループ攻撃魔法であると判断したものはこの場には誰もいなかった。

 ただ一つ明らかだったのは……その攻撃で少なくない数の聖騎士がダメージを負い、またその生命を散らしたという事実だけだ。


「アトゥ! あれは何を模倣したの!?」


「ブレイブクエスタスの四天王が一人! 炎を操る魔人です! ちぃッ! それで生き残ったのですか!」


 拓斗がドラゴンタンにおいてどのようにして襲撃のダメージから復活したのか?

 これがその答えだった。

 フレマインは炎を司る魔人である。ブレイブクエスタスにおいて彼は全ての炎属性の攻撃を吸収し、HPを回復するという特性があった。

 拓斗はあの場で瞬時にフレマインに変化し、そして致命的なまでのダメージをその豊潤なまでに身を包む火炎で癒やしたのだ。

 驚きの視線がフレマインに収束する。その視線に心底嫌そうな表情を浮かべ、フレマイン――イラ=タクトは舌打ちをした。


「雁首揃えて見つめてんじゃねぇよ気持ち悪い、殺すぞ――つ゛っ!? ……ああ? なるほど。我が強すぎて性格まで変わっちまうのか。ったく、面倒なこった」


 一瞬、イラ=タクトが頭を抑えるような仕草を見せた。

 だが次の瞬間には諦念と憎悪と渇望に満ちた残虐な笑みを浮かべ、両手を大きく広げ話を始める。


「さてさて、俺の作戦がな~んにも分かってない、頭の空っぽな馬鹿女しょく~ん! アホ面引っさげたお前らに一つ質問で~っす」


 それは、挑戦状であった。

 フレマイン――いや、イラ=タクトからの。


「俺はこれから何をするでしょう~か? ヒントはブレイブクエスタス魔王軍が使える特殊な能力だ!」


 アトゥは急速に頭を回転させる。

 イベント……はこの場においては不適格。

 すでに戦闘状態が発生している中で、行使できるイベントはそう多くないだろう。

 加えてイベントは常に解決出来るように設定されている。

 同時に、最後は魔王軍が敗北するように決定づけされているのだ。

 ゆえにイラ=タクトがイベントをここで使う意味は無いに等しい。

 過去において本物のフレマインがイベントを行使したのは、単純に嫌がらせと道連れのためだ。

 結局彼は死に、英雄と勇者の能力を同時に有する新たな魔女が誕生した時点でその行為がどのような意味を持つかは明らかだ。

 イベントは……違う。


「ま~、わかんねーよなぁ? お前ら頭の中に何も入ってねぇもんな? 目の前の事ばかりに夢中で、大局を見通すって事を知らねぇもんな」


 他になにか手段があるのだろうか?

 この状況を覆し、これだけの数の聖女と魔女……そして聖騎士を打ち砕くだけの手段が。


「あれだけしつこく強制イベントを見てたら少しはわかろうってもんだが、まぁそこは来世に期待だな。んなもんがあるのか俺は知らねぇが」


 動いたのは、アトゥだけだった。

 闇の戦士として長年培われた経験が、イラ=タクトに主導権を握らせてはいけないという勘が、彼女を攻撃へと移らせた。

 そしてその行動は成功に終わる。

 一手、彼女が早かった。

 所詮フレマインは魔道士系のキャラクターである。

 その速度においては純粋な戦闘系キャラクターに勝るべくもなく、この二人が同時に行動を起こせば何度繰り返そうがアトゥに軍配があがる。

 更に言うのであれば、今のアトゥの戦闘能力とスキルはフレマインが持つ戦闘能力を優に超える。一瞬で決着はつくはずだった。


「というわけでだ――」


 だが……、彼女の触手がイラ=タクトが模倣したフレマインの顔面を破壊せんとするその刹那。

 痩せこけた男の輪郭がぶれ、ゴツゴツとした氷の肌を持つ怪人へと変貌し。


「――時間切れダ」


=Message=============

アイスロックは行動を差し込んだ!

アイスロックは仲間をよんだ!

―――――――――――――――――


「なっ! しまっ!!」


 その能力を持ってして、レネアの壊滅を宣告する破滅の軍勢を呼び寄せた。


=Message=============

足長蟲たちがあわれた

ブレインイーターたちがあらわれた

ダークエルフ銃士団があらわれた

暗殺者ギアがあらわれた

呪賢者モルタールがあらわれた

―――――――――――――――――



=Message=============

《後悔の魔女エルフール姉妹》があらわれた

―――――――――――――――――



 獄炎に沈むレネアの街にて。

 聖神と邪神の手下どもの狂宴が、今まさに始まろうとしていた。

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