第六十話:対価
市庁舎に用意された会議室は、両国の指導者が集まるにしてはやけに簡素であった。
そもそもが首都でもない辺境の都市であることに加え、現状は人手が足りていない状況である。
他国の慣例のように記念と雇用創出を兼ねた豪華絢爛な専用の会議場を作る余裕などフォーンカヴンの何処にもなく、またマイノグーラ側としてもその様な大層なもてなしに時間をかけるくらいならさっさと済ませたいという事情があった。
故にこの会場。
何もかもが異例づくしの会談である。
それは何もこのみすぼらしく古びた狭苦しい会議室に国家の重鎮達が集まっていることだけにはとどまらない。
「お久しぶりですタクトくん! ドラゴンタンを上げるので代わりになんかください!」
開口一番の言葉からもそれはよく分かった。
挨拶もそこそこにフォーンカヴンの指導者ぺぺが言い出したのはドラゴンタンの譲渡。
常道を考慮しないのがタクトの常であるが、ここまで常識を逸した開幕をぶつけられると流石のタクトも思わず突っ込みを入れそうになる。
無論、彼の暴走に関しては予定とは大いに違ったものなのだろう。
ちらりと視線を向けたトヌカポリは頭を抱えているし、アンテリーゼはあんぐりと口を開けて眼をぱちくりさせている。
対するこちら側の人員――モルタール老も冷や汗混じりにあごひげをいじっているし、エムルに至っては手にもつペンを落とす始末だ。
列席者の確認もままならぬ間に始まった先制攻撃にさしものタクトも少々呆れてしまう始末だった。
「久しぶり、ペペくん。うーん、上げると言っても。何を上げていいのやら」
とはいえすでに会議は始まりを告げている。
さて、少しばかり時間を稼がねばならない。
タクトはそう考え少しばかりもったいぶった態度を取った。
ぺぺの天真爛漫さや破天荒さは彼の好むところであったが、この場面において相手にイニシアチブを握られるのは少々不味い。
いくら大筋の内容に関しては既定路線とは言え、この場は国と国の交渉場。
特に偶発的な遭遇のすえに行われた前回の会談とは違って正式なものである。
今後お互いの国の力関係を明確にする為にも、あまり情けない結果だけは避けたい。
考える仕草を浮かべながら、チラリと周囲を確認する。
フォーンカヴンの主たる列席者は杖持ちであるぺぺに、同じく杖持ちのトヌカポリ。そして都市長のアンテリーゼである。
他は護衛の兵士がいくらかと、書記や資料の手配などを行ったりする文官が数人。
タクトはなるべくアンテリーゼの胸に視線が向かわぬよう気をつけながら、こちらが用意したメンバーに意識を向ける。
まずは会談を行うにあたっての補助的な役割でモルタール老。記録係としてエムル。
アトゥとギアも列席しているが、二人はどちらかと言うと護衛としての役割を求められてである。
すぐ隣の部屋には魔女となったエルフール姉妹もいるし、ダークエルフの兵やマイノグーラ固有のユニットであるブレインイーターも控えている。
およそ不覚を取る余地のない布陣であり、良好な関係を築いている同盟国相手としては過剰とも言える戦力だ。
(まぁ、そもそも殆どの戦力を持ってきたから過剰になるのは仕方ないんだけどね)
危険視すべきは戦力の分散、そして各個撃破である。ゆえに全部持ってきた。
マイノグーラの都市とドラゴンタンの距離が比較的近く、再度敵対勢力の侵攻が発生してもとんぼ返りが可能であるが故に決定された些か強引な手段だ。
ともあれ会議のメンバーはこれで全てである。実際に参加する人数はひどく少ない。
だが有する決定権は最上であり、タクト側の重要人材が全て揃っていることも相まって会談の内容はより深いところまで進むことは確実だ。
あまり国内を疎かにしたくないタクトとしても、今回で全て決める腹づもりでいた。
さて、こちらの手番はどうするべきか……。
「ほっほ。たしかに悩みますな王よ。我が国家もまだまだ成長途中。我らダークエルフのふがいなさ故の結果でまこと情けなく、王に向ける顔がございませぬがなかなかどうして現実として出す事のできるものは限られておりますじゃ」
タクトが時間を稼いだ十数秒で、モルタール老が参戦した。
伊達に老賢者と呼ばれるだけの知恵者ではない。すぐさま会談の支配権がフォーンカヴンに移りかける空気を察し、のらりくらりと場をかき乱し始めた。
すでにドランゴンタンの譲渡は規定事項として語られている。
今おこなわれてるのはその対価としてマイノグーラが何を出せるか、何を出すつもりか? に関してである。
フォーンカヴンは最大限むしり取る腹づもりで、マイノグーラは最大限財布の紐を固くする腹づもりで、言葉の裏で迂遠ながらも鋭い探り合いが行われている。
むろん殆どの者はその速度感についていけずにいる。
本来ならば相手の意思や意図を確認するところだ。それどころか先の戦に関する話題などで場の空気をゆっくりと暖めるところだろう。
そんな面倒な事を何故しなければならない?
奇しくも両国の代表はこの件に関して全く同じ考えを抱いていた。
「またまたぁ! あれだけ凄い食べ物を出してくれたタクトくんです。いろいろと僕らに見せていない良い物がまだまだあるんじゃない? それに何か大きな荷車も持ってきたんでしょ? 中に何があるか見せて欲しいな!」
「そんなたいした物じゃないよぺぺくん。もしかしたら必要になるかも?って程度のものさ」
「きっと凄いものなんだろうなぁ。楽しみだな! わくわく!」
目敏い。非常に目敏い。
目立っていたのは事実ではあるが、このタイミングでそれを出されると少々返しづらいものがある。無論、馬鹿正直に受けるつもりはない。
「ほっほっほ。ぺぺ様のお気に召せば良いのですがのう……。そういえばトヌカポリ様。貴国はあなた方以外にも杖持ちの方々がいらっしゃると伺っておりますじゃ。そちらの皆様は此度の提案にどのようにおっしゃっておりましたかな?」
「ん? んんっ……まぁいろいろと言われたが一応納得はさせたよ。この馬鹿が言い出したことだが、貴国との今後の関係と先の戦争に関する礼として差し出すにはこの位の度量は見せないとね。まっ、竜脈穴だけは首を縦に振れないけどね」
「確かに竜脈穴はこちらとしても以前より話している通り共同管理が良いでしょうな。王もそのご意向ですじゃ。しかし、街の譲渡とは些か剛気が過ぎるかと思いますぞ。ワシも最初聞いたときは大層驚いたものですのぅ」
「……まぁ考えの末といったところさね。我が国がどれほどマイノグーラを重要視しているかを理解して貰えれば幸いだよ」
「しかしながらトヌカポリ様。この街を頂いたとしてもいやはや、そこまで我が国に利点があるか……」
「こら、モルタール。そんなこと言っちゃダメ。ドラゴンタンは素敵な街だよ」
「おおっ! 我が王よ! これは失礼いたしました! マイノグーラの、ひいては王への利益を考えるあまりなんと失礼な事を。フォーンカヴンの皆様、老いぼれの戯れ言とどうか笑って許してくだされ」
話題を塗り替え、ドラゴンタンの価値へと移した。
いささか強引な部分はあったが、そもそも会議に品性を求め過ぎても問題だろう。
重要なのは益となる合意を出す事であり、マイノグーラにとってよりその益が大きければいいのだ。その為にはあらゆる手段が許容される。
「ごめんね、ぺぺくん」
「そんな、気にしなくていいですよタクトくん。確かにドラゴンタンは何もない街ですから! わっはっは!」
「はぁ……まったくこの子ときたら。相変わらず何も考えずに喋るんだから……。さてマイノグーラの皆様方、そしてイラ=タクト王。すでに先日の書簡で送り、そして今この場にて話があった通り、我が国フォーンカヴンは貴国マイノグーラにドラゴンタンの街の譲渡を検討している。その対価として貴国が持つ戦力、またはそれに準ずる戦争論や武器兵器などの技術提供を求めたい。これが我が国の提案さね」
「ドラゴンタンを手にする利点は?」
「くっ!」
国家間の交渉とは、血の流れない戦争である。
そしてそこには一切の甘えは存在せず、弱肉強食の理論がまかり通る。
その点においてタクトは相手に容赦しなかった。先ほど自らモルタール老へと注意した言葉を悪びれもなく突きつける。
同盟国とは言え絞れるだけ絞り取るのが彼の信条である。この場合悪いのはこちらではなく口の立たない相手側だ。
もっとも、同盟国故に後々しこりが残らないようにラインだけは見極めるつもりでいたが。
「…………」
トヌカポリは黙りこくる。
フォーンカヴンとしては劣勢であった。
竜脈穴をのぞけばドラゴンタンの街としての価値は限りなく低い。都市機能が半ば崩壊しているが故に立て直しの為に相当の持ち出しが必要だからだ。
加えて相手側……つまりマイノグーラのカードをまだ確認していない。
相手の手札が分からぬ状況で一方的にこちらのカードの価値を落とされている状況では、あと数分もしないうちに敗北を確信せねばならないだろう。
だがこの国には彼がいる。
予想外で突拍子もないことをしでかすが、だが決して侮れない少年がいる。
先ほどまで窓の外を眺めながら明らかに退屈そうにしていたぺぺは、突如思い出したかのように会話に躍り込んできた。
「メリットはあるよ。ドラゴンタンにはとても素晴らしい人たちがいます! そう、沢山人がいるんです!」
鋭い指摘だ。とタクトは内心で感嘆の表情を浮かべた。
おそらくぺぺにはマイノグーラの内情がよく分かっているに違いない。
マイノグーラに圧倒的に足りないもの、それは人。
都市の施設は魔力さえあれば作れる。現在ブレイブクエスタスの魔物たちから手に入れた金貨を魔力に還元すればいくらでも緊急生産で作り出せる。
崩壊した都市のシステムや治安もまたしかり、こちらには都市の治安を向上させる能力を持つユニット、ブレインイーターもいる。
だが人口は別だ。
こちらに関してはどの様な手段を用いても用意は難しく、その増加には膨大な時間が必要だ。
いくらマイノグーラ固有の種族であるニンゲンモドキが繁殖力の高い種族とは言え、限度はある。
少なくとも次の世代を作り出すためには十数年の時が必要であり、現状マイノグーラが置かれた状況を鑑みるにそれは途方もない年月となる。
マイノグーラには時間がないのだ。
この世界に明確に脅威が存在する以上国力の増強は急務であり、唯一マイノグーラが八方塞がりに陥っている弱点とも言えた。
マイノグーラが元々かの国に求めていた物、それが人であった。
「人、かぁ。うーん、どうだろ」
「素晴らしい人たちばっかりですよ。きっとマイノグーラの皆も気に入るはずです! タクトくんも賑やかな方がいいでしょ?」
天然でやっているのか本心でやっているのか。
どちらにしろ、タクトの瞳に映るのはこのぺぺという友人の少年は決して軽視できない交渉人であるということだ。
タクトはようやく本番とばかりに気づかれぬよう姿勢を前のめりにさせる。
その態度に応えるように、ぺぺは瞳を輝かせ笑顔を深める。
「僕らの国は力が足りない。タクトくんの国は国民が足りない。ならお互い足りないものを交換しよう! そうすれば、きっともっと素敵な国を作れるよ」
事実である。
まごうことなき事実だ。
タクトとしても国民が増える事は非常に魅力的である。
加えてドラゴンタンに存在する竜脈穴のマナを大地の属性に変換出来れば、様々な土地肥沃化の戦術魔法が使えるようになる。
不毛な大地であるこの地においては非常に有効な手段であり、一気に都市開発のスピードも上がるだろう。
この先の様々な技術を解禁し戦力を整えるにはより多くの研究が必要になってくる。
いくらダークエルフたちがその献身をもって探求に明け暮れてくれたとしても数の暴力には抗えない。
国民の数とは、それすなわち国力に直結するのだ。
翻ってフォーンカヴンにも大いなる恩恵を与えるだろう。
フォーンカヴンという国家のボトルネックは全てその戦力に集約される。
蛮族はびこるこの南部大陸――通称暗黒大陸において決定的な力を持たない彼らは安全を確保出来ないがゆえに満足に拡張もできない。
結果として農地の開墾がおくれ、この土地の性質も相まって作物の収穫量も得られない。
食糧が不足し、余所からの輸入に頼ると金銭が流出し国家が疲弊する。
国家全体が慢性的な貧困に陥っているのが調査によって判明した現状だ。
その状況がマイノグーラの力を借りる事によって一気にひっくり返るのだ。
彼らがどの程度当てをつけているかは不明だが、タクト達が用意している武器ならばもちろんその目論見は達成される。
更新された圧倒的な軍事力を持って周辺地域を平定し、安全な状況で土地の開墾を行う。
更にはマイノグーラと共同管理している大地のマナも用いれば彼らのポテンシャルは最大限まで引き延ばされる。
ニンゲンモドキほどではないが獣人も多産で繁殖力が高いと聞く。
長期的に見れば国家が繁栄しない訳がなかった。
締結されればあまりにも両者にとってメリットの高い合意内容。
気がつけば、まるで相手が敷いていたレールの上を走っているかのような気分に陥りつつも、タクトはいくつかのより踏み入った質問を投げかける。
「竜脈穴についてはどう考えているの?」
「細かい管理のこと? 後で決めればいいでしょ、僕らの友好の下にいい感じの条件で!」
「ペペ君。国民には尊重されるべき誇りと意思があるんだよ。全員逃げ出すんじゃない?」
「誇りも意思も、生きているからこそだよ。それに、全員が全員兵士のように強さと勇気を持っている訳じゃないよ」
「僕の国民になると邪悪になってしまう。その決断はまさしく――とても強さと勇気のいることだと思うけど」
「えー、そうかな? マイノグーラはとってもいい国だよ。ご飯美味しいし、凄い物も沢山あるし。それに、――ダークエルフの皆もとっても幸せそうだし! そうですよね、モルタールさん!」
突然の投げかけにギョッとした表情でモルタール老が目を見開く。
次いで全員の視線が自分に向いている事を知ると、苦々しい表情で口を開いた。
「ぬぅ……もちろん。我々ダークエルフ一同、王の下その国民になれたことで誠の幸福を感じておりますじゃ」
「……」
「お、王よ……」
「ありがとうモルタール老。僕も嬉しいよ」
「ははぁっ!」
モルタール老が苦々しい態度を取った理由を正確に把握しながら、タクトは彼の失態を良しとした。
いや、失態と断じるには些か辛い物があるだろう。何しろ彼の立場を考えればあの場で是と答える以外に選択はなかったのだから。
「きっと僕らの国の人達がマイノグーラの国民になったら、両国がもっと仲良くなれると思うんだ! ドラゴンタンはその架け橋だね!」
一手、いや数手上手かもしれない。
タクトは内心で驚きの声を上げる。
マイノグーラの民となる国民は、国家とイラ=タクトに対する忠誠をのぞいてその自由意志がほぼ保証される。
その事実を先ほどのやりとりで見透かされた。
おそらく以前からの交流を通じすでにその事は察していたのだろう。マイノグーラの民となり魂が邪悪になったとしても、自分の意思や誇りが書き換えられ別人になってしまうことはないと。
であれば国民側の説得も容易であると証明でき、ひいてはマイノグーラ側へ国民の移民が容易であることを証明出来る。
すなわちそれはドラゴンタンの価値を高めることとなり、交渉を優位に運ぶことができる。
モルタール老に言葉を投げかけたのはあくまで確認に過ぎない。
つまりフォーンカヴンはこう言いたいのだ。
人が欲しいのだろう? こちらもそちらも、その準備は十分出来ている、と。
移民に難色を示す形で恩を売りたかったマイノグーラとしては素直に頷きたくはない言葉だ。
だがここで頷かねば、そもそも根本から話が破綻してしまう。
互いに妥協点を見つけなくてはこの会談で生まれるのは損だけになってしまうからだ。
「そうだね、両国の友好はとても大切だよ」
タクトは頭を高速回転させてこの後の流れをシミュレートし、互いのメリットデメリットを精査する。
元フォーンカヴンの住民の受け入れ。彼らがマイノグーラの住民に帰化したとしてどちらにしろ祖国の事を完全に忘れることはできないだろう。
無論システム的な制約により彼らの忠誠はマイノグーラに捧げられるが、思い出や記憶としては確実に残る。
ダークエルフたちがマイノグーラの国民となってなお、エルフへの恨みとダークエルフとしての誇りを忘れていない所からもそれは確かだ。
万が一マイノグーラとフォーンカヴンの仲がこじれた場合、この事実は不確定要素としてしこりの様に残る。
無論、最終的には新たな民はマイノグーラを取るだろう。だが国民に不幸に押しつけてまで無理を通すことではない。
なぜなら――国民の幸福とはすなわち魔力の生産量に直結するからである。
このエターナルネイションズのシステム的制約が、ここに来て大きな枷となっていた。
つまりはマイノグーラ側がフォーンカヴンの人を受け入れる以上、どうしてもフォーンカヴンとの同盟関係が重要になってくるのだ。そして現状同盟関係を強化することはメリットこそ存在せよデメリットはないに等しい。
ある種の文化的浸透とも言える行為は、間違いなく攻めの戦略である。
どこまで本人の考えかは知れないが、いずれにしよ計り知れないセンスと言えた。
「両国の架け橋……か。なるほど、確かに良い提案だと思う」
ここが落とし所か。
タクトは彼らが用意した対価を、価値ある物として認める事を良しとした。
これによりこちら側の持ち出しが多くなるが、それを踏まえても合意に至るだけの納得があった。
無論マイノグーラ側にもメリットがある。
ぺぺの言うとおりこの戦略はフォーンカヴンに有利に働くだけでなく、マイノグーラ側にも有利に働く。
マイノグーラと同様にフォーンカヴンもおいそれと同盟関係を破棄する事が出来ないからだ。
人の心は単純ではない。自分たちの仲間が余所の国へと帰化し、あまつさえその国家と関係が敵対的なものとなれば国内の動揺は計り知れない。
平和的な譲渡と帰化のプロセスは途端に裏切りや切り捨てと取られ、指導者への不振や場合によって内乱に繋がる。
つまり、枷は同様にフォーンカヴンにもつけられている。
どう転んでも、互いに互いを裏切れない。それが今回の合意でなされる結果であった。
「あっ、そうだ。本国の方にもダークエルフの人たちがいたみたいだし……その人たちにもマイノグーラの国民になるかどうか相談してもいいかもね! というか本国の人たちも誘ってあげようよ!」
そしてお馬鹿で考えのない、だがその奥に深い知識の光が垣間見えるぺぺの独壇場は続く。
その言葉ににわかにダークエルフたちが色めき立つ。
こちら側から提案するべき事だったが、ここでも先手を取られた。
なるほど人員掌握に長けている。タクトは自分も彼ほどコミュ力があったらもうすこし楽しい人生を送れていたのだろうかと少しばかり悲しい気持ちになる。
「ま、まちなぺぺ! その件はアンタの独断だよ! まだ決まっていない話さね!」
「んー? そこら辺はお婆ちゃんがなんとかしてよ。この前みたいに上手に言いくるめてさ!」
「このっ……お馬鹿が!」
「それに、今の国民を全員食べさせてあげるだけのご飯があるの?」
「くっ! アンタ本当にどっちの味方さね!」
見ていて面白いとも思った。そしてやはり上手いと感じる。
まぁその辺りの決定はすぐ行わなくてもよいだろう。今のマイノグーラが有する魔力を用いれば食糧の支援もある程度は可能だ。
これ以上トヌカポリの胃に穴があくのも可哀想だし、この辺りで助け船を出してもいいかもしれない。
そんな事を考えていると、突如ぺぺがタクトへと向きなおり真剣な眼差しを向けてきた。
「タクトくんには悪い事をしたと思っているんだ。だってこの前の戦いではボクらは何もできなかったからね。流された血は、本来ならボクらが担うべきだった」
タクトはその言葉に少し考える素振りを見せ、本心を語る。
「アレは世界の滅びと征服を望んでいた。どちらにしろマイノグーラとも敵対していたよ。フォーンカヴンが悪い訳じゃあない」
「じゃあ悪いのは、ボクらに戦争をふっかけてきた悪い奴らだって事になるね!」
「そして、万全な備えを怠った僕たちでもある」
そう、全ては準備不足。否――認識の甘さが祟った悲劇だ。
それはなにもフォーンカヴンだけにとどまらず、マイノグーラやタクトにも言えることだ。
「だから、次は万全の備えをしようタクトくん。誰がどんな考えで来ても倒せるように。圧倒的な力で」
その言葉に、全ての者が巻き込まれていた。
カリスマ性のある言葉とは、こういうことを言うのだろう。タクトは感心しながらも、その想いに酷く共感する。
備えは重要だ。圧倒的な備え。圧倒的な国力。そして圧倒的な力。
何をおいても、それが必要だった。
「僕らが出すのは人。君が出すのは?」
タクトは心の中で笑う。
実に面白い相手だ。
力とは単純な暴力だけに限定される物ではない。
物事とは複雑であり、様々な要因が人や世界に影響を与える。
力とは、どれだけ自分以外に影響を与える事ができるか? を表した物なのだ。
その点で言えば、ぺぺが持つ天才的洞察力とその天真爛漫で奇抜な行動力はまさしく力と言えた。
そしてタクトは、そういう相手を非常に好ましく思う性格だった。
「モルタール老」
「はっ! こちらの準備は出来ておりますが……よろしいのでしょうか?」
「ぺぺくんの方が交渉上手だったって事だよ。まっ、互いにメリットがある話さ」
タクトはここで当初の予定を変更する。
本来であればある程度提供を絞る予定だった対価を、全力で放出することにしたのだ。
覚悟の対価には等しく覚悟を。
ぺぺらフォーンカヴンがここまで本気でマイノグーラにかけるつもりであるのなら、自分たちも応えない訳にはいかない。
いずれ野望を果たすために彼らとの関係に何らかの決着をつけなくてはならないとしても、今はまだ同盟としての友情がそこには確かにあった。
「ぺぺくん――力が欲しいかい?」
タクトは静かに、わずかにもったいぶった様子でその言葉を告げる。
それは以前の世界でよく聞いた、いつか使いたいと思っていた言葉だ。
「欲しいねっ!」
「じゃあ今度はこちら側が驚かす番だ」
そう、今度はこちらが彼らを翻弄する番だ。
彼らが想像している対価の、何倍もの価値を有する力を提供してやろう。
もう二度と両国に敵対しようとするものが現れないように。
「ではお望み通り、本物の"暴力"というものを見せてあげるよ」
「楽しみだなーっ!」
そう無邪気に笑うぺぺとは裏腹に、トヌカポリを始めとしたフォーンカヴンの列席者は一様に青ざめた顔を浮かべているのであった。
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