第百八話:護衛(2)

 モルタール老による強引な軌道修正によって、一時は脱線しかけた会議も話が本筋へと戻る。

 アトゥだけは少々不満げな様子だったが、会議を中断してしまっていることを理解しているらしく顔を膨らませるだけで文句は言わない。

 拓斗もこのまま変な空気でやるのも気恥ずかしかったので、さっさと話題を元に戻して重要事項の確認を行うこととした。


「さて、いろいろとイレギュラーな事態はあれど、基本的にやることはいつもと一緒だ。まずは皆と情報を再度確認したい。――何か報告にあげることはあるかな?」


 王の護衛に関する問題が一定の解決を見せたことで今まで崩れていたマイノグーラの運営体制がようやく元の軌道に乗り、またかつてのような国家運営が本格的に再開され始める。

 最初の議題は無論問題の確認と洗い出し。

 何よりもまず、山のように膨れ上がった頭を悩ませる数々の事案に関してその全容を解明することから始まった。

 情報確認はその基本中の基本だ。


「そういえば、ここ最近は情報の確認がおろそかになっていましたね。引き続き情報収集に努めるとのことでしたが、何か分かったことはありますか?」


 拓斗の記憶が戻らず、アトゥがヴィットーリオの召喚を決意していた頃まで話は遡る。

 当時は指導者不在という状況でマイノグーラの動きは確実に鈍化していたが、それでも配下たちは何も分からず右往左往していた訳ではなかった。

 先の会議で決定されていたように、特に情報面に関しては今まで以上により詳細な収集をはかっていたのだ。


「はっ。すでにいくつか情報は上がってきております。細々した項目は後ほど書面にいたしますが、大きなものはこの場で報告する準備が整っておりますじゃ」


「それは重畳。ではそうですね……検討があまり必要ではない案件から報告していただけますか?」


 彼らダークエルフたちが持つ独自の諜報網より得られたもの、ドラゴンタンで商いを営む行商人や旅人などから得た情報、様々なデータから導き出された確度の高い推測。

 それらは以前にも増してより熱心に集められ、モルタール老ら上層部へとあげられている。

 国家の運営に――否、あらゆる面において良質な判断を下すためには良質な情報が土台として必要になる。

 指導者として当然の行いではあるが、部下からの報告を受け確認するという地道な行いは何よりも重要視すべき基本中の基本であった。


「では私から良いでしょうか? 懸念だったフォーンカヴンとの関係性についてです」


 エムルが挙手し、報告の先陣を切った。

 今日までのゴタゴタによって対応が後手に回っていたフォーンカヴンだったが、どうやらその表情から見るに比較的明るい報告らしい。


「こちらについて懸念されていた心証悪化等はなく、相手との関係は変わらず良好であるとアンテリーゼさんから報告を受けています。先日送った王の親書と、竜脈穴に関する具体的な進展が効いたみたいです」


「この為に《闇の精霊》を生み出したからね。彼らには竜脈穴の純粋マナを《大地のマナ》に変換させる作業と、フォーンカヴン領土の改善を命じてある。ここ最近の侘びと礼としてはうってつけだろう」


 エムルからの吉報に拓斗が満足げに頷く。

 予想通りの結果とは言え、指示が的確に効果を現した形だ。

 拓斗が生産を命じた《闇の精霊》。マイノグーラの誇るこの魔術ユニットは、保有するマナに則ったあらゆる軍事魔術を行使出来る能力を持つ。

 そして大地のマナによって可能となる軍事魔術は《土地の平凡化》。

 これは土地における効果を消し去り、言葉通りなんの変哲も無い平凡な土地へと変化させる魔術だ。

 豊かな特性すらも打ち消すデメリットがあり、一見すると使い道のない微妙な効果に思える。

 だが暗黒大陸の枯れた大地においてはこの魔法こそが無二の輝きを放つ。

 何処までも続く荒れ果てた大地に緑が蘇るさまを想像すればその意味は簡単に分かるだろう。平凡とは、時としてそれほどまでに価値があるものなのだ。

 無論より上位の《豊かな大地》には劣る。だが食糧生産力で常に頭を悩ませてきたフォーンカヴンにとってはまさに待ち望んだもの。

 それに加え、土地の改善によってある種のバブル期のような状況になることを見越していたりもする。

 国内の好景気で手一杯なら、多少の無礼も笑って許してくれるだろうという目論見があったのだ。

 事実それは正しかったようで、拓斗は杖持ち連名で届いた親書に書かれた感謝の言葉の数々を思い出しながら友好国との関係継続に安堵する。


「フォーンカヴンとは今の関係性を維持できるよう引き続き交流を続けていくよ。僕もまめにペペ君宛の手紙を書いておくとしよう。ああ、あとアンテリーゼにも頑張ったご褒美を上げないとね。まぁ、お酒でいいか……とりあえずそんな感じで」


「はいっ! 私の報告は以上になります!」


 幸先の良い話に会議に集まる面々の表情もいくらか緩む。

 友好国のとの問題は一段落付いた形。他の中立国家などは優先順位が低い為、自ずと暗黒大陸における情勢の安定は一旦担保された形だ。

 エムルの報告についてこれ以上検討することは出てこないだろうと判断したのか、次鋒はモルタール老が報告を始める。

 その内容は、先ほどとは打って変わってやや面倒なものだ。


「次は北の正統大陸における善国家に関しての報告になりますのぅ。現在状況がまったく不明のエル=ナー精霊契約連合とは違い、レネアとクオリアに関してはある程度入ってきております故、今後の判断の一助にしていただければと」


「……僕の記憶が正しければ、レネア神光国の首都にはそれなりの痛手を与えたはずだけど、クオリアがその復興に動いていると言った感じかな?」


「まさしく王のご賢察通りの状況にて。かの地には現在クオリアに残る聖女のうち、日記の名を冠するものが派遣されており、エルフール姉妹によって蒔かれた忘失と疫病の対策に奔走しております」


「聖女が出ている……か」


 王が瞳を閉じてしばし考え込む様子を見せ、配下の者が沈黙を守る。

 拓斗は己の記憶を呼び覚ます。

 日記の聖女についてはある程度情報を得ている。どのような能力を持っているかは現時点では不明だったが、直接話した印象ではあまり争いごと等は得意で無いように思えた。

 マイノグーラや暗黒大陸へ侵攻を企てているというよりは、やはりレネア神光国の後始末が目的なのだろうと拓斗は判断し瞳を開く。


「疫病は王様の命令通り、感染力重視で調合しました。お姉ちゃんさんも頑張りましたが、聖教の忘失に関してはあくまで都市の範囲内とのことなのです」


「がんばったー!」


「うん、ありがとう。僕の考えているとおりにやってくれたね」


 普段はあまり意見を出すことのないエルフール姉妹もここぞとばかりに成果をアピールしてくる。

 拓斗としてはむしろ彼女達の頑張りと結果こそが重要な鍵となっているので、もっと褒めてあげなくてはと思っている程だ。

 だが拓斗が必死で練り上げた賞賛の言葉の前に、極めて重要な問いが投げかけられた。


「けど事前にお伝えしたとおり、キャリー達はこの力を維持しないとダメなのであまり大きくは動けませんよ?」


「王さまはこれでどうするのー?」


 双子の無邪気な質問に大人達は頭に疑問符を浮かべる。

 それもそのはずだ。今の今までの話で十分にその答えは話し合われたはずだから。

 すなわち、レネアの地に混乱をもたらすことによって聖なる国家の行動を制限させる。

 暗黒大陸との接続域につながる南方州地域での混乱は、聖なる国家が暗黒大陸へと影響力を行使する際の枷となる。

 アトゥを取り戻してレネア神光国を滅ぼすという一定の成果を得たからこそ、拓斗が一旦暗黒大陸まで引いて体勢を立て直す考えだと皆は思っていたのだ。

 だがこの双子の少女だけは……鋭い魔性の本能じみた勘を持ってして、拓斗が描く図がそれだけではない事を探り当てて見せたのだ。


「ははは、二人はなんとなく分かってるみたいだね。実はアレは時間稼ぎだけの意味を持っていないんだ。それだけなら単純にあの街とそこに住む人を適当に破壊しておけば事足りるからね」


「ということは、拓斗さまはあの土地でまだなにか作戦を考えていたのでしょうか!?」


 アトゥがシュバッっと話題に入り込み皆の疑問を代弁する。

 その瞳が感動と感激にあふれていることから、改めて拓斗のすごさを実感しているのだろう。

 無駄にキラキラした瞳で見つめてくるアトゥに少々気圧されながら頷き、作戦が確かに存在していることを認める。

 あくまで構想の段階であり細かな部分は決定していなかったが、エルフール姉妹に命じた行動は次なる作戦の布石となっていたものだ。


「さすがです拓斗さま! 敵の技術を手に入れた事もそうですが、常に二手三手を考えて行動をされているなんて! このアトゥ、感激で胸が震える思いです!」


「しかり、しかり。誠、王の叡智とどまることを知らずと言った状況ですな。やはり王こそが我が国そのもの、この老骨では話についていくのがやっとですわい」


「どういう作戦か気になるー」

「そうですねお姉ちゃんさん。一体次はどんなことが起きるんでしょう?」


 当初皆の反応は喜びだった。

 拓斗が編み出す人知を超えた神算鬼謀の戦略。すでに次の布石は打たれ、マイノグーラが世界全てを手中に抑える終着点へと着実に歩みを進めている。

 それは王が復活してからなお顕著で、未だ体調がすぐれぬ状態であっても勢いを弱めるということを知らない。

 ああ、なんと素晴らしきかイラ=タクト。まさしく彼こそが世界を覆い尽くす闇そのものであると。


「ただ――僕以外にもこの事に気付いている人物がいるんだよね……」


 だが次いでその興奮は一気に消失し、言い様のない不安が押し寄せてくる。

 破滅の王たるイラ=タクトの人を超越した深き思考について行ける者など、唯一の例外を除いて存在しない。

 ダークエルフ達の中に、何やら嫌な予感とともにある人物の名前が浮かびかけたその時……。


「会議中失礼します――緊急の要件が」


 会議の場にやや緊張した声音をあげるものがいた。

 扉の付近には片膝を突きながら静かに言葉を待つ兵士が一人。緊急の伝令だ。何やらトラブルが発生したらしい。

 一兵士にとって天上の人ともいえる者たちの視線を一気に受け、哀れな伝令は顔をこわばらせている。

 むろん、必要があれば会議中であれども伝達を行うよう周知しているので彼の行動は何ら咎められるものではない。

 とはいえ会議の終わりを待つことなくすぐさま報告が必要だと判断された事案だ。楽観視はできず、一人を除いた全員に緊張が走る。

 ただ、拓斗だけはどこか楽しむような様子で、まるでクイズの答え合わせをするかのように上機嫌で軽く伝令の背後を指さす。


「その子に伝えて」


「はっ! ……え、えっと、どちらの方に――うぉっ!!」

「あぶぅ……」


 背後に突如現れた《出来損ない》に驚愕の表情を浮かべる伝令のダークエルフ。

 その態度が不満だったのか頬を膨らませる《出来損ない》だったが、しっかりと話を受け取ったようで、するりと音をさせずに移動し念話が使えない拓斗の元で耳打ちをする。

 報告とは一体どのようなものか?

 会議に参加していた面々の視線が拓斗に集まるなか、彼は心底楽しそうに笑う。


「なるほど、このタイミングかぁ」


「王よ……一体どのような?」


「彼が僕に会いに来た」


 その言葉で、緊張が一気に高まる。

 マイノグーラの王であるイラ=タクトと、その配下である舌禍の英雄であるヴィットーリオ。

 いよいよその二者が対峙する時が来たのだ。

 果たしてその邂逅は何をもたらすのか?

 確実に訪れるであろう嵐の時を前に、配下の一同は気の利いた言葉すら出せずにただ押し黙る。


「楽しみだなぁ。一体どんな無理難題を言い出してくるやら」


 今の今までドラゴンタンで暗躍を続けていたヴィットーリオが主である拓斗に会いに来る。

 すなわちそれは彼の策がすでに成ったことを意味しており、その意図が献上であるか挑戦であるかを問わず、拓斗にぶつけるに値するだけの話であるということだ。

 果たして、舌禍の英雄という名の劇薬はマイノグーラに何をもたらしたのか?

 彼らの心情を知ってか知らずか、拓斗はただただ楽しそうに、嗤うのであった。

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