第百九話:献身(1)

 破滅の王と舌禍の英雄による初の会合は、おおよそ配下の者たちが想像したものと違って酷く穏やかで親和的なものであった。


 場所はマイノグーラ王宮。謁見の間。

 周囲は配下の者たちと、拓斗の護衛である《出来損ない》が侍り、事の成り行きを見守っている。

 対するヴィットーリオは彼にしては奇妙なことに、副官らしき少女を連れてこの場に参じていた。


「英雄ヴィットーリオォォォォ! んまかり越してぇ、御前にっ!」


 英雄は恭しく臣下の礼をとり、遅参の謝罪と共に忠誠の言葉を述べる。

 またそれに対する王も、鷹揚で気軽ながらも威厳と畏怖に満ちた声でそれに応える。

 一見してなんら問題ない主従の邂逅。

 何ら欠点の無い、歴史書の一文に記されるか否かのとりとめの無い光景だ。


 だが、察しの良い者ならばすでにこの場は言葉を用いた戦場と成り果てている事を容易に想像することができた。

 王たる拓斗は配下の一挙一動、その言葉の隅々まで精査しその真意を判断する為。

 そして配下たるヴィットーリオは王へと自らの行いの詳説と、その忠誠に曇り無きことの証明の為。


「ああ、よく来てくれたねヴィットーリオ」


 互いに未だ様子見。

 その場に控える面々は、王たる拓斗が内心どのような気持ちでヴィットーリオに相対しているのか一向に判断がつかなかった。

 一見すると和やかな会談に見える。だが散々かの英雄の傍若無人ぶりを訴えてきたのだ。このまま何事もなく無事に……とは誰もが予想していなかった。


「僕が動けない間、精力的に働いていてくれたみたいだね。ありがとう。少し時間が空いてしまったけど、ようやく君との時間をとることができた」


「なぁにを仰いますか! 国家の英雄がその指導者の為に粉骨砕身の働きを行う事は当然のことっ! 王はただそこにあり、臣下はただひたすらの献身を! それが摂理でございまぁぁぁっす!」


「……そっか。じゃあ改めまして、伊良拓斗だ。僕のことは覚えているかな?」


「無論覚えておりますぞ! 『Eternal Nations』を極めし知の冴え渡り! 向かうところ敵無し、あらゆる苦難困難をその叡智でねじ伏せてきた天の才覚! イラ=タクトとはすなわち、あらゆる存在の頂点に立つ者の名! 吾輩が唯一、頭を垂れるプレイヤーですぞぉっ!」


「はは、何度言われても気恥ずかしいな。けど、君もあの日々を共有してくれた事を嬉しく思うよ」


「忘れるものですか! この吾輩が忘れるものですかっ! おお神よっ! 偉大なる御方よ! 吾輩は貴方様と過ごした日々を、決して忘れたことはありませぬ!」


 拓斗は軽く辺りを見渡し、その場にいるダークエルフ達が怪訝そうな表情を見せていることを確認する。

 マイノグーラが『Eternal Nations』というゲームに存在する国家であるという事実は、拓斗が秘匿している項目の一つだ。

 ヴィットーリオはその事を知っていて尚、軽々しく言葉を述べたのだ。

 動揺を誘って会話の主導権を得ようとしたのか、はたまた箸休めに困惑するダークエルフでも観察したいと思ったのか。

 それとも、興奮のあまり取り繕うことを忘れたか。

 とはいえこの程度であればごまかしもきくしダークエルフたちも何についての言及か分からぬだろう。

 神の国の言葉ということで納得して貰っている分、その辺りは楽だった。


 拓斗は内心の興奮を隠しきれず軽く笑みをこぼす。

 相手の裏を読み取ることを常に求められるやりとりなど、何時ぶりだろうか?

 気を引き締めて会話に臨まないといけないというこの状況は個人的に望ましいものだった。

 争いは時として好ましくある。

 拓斗は、元来どちらかというと血の気の多いタイプの人間なのだ。


 とは言え……今は拓斗にも立場がある。

 これが本来のゲームだったり、相手がどうでも良い人間だったりした場合は、己の欲望のままに事を進めても問題ない。

 だが今や彼は一国の主だ。その責任は確かに彼の選択肢をまた別のものとしていた。


(まずは自分勝手な行動への叱責か……。そういえば配下の問題行動をしっかりとした形で指摘するのは初めてだな。今までは皆聞き分けは良かったし、せいぜいが注意するのが関の山だったからね。とはいえ……今後はこういった事も必要か)


 さてどうしたものか。

 配下の者たちの手前、ヴィットーリオに対するけじめはつけなければいけない。

 その点に置いては拓斗としても何ら不満を述べるところではない。

 信賞必罰は組織の常道であり基本だ。

 だがことヴィットーリオに関してはそれもまた別の意味を持つ可能性があった。


「君の行動はすでに報告を受けている。功績は大きいけど、しかし独断専行が少々行き過ぎているね。まぁそれは君の性質を知れば仕方のないことかもしれないけど、だとしても他の皆に迷惑をかけるのはいただけない」


「吾輩の行動が問題で? なら如何様な罰でも受け入れましょう! それが今必要ならば、どうぞご存分に! 吾輩にはその準備も覚悟もございます! そう! 今この場においては、それが必要! さぁさぁ! 王自ら刺激的で過激的な罰を吾輩にっ!」


「うーん。ノリノリだ。君にふさわしい罰か……迷うね」


「ちなみに吾輩は痛みや苦しみを快感に変える事ができますぞっ! さぁ、どんとこいっ!」


 これが問題だ。

 ヴィットーリオに何らかの罰を与えるとしても、この英雄はあまりにも特殊な事情を有しており、一般的な罰が罰とならない。

 痛みや苦しみを与えるのは三流。地位や職責の剥奪で二流。

 彼が最も許せぬであろう屈辱を与えて初めて及第点と言えるが、果たして万物を嘲り笑うこの英雄にそんなものがあるかどうか。

 拓斗は己の中で今後の方針にいくつか修正を加え、自らが取るべき選択を見繕う。


「中途半端な罰だとむしろ落胆させてしまいそうだ……まぁいいや。その辺りはおいおい、全員が納得する形で行うとしよう。皆もそれでいいね?」


「「はっ!!」」


 ダークエルフたちはやや不満そうな表情ではあった。

 この場でヴィットーリオが罰を言い渡されないのは業腹だが、いずれ罰が与えられるというのならば納得はいく。そのようななんとも言えぬ表情だ。

 配下のご機嫌を伺いながら采配を下すは支配者として些か手落ちに思われるが、今はこの状態こそが望ましい。ふさわしい時は今では無い。

 拓斗はそう判断し、ヴィットーリオへの追求を続ける。


「さてそれじゃあ次だね。ヴィットーリオ、君が作った……えーっと、なんだっけ? まぁいいか。皆そう呼んでるし《イラ教》と呼ぼう。これを作った目的を聞かせて貰おうかな」


「それはもちろん神たるイラ=タクト様の為、そして吾輩の夢の為でございます!」


 ふむと、拓斗は考え込む。

 ヴィットーリオの夢については知識に無かったからだ。

 つまり『Eternal Nations』の設定にそのような項目は存在していないという意味である。

 ヴィットーリオは舌禍と嘲りの英雄。

 あらゆるものを自分の玩具としてしか見ておらず、どこか世界に諦念を持っていた彼に叶えたい願いがあったとは拓斗であっても予定外の言葉だった。

 一体それは何か? 言葉にして問う前に、その答えはあっけなくもたらされる。


「かわいらしい女の子になって偉大なる神イラ=タクトの横に侍ること! 吾輩はハピエン原理主義派! 吾輩と神さえいれば良い! それこそが! 吾輩の夢なのですぅぅぅぅ!」


「うっ、頭が痛いなぁ……」


「ちなみに美少女になった吾輩のラフイラストもありますぞ? 見ますかな?」


 途端に、張り詰めていた空気に呆れという名の緩みが生まれる。

 配下の者たちがまたぞろ奇妙な世迷い言を始めたとため息をつき、共に連れてきた副官らしき少女はこの厳粛な場における唐突な妄言にあからさまな動揺と驚きの態度を見せている。

 誰もが……ヴィットーリオの言葉をいつも通りの冗談だと取っている。


 だが拓斗が頭を痛めた理由は他の者たちとは違っていた。

 拓斗の懸念とは、ヴィットーリオの放ったこの妄言が冗談と本気の両方の可能性を有していることだ。

 ヴィットーリオは時として突拍子もない事をしでかす。

 それは『Eternal Nations』の設定でもそうだし、実際のAIとしてもそのような挙動を取ることが多かった。

 だが拓斗だけは知っている。

 ヴィットーリオがゲーム中で取る不思議な行動の数々に、時として巧妙に隠された意図が存在している事を。


 拓斗は、曲がりなりにもその目的を見極めることが出来たからこそ、ヴィットーリオの使い手として君臨してきた。

 多くの人々から賞賛と驚き、そして多分の呆れを一身に受けてきたのだ。

 だからこの言葉を冗談として捨て置くには、少々気味が悪かった。


「イラストは別にいいよ。あとその夢の実現は少々難しくない? 少なくとも僕は絶対にイエスとは言わないけど……」


「夢は愚かであればこそ強く輝く! だからこそ強く憧れ目が離せない! それが夢! ドリーム! ドリームカムトゥルー! 吾輩はやりますぞ! 可愛い可愛いドジっ子寂しんぼうさ耳美少女になって、必ず神とハピエンの向こう側に行くのですっ!!」


「そんな事が出来ればだけどねぇ。できるのかい?」


「できますとも! 吾輩なら!」


「そっか……自信満々だね。頭がどんどん痛くなってくる」


 下らぬやりとりに、真偽があやふやな言葉が塗り込まれる。

 拓斗としてもヴィットーリオがもたらす謎かけを解くのは苦ではない。

 特に言外に挑戦されてはやる気も出てくるというものだ……。

 彼の真意を測る手段、ヒントはおそらく彼が連れてきた少女だろう。

 拓斗の視線が、今まで借りてきた猫のように固まっていた山羊の獣人である少女――――ヨナヨナへと向く。


「そういえばタイミングを逃してしまったけど、そちらにいる子は初めてだね」


「お、お、お、お初にお目にかかります! 神よ!」


 唐突に自分へと話が向いたことにギョッとした表情のヨナヨナ。

 あらかじめ話には聞いていた、ヴィットーリオが目をかけているイラ教の代理教祖らしい。面通しの意味もあろうが、また珍しい人選だと拓斗は内心で独りごちる。

 イラ教の教えもあってか、神であるイラ=タクトからの言葉に感動と緊張で感情が追いつかない様子で、先ほどから面白いほどの動揺を見せている。


「んー。どうかな?」


 そんな彼女の態度に苦笑いをこぼしながら、拓斗が天井を軽く見上げ問いかける。

 その問いに呼応するように音も無くその場に降り立ったのは護衛である《出来損ない》だった。

 彼、あるいは彼女。――またそのどれとも表現する事の出来ない異形は、拓斗の意のままにじいっとヨナヨナに視線を向けると、愛らしい赤子の声で「んまっ!」と軽快に声を上げる。


「そう特に何も無い、本当に普通の女の子なんだね」


「《出来損ない》の《看破》でございますなぁ! いと尊きお方にしては実に用心深い!」


 意外。とでも言いたげな驚きの声音を持って、ヴィットーリオが先の行動に含まれた真意を挑発的に問いかける。

 確かに用心深いことではあったが、拓斗としても余裕ぶった行動を見せたおかげで散々痛い目を見ているので省略する理由はどこにもない。


「最近いろいろあったからね。仲間だと思っていた相手がその実、敵の模倣だったとか。ヴィットーリオも気をつけるといい。予想外の出来事はいつだって突然で、そして静かにやってくる」


「んんんっ! 偉大なるイラ=タクト様からの啓蒙。まことにありがたく!」


 ヴィットーリオの性格を考えるのならば、このヨナヨナという少女も何らかの目的を持って用意された人物と見て間違いない。

 それがどのような意図を持っているかはこれから見極めるつもりであったが、少なくとも《擬態》を初めとした何らかの能力が使用されている形跡がない点は少し安心ができる。

 もっとも、初めから簡単に見抜けるとは思ってもいないが。


「おっと、また脱線しちゃったな。それで君は――そこのヴィットーリオからどんな仕事を任されているのかな?」


 当然の権利として、質問を投げかける。

 だがその問いだけでヨナヨナはもう限界らしく、顔を真っ赤にさせながら口をパクパクと鯉のように開閉している。

 緊張のあまり声すらでない様だ。

 マイノグーラの住人は総じて王である拓斗に対して畏怖を感じており、直接言葉を向けられれば緊張することがほとんどである。

 それは以前から当然のように見られた光景で、近しい配下の者たちはともかく一般の市民などは拓斗が声をかけると恐縮しっぱなしが常であった。

 だとしても彼女の様子は尋常では無く、イラ教において神とされる拓斗がどのような位置づけにいるのかを端的に表しているようでもある。


「そ、そんなに緊張しなくてもいいよ。ほら、なんだか僕も緊張しちゃうよ」


 コミュ障ゆえに緊張が伝染したのか、わりと真剣にソワソワしてきた拓斗。

 そんな彼と彼女の態度を理解してか、ヴィットーリオが助け船を出す。


「ヨナヨナでございます。吾輩がしくじった時のセカンドプランですが故にぃぃぃ、いくらかの仕事を覚えさせておりまぁぁっす!」


「セカンドプラン?」


 チラリとヨナヨナの方を見つめ、拓斗はいぶかしげな表情を見せた。

 拓斗の視線に動揺しているのかしきりに恐縮しきりのヨナヨナだったが、拓斗が違和感を覚えたのはそこではない。

 ヴィットーリオらしからぬ采配だったからだ。この英雄に、他人を信用するという思考は無いはずだ。全て自分でやりたがるはず。セカンドプランや予備などといういかにもそれらしい策を考える性格では無い。

 ゆえに違和感が先行する。


「そうです。あらゆる出来事にはセカンドプランが必要! 神たるイラ=タクト様に置かれましても、そこなダークエルフたちがしくじった時の為にセカンドプランが必要では? 特に使えない者ならば、交換はたやすいでしょう!」


「――なっ!」


 あからさまな侮辱。

 言葉を向けられたダークエルフたちが血気に逸る。

 すわ怒号が飛ぼうかという寸前、拓斗はもう何度目になるだろうかと手を上げ制止した。

 なるほど、ヴィットーリオがセカンドプランを必要だとこの場で言い放った理由も見えてきた。

 とすればヴィットーリオがこの世界に来たときにあれほどダークエルフとアトゥに対してふざけた態度を取ったこともよく分かる。


「なるほど。この大呪界に住まう皆の代替ってことか」


「んしかりぃ!!」


 得心がいく。この英雄は、最初から誰も信用していないのだ。

 ダークエルフたちも、アトゥも。

 だからこそ自前で管理できる手勢を用意した。

 なるほど彼らしい采配と言える。どうせこのセカンドプランとやらも裏があるはずだ。

 全てを覆い隠し、道化を演じながら自らの目的にひたすらに進むその姿はいっそすがすがしい。

 謀略家はこうでないといけない。

 拓斗もよい学びを得たとばかりに早速切り込む。

 ヴィットーリオではなく、その隣でカチコチに緊張している少女へだ。


「まぁ皆も思うところはあるだろうけど、今は少し我慢しておいて。――っと、ヨナヨナだっけ? 代理教祖と言ったけど、大変じゃ無いかな? ヴィットーリオはこの性格だ。いつも迷惑をかけられているんじゃ?」


「しょ、しょんなことはありませんっ! 神の為ならば、ウチはどんな試練でも耐えてみせますっ!」


「それ、言外に吾輩が厄介って言ってるも同然ですなぁ~」


 ヴィットーリオが入れる茶々を無視し、拓斗はヨナヨナに暖かな視線を向ける。

 酷く緊張している彼女に努めて優しく、その心を解きほぐすように語りかける。


「そっか、大変だろうけどよろしくね。期待しているよ。――そうだ、何か欲しいものはあるかな? サインとか、有名人に会った時の定番でしょ?」


「ぐ、偶像崇拝は禁じられているのです!」


 その答えに、ハハとおおらかに笑った拓斗は次の瞬間ピタリと黙り、やがて底冷えするかのような低い声で問うた。


「――それは、祈りが分散するから?」


 静かな、だがハッキリと通る声だった。


「えっ!? えっと、その……」


「サインで通じるんだ。ヴィットーリオがセカンドプラント言ったときに理解している様子を見せてたからもしかしたらと思ったけど――ヨナヨナは、本当にいろんなことを教えて貰っているんだね」


 引き続き優しく、穏やかな視線がヨナヨナに注がれる。

 だが自らが神と崇めし存在による問いかけは、ヨナヨナの魂を恐怖という感情で縛り付けるには十分であった。

 何か不味い発言をした。

 自分は、そうと知らずにとても危険な場所に踏み入ってしまっている。

 ヨナヨナが持つ獣人としての野性的な勘は今すぐここから逃げることを訴えてきているが、反面理性的な部分がそれこそが最悪の選択だと伝えている。

 どちらにしろ、この哀れな少女にとれる手段は酷く少なかった。


「ああ、ごめんごめん。無理に答えなくてもいいよ。君には自由な意思がある。特に《イラ教》の教えである邪書の秘密だ。言えないのも当然だろう。それが僕からの質問でもね」


「ヨナヨナ、答えなさい。神のお言葉は絶対なのです」


 間髪をいれずに、ヴィットーリオが口を挟んだ。

 半ば命令に近いものだ。間違いなく何らかの攻防が行われている。

 おそらくは――言質の取り合いだろうが、それを理解しているものは二人の主従以外に存在しない。


「女の子に酷い言い草じゃないかヴィットーリオ。僕は彼女の意思を尊重してあげたいな。君は僕の事を神って言ったけど、さすがにそれは大げさだし、皆には自由意志がある。そうでしょ?」


「それはなりません」


「どうして?」


「…………」


「気が変わった……どうぞ答えて。僕の言葉は絶対らしい」


「え、えと。神のお言葉通り、偶像を用意することは最大の禁忌とされてるッス……ます。《イラ教》では祈りこそが重要で、その行く先を誤ることは、決してやってはいけない行い……です」


 ヨナヨナはそれだけ絞り出すと、押し黙る。

 緊張で喉が渇いているのだろうか、彼女らしからぬしわがれた弱い声だったが、それが間違いなく拓斗の耳に届いていた。


「わざわざ『偉大なる神であるめっちゃ凄いタクトさまを称えるめっちゃ凄い教』なんてふざけた宗教名にしたのもそれが理由だよね。名前が正確に認識されて信徒に広がるとそこに祈りが集まるから。イラ教という名はあくまで通称。偽の名は偶像たり得ない。祈りの先はただ一つ……か」


 拓斗は続ける。

 一度はアトゥやダークエルフたちに説明した内容ではあるが、更に加えての情報が存在している。

 それらはヴィットーリオの目的を見抜き、その真意の表層を撫でる。


「僕の力の源を外部に依存させれば、レネア神光国戦の時のような消耗を防げる。《名も無き邪神》としての力をより強化することは僕にとっても益にこそなれど害にはならない。むしろこれからを考えれば、より貪欲に力を欲すことが必須となる」


 ヴィットーリオの顔が喜悦に歪む。

 子供のように純粋で、同時にどこまでも底の見えない。邪悪なる満面の笑み。


「――そして、君が僕の力の源となった《イラ教》を掌握する。すると僕は必然的に君の力に頼らなくてはならなくなる。野心的で逃げ道の無い、実によく出来たプランだね」


 答えが提示された。

 拓斗の視線は無論舌禍の英雄へ。その正否の答えはすぐさま行われる。


「よくぞお見通しで。ただ誤解しないで頂きたい! すなわち、これは背信などではなくただただ純粋な献身なのでございまぁぁすっ! 神に対し、より強大に、より偉大になって頂こうと邁進するは配下の務め――否、義務! それを怠るはまさしく重罪! かかる愚鈍の結果は無残の一言! 論じるまでもなく配下失格! 故にぃ――」


 イラ=タクトを神とし、国家の全てをただ一つへと向かわせる完全な宗教国家の樹立。

 ダークエルフと他の英雄を蹴落とし、自分たちがその地位に繰り上がろうとする野心の発露。

 マイノグーラの指導者を、祈りによって王から神へと昇華させる大儀式。

 イラ=タクトの独占。

 これこそが……ヴィットーリオが頭の中で描く夢。


「『Eternal Nations』最高最大のプレイヤーであるイラ=タクト様に、これらの無能はあまりにもふさわしくない。吾輩が真なる配下をご用意しますゆえぇ、今しばらくぅ! ご観覧遊ばせればと、存じ上げる次第なのでぇすっ!」


 その実現に向けた一つの解であった。

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