ゴシックロリータはフリルで可愛く彩ってⅥ

 凪葉なぎばからだから前とは違うルートを走っているけど、土地勘のある僕にはだいたいどの方角に向かっているかがわかる。どうやら車は今日も玲様の家に向かって走っているようだった。学校を終えて直接来たんだろうか、玲様はこの間と同じ真っ黒なセーラー服に身を包んで、対面に座った僕のことを不思議そうに見つめている。


「何度見てもおかしな感じね。確かに顔は同じなのに、今日は男子制服を着てる」


「むしろあの服を着てるのがおかしいんだけどね。でも、なんで僕のこと」


 男だって知ってるの? そう聞く前に玲様は一冊のファイルを取り出して、投げるように僕に渡した。


 ファイルの表には機密事項、と書いてある。読んでいいのかと玲様の顔を見ると、彼女は無言で頷いた。開いてみると中身は僕の調査報告書だった。


 名前、住所、年齢。高校に家族、ほとんど空欄の交友関係。そして性別。


「これって」


「嘘でも彼女にするなら、まともな人間であることは確認しておかないとね」


「たったの数日でこんなにも」


 連絡が来なかったのは調査をするためだったんだ。


「まぁ、結果としては女装が趣味の変態ってことだったんだけど」


「いや、それにはいろいろと深い訳が」


「それはなんだっていいわ。調べたから知っているけど」


 そう言いながら玲様は遥華姉と僕の関係について書かれた調査書のページを開く。そこまで調べてるなんてどんな手段なのか聞いてみたいような聞きたくないような。でも事情を知ってるなら変に思われない分救われるような気もしてくるから不思議だ。


「男なんて失敗したかとも思ったんだけど、秘密にしておきたいって言うなら話は別よ」


「それってつまり?」


 そこまで察しが悪いつもりはないけど、一縷いちるの望みをかけて尋ねてみる。でもやっぱり返ってくるのは予想通りの答えだった。


「協力しないならこれが公になるかもしれないってことよ」


「それって立派な脅しなんじゃ」


「馬鹿言わないで。脅しっていうのは低俗な人間がすることよ。私のは命令」


 全然内容は変わってないよ。言ったところで玲様の機嫌を損ねるだけだから、僕はぐっと言葉を飲み込んだ。玲様の家に向かう車は寄り道をすることもない。


 人のことは言えないけど、あんまり外に出るのは好きじゃないのかな? そういえばあの日も日曜日なのにセーラー服だった。昔は規律の厳しい学校は休日も出かけるときは制服っていう校則があったらしいけど、他校の校則なんてわかるはずもない。


「わかった。僕が断っても他の女の子を探しに行くだけなんでしょ?」


「聞き分けのいいお人形は好きよ、私」


 玲様がふわりと微笑む。何の含みもない怪しさもない純粋な笑顔。ずっとこのままなら脅しも何もなくても協力してあげたくなってしまうのに。そんな僕の心の内を知ってか知らずか、玲様は隣に座った黒服の女性に手を差し出す。すると、すべて理解していると一つの包みを取り出した。


 そして、それが僕へと手渡される。


「さぁ、これに着替えて」


「なんで!?」


 ビニール袋に入っているのは、クリーニング済みと思われる女性ものの服。白のブラウスに濃いブルーのプリーツスカート。シンプルだからゴスロリ服よりは抵抗はないけど、女性服であることに違いはない。着替えろと言われても、簡単にはい、とは言いたくないものだ。


「お母様はいないけど、防犯カメラに直が男のまま映ると困るからよ」


「そういうことなら、まぁいいけど」


「あら、思っていたより素直ね。それは私のなんだけど、今度はもっと派手なものを買っておくわ」


「え。これって玲様の?」


 それを聞くと、一気に抵抗感が生まれる。確かにクリーニング済みなのはわかるし、僕と玲様の背丈はほとんど変わらないけど、それにしたってこれはちょっと恥ずかしすぎる。


 向かいに座った玲様はというと全然気にしてないみたいで、僕が着替えるのを待っているらしい。


「どうしたの?」


「いや、恥ずかしいっていうか」


「あぁ、言い忘れていたわ。そこにカーテンがあるから自分で引いて」


 そういう意味じゃないんだけど。玲様にそんな反応をされると自分だけが意識しているみたいで余計に恥ずかしい。


 ええい、もういいや。向こうが気にしてないんだから。

 僕はカーテンを引いて身を隠すと、狭い座席の上を上手にやりくりしながらなんとか着替えを済ませる。白いブラウスに黒の棒タイを結んで、腰の高さでスカートを留めると、膝下までの長さで安心する。ちゃんと膝が隠れていると一気に女の子らしさが増す。


 誰が何と言おうと僕は男の子だから、やっぱり関節の大きさは女の子とは違う。遥華姉に言わせれば女の子でも十分いるくらいのものらしいけど、やっぱり遥華姉や玲様と比べれば僕は正真正銘の男の子なのだ。


 カーテンを開けて、正面に座った玲様にの前に着替えを済ませた自分を現す。


「うん、なかなか似合ってるじゃない。私の服だと地味かもしれないけど」


「いや、別にあの服は僕の趣味じゃないから」


「わかってるわ」


 自分の服を男の子が着ているというのに、やっぱり玲様は落ち着いた様子で僕だけが混乱しているように見える。もしかしたらもう着るつもりもないのかな。そう思うと気が楽になってくる。


 何を言えばいいのかわからなくて黙ったまま、僕は三日ぶりに玲様の家へと招かれた。

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