ゴシックロリータはフリルで可愛く彩ってⅢ

 屋敷に上げられた僕は玲さんの案内で奥まったところにある座敷に通された。お付きをしていた黒服さんの二人はどこかに行ってしまった。家に帰ってきたら護衛はついていなくていいということなんだろう。


 ここからでもきれいな中庭が見えて、高級な旅館にでも来たみたいだ。そのせいか自分のゴスロリ服がやたらと浮いていて、どうしてこんなことになったのか小一時間は自問自答したい気分だ。


 真新しいいぐさの香りがする畳に正座すると、落ち着きを取り戻したらしい玲さんのお母さんがお茶を持ってきてくれる。


「どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


「さっきはごめんなさいね。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」


 まるで、玲さんが言った彼女、という言葉など聞いていなかったような振りをして、玲さんのお母さんはお茶を置くと、そのまま逃げるように座敷を去っていった。


「まったく外面だけは一級品なんだから」


 呆れたように玲さんはお茶に口をつける。そういえば短い間にたくさん驚かされたせいで喉が渇いている。うちのものの何倍するかわからない緑茶を豪快に半分まで飲み干すと、なんだかもったいないことをしたように思えた。


「それより彼女ってどういうことなの? いや、お人形っていうのもよくわかってないんだけど」


「どちらも言葉通りよ」


「まったく説明になってないよ」


 お茶と一緒に出されたお茶菓子も小分けの袋に入っているけど、その包装からすでに高級であることを訴えているように見える。なんだか手を伸ばしにくいと思っていると玲さんは気にした様子もなく一つを取って一口でぺろりと食べてしまった。


 そのまま食べないでいるとすぐに全部なくなっちゃいそうな勢いだ。慌てて一つをとって自分の手元に寄せておく。


「そうかしら? 私はあそこにいた中で一番可愛い娘を選んだんだけど」


 やっぱり説明になってないし、少しも嬉しくない。確かにあのさびれたアーケードにいた中なら、僕と遥華姉以外に彼女と呼ぶような年頃の女の子なんていなかったかもしれないけど。頭が話にまったく追いつかない。甘さ控えめのしっとりした粒あんモナカを口に入れてみたけど、これだけじゃ足りないみたいだ。


「そういう表情もいいわね」


 しょぼくれている僕の顔のどこが面白いのかわからないけど、玲さんはころころと笑った。笑顔を見せた彼女はやっぱり普通の女の子で、最初に見た幽霊のような雰囲気もなければ彼女が欲しいと女の子を誘拐するようにも見えなかった。


「それで、玲さんには彼女ができるといいことがあるの?」


 僕の当然の疑問に玲さんの表情があっという間に引き締まる。


「玲様、でしょう?」


「え?」


「あなたは私のお人形なんだから、主人には敬意を持っていないと。玲様。はい」


 手を僕の方に差し出して繰り返せ、と言っている。僕としては彼女はもちろん、お人形にもなるつもりはないんだけど、ここで断ったらいつまで経っても帰ることはできなさそうだ。


「玲様。どうして玲様は彼女を欲しがっていらっしゃるんですか?」


「あぁ、まどろっこしいから敬語はいらないわ。私、そういう型にはめた付き合いは嫌いなの」


 様、と呼ばせておいてそれもどうかと思うんだけど。


「わがままだなぁ」


 思ったことがつい口をついて出た。でも玲様はそれが逆に気に入ったみたいで、気にせず僕の顔を見て微笑んでいる。


「私ね、この家から勘当されたいの」


「勘当?」


 勘当って、お前はもううちの子じゃない! っていうやつだよね? 親子の縁を切るとかいう。


「え、何で!?」


 数拍遅れて頭が玲様の言葉に追いつく。机に手をついて膝立ちになった僕を見ても、玲様は落ち着いたままだった。


「なんでもいいじゃない。彼女ができたって言えば、追い出す気になるかと思って」


「相手が男じゃダメだったの?」


「それなら婿養子にするって言い出しかねないじゃない。跡取りがいなくなったらどこかから養子をもらってこなくちゃならないし、これが一番効くはずよ」


 玲様は自分とは別の人の話をしているみたいに淡白だった。それとは別にひょいひょいとモナカの袋を開けては口に放り込んでいる。あと一つに手を伸ばそうとしたところで、僕は慌てて最後のモナカを手元に寄せた。もう一つくらい食べておきたい。


「あっ! ま、まぁ、いいわ。そういうところも可愛いわね」


 今ちょっと睨まれたような気がするんだけど。玲様は取り繕うように伸ばした手を収めると自分の湯飲みに口をつける。


「でも勘当されたいなんて」


「この家じゃ私には窮屈すぎるの。こんな狭い家の中で一生を終えるなんて馬鹿らしいわ」


 そう思わない? と玲様は僕の顔を覗き込んだ。狭い家、というが敷地の広さじゃないことくらい僕にだってわかる。大きな何かを持っているってことは、それだけ何かに縛られることがあるってことを僕はよく知っている。


 玲様は僕の心の内を見透かしているのか、それとも反応が薄かったことに機嫌を損ねたのか。だらしなく体を畳の上の投げ出すと、大きく息を吐いた。同じように僕も寝転びたい気分になるけど、この服はいろいろと装飾がついていて転がるには不向き過ぎる。


 本当に僕を人形だと思っているのかな。一応お客さんの僕に構いもせず、玲様は畳の上をごろごろ転がっている。遥華姉がこうしているのはよく見る光景だけど、スカートだと目のやり場に困ってしまう。


 それにゆったりとしたセーラー服で気がつかなかったけど、玲様は小さな背丈に似合わず、とっても女の子らしい体つきをしていて。重力に引かれて体にまとわりついたセーラー服が玲様のボディラインを浮き上がらせると、見ているだけなのにとっても不純なことをしているみたいでドキドキしてしまう。


「そういうわけだから、私のお人形としてしっかり働いてちょうだい」


 目を逸らせないでいる僕に、玲様は気付いていないのか。だらけた姿のままそう言った。


「は、はい!」


 じっと玲様の体を見ていた自分が後ろめたくて、思いつくままにはっきり答えてしまう。それを僕が完全に人形扱いを受け容れたと玲様は思ったみたいだった。


「じゃあ携帯の番号」


「え?」


「連絡先がわからないと私が呼び出せないでしょ? あ、直にも教えるけど出ないわよ」


 当然といわんばかりに玲様は僕に手を伸ばす。白く細い指が僕に伸びてくると、あらがえないままバッグの中から携帯を取り出して渡してしまった。なんというか命令するのに慣れているという感じがして、やっぱりお付きを連れているお嬢様なんだと思えた。


「あ、はい」


「これからよろしくね、直」


 できればこれっきりにして欲しい、と言ってもきっと聞き入れてなんてもらえない。ここできっぱりと断ることができるなら、そもそも今こんな服を着ていないのだから。


 用は済んだ、と玲様が手を挙げると、どこから見ていたのかあの黒服の二人が座敷にやってきて、僕はまたあのアーケードまで連れて帰されたのだった。

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