ゴシックロリータはフリルで可愛く彩ってⅣ

 アーケードには当たり前だけど遥華姉の姿はなくて、携帯には山のように着信履歴とメールが届いていた。とりあえず無事を伝えて遥華姉の家まで周りを警戒しながら帰ることにする。お昼時の田舎道はできるだけ人気のない道を選んではいるけど、田んぼや畑の脇でご飯を食べている人がいるからゴスロリ服はかなり目立つ。何度も遠回りしながらやっとのことで辿り着くと、厚手の生地の下は汗が止まらなくなっていた。


 おばさんに見つからないように遥華姉の部屋に入ると、落ち着きなく部屋をうろうろしている遥華姉と目が合った。


「ナオ、どこ行ってたの?」


「クラスメイトがいたから逃げたんだよ。そうしたら先々で知ってる人がいて」


 苦しい言い訳だとはわかっていたけど、ごまかしきれるかな? さすがに玲様に誘拐されたなんて言えないし、さらにはお人形だとか彼女の振りだとかなんて遥華姉に言えるはずもない。


「とっても心配したんだからね」


「とにかく無事だったんだから」


 そもそものことの発端ほったんはこの女装のせいなんだけど。それを言ったところで見えてくるのは遥華姉の大泣きでしかない。そんなことになる前に、僕はまずこのゴスロリ服から抜け出したい。


「とりあえず着替えていいかな?」


「あ、そうだね」


 遥華姉に部屋から出てもらって、汗で重たくなったゴスロリ服から自分の服に着替える。何度か似たような服を着たけど、壁に押しつけられたりこんなに長い時間着たりしたのは初めてのことだった。


 着替えを簡単にまとめて、僕はすぐに部屋の外にいる遥華姉の声をかける。


「ゴメンね、結構汚しちゃったかも」


「別に平気だよ。でも逃げ出すような相手って誰だったの?」


「だからクラスメイトだって」


「逃げなくてもいいじゃない」


 いや誓ってもいい。クラスの誰であっても僕は全力で逃げ出すだろう。こんな姿を見せられる気のおけない友達なんていない。むしろそんな友達がいるのなら絶対にこの秘密を知られたくはない。想像しただけで気が重くなってくる。


「遥華姉、もし見つかってたら僕はもう学校にも行かないし部屋からも出ないよ」


 ひきこもり街道まっしぐらだ。立ち直れる気がしない。玲様にだって僕が男だってことを知られたくない。


「それじゃ一緒にお出かけできなくなっちゃうなぁ」


「最初に心配するのはそこなの?」


 もうちょっと僕の将来を考えてくれてもいいじゃない。僕自身よくわかってないけど。やっと落ち着ける服に戻って、僕は遥華姉のベッドの端に座った。


「嘘だって。ナオがひきこもりになっちゃったら困るよ」


 遥華姉はカーペットの上に座ってお気に入りのクッションを胸に抱いた。普通なら逆だと思うんだけど僕たちの部屋の位置はこう決まっている。遥華姉は少しでも低い位置にいたいし、僕は高い位置に座りたい。こうすれば視線は僕の方が高くなって、お互いの身長が逆に感じられるから。


「だから遥華姉が着ればいいじゃない」


「無理だよ。私には絶対似合わないから」


「それを言うなら僕は男なんだって!」


 語気に力がこもった。気にしていないつもりでもやっぱり連れ去られたということが僕の中では大きかったのかもしれない。遥華姉は全然気にしたような雰囲気もない。当然だ。だって僕は今日僕にあったことを何も伝えていない。無事なら笑い話で済むことなのだ。


「あ、ゴメン」


 思い直して謝ってももう遅い。遥華姉の目はもう涙でいっぱいになっていた。普段はしっかりしていて学校でも頼りになる先輩だと聞いているけど、僕の前での遥華姉は頭の中身の七割くらいは涙で満たされている。ちょっとの衝撃で目から簡単に溢れてしまうのだ。


「できたらやってるもん! 無理なの! だって私、巨神兵だもーん!」


「だからゴメンってばー」


 慌てて遥華姉に寄り添ってなんとなく頭を撫でてみる。僕より年上のはずなのに手のかかる子どもみたいだ。僕が怒っていないとわかってくれたのか。声を上げて泣くのはやめてくれたけど、まだ少しぐずついている。


「今度も、また着てもらうからね」


「わ、わかったよ」


 結局こうなってしまうんだ。遥華姉がこの調子なのに、玲様のことを僕がうまくあしらえるような気がまったくしないんだけど。僕はまだすすり泣いている遥華姉の頭を撫でながら聞こえないように溜息をついた。

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