メイド服はロングスカートと編み上げブーツが大正義ⅩⅠ

「本当に送らなくて大丈夫なの?」


「大丈夫。ナオは私が責任持って連れて帰ります」


「別に一人でも帰れるよ」


 この格好じゃなかったら、だけどさ。


 今のままだと誰か知ってる顔に会ったらどうにか遥華姉にごまかしてもらわないといけない。遥華姉がうまくごまかしてくれるかは、ちょっと不安なところだけど。


「それじゃあ、またね。直」


「またうちの高校の前で暴れるつもりなの?」


「そ、そんなことしないわよ」


 遥華姉が睨みつけると、玲様の体がびくりと跳ねる。僕にはあんなに強気だった玲様がこんな風になるなんて、正座して怒られたことで相当りたらしい。それにしても玲様が何かに怖がっているのって、とっても面白い。


「あ、服は今度洗って返せばいいかな?」


 監視カメラがあるせいで、ここでは女装をしておかなくちゃいけない僕は、玲様から借りた服を着たまま帰ることになっている。夕方過ぎだし、こんな田舎じゃほとんど人とすれ違うことはないと思うけど。


「そうね。そのまま持っていればいいんじゃない?」


「なんで!?」


「毎回準備して渡すのも面倒だし、今度会う時までに直用にいくつかお下がりを用意しておくわ」


 やっぱりこれも玲様のお下がりだったんだ。急に着ているのが恥ずかしくなって、僕は俯いてしまう。でも玲様は少しも気にした様子はなくて、なんだか残念に感じてしまった。


「気をつけなさいよ。私以外に誘拐されたら困るんだから」


「されないから大丈夫だよ」


 後で送ってもらうという湊さんと玲様に見送られながら僕と遥華姉は中条の大きな門からゆっくり歩いていく。うちは決して近くはないけど、歩いて帰れない距離じゃない。最近は運動不足気味だしちょうどいいかも。


「別に送ってもらえばよかったのに」


 誰もいない田舎道を並んで歩きながら、僕は隣の遥華姉にそう言った。


「だってあの娘たち、ナオにべたべたするから」


「べたべたって。新しいおもちゃで遊びたい子どもと同じだよ」


 玲様も湊さんも僕を男だと思ってくれてないような気がしてならない。それ以前に同世代だと思っていない節すらある。僕は二人にとってただ可愛い子どもでしかなくて、機嫌を損ねないちょうどいい遊び相手でもある。


 一言怒ったりでもすれば遥華姉に対する態度みたいに多少は変わってくれるのかもしれないけど、僕にはそんなエネルギーはなかなか出てきてくれないし。


 僕は頬を掻いて溜息はつくけど、あの二人と話しているのはなんだか心地がいい。それほど今の状況は嫌いじゃないのかもしれない。


「なんでナオはそんなに落ち着いていられるの?」


「誰かさんのせいで慣れちゃったからだよ」


 一番最初に僕を女装させたのは他ならない遥華姉なのだ。それに断った方がいろいろと面倒なことになるのも同じ。だったら付き合ってあげた方がお互いに傷つかないで済む。


 夕日を受けながら用水路で虫を漁っていたシロサギが僕らの接近に気が付いて羽ばたいていく。波立った水面はすぐに元の落ち着きを取り戻した。


「でも、ナオが女の子の友達なんて作ると思ってなかった」


「そうかな?」


「だって昔、アニメの趣味が女の子っぽいってからかわれてたことあったじゃない」


 確かにそれは本当だ。


 僕にとって一番身近な友達はいつも遥華姉だった。小学生の頃は遊びと言ったらおままごとやお絵かきだったし、日曜日の朝は特撮ヒーローよりも女の子が戦うアニメの方が楽しみだった。それが原因で同級生の男の子にいろいろと言われたことがある。


 その頃から自分が変わっている存在で、他人とうまく寄り添えないと思ったのかもしれない。


「あの頃はそれが普通だったから」


「でも今だってあんまり友達いないじゃない」


「別にいないってわけじゃないよ」


 クラスで浮いている、ということはないと思う。クラスにいれば話をする相手はいるし、少なくとも二人組で余ることはほとんどない。やっぱりあの頃と同じで、この成長する気配のない身長と女装しても違和感のない高い声がみんなと違う、と僕に訴えかけるだけだ。


「ナオがあんまり友達を作らなくなった頃から、私だけはずっとナオの友達、ううんお姉ちゃんでいようって思ってたのになぁ」


 ぼんやりと空を見上げながら、遥華姉は誰にともなくそう言った。遠い昔のこと、僕にだって全部は思い出せないけど、確かに僕の思い出にはいつも遥華姉が隣にいた。


「でもよりによって女装させようとする女の子ばっかり選ばなくても」


「それは向こうが勝手にやってきただけだよ」


「ナオは着せ替え甲斐があるから、それはしょうがないよ」


「何のフォローにもなってないんだけど」


 僕はひらひらと揺れる玲様からもらったロングスカートの端をつかむ。最初は風が足に当たってなんだか落ち着かなかったのに、今は少しも気にならなくなって、これからだんだん暑くなる時期にはいいかもしれないとすら思えてしまう。


「いや、そんなこと考えちゃダメだよ」


 自分に自分でツッコんで、頭を軽く叩く。僕はこの状況からどうにかして脱するつもりなんだから。


「それに玲様はそんなに悪い子じゃないからさ」


 湊さんに言われたことをそのまま繰り返す。


「いい子ならナオに様つけて呼ばせないでしょ」


「確かにそれは、そうなんだけど」


 ちょっと寂しがり屋で、怒りっぽくて、自分が上に立たないと気が済まない面倒な性格なだけなのだ。


「私はナオのことずっと守ってあげるつもりだからね」


 夕日を受けて赤く染まった頬でそう言った遥華姉を見て、僕はしっかりしなきゃ、とあらためて思ったのだ。

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