メイド服はロングスカートと編み上げブーツが大正義ⅩⅡ

 翌日、学校から帰った僕は自分のタンスを開けたまま、中身を見て考えていた。


 昨日玲様からもらった服は家で洗濯するわけにもいかないから着替えた後、遥華姉に渡しておいた。それが今日の夕方返ってきた。


 白のブラウスに紺の膝下丈のスカート、それからブラウスに合わせる棒タイ。清楚な組み合わせなうえに着る時も不便がなくていいんだけど、これが自分のタンスに入っていると思うと落ち着かない。


 増してや、これが玲様のお下がりだというならなおさらだ。自分の知っている家族でも親戚でもない女の子の古着なんて、持っていることを知られたらどうなるかわかったものじゃない。かといって変に隠していると見つかったときに言い訳が立たなくなるし、どうするべきかと僕は持て余していた。


「こんなのお母さんにバレたらどうなるだろう?」


 なんか結構似合いそうね、とか言って何も気にしなさそうなところが逆に怖い。それ以来女の子の服を僕に買ってくるようになったら目も当てられない。これ以上増えられたら大変だ。


 僕がタンスを閉じると同時に部屋のふすまが開いて、そこから遥華姉が顔を覗かせていた。


「ナオ、いる?」


「どうしたの? 服はしまったんだけど」


 もう一回着てみて、なんて言われそうで僕は先に断っておく。着替えるにしても遥華姉の部屋まで行ってからがいい。


「ちょっと話したいことがあって」


「いいよ。座って」


 僕が学習机の椅子に座ると、遥華姉は僕の部屋にずっと置いてある自分専用のクッションをとって畳に座った。僕の部屋にいても座ったときの位置関係は変わらない。僕の方が視界が上に来るようになる。


「なんだか今日は一日が早かった気がするよ」


「昨日はいろいろ振り回されたからね」


 玲様といると初めて触れることが多すぎて、子どもの頃に戻ったみたいな気分になる。今だって十分子どもなんだけど、見るものすべてが初めてのもので頭の中に全部残しておこうと頑張っていたときのようだ。


「それで何かあったっけ?」


「うーん。あぁ、そうだ。今日はずいぶん暑くなってきたね」


 全然関係ない話題だ。何か言いたいんだけど言い出しにくいらしい。でもこっちから聞くには何の話なのかさっぱりわからないから、助けようがない。


「そうだね。道場も温かくなると楽だよ。居合はそんなに動かないし」


 最近は玲様の相手をしていて朝の居合もやらないで寝ている日もある。あれをやると自分が男だっていう自覚が出てくる気がするからとっても大事なのだ。


「ねぇ、ナオはもう剣道やらないの?」


 遥華姉の不意の一言にはっとして言葉に詰まる。別にただの日常会話のように見えて、僕らの間では簡単なことじゃない。


 僕が剣道をやめたのは遥華姉が剣道をやめたのにつられたようなもので、それはつまり遥華姉にとって一番嫌いな、自分の異名についてに繋がってくる。二人してどちらが言うでもなく封印していた話題だ。


「いつかはやらないといけないし、やりたいとは思ってるよ」


 僕のお父さんは剣道をやっていない。だから今でも道場はじいちゃんが師範をやっている。せっかく家に道場があるのだから、僕はあのボロボロだけどどこか安心できる道場を守っていきたいと思っている。


 もちろん誰かに貸すことはできるし、じいちゃんもお母さんもそれでいいと言っているけど、僕はそれじゃ守っていることにはならないと思う。


「そっか」


 遥華姉は少しほっとしたように笑顔を見せて、抱えていたクッションを強く抱きしめた。


「遥華姉こそ、もうやめちゃったの?」


 どうしてこの話を始めたのかはわからないけど、せっかくだから僕も聞いておきたかった。憧れの遥華姉が剣道をまたやるのか、それは僕にとってとっても大事なことなのだ。


「だって私は女の子だもん。強いとかかっこいいとか言われたくないの」


 遥華姉は何故だかすっきりした顔でそう言った。ちょっと残念だ。


「でも実際強くてかっこよかったよ」


「やだ。でもナオが私より強くてかっこよくて目立ってくれるなら、ちょっと考えようかな」


「ずいぶん難しい条件だなぁ」


 いじわるなことを言う遥華姉に頭を掻きながら答えた。でもそれは絶対無理、と言っているんじゃなくて、僕にそうなってほしいと言っているように思えた。


「うーん、なんかすっきりした。たまにはこういうのもいいね。ナオを着せ替えするのもいいんだけど」


「できればそっちはやめてほしいんだけどね」


「それは私の背が低くなったらやめるかな」


「またそれは」


 絶対無理なことを、と言おうとしてやめた。冗談だとわかっていても言わないであげた方がいいこともある。


「でもナオだって他の娘からも服もらったりしちゃってるし」


「それはいろいろ事情があるんだって。昨日話したじゃない」


「それに、あの玲ってはなーんか怪しい気がする」


 怪しいっていうのもどうかと思うけど。どちらかというと危なっかしいと言った方が正しいのは否定できない。


「ナオは頼まれたら断れないから気をつけないとね」


「大丈夫だよ。無理はしてないから」


「そうは言うけど、絶対何かやらかすよ、あの


「根拠は?」


「女の勘」


 自信満々に言った遥華姉に僕は思わず苦笑を浮かべた。それを見て遥華姉も同じように笑う。


 遥華姉の女の勘も、僕の大丈夫もまったく頼りにならないとお互いに思っているのだ。それでも玲様が何かしでかす、それだけはなんとなく真実を見通しているようで、僕にはなんだかそら恐ろしく感じる。


 まだ思い出し笑いを浮かべている遥華姉がうちから帰っていくのを見送ってから、僕は暗く日の落ちた空を見上げて、急に吹いてきた冷たい風に身を震わせたのだ。

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