三章
制服のスカート丈は校則遵守でⅠ
遥華姉の女の勘が見事に的中したのは、週末、日曜日の早朝のことだった。
朝から道場で居合をしている僕でさえ、まだお布団の中で夢を追いかけている時間。じいちゃんとお母さんはもう起きているかもしれないけど、さすがに休みの日まで二人に合わせるほど僕もしっかり者じゃない。
そんなわけで一応かけていた目覚ましのアラームを止めて、もう少しだけ、と二度寝に入ろうとしていた頃だった。
来客を告げるチャイムの音が家の中に響く。平屋建てで風通しのいい僕の家では朝からそこらじゅうの雨戸や
「じいちゃんの友達かなぁ?」
じいちゃんは剣道以外にも将棋や囲碁や花札をやるのに友達を呼んで縁側でやっていることも多い。それにしたって早すぎると思うんだけど。
でもその予想はどうやら外れだったみたいだ。なんでかっていうと、そのままチャイムの音が連続で家中に響いたから。いたずらでももう少し手加減してくれるだろうというくらいの容赦のない連打。こんなことするような人がこの子どもの少ない田舎に。
「もしかして」
一人だけ心当たりがある。僕の数少ない友人知り合いの中で、こんなことをしそうな人が。
僕は二度寝をやめてすぐに布団を跳ね飛ばして起き上がる。パジャマ代わりのティーシャツを着たまま、玄関まで朝の冷たい廊下をひた走った。
まだ鳴り響くチャイムの発信源に辿り着く。これだけ鳴らしても誰も出ないんだから。
「やっぱり」
チャイムの音が鳴る。そこには指先を伸ばして次の一押しをしようとしている玲様がいた。
「えっと、おはよう」
「おはよう。出てくるのが遅いわよ」
背負った大きなリュックに旅行で持っていくようなボストンバックを肩から提げている。いつもの車も見当たらないし、
「えっと、どうしたの?」
「どうしたように見える?」
これから旅行、というわけではないことはわかる。それなら僕の家に来る理由もない。
「……家出?」
答えはとっくに出ていたんだけど、正解であってほしくない。
「わかってるなら早く上げなさいよ。私にこんな荷物を持たせないで」
やっぱり正解だったみたい。自分で持ってきたんじゃない、なんて言って面倒なことにならないように、僕は黙って玲様から重いバッグを受け取った。
遥華姉が言っていた悪い予感というのを思い出す。
「思ったより早くにやらかしてくれたなぁ」
僕は荷物から解放されて、満足そうに微笑む玲様を連れて、家の中に戻った。
台所ではお母さんが朝食の用意をしているところだった。今朝もお味噌汁が出てくるみたいで、おいしそうな香りが漂ってきている。
「あら、その子が目覚ましの犯人?」
「まぁね」
玲様がどんな反応をするのかちょっと気になってたんだけど、玲様は僕の背中に体を半分隠しながら戸惑いがちにちょこんと頭を下げた。意外な反応だった。もっと高圧的に出てくるのかと思ったけど案外可愛いところがあるのかも。
「へぇ、可愛い子。朝ご飯食べていく?」
「いいんですか?」
「いいわよー。ちょっと待っててねー」
お母さんは軽い口調で答えると、そのまま台所に鼻歌を奏でながら戻っていった。玲様のことを少しも聞かなかったけど気にならないのかな。そういうことを聞くタイプじゃないのは知ってるけど。
玲様はまだちょっと控えめに僕の背中に隠れている。干将さんも莫耶さんもいないから、頼りになる人がいないとこんな風になっちゃうみたいだ。僕のシャツの裾をつかんでいる玲様を連れて僕はいったん部屋に戻ることにした。
部屋に戻って玲様の大荷物をとりあえず畳の上に置いた。部屋の中は慌てて飛び出したせいで用意していた着替えが散らかっている。
「男の子の部屋って感じね」
「玲様のせいで散らかってるんだけどね」
布団は敷かれたままだし、掛布団は飛び出たときの形のままで広がっている。一目見ても片付いているとは言えないな、これは。普段ならちゃんと片付けているんだけどな、平日は。
布団を畳んで押し入れにしまって、広げたままの着替えを畳みなおして部屋の隅に動かした。後で着替えることにしよう。
「どうして家出してきたの?」
「お母様が私の部屋を勝手に掃除して、それでノートを見つけて」
「そんな小学生じゃないんだから」
うるうると目に涙をためて訴える玲様はものすごく子どもっぽい。遥華姉と違って背も僕より小さいから、こうなると本当に小学生みたいだ。玲様は遥華姉のお気に入りのクッションを胸に抱きながら、僕の方をちらちらとうかがっている。
「別に追い出したりはしないけどさ」
「本当? 裏切ったら許さないわよ」
「わかってるって」
僕は端で震えている玲様に答える。なんというかすごくやりにくい。こっちの方が普通の女の子っぽいはずなのに、玲様らしくないと思ってしまう。それでもお母さん相手に比べると僕にはちょっと強気に戻ってきているあたり、少しは気が楽になってくれてるのかな。
「あ、干将さんと莫耶さんは?」
いないっていうのはわかってるんだけど、一応聞いてみる。もしかしたら見えないところに隠れてくれているかもしれない。そうだとしても気付いてない玲様に聞いてもわからないんだけどさ。
「二人は家の使用人よ。私が家出したらもう関係ないもの」
「いや、まだ勘当されたわけじゃないんだからさ」
「そんなことないわ。私は戻るつもりなんてないんだから」
決意は強そうなんだけど、声は震えている。
「もしかしてここに居座るつもりなの?」
「悪い?」
「悪いよ」
せっかく独り立ちしてきたところなのに、早くも依存する気満々みたいだ。これはなかなか手ごわそうだなぁ。
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