制服のスカート丈は校則遵守でⅡ

 台所の方から届いてくるご飯の香りがだんだん強くなってきている。出来上がるまでもう少しといったところかな。その間にどうにか玲様から状況を聞きださないといけないんだけど。


「直の家、結構広いんだから余っている部屋くらいあるでしょ?」


「うちは一般家庭だよ。豪邸と一緒にしないでよ」


 空いている部屋があるとしたら、道場くらいのものだ。空調もなければ物もない。住むにはちょっと適してないかな。玲様に耐えられる気がしない。


「困ったわね。湊のところは誰かが張っているだろうし」


 本当に考えなしに飛び出してきたのかぁ。玲様は困ったように僕の部屋の中をキョロキョロ見回している。そんなことしても秘密の隠し部屋なんて出てこないし、隠しているマンガの練習帳も出てこないんだけど。


「とりあえずご飯食べようか」


 大荷物の中身もあまり頼りにならないんだろうな。これからのことは後で考えようと思って、今に向かうために僕は立ち上がる。するとちょうど廊下の方でばたばたと誰かが走ってくる音がする。あ、そうか今日は日曜になんだっけ。


「あ、遥華姉だ」


「え、遥華ってあの?」


 僕の家に来て気が抜けていた玲様は、遥華姉の名前を聞いて背筋がぴんと伸びる。この間怒られたことが相当心に大きな傷をつけたらしい。まだ会ってもいないのに正座をして、早くも足が痺れかけているみたいで体が小刻みに震えている。


「ちょ、ちょちょ、ちょっと! 一緒に暮らしてるなんて聞いてないわよ」


 玲様は体だけじゃなくて声も震えている。そんなに怖がっていたらまた遥華姉がへこんでしまいそうだ。


「違うよ。隣に住んでて休みの日だけ朝ご飯を食べにうちに来るんだよ」


「なによ、それ。不健全ね」


「家出する人に言われてもなぁ」


 ご飯に行こうと部屋を出ようとした僕の服のすそを玲様が引っ張る。僕に引きずられるようになっているところを見ると、もう玲様の足は痺れてしまっているようだ。


「もしかして私も行かないといけないの?」


 そんな地獄に行くみたいな顔で言われても。


「朝ご飯食べるなら行かないと」


「また怒られたりしない?」


「いや、たぶん多少は」


 本当は多少じゃなくて絶対たくさん怒られると思うんだけど。そんなこと素直に言ったら絶対服を離してくれなくなっちゃいそうだし。遥華姉も玲様のこと心配してはくれると思うんだけど、それと説教は別問題だしなぁ。


 それはそうとして、そろそろ朝ご飯の準備が整ってきているはずだから早く居間に行きたいんだけど。朝からいろいろと走らさせたり動揺させられたりと疲れてきたんだけど。


「あ、あああ」


 玲様は頭を抱えてうずくまっている。どれだけ嫌なんだろう、遥華姉のこと。


「またあのお説教は嫌なの!」


「玲様……」


 今度は畳の上に寝転がって両手両足をばたつかせながら喚く。もうお嬢様から普通の女の子を越えて幼児退行が始まっているように見える。外見相応になったと言えば聞こえはちょっとよくなるんだけど、実年齢からはどんどんかけ離れていっている。


 こんな玲様を見ているとこっちとしては冷静にならざるを得ないというか、冷静にならないとどうしようもないというか。


 とにかく朝ご飯を食べるためにこの状態の玲様を動かさないといけない。朝から頭を使わされるなぁ。


「あ、早く行かないと遥華姉が怒ってこっちに来ちゃうかも」


「怒られるの? 行っても行かなくても怒られるの?」


「うちは全員揃ってから食べ始めるルールだから」


 遥華姉が来るっていうのは実際嘘じゃない。いつもみたいに二度寝していれば僕の部屋に起こしに来る。そこで玲様が僕の部屋にいようものなら怒りはしなくても何が何やらと混乱してさらに状況が悪化することだけは間違いない。


 玲様は行くも地獄、帰るも地獄の僕の部屋に来たことを後悔し始めたみたいで、しきりに何かをつぶやいているけど、よく聞こえなかった。


「この間ほどは怒られないと思うから諦めてご飯食べようよ」


 いつもだったらこっちから受けて立つくらいの勢いで遥華姉に迫っていってもおかしくないというのに。前に怒られたことよりも、勢い余って出てきたはいいものの不安の方が大きくなっているのかもしれない。こういう時はちゃんと守ってあげないといけない。僕は男なんだから。


「ちゃんと私のこと守りなさいよ」


「わかってるよ」


 伸ばした手をとって、僕は玲様の体を引き上げる。とても軽くて、つかんだ腕の細さに驚かされた。簡単に折れてしまいそうなその感触は玲様の心に触れたみたいだった。

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