傑作はいつも頭の中にⅤ
イベントの準備がある、と言って今度は湊さんの家に呼ばれた。また作画用の服を着せられるのかと思ってはいたけど、湊さんの部屋に行くとパソコンとにらめっこしている湊さんの周りにすでにたくさんの服が並んでいて一気に不安が募る。
「どうしたの、これ?」
近くにあった一つを手にとってみる。湊さんのところに来るとだいたい浴衣や着物を着せられてたんだけど、今日はこの間とは違うロリータ服に、普通の洋服、それに安っぽいコスプレ衣装まで様々だ。
「玲からの依頼でねー、衣装を作ることになって」
「作るって、湊さんが? そんなこともできるんだ」
「まぁ、呉服屋の娘ですから。そんなに立派なものはできないけどね」
ここに置いてあるのは研究用兼改造前のベース、ということらしい。料理もできて裁縫もできるんだからすごい。門前の小僧習わぬ経を読む、っていうし、僕がなんとなく竹刀や居合刀を振っているのと近いものなのかもしれないけど。
「でもイベントだからってわざわざ作るの?」
そりゃ初めてのイベントだし気合を入れたいっていうのはわかるんだけど、玲様なら市内の大きなお店に行っていい服を買ってくればいいと思うんだけど。それを湊さんに作ってもらうなんていくらなんでも大袈裟すぎるような。
「そりゃ売ってるのは本格的だと高いからね」
「女の子の服って高いもんね」
こういうことをされてから服の値段はよく目に留まるようになっている。遥華姉も玲様もよく用意しようという気になるよ。僕は安いティーシャツとジーンズがあれば、模様も形も何も気にならない。そう考えると僕は女装しているときの方が服装にいろいろと気を遣っている気がしてきた。なんだか切ない。
インターネットで何かを検索している湊さんの横から画面を覗き込む。参考になる服の画像を探しているんだと思っていた。実際そうだったんだけど、ちょっと僕が想像していたものとは違っている。
「これ、作るの?」
「うん。さすがに小物までは難しいけどね」
「まぁ、そうだろうね」
画面にいっぱいに映っているのは可愛いキャラクターたちのイラストばかり。最近はキャラクターデザインの説明を公開している作品もあるから小物や普段は見えないところまでわかるようになっていたりする。
「コスプレ、させられるの?」
「うん。同人誌を売るときに売り子さんがコスプレしてると目立つんだって」
「一応聞くけど、誰が着るの?」
聞いたところで意味がないことくらい百も承知だ。返ってくる答えはわかっている。でも聞かずにはいられない。これは僕の最後の小さな抵抗なのだ。
でも湊さんから返ってきた答えは、僕が持つ
「玲に着せようと思って」
「玲様に!?」
聞き間違いかと思った。着るのは僕だという諦めと覚悟が混じった決意が緩む。それがいい。男の僕なんかより玲様を着飾った方が絶対に似合うし可愛いんだから。
「あ、直くんのもちゃんと用意するから心配いらないよ」
「そんな心配してないよ。用意しなくていいのに」
せっかくの幸せが音を立てて崩れていく。いや、わかっていたことなんだけどさ。だったらいっそ期待させるようなこと言わないでいてほしかったよ。でも玲様も着るっていうのはおもしろそうだ。そう思ってパソコンに映るキャラクターたちを見た。僕以外が着ると思うとみんな魅力的に見えるから不思議だ。
「直くんはこれで決まりね」
「このキャラ? シスターさんみたい」
青い修道服を着て大きなヨーヨーみたいなものを持ったキャラクターを湊さんが指差す。シスターさんっぽいとは言ったけど、ミニスカートのワンピースにノースリーブ。さすがに非現実的。こんなシスターさんがいるはずがない。
「あ、このキャラ男の子だから、今回は女装じゃないよ」
「え、男の子なの?」
「男の子が女装させられてるって設定だから」
じゃあ結局女装なんじゃない。妙な言い訳をしなくてもいまさら逃げ出すつもりはないんだけどな。腕や脚が出る服はちょっぴりついてきた筋肉が目立つ気がするんだけど大丈夫かな?
遥華姉曰く、女装させるには全然気にならないレベルらしいけど、僕としては早く諦めてくれるくらいまで筋肉をつけたいところだ。
元が男の子だからそれでいいのかもしれないけどさ。
「でも玲様がコスプレするって言うなんて珍しいね」
初めてのイベントで盛り上がってるのかもしれない。こういうのは僕だけがやらされていることだったから。
「ううん。玲が言ってたのは直くんだけだよ。玲の分は私が勝手にやってるだけ」
「それって大丈夫なの?」
せっかく準備した服が着てもらえなくなってしまったら残念なんてものじゃない。こうして悪役みたいな怖い笑顔、もとい真剣な表情で画面を見ながら服を選んでいる湊さんが報われなくなってしまう。
「そこは直くんに頑張ってもらおうと思ってるから」
「人選間違ってない?」
僕が玲様に何かをしてもらおうなんて無理難題過ぎる。そういうのは遥華姉に任せた方がいいんじゃないかな? でもたまには玲様にも僕の気分を味わってもらうのも悪くない。新しい経験はきっと新しい思いや考えを生み出すはずだ。それはきっとマンガにもいい影響があるに違いない。
そんな言い訳を準備しながら、僕は湊さんと同じ笑顔を浮かべながら画面に並んだキャラクターたちをゆっくりと眺めていった。
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