割烹着は台所で躍動してⅥ

「これで悪は滅びたね」


「そこまで言わなくても」


 満足そうに遥華姉は額を拭った。一人で叫んでいたばっかりで今回はそんなに活躍してない気がするけど喜んでいるならそれでいっか。


 それにしても干将さんが台所に入ってきても明らかに多くなった食材にも気がつかないなんて玲様も玲様だよ。毎日それだけ作っていれば嫌でも実力は上がってくるみたいで落ち着いた頭でテーブルの上を見ると確かにいつも食べているものと比べてもかなり形が整っている。今ならお店で出てきても僕なら全然文句なんてない。


 ただ問題はこの数なんだよね。


「それじゃ、まずは全部ラップにでも包もうか」


 湊さんが少し嫌そうに戸棚を探っている。そうだよね、やっぱり持って帰るよね。さいわいまだ数は十個ほどだから家族一食分で済みそうだ。お昼ごはんも食べずに来たから一つは食べて帰ることもできる。どうせ家で食べてもメニューは同じなんだけど。


「一つ食べてみようかな」


 全部を包んでしまう前に出来立てらしくまだ湯気のあがっている一つを自分の手元に寄せた。


「食べるの?」


「せっかくなら出来立て食べてみたいし」


「ナオ、大丈夫?」


 遥華姉は信じられない、という顔で僕を見ている。ここにあるものは食べ物じゃないとでも言いたげな表情だ。どれほどオムライスがトラウマになっているのか、僕の方が心配になってくる。


 遥華姉が止めるのを聞かないで僕は玲様からスプーンを受け取った。そのまま湯気の立つオムライスを食べてみる。玉子はしっかりと焼けているのに厚みがあってふんわりとしている。野菜がたっぷり入ったチキンライスも赤みが強すぎないいい色に仕上がっている。


「うん、おいしいと思う」


 前からおいしいとは思っていたけど、そこからさらに上手になっている。でもやっぱり眞希菜さんには及ばないのだ。あれだけレシピ本も読み込んでいるし、食べてもちょうどいい味なんだから間違っていることはないと思う。だったらどこに違いが出てるんだろう?


 僕は一口ずつ味わいながらオムライスを食べてそのたびにその原因を探ってみるんだけど、なかなかその答えは出てこない。僕は料理人でも美食家でもないから当たり前なんだけどさ。だいたいのものはおいしいと思って食べてしまうだけだ。


 いい考えが浮かばない僕の頭の中を覗きこんだみたいに、湊さんが僕の肩を叩いた。


「その答えは私がここに持ってきたから」


 そう言って持っていた大きめの紙袋を僕に差し出した。


「それ、何が入ってるの?」


「開けてみればわかるよ」


 もう嫌な予感しかしないんだけど。ぐいぐいと押しつけてくる湊さんの力強さに袋の中身がなんとなく予想できる。でも湊さんも玲様のこと心配してくれてたわけだし、ちょっとくらいいいかな。そんなことを思ってるからいつまで経ってもこのポジションから抜けられないんだけどな。


「それで料理を作るのとこれと何の関係があるの?」


 袋を開けると見慣れない白い布が入っている。広げてみると昔おばあちゃんがよく着ていたものが入っていた。


「これ割烹着でしょ?」


「そうだよ。着せてあげるね」


 結び目から頭を通して袖を通す。元々着物の上から着るものだから、やっぱり洋服だと少し似合っていないように思えた。なんだか小学校の時に給食当番で着ていたエプロンみたいだ。あの頃はまだ身長も特別低かったわけじゃなくて、これから大きくなると思ってたんだけどなぁ。


「うん。似合ってるよ」


「そんなに嬉しくはないんだけど」


「いいじゃん。直くんはなんでも似合って羨ましいよ」


 その割にはいつも女装ばかりさせられてるんだけどね。なんでも似合うなら男物を着せてほしいよ。そんな願いはここにいる三人の女の子の誰にも伝わっていはいないみたいだ。


「ほら、料理は愛情っていうでしょ? 愛と言えば新婚。新婚と言えば新妻」


 力説する湊さんは目が輝きを増してきている。ここで着物に付けた方が似合うなんて言おうものなら今すぐお店に取りに帰るに違いない。


「つまり、割烹着ということになるね!」


「全然繋がってこないんですけど!?」


 連想ゲームなら間違いなく失敗だよ。そんな飛躍した論理なんておかまいなしで湊さんは僕の周りをくるくると回りながら、どこからともなくカメラを取り出した。


「割烹着で料理を作る新妻。うん、ちょっと写真撮ろうか」


「嫌だよ。っていうか作るのはオムライスなんだけど」


「そうだよ。やっぱりフリルのエプロンの方が絶対似合うよ。ピンクのやつね」


 少し回復したと思ったら第一声がそれですか、遥華姉。もうツッコミを入れる気力もなくなってきた。そんな中、玲様は僕たちの話を少し離れたところから口元に手を当てて聞いている。それからなにか神妙そうな顔つきで呟いた。


「なるほど。相手を想像してその人に喜んでもらえるように作る気持ちが足りなかったのね」


「そんな好意的に解釈しなくていいよ……」


 遥華姉も湊さんも僕に自分好みの服を着せたいだけで他意なんてないと思うよ。湊さんはここぞとばかりにその通りだ、と同意してるけど、今その場で思いついたに違いない。正直に言うと、このくらいなら今まで着てきた服と比べればどうってことないし、これで喜んでくれるならこのまま着ていようか。


「それじゃ、そろそろ本題ね。私がレシピを読んだだけじゃわからない、料理のコツってやつを玲に教えてあげようかな」


 そう言って湊さんは袖をまくって包丁を手にとった。あれ、それじゃあさっきの愛情とかこの割烹着って何の意味があったの?

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